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レティスとアーノルドの戦いははげしすぎて、起こる風だけで既にくたくたに疲れ果てた僕たちには立って受けるにはちょっと辛い。耐えきれずに吹き飛ぶぐらいならと崩れた遺跡の中のマシなところを背にしてみんなで固まっているくらい。
幸いこちらに両者ともこっちには殺意はないから、わざわざ近づいて巻き込まれない限りは大丈夫だと思いたいけど……アーノルドのほうはどう行動してくるか、予想すら全くわからないからそれすらどうなるやら。とりあえず見たこともないくらい疲弊して、すでにふらふらしているトウカだけはどこにいても無事だろうなと思えるのはこの際救いだと思っておく。
結局、直接守ったのはククールだったけど、咄嗟に彼はトウカから飛び退いて守ろうとはしていたから。思考回路がまるで理解できないところがあるのは確かだけど親の情ってものがないわけじゃない、感性が違うだけで確かなものもあるってことなのかな。親のいない僕からすれば憶測だけで物を語っていて、よくわからないことなんだけど。
アーノルド……彼の言葉を信じるなら、トウカの実の父。ううん、信じたくなくたってあれだけ似てるから信じるしかない。生き写しだよ、あれは。そして見比べて見ればすぐに分かることもある。トウカの性別を勘違いしていた時期の僕、目を悪くしてるかなにかだろうって。二人を見比べればすぐに分かっただろうに。トウカの方が小さいし、目も大きいし、表情も優しい。全体的に柔らかい雰囲気だと思うよ。……ただし、戦闘中は雰囲気とか表情とかはその限りじゃないけどさ。
「レティス! 何故、何故、今更になってこんな邪魔を? 俺はラプの阿呆みたいに世界を崩壊や支配を望まない! 殺戮を好かない! 闇の勢力を憎んでいるくらいなんだぞ? 妻を殺した奴らを粛清する手伝いなら喜んでするというのに!」
さっき異形の腕を「脱いで」、見た目だけなら普通の人間の姿になったアーノルド。彼は吠えた。妻……トウカのお母さんのこと、だよね。闇の勢力って、その、この世界でのことなのかな。少し、彼の以上にも思えた執着ぶり、勘違いぶりを理解したような気がした。家族のいない僕にどこまで理解できるのかっていう根本的な話があるけど。
--あなたが今しようとしたことを省みて考えてごらんなさい! あなたは「以前」から欠片も成長していない!
「娘と過ごす父なんて健全な親子だろう? 何が悪いんだ?」
--相手の感情を考えなさい、そうずっと言ってきたでしょう。そして進化の秘宝を解き放とうとするなんてまたあなたは愚行を重ねようと言うのですか!
「進化の秘宝なんて欠陥な呪術なものか! トウカのそれは生まれから魂まで刻み込まれた至宝! 俺のような付け焼き刃の適当で杜撰なものじゃない。生まれながらの才能と同じさ、それを封印していた今までのことなら悔いよう、あまりにもむごい所業だったと!」
目が光る。煌々と灯るのは紫色の光。充満する重苦しい強者の圧力。すでに限界を迎えた体力がさらに削られていく。怖い、怖いと体が勝手に震えだす。レオパルド……ラプソーンと対面した時すら感じないような、そんな圧力を今感じている。
トウカの力とは全くベクトルの違う強大な力が彼から吹き出し、そこらじゅうにひびが入り、辺りがめちゃくちゃになっていく。どちらも物理的なものだと思うのに、この違いは何だろう?
「……進化の秘宝ってなんのことなの?」
「いいよ、こっちに意識が向いていないうちに知ってることなら言っとく」
限界といわんばかりにずるずると座り込んだトウカはみんなにも座るように言った。どうせもしこっちを狙われたら避けれるほどもう動けないし、それなら少しでも体力を回復しておいたほうがいいと。
手袋から動かずの槍を引っ張り出したトウカはそれを地面に突き刺して杖のように縋れるようにした。剣……そういえば、トウカの剣、どこに行ったんだろう。
「私も本に少し載っていた記述しか知らないんだけどね。古代、私たちの船の原動力が普通に使われていた時代。黄金の腕輪を媒体にして生物の体を『進化』させる秘宝が秘密裏に研究された。
今ではそれをしたのは人間か魔物だったのかわからないけど……アーノルドの話を聞くに、人間も加担していたみたいだね。しかも想定はしていたけどかなり非人道的行為で」
トウカは一息つくと、アーノルドが脱ぎ捨てた腕を指さした。
「地獄の帝王って知ってるかな? 名前は残っていない。名前を知るだけでも殺されるような伝説の存在。地底に封印された破壊のそのもの。その存在は進化の秘宝から生まれたともいわれているよ。あの腕のような体だったのかもしれないね。とにかく秘宝は普通の人間が使用してもとてつもない力を得ることができるものだったらしい。でも廃れたし、そもそもおいそれとできるものでもなかったみたい」
続いてトウカは激しい戦闘を繰り広げるアーノルドの腕にきらきらしたものがあるよね、と言った。よくよく目を凝らせば確かにある気がする。
「あれが多分、黄金の腕輪。多分あれは形式上つけているだけなんだろうけど、進化の秘宝を媒体にするものなんだ。普通の金の腕輪じゃ役不足だろうね。どうやっているかはわからないけど、それこそずっと伝えてきたような至宝の腕輪じゃないとダメらしいてことしか知らないな。あれをしてるってことで進化の秘宝のこと、少しは頭によぎりはするんだけど……まさか本物なんて思わないよね。だって進化の秘宝は術者の精神をむしばむものだから。ゆえに廃れたんだけどさ」
トウカはひどく緩慢に自分の頭を指さした。
「私の呼んだ本には地獄の帝王以外の進化の秘宝の術者は息絶えているだろうと書いてあった。精神、その根源である記憶をむしばみ、結局すべてを忘れ、そして力の限り暴れまわり、自滅する。それが普通だって書いてあったから。好戦的になり、自分の死を恐れるってこともあったけど、自分すらわからなくなったら終わりだろうね」
「じゃあ……アーノルドはどうしてその精神を保てているのかしらね」
「ん、単純だよ。精神はしっかりイカレてると思うんだけど、記憶の保持は私のせい。もしくは亡くなった奥さんの存在だろうね。未練があればそれに縋れるってものでしょう。縋れるものの存在は大きいさ」
「……それは、そうでしょうね……」
ぺたんと座り込んだまま、トウカはふわっと
「私にも理解できるようになっちゃった。さっきまで大口叩いていたのに、彼の想いの深さってやつがそう簡単に振り払えるものじゃないってさ」
トウカの表情はまるで、
「親しい人ってさ、切り捨てられないじゃない? 私は彼を知らないけど、向こうは私をすごく知ってて、大切なら無下には出来ないなあ。もちろんレオパルドを追う旅を邪魔するっていうなら話は別だけど。ほら、なんとか決着はついたみたい」
言うやいなや、トウカは後ろから抱きすくめられた。誰って、アーノルドに。その瞬間、さっきまでの表情とは打って変わってトウカの表情が剣呑なものに変わる。
前言撤回だ、と表情が言っているのがありありとわかる。トウカって、その、性別の関係もあったかもしれないけど、家族以外には極端にスキンシップとか、取らないタイプで、それこそ最近ククールが身を張って頑張って守っているのを受け入れていたのはかなり好感度が上がってたからだろうね。
正直これなら気長にやっていけばいけるんじゃないかって欠片くらいは思えるようなものだったよ、ね。進歩だったよ。間違いないよククール、全然いける! 歩みがゆっくりだったから分かりにくかったかもしれないけど、確実に進展してるよ、好感度ゼロが実証してくれた!
そんなにひどかったって? 僕らが小さい時だって引っ張るくらいしかしてこなかったんだよ、トウカは。
「トウカ……」
思春期の娘さながらに振り払ったトウカは目を吊り上げた。対して、その目は妻にそっくりだ、とか見当違いなことを言っているアーノルド。
そういえば、最初の方って、背後に立とうものならゼシカでもかなり気をやってたよね。僕は……ほら、すでに慣れ切ってたというか。
「え」
--……相手の感情を考えなさい、そうずっと言ってきたでしょう。
多分この二方は旧知なんだろうなあ。レティスが二回目の言葉を言うと、ため息をつくかのようにどこかあきれた目でアーノルドを見ていた。アーノルドはすっかりさっきと違い、僕たちのことも普通に見ていたし、別に殺気もなかった。普通だ、おかしいくらいに普通になっていた。
--冷静になって話せば悪い者ではありません。ええ、冷静になりさえすればですが。少し話さなければならないことが増えたようですね。特に、トウカ。
その前に、とレティスが翼を広げた。一瞬の光とともに現れたのはトウカのいつもの剣。トウカは見た瞬間に鞘ごと抱きしめ……た、というよりはしっかと確保した。
--その様子では困っていたようですね。良かったです。
エルト「ククールはずっとトウカの表情が忘れられなくて固まってたよ」