【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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135話 氷解

 ゴキャッと鳴っちゃいけない音がした。そりゃあもう、目を覆いたくなるような痛い音が二人分。双方手をつかんでいる場合じゃなくなって、悶絶のあまり地面に転がった。大事な利き腕を駄目にすることに戸惑いのない護衛勤務中の兵士に冷たい目を向けたいけど、それ以前に肩の外れた親友を放っておけない。

 

 あと知り合ったばかりでも友達のお父さんが悶絶しているのもやっぱり僕は放置できない。

「くう……痛い……」

「そりゃ痛いだろうね……ほら、こっちに来て、えっと、ククールって肩はめれる?」

「……あぁ、こんな日も来ようかとな」

「良かったねトウカ。僕なら痛みを無視してはめるけどククールなら全力で迅速にやってくれるさ。ちゃんと治してもらって、そんで明日にはそこそこ動かせるようになっておいてよ、お願いだからさ。いろいろ僕には話したいことがあるんだけどそれは聞いてくれるね? オッケー?」

「う、うん、あの、怒ってる? 怒ってるよね?」

 

 なんで怒らないと思ったんだよ。もう少し大人しく穏便にしてくれれば……というか体の限界を無視して腕相撲をする子供みたいなところは怒らずにはいられないでしょ! 明日も明後日も容赦なく敵を屠るには肩が外れてちゃどうにもならないよ!

 

「怒ってるさ。取り合えず僕の数億倍甘いそこの騎士さんに手当てしてもらってよ。話はそれからさ。僕は君と同じぐらいやらかした君の……えーと、『お父さん』の方見てるからさ」

 

 父君、というのはやめておいた。トウカがお父さんというならそうなんだろうから、僕もそう呼ぶか、名前で呼んだほうがいい気がして。トウカが何を考えているかなんてわかったもんじゃないけれど、トウカはきっと、心からモノトリアさん家のトウカなんだ。

 

 こんな気安いものじゃないけどさ。それで、飲み込もうとして、咀嚼しようとしてなんとか認めることが出来たのは血縁関係ぐらいだとおもったから。

 

 期待に応えようとして、応えて、努力して、偽りだったのか本当だったのか、冷徹ではなかったけれど貴族らしく生きていた方がそりゃあ、知ったばかりの父に比べて人生の比重が重いってものでしょう? 多分、多分ね。僕には親子関係なんてわからないから。

 

「あ、いや、こっちは気にしなくても自分で」

「そうですか。じゃあいいですけど……」

 

 彼はなんということもないように自分で肩をはめて見せた。緊急事態の時のトウカだったらやりかねないけれど……いやいや、なんだろう。そんなことに最初から肩が外れた痛みに悶絶することもないんじゃない?

 

 というかそれなら……腕を再生するような馬鹿げた回復力があるなら、骨が折れそうな痛みもあんな反応することもない。じゃあわざとなあなあにするために痛がったのか? と思うには痛がりすぎていた。

 

 いいや、そんなこと。どうだっていい。きっと肩をはめるよりもトウカのへし折り方の方が痛かったんだろう。それでいい。多分、いや、絶対それはそれで間違ってはいないから。

 

 そうこうしていると向こうで歓声があがった。

 

「ククール、やるでがすね!」

「どうしたのヤンガス」

「姉貴に痛みを感じさせることもなく一瞬で治したんでがすよ。愛でがすね」

「愛ね、あれは。シミュレーションを何百回もやったって動きよ」

「……」

 

 複雑な表情を浮かべたトウカそっくりの顔をした彼は、ふたりを見比べては僕とは別種の、でも完全と言っていい信頼を寄せる様子に結局何かを言うのをやめたみたいだった。

 

 顔を見なくたってあの太陽の笑顔がまっすぐにククールに向いていることぐらいは軽く想像できる。

 

「いいか、治ったとはいえ癖になるかもしれないんだから今日はなるべく左手で戦うようにしてくれよ?」

「わかったよ! にしてもすごいねククール! 一瞬だなんて!君は世界一の外傷治癒型魔法使いじゃない?」

「サンキュー……じゃなくて、早く治るからってあんな無茶な腕の使い方なんてしないでくれ。本当なら、トウカみたいなうら若い乙女が戦う必要なんて……いや、それは、野暮だったな。無理か。」

「ごめんね、そのとおり、無理だよ! でも気をつける、今度は、今度やる時はちゃんとこっちが負ける前にへし折るさ」

 

 なんて軽く乳繰りあっているような会話まで聞かされてこう、彼は神妙な顔をしていた。

 

 すると思考が読まれたのかってぐらい、ものすごい勢いで振り返られたので僕は素知らぬ顔をした。

 

「……ところで、私のことはもういいよ。一つ、説明してほしいことがあるんだけれど、『お父さん』」

「いいよ、何だって」

「ミハエルは、兄上は、どうなったの、やっぱり」

「……なぁ、それについてずっと気になってたんだが」

「あぁ、君には見えるのか。そこのお嬢さんも見えるんだろう。そこでずっとトウカに熱い声援を送ってるよ。ちょっと、見せてあげよう」

 

 そこ? きょろきょろ周りを見て見てもなんの気配もない。ククールとゼシカには見えるって何なんだろう。魔法的、それもかなり限定的ってこと? でも僕だって……決して魔法が不得手な訳じゃないんだけど。ヤンガスだって、回復魔法なら中級程度の魔法は使えるし、例えばスクルトは決して簡単な魔法じゃないんだけど。僕いつまで経ってもできないし。

 

 彼はその辺の地面のえぐれたところが砂みたいになっているのに目をつけると、それを手ですくった。そして見るからに適当に魔力を込めて、ぽいっと投げた。すると砂がかかったその先には人影が。……一人分だけ、現れた。

 

 ルゼルの方みたい。だって肌に色がある。……でも、心なしか不機嫌そう。だけど、トウカの唖然とした顔を見て慌ててにっこり笑った。頬が、ちょっと辛そうだけど、本心からの笑顔に見えた。

 

 なんとなく、らしいなぁって、思えてきた。知らない人のはず、なのにな。あの兄は、妹のことが大好きで、……きっと、ミシャがトウカを知っていたように彼もトウカを見守っていたんだと思う。

 

 ライティアの妄想が妄想じゃなくって、トウカに兄のいる世界なら、きっともっと僕にとって見慣れていたはずの光景。

 

『扱いが適当すぎ……眷属やめよう。ううん、死んでるから最初から無効。契約なんてなくたってお兄ちゃんは妹を守るものじゃない。そう思わないかい、銀のしっぽのお兄さんに茶色い頭のお兄さん』

 

 死人らしい白い肌が僕の頬をなぜようとして、すり抜けた。なんとなく懐かしいような顔をしているのが納得できるようで不思議だったけど、彼が囁くように夢見の力ってやつだからって、誤魔化した。

 

 夢見の力。多分説明する時間もないんだろうけど、お見通しってことなんだろう、なんでも。特に目の前の青年は、僕たちとそもそも前提が違ってる。

 

「兄上?!」

『うん、そうだよ。十九年も亡霊やってたら早々成仏できなくてさ。ミハエルは無理やり向こうに送っといたから心配しないでね。向こうでミハエルの両親に怒られていればいいんだ』

「両親……」

 

 反応したトウカにルゼルという、妹しか見えていない男はこっちのトロデーンはそんなによい状況じゃないと宣う。

 

『表裏一体の呪いなんてもうとっくに解けてるから俺の両親は大丈夫だと思うよ。俺が全部のろいとかの残滓を持っていったからね、しがらみも契約も。茨の呪いさえ解ければ元の通りだよ、お兄ちゃん頑張ったでしょ? そっちに何か残ってる覚えはあるけど……それは残念ながら俺の死因と理由は同じだからどうすることもできないよ』

「……のろいとか、持って行って、そんなの」

『そもそも俺の方は生まれてないんだよ、トウカ。俺は君を覗き見して兄気取りしてるだけなんだから。……成仏に時間はいるけど、ごめんね、しばらくは存在できてもこうして話していられる時間は短くてね。

いいかい、ミハエル・カラドには夢見の力とかいう千里眼じみたじみた力があって。死人に力なんていらないと思うからそれを引っこ抜いて持ってきたんだ。俺はミハエルじゃないけど、まぁ、世界っていうのは案外適当さ。世代にズレもないし』

 

 それを展開して、ラプソーンの手がかりを探してあげる。そしてその場所にレティスの力で行って。それで、それで、元凶にお灸をすえてやればいい。

 

 なんて、とんでもないことをさらっと言った。

 

『トウカ、俺はずっと見てきた。伝える手段はなくとも、ミハエルが覗き見していたのを良いことに。ありがとう、両親を愛してくれて。

でももういいんだ。俺の代わりも、何もかも。君はやりたいようにやって、幸せになって。幸いにもやきもきする間もなくかっさらってくれる男がそこにいるらしい。しかも幸せにする気満々だ。参ったね。……厄介なことは多分……なんとかなるさ。家のことだって、この旅路の結果だって』

 

 この後に及んで誰のことか分かっていないトウカに微笑み、ルゼルは地図を出すように言った。それを光が漏れ出ていく手でひと撫でして。

 

『そうだね、いつもトウカ、一番に守ってくれる人さ。一番君を大事に思っていて、その為に努力を惜しまない男だよ。そろそろ自覚してあげないとね、可愛い妹』

 

 そしてルゼルは表情を変えることもなくことの成り行きを見ていたアーノルドに向き直った。

 

『お返ししましょう、あなたに貰ったものを。父も母も血が薄い。なので力はほとんどない。俺が最後のモノトリアです。そして、カラドの方も。『夢見』、そして、『操作』。望むべきものはもう、ありません。困った女が捻れた夢見を持っていますが、まぁ、……お返しした段階で消えるでしょう』

 

 ルゼルの指先からさらに光が零れて、地図にきらきらと光が吸い込まれていって、艶やかな黒髪が薄れて、白い肌が透けていく。

 

「望むべきものはもうない? 嘘を言うな」

『人間に干渉するほどの力はもうありません。よって、ありません』

「お前の望みは並行世界の記憶だろう? それくらいなら土産にやっても構わない」

『いいえ、いいえ。それは俺のものじゃありませんよ。そっちの世界の俺は幸せ者ですが、トウカに何一つ助力がない、情けない男ですよ』

 

 しかし、とルゼルはうっすら微笑んだ。

 

『俺は地図に痕跡を残せる。全部の力を注ぎこんで、全てを紙に書き記す。夢見を操作できる俺にだけ出来ることです。俺が生まれていた世界じゃ出来ないことです。これで良かったんだ』

 

 はらりと、地図が地面に落ちた。

 

・・・・

・・・

・・

 

「行き先はどこって?」

「えっとね……こんなところに何かあったっけ?」

「うーん……歩いて行けるところじゃないから何かあるのかもね。神鳥の力でいってみようか」

 

 あの人は、光の世界には行けないと言った。そもそも進化の秘宝とかいう呪術を使われる前は普通にあの世界の人間だったらしくて。ちょっと行ってくることはできるけど旅なんて無理だと。

 

 兄上の地図は小さな光を世界中に指し示している。そしてそれに触れると何がいいとかこれがいいとか教えてくれる。そしてひときわ眩い光がついているところが、ラプソーンへの手がかりらしい。

 

 久しぶりの鮮やかな世界に目眩がする。……いや、それだけじゃないかも。

 

「大丈夫か?」

「うーん、こればっかりは慣れないとさ。まだ眼帯がなきゃ駄目かも」

 

 私の目は父の手によって両方見えるようになっていたから。でも、見えてちゃ逆に不便だ。感覚が掴めなくて。だから覆っている。そんでもって戦闘中とかじゃない時には外して鳴らしている。すっ転びそうな時はククールが引っ張りあげてくれようとする。……ごめんね、この旅が終わるまで装備の重量は減らす気はないんだ。

 

「ねぇあとでホイミ教えてよエルト」

「……。さっきの惨事から舌の根が乾かぬうちから言うの?」

「どうせまたセルフマダンテになるわよ、やめときなさい」

「えー」

 

 あと魔法も……というか魔力も視力と一緒に解放された。とはいえ。

 

 どっちも慣れなくて支障がおおきいからどっちも使うなって。まぁ、魔法の方はさ、使う気はなんかなくなっていた。どちみち加減がわからず暴走するんだけど。メラって唱えたらもう、なんか、炎すらなく暴走した。

 

 ……でも、それでも、あんなに使いたかったのにな。なんでだろう。……うーん、私が使う必要はないから、かな?

 

 だってさ。

 

「ねぇククール」

「どうした?」

「……今までありがとう」

 

 え、何、みんな一斉に振り返って。ククールはなんでそんなに顔面蒼白なの。陛下までなんでそんな驚いた顔をなさるんだ!

 

「え、あ、ど、どういたしまして?」

「ま、ま、まさか」

「え、さ、流石にトウカが血も涙もない事をするわけないって」

「あ、姉貴……」

 

 なんだっていうんだ。

 

「……みんなどうしたの」

「いやギャラリーは気にしないで続けて。結論が変わらないなら早めの方がいいと思う」

 

 なんの話だよ。ククール倒れそうなんだけど続けていいの?

 

「……続けてくれ……」

「……大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫だ。MPなら八割残っているぜ」

 

 MPは体調に関係ないと思うんだけどな。でも本人がいうならそうなんだろうね。

 

「私、ククールのこともっと知りたいなって……兄上の言葉の意味は、その、ごめんね、気づかなくって。……そういうことなんでしょ?」

 

 今度こそククールは倒れそうな顔色になった。

 

「私は、女の子らしいことは言えないけれど。……ね、ククール、私は一途な人を……好きになりたいな」

 

 ぎゅっと、でも、優しく、それでもって、思いっきり抱き締められた。

 

「……喜んで、俺の、お姫様」

 

 クールで整った顔が、眉を下げて笑う。私は、照れくさくなって、どんな顔をしているのか分からなかった。

 

「ね、ちょっと、ドキドキするんだけど、大丈夫かな、ねえ」

「トウカが俺に脈が……ある……」

「え、それは最近からあったと思う」

 

 え、なんで、そんなにびっくりするの。

 

「ちょっとね、なんか……ドキドキすることがあった」

 

 恥ずかしすぎるのでするっと腕の中から逃げ出す。そして地図を荷物にしまい込んで、そっぽを向いた。

 

「ね、行こう。全部終わったら、何だってできるよ、きっと」

 

 照れ隠しくらいは許して欲しい。戦いしか知らないような私に、そういうのはとっても難しいから。


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