【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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副題 それぞれの思惑、それぞれの育ち


142.5話 閑話

 いつだって自分のことばっかりだった。ただ目先のことに夢中で、未来のことなんてなくて、ただ認められたくて、一人でいたくなくて、生きていたかった。

 

 気づいた頃には拾われていた。幼い時からトロデーンの王家をお守りするのだと、言い聞かせられた。

 

 あの頃の私にはかつての記憶があったから、小市民的にただの小娘だったから、見るからに育ちの良い、私を拾ってくれた大人の言葉に逆らおうなんて思わなかった。

 

 ただ、鮮烈に焼き付いた命の危険は、多少なりとも「私」の人格形成に影響があったと思う。殴り合いの喧嘩すらしたことのない、その上痛みを感じるまでもなく即死した私には狂った殺気はあまりにも強烈だったから。

 

 ある意味、今の私はライティアが形成したようなものかもしれない。

 

 組み飲まれた歯車を乱すなんて怖くてできなかったから、私はただ「役割」を全うするだけでよかった。魔法が使えない私にはきっと、何も求められなかったし……あの恐怖がなければ普通に女の子として育てられ、見繕われたモノトリアの終焉に相応しい相手に嫁いで綺麗に長い歴史を閉じたのだと思う。

 

 もしかしたら、婿を迎え入れて存続するかもしれなかったけれど、私はただの捨て子で、あの時の認識では誰もが出奔した人間の子孫が奇跡的に見つかっただけだったから、特別なことはしないだろうと思っていた。

 

 私はわがままだった。傲慢でもあった。役割に徹するのであれば、徹してしまえば良かったのに、それを遂行するにはあまりにも弱かった。

 

 私は女だ。でも、この世界でいう男らしさも、女らしさも持ち合わせているとは思えない。どちらかに徹しきれていればここまで……考えなくても良かったと思う。

 

 徹していたら、きっと、この旅で温かな気持ちをたくさん浴びることは無かったのだろうけど。

 

 夜風に髪が弄ばれる。足元を駆け抜ける風は寝間着をぱたぱたとはためかせる。寝間着の上から背負った剣は愛剣と比べて軽すぎて、頼りなくて、悲しくなってきた。

 

 剣士の誇りを手放すなんて、やっぱり私は中途半端なんだ。記憶のないときの私は、どうして死んだんだろう。どんなもので追い詰められ、何をもって殺されたのか。

 

 あぁ軋む、体中が立っていることを拒絶する。でも立っていられる。実際骨がおかしくなった訳でも傷を負っている訳でも無い。私はただ怖いだけで、怖さから逃げるために体は強ばり、がたがた震えようとする。

 

 それを抑え込むから、体がぎしぎし軋むんだ。

 

 そうだ……三日経ったら、私はククールの兄に刃を向けるんだ。

 

 彼がどんな人間であろうとも、私は情を抱いた人間の肉親へ殺意を持って向かわないといけないんだ。

 

 どんな肯定を受けようが、どんな正当性があろうとも、そうなったら、一生その事実には変わりはない。そうか……そっか。私はきっと、躊躇なく剣を抜くだろうけれど。

 

 胸が痛い。戦闘を楽しむ、脳内麻薬に溺れて半ば冷静さを欠いて思考を停止するだけではいけない。戦闘狂に身を投げ出して、なぎ倒すだけでは解決しない。

 

 バルコニーの柵を掴んだ。何にも捕まらずに立っていることは辛かった。

 

 いっそ飛び降りてしまおうか。

 

 別に自殺したいわけじゃない。この程度の高さ、こんな頼りない服に素足でも怪我すら負わないのは間違いない。足元に鋭い石があったら切るかもしれないけれど、それが無ければあざすら出来ないと思う。

 

 ただ、夜の風、冷たい風をもっと強く浴びたいと思ったから。

 

 結構いい考えかもしれない。飛び降りて地面につく寸前にキメラの翼を使えばもっと頭も冷えるかも。それでトロデーンの城を見れば、心から冷えるだろうね。

 

 とは、考えたのだけど。キメラの翼なんて寝るために準備していたのに持っているわけないし、正直考えすぎでクラクラして、柵を飛び越えるのも億劫だった。

 

 ふっと意識が遠のいて、ふらふらと地面に座り込む。これは……なんだろう。息が苦しい。目が良く見えない。どうにも吐き気がして、なんだかこのまま死んでしまうような気がする。手足が冷たい、音が遠い。なのに力強く足を踏み鳴らしたいような感覚。沸き上がってくる焦燥感、でもそれをするには体が重すぎる。

 

 とうとう、私は地面にそのまま寝転がるはめになった。座っているより随分楽だ。冷たい地面は気持ちがいい。深呼吸を恐る恐る繰り返しているうちにだんだん、気分が良くなっていく。

 

 体の不調が徐々に引いていく。それと同時になんだか眠くてだるくって、すべてがどうでも良くなって、私はそのままゆるゆると目を閉じた。

 

 今日はこのままここで寝ちゃおう。

 

 いいよね、別に。……いいわけないんだけど。

 

 ちなみにモーニングコールは、予定調和といわんばかりにド派手なククールの悲鳴だった。声量に驚いて目を開けたら必死に腕をとって脈を取りながら呼びかけてくるなんて……いやごめん、考えてみればその反応は想定の範囲内だった。私が浅はかだった。

 

 この前まで死体やったばっかりなのに、あんなに一生懸命蘇生してもらったのに、この仕打ちは酷い。我ながら不誠実すぎる。

 

 そう、私が何かをやらかせばククールかエルトに必ず皺寄せが行くんだ。これからはやめておいた方がいいな、と再発した音の遠い世界でぼーっと考えていた。

 

 手が冷えすぎているとか、流石にこれはおかしいんじゃないかと肩を優しく叩かれながら大声で呼びかけられて、それでもぼーっとしていた私に、朝っぱらから呼ばれた医者は言ったのだけど。

 

「貧血ですな」

 

 と。

 

 貧血か。戦闘中に血が足りなくなったら視界が暗くなったり、体がだるくって仕方なくなったりしたからそれを「貧血」だと思ってたんだけど、そうか、こっちが本物なのか。

 

 結論的にはどっちも本物で、脳内麻薬が全てをどうにかしてくれていただけの話。平常心で、なおかつ死体を長くやると元気はつらつの体現で生きている人間でもなんとでもなるってさ。

 

 多分、私は昔よりも弱くなってしまったんだと思う。それは正しいことで、どっちかというと今までの方がおかしかったんだとも。

 

 それから……そうだ、ほぼ狂っていた私と違って、ほかの人はもっとこんなふうに痛みを感じるはずなんだ。心にも、体の不調としても。もっと、優しくならないと。

 

 私は、きっと、「桃華」の記憶をほとんど失って、ようやくこの世界で生まれたのだろう。人として、歩み始めたのだと思う。

 

 かつての両親の顔すらもうわからない。友人にどんな人がいたのかもわからない。かつての苗字すら曖昧だった。でも

それに比例して……なんだか、目の前の人を直視するのも恥ずかしい気持ちが湧き上がる。

 

 今まで、私のがさつなところや、女らしくないところをこれでもかと見せてしまった、綺麗な人に。きっとそういうところは「らしくない」から、そんなところは見せない方がいいのだろうけど。

 

「素振りしたいな、もう大丈夫だからさ。ちょっとは体の『鈍り』をなんとかしないと」

「いや寝とけ。倒れるなんて尋常じゃないんだ。頼むから、もう、頼むから……」

「……大丈夫だよ」

 

 あぁらしくない!目すら合わせられないなんて!

 

 

 

 

 

 

 なるほどたしかにトウカは姫なんだ。

 

 って。

 

 うん。まぁ立場的には今更だよね。

 

 トウカの複雑に絡み合った事情がすべて嘘偽りないとして、それを踏まえて顔面蒼白としか言いようがない顔色の悪さ、表情のなさ、そしてこうでもなきゃ表に出てこない弱々しさ。

 

 誰の呼び掛けにもまともに答えることなく、ベッドで薄ぼんやりと目を開けてぼーっとしている姿から、いわゆる病弱な深窓の姫が存在するのなら、たしかにこんな感じかもしれない。って。そう、思える。髪が短くなければさらに思えたかもしれない。

 

 僕の知っている王族の女性は何しろ、たいていは髪が長いし。

 

 なにより呼びかけているのがククールだからね。それだけで相手がどんな顔でも間違いなく絵になる。

 

 僕が何故こんなにもお気楽他人事なのかというと、ククールがさっきから心配のあまり盲目すぎるだけで、トウカが既にほとんど復活しているんだ。既に肉が食べたいだの素振りしてきていいかだの、心配するまでもない言葉が次々飛び出しているから。

 

 深窓の姫はククールの頭の中にしかいない。でも肉は確かに食べた方がいいよ。貧血ならね。貧血は本当らしくて、顔色はあまり良くない。この分だと増血の魔法をククールが編み出しかねない。

 

 それはそれとしてなんというか、貴族の娘という意味でやっぱり彼女は姫らしい。物語の相場なら、姫には白馬の似合う王子が迎えに来るらしいし、実際王子ではなくても白馬の似合う騎士が愛を語っているところとか、もはや面白くなってきた。

 

 こっちの恋はきっと実るだろうに。そう思うと僕の方はちょっと流石に身分の壁が険しすぎて見ないフリした方が精神的に良さそう。

 

 結果的に孤児ではなかったトウカだけど、同じようにその辺に置き去りにされた子供はかたや貴族で、かたやどう足掻いても平民である……ところとか。いや、まぁ、それ以前に「貴族の」姫と「王国の」姫では手に入れる難易度が違うというか。

 

 待って、「モノトリアの」姫という意味ではそっちの方が難易度が高いかもしれたい。戦闘能力を超えられない姫という意味では無理なはずなんだけど、……なんとかなりそうなのはトウカと競合できないところでククールに能力があるところとかが勝因か。

 

 ……は、僕は何を僻んでいるのか。

 

 なんだろう。太陽の光がご無沙汰すぎて考えまで暗いみたいだ。

 

 大丈夫、これはちょっとおかしくなっているだけなんだ。トウカの努力とククールの努力と涙を僕は見ているんだから、知らない人間みたいに変な邪推や憶測で妬んだりしない。

 

 立場がどうであってもトウカと同じことをやることは出来ない。ククールのように身を削り心と目から涙が溢れるほどに一途でもない。かもしれない。

 

 ただ、心のやわらかいところがちょっと痛いだけで。

 

 僕の親がどこの誰なのか、ひょっこり分かったらこんな気持ちじゃなくなるかもしれない。なんて、それぞれ血縁とは切っても切れそうにない関係を持つ二人を見ながら思う。

 

 まさか僕まで血縁に恋路まで左右されることになるなんて思いもしない。そりゃあ、思うわけもなかったよ。僕は、その知る瞬間までどこぞの考えなしの駆け落ち夫婦の子か、口減らしに捨てられたんだとばかり考えていたから。

 

 それにしても、トウカがなんか……ククールに照れている気がするんだけど。春かな? あ、ククールにとっての。




こちら、そもそも番外編集へ投下予定でしたが、分類としてあちらにあるものよりは大筋に近いのでこちらにあげます。

番外編集には「もしも」や大筋とは関係の薄い話がいくつかあるので是非そちらもご贔屓に。

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