【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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144話 崩壊

 爆風をなんとかやり過ごし、僕は槍を構え直した。今の爆風くらいじゃマルチェロはひるむどころか利用してくるとしか思えない。案の定僕に迫ったレイピアの一撃を僕は薙ぎ払いで返事した。

 

 剣で僕にかかってくるのは不意打ちだろうと舐めているとしか言いようがない。それは、僕が素晴らしく剣が得意であるという意味ではなくて、世界で一番剣がうまい人を隣で見てきたという意味だよ。しかもいくらマルチェロが強くても、トウカ並の力でかかってくるわけじゃない。剣だって細い。せめて魔法なら、僕は丸焦げになっていたかもしれないのに。

 

 背後から影が迫ってくるのを視界の端で捉えると後ろに入れ替わるように飛び退いた。ついでに効かないだろうなと思いつつもマホトーンを詠唱しながら。うん……まぁ、効いてないや。

 

「チェストォ!」

 

 全く容赦のない一撃がマルチェロの胸に向かって飛ぶ。急ごしらえの金属の塊は真っ直ぐ、恐ろしい勢いで突き進む。トウカに蹴散らされた聖堂騎士団員ならこれで痛みを感じることなく絶命しただろうけど、彼はただの団員よりも幾段も上だった。

 

 でも、彼は人間だ。ラプソーンに操られている訳でも無いらしい。

 

 なんとか捌き、見事に五体満足を維持したものの、たたらを踏むのには充分だった。もちろん、殺さない程度の加減というものは先に殺されているトウカに存在しない。すかさず横薙ぎに追撃し、防ぎきれなかった腕から鮮血が散る。そんな状態でもマルチェロは捌いたらしく、それでも腕も首も繋がっているのは見事。瞬時に出血をベホイミで止めるのも的確かつ迅速な判断。

 

 一方、険しい顔をしても自分の役割をまっとうするククールは一瞬の反撃でかすり傷を負ったトウカにもはや無言でホイミを掛けている。回復魔法の適性は弟の方が高そうだ。手持ちぶたさながら、近寄ろうとしないのは仕方ない。

 

 いや、精神的な問題じゃなくて物理的に。剣士トウカと背中合わせになる位置は危険すぎる。

 

 トウカの目に戦いの興奮はない。ただただ真剣で、僕は安心する。ドルマゲスやゼシカのときとは違う。正真正銘、自分の意思で敵対する人間から杖を殺してでも奪い取らなければならない今、自分や仲間の真っ当な倫理観は微かな迷いを断ち切るためにはありがたいから。そして、発覚した正当に人外じみた出生も、彼女の人間性になにも変化をもたらさなかったから。

 

 マルチェロの反撃を籠手でいなし、さらに連撃を加えるトウカの援護は何がいいだろう。額から血を流しつつも笑みを崩さない姿は何か策があるんだろうし。とりあえず、物理に慣れられても困るから……魔法かな。

 

 パリッと電気が散る。僕が手を空にかざした瞬間トウカが後ろに思いっきり退避した。黄色の電撃がそこらじゅうに突き刺さる。マルチェロの笑みが消えた。

 

「ギガデイン」

 

 轟音と主に雷が降り注いだ。多分、命中した。そしてこれも多分だけど、これぐらいでは死なないと思う。普通ならともかく。彼はすでに回復なしの長期戦としてはこの中の誰よりもタフだったし。

 

 やるなら言ってよ!とトウカが叫ぶ。それでも立っていて、体中を焦がしながらマルチェロは素早く僕から目を逸らした。視線の先にはゼシカ。

 

 ……僕はなんとなく、トウカの死因が分かったよ。人質か。

 

 最初は僕にしようとしたのかな。厄介なのはトウカだものね、トウカをなんとか排除したら戦いやすいよね。でも僕は諦めた。次はゼシカか。ゼシカはやめておいた方がいいのだけど。ククールは狙わないところは「らしい」けど一番効果がある人選なのは皮肉かもしれない。

 

 あのときは誰を人質にしたんだろう。トウカは傷の少なさから考えれば多分、毒で自害した。ザオリクでは傷が消えることしか見えないけど、毒が死因でも解毒されるものだし。

 

 でも人質は誰なんだろう? いくら罪がなくても、何も知らない子どもだったとしても、トウカはただの一般人相手に自分の命を張ろうなんて、そんな博愛的な人間じゃない。それじゃあ務まらない。悲しいけれど、トウカは仲間よりも王を取るべき人間だ。……僕もか。僕らには務めがあるんだから。

 

 務め? ……あぁ、人質もわかった気がした。

 

 彼には残念な事ながら、分が悪い。ゼシカは捕まる様な油断を持たない。そしてゼシカは僕より魔法がうまい。火柱は、彼の命を奪うことはなかったけれど、膝をつかせるには十分だった。

 

 僕は、軽蔑はしなかった。目的は……法王になることなのかもしれない。ただの私欲で人を殺したというのは許されてはならない。でも、僕にそんな権利はないし、良くも悪くも彼は他人だったから。

 

 軽蔑していいのはククールだ。断罪していいのも。僕に家族は分からないけれど、多分そういうものなんだと思う。ククールは杖を下ろし、膝をついたマルチェロをじっと見つめていた。憎しみは、なかった。

 

 

 

 

 

 

「エルト! いくよ!」

「もちろん!」

 

 杖の回収は操られる危険から、呪いの効かないエルトか私がするべきだ。膝をついてもうまともな身動きができそうにない今なら奪える! エルトは槍を素早く収めて駆け出す。エルトは保険だ。

 

 私は跳んで、マルチェロの前に立つとぐいっと杖を掴んだ。……おかしい、この脱力は演技ではないように見えるのに、なぜ杖を持つ力は抜けていないの?

 

 するとゆっくりとマルチェロが、顔をあげた。動きはさっきまでの苛烈な戦いが無かったかのように滑らかで、静かだ。

 

 目は怪しく光り、髪は色が反転したように白い。まずい、操られたか!

 

「ご苦労、この体は抵抗して面倒でね」

「そう、でも私は二度は同じ手を食わないよ」

「残念だ」

 

 私の腹をまた刺そうたって、警戒しているのに許すものか。犬の姿よりは癪だけど、ストラ姿の男性は妙に凄みがある。だから少し怖かった。

 

 でも、今度こそは私は倒れない。すべての賢者の末裔が亡くなった今、ラプソーンが何をするのか、次は何を狙うのか全く想像がつかない。私たちに出来ることは杖をもぎ取り、再び杖を封印することだけ。そうすればトロデーンの呪いも、陛下と姫の呪いも、きっと解ける。

 

 マルチェロは、いや、ラプソーンはかつてのドルマゲスのように空中に浮いた。私はやすやすと振り払われてしまった。そして聖地ゴルドの御神体、女神像を背景にして邪悪に笑う。

 

「我が肉体はここにあり! 蘇るがいい!」

 

 杖は、女神の首元に撃ち込まれた。同時に女神像が、聖地が、まるごと崩れ始める。一気に力を失ったマルチェロは落下する。

 

 私は、後ろから迫っていたエルトとあっけにとられていた他のみんなに半ば体当たりしながら捕まえて退避した。崩れる、足場が、全部!

 

 私たちがいたステージは女神像を中心に浮き上がっていく。ここに群衆がいたら、と思うとぞっとする。随分落ちた体力と体重のせいで前なら大したこともなかったみんなの体重がずしりと重くて、手から抜けてしまいそうだ。でも足を止められない。私はあの、マイエラで鉄格子を引き裂いた時の力が出るように祈って、扉を体当たりでぶち抜いて飛び出す。

 

 外で目を剥いて崩壊する女神像を見つめていた聖地の人々や、残った聖堂騎士たちはそんな私たちに目もくれない。世界の終わりだと叫び、神に祈るだけ。

 

 神への祈りは窮地の助けになるものか! 今目の前にいるのは暗黒神だ! 光の民を助けるものか!

 

「逃げろ! ここは、危険だ! 外へ!」

 

 あらん限りの声で叫ぶ。何人かがはっとして、駆け出す。それに誘われるように人々が逃げ出す。私は、とうとう耐えきれなくなって足が抜けるようにすっ転んだ。そんな私を今度はエルトが私を抱えあげた。鎖帷子を着込んだ重い体をよく、持ち上げられるようなものだ。

 

 よく見るとククールがバイキルトを唱えていたけどそれは私に欲しかった。

 

「瓦礫が!」

 

 みんなで逃げる。崩れる瓦礫から逃げるように。でも、ダメだった。瓦礫は私たちに降り注ぐことなく浮き上がる建物の方に吸い込まれていったけれど、目の前で大地にひびが入って、大地と決別する。

 

 激しい衝撃が、飛び交う暴風が、気持ちの悪い魔力が渦巻いて私たちはそろって意識を失った。


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