146話 派閥
やっぱり強い敵と戦うのは心が踊るね。剣を振りぬくその瞬間、私は紛れもなく楽しいから! でも笑うことすら余裕はない。ほんの少しのことでも、敵を呼び寄せてしまうようなことは避けるべきで、襲い来る魔物はどいつもこいつも強い。
私はちょっぴり笑顔になるだけで、声の一つも立てることなく、なるべく一撃で殺すことに専念していた。もちろん、魔物にも悲鳴をあげさせることなく進むため。心臓を撃ち抜いたり、首を落としたり、胴体をサイコロステーキにしたりとバリエーションは多分豊富。
返り血は浴びないように、でも臨場感バッチリにユッケを作ることも出来る。うん、久しぶりに料理してる気がするけど、やりたくてやってるんじゃなくて、サイコロステーキ戦法がふさわしいからやってるだけだし、いいよね!ユッケはちょっと手間がかかるからやってないよ、ほんとだよ。
この、暗黒魔城都市と呼ぶべきラプソーンの居城にはギミックが多い。レバーによって作動する階段は多分正攻法とやらでは遠回りしなきゃならないんだろうけれど、私は脚力を存分に生かして飛び越え、レバーを引かせてもらった。うん……そのせいでしばらく魔物のラッシュだったけど。飛び込む動きを見られたのか、ショートカットすると作動するセンサーでもあったのか、わからないけどまぁしょうがないね!
結局魔物にばれないようにレバーの方へみんなで回るのと、どっちが早かったのか分からないけれど、撤退を考えるならこっちのほうが良いと思う。なにせリレミトはかき消されるし、ルーラは駄目みたいだし、空が見えるところなら神鳥の魂の力で帰れそうだけど、天井があるところも多いし。
美しきトロデーンを取り戻し、みんなの仇を討つためになら、犠牲は必要かもしれない。でもその犠牲は命で払うものじゃないから。逃げも戦法なのさ!
と、まあ、魔物を殺しながら考えているのだから私が殺されても文句を言えないかもしれないね! 文句は言わないけど何としてでも生き残るから大丈夫!
それにしても結構上空にあるわりには空気が薄いとかがなくてよかったよね! 寒くもないし! まぁ私着込んでるからゼシカとかヤンガスは寒いのかな?そう見えないけど。
原理は未だによくわからないけれど、なんだかとっても力が出るんだよね。一応確認してもらったけど、外見はエルトと同じ色なのに。「父さん」が何かをしたのかもしれない。残念なことに、遺伝を考えてみれば脱色してる方が本来の色だろうけど、私はこっちの、茶髪に黒い目の方が馴染みがあって好きなんだ。
まぁなんだっていいよ。今はそんなことどうだっていいよ。銀髪ならククールとおそろいだし、本当にどっちだっていいんだよ。
完全な不意打ちならモンスターの胴を真っ二つに斬り裂いて暗殺できることが重要なのさ。銀髪なら何故か力が出るからね。相手は悲鳴すらなく死ぬ。素晴らしいね。
力があることは正義! 獣も理解する自然の摂理! 私たちはここのボスを殺しに来た。だからここの生態系の頂点に立てなきゃ勝てっこないものね!
それにしても、ちょくちょく向かってこない魔物がいるんだけどなんだろう。仲間を呼ぶわけでもないし、虐殺したいわけじゃないからスルーするんだけど、平和主義の魔物もいるってことなの? それとも中立? 非戦闘員なの? 味方ってことはないと思うけど、中にはお辞儀するのもいた。
あんまり考えたくないんだけど、もしかして魔物にも派閥があるのかな。そして、それはラプソーン派とアーノルド派なら? これなら攻撃してこない理由になる。でもってわけわからないのは、ラプソーンの居城になんでそんな別派閥のやつらが普通にいれるかってこと。まさか上がそれを理解してないボンクラってことはないよね? まさかね?
……まさかね。
「非道、外道を貫く我らが神よ。正当なる魔の後継者が目覚めた今、神はもう必要ない!」
「なぁにあれ」
トウカの素っ頓狂な小声。確かに想定外すぎる。まさか仲間割れしてるなんて。
いざラプソーンを討つ! と意気込んで飛び出したかの玉座の前には百体ほどの鎧兜を身につけ武装した魔物たち。反逆しているように見える。ラプソーンは不気味に笑い、反逆者たちよりもこっちを見ていて、不気味だ。
正当なる魔の後継者。うーん、不穏なワード。これ以上敵が増えるのも、強そうな敵が出てくるのも勘弁だよ。ねぇトウカは聞き覚えある?え?身に覚えが?まさか後継者ってあの人?確かに魔族っぽい外見だけど、あの人元々人間だよね?
「お前たちは勘違いしているようだ。魔を治める者は一人にあらず。お前たちが敬愛する『継承者』もまた為政者よ。不安がることなく待っているといい。生贄を捧げれば闇と光の世界を繋ぐこともできよう」
「姫を生贄に捧げようという魂胆はとっくに把握している! 妃を奪った非情な神は娘まで奪おうというのか!」
なるほど。確かに奥さんを亡くしていて、トウカが狙われて、と。辻褄が合う。
その娘さんは奪われるどころかラプソーンを亡き者にしようとするくらいの強さがあるからあんまり何も知らないのに怖がらなくてもいいと思うけどな。少なくとも集まってる魔物たちは僕たちに気づいているみたいだけど敵対の意思がなくて安心した。
「あいつの子とはいえ人間の血を引く存在を姫と言い切るお前たちの優しさはよく身に染みて分かった。しかし反逆には死を。『姫』の目の前で朽ち果てるがいい」
「進化の至宝は人の子だろうと我らが魔の姫にふさわしい! いにしえより『進化』の末、すべての存在は魔に至り、戦闘をこの上なく愛したゆえに!」
トウカが合点がいったと、手を打った。
「なるほど? いやぁ前々から疑問だったんだよね。別に私、最初から戦闘狂だったわけじゃないだよ。その昔、私はただの女の子だった。それがどうしてこんなに狂ったのかちょっと気になってたさ。なるほどね? 遺伝に組み込まれているのか……なるほどね?
遺伝性ならまずいよね」
いや君最初からそうじゃないか。まさか八歳より前は大人しかったとでも言うのかい? 僕が来る前からそうだったって聞いてるけど。その最初っていつのこと?
僕の疑問も知らず、こりゃ養子かな。と、ククールが肩を思いっきり揺らすことをトウカは呟くと、剣を引き抜いた。
今そこを心配するところじゃないと思うんだけど。ほらククールの顔みて。女ったらしが聞いて呆れるけど、まずはものにするところから高難易度すぎて先のことを何も考えてなかったって顔だよ。この様子だと結婚のことも何も考えずにただただ二人して幸せになりたかったみたいじゃない?
あーあ、親友が取られちゃうな。お幸せにね。
「私は姫じゃない。ただの剣士さ。魔物を束ねる存在にはならない。『父』がどうするかは私には関係のないことだ。
とりあえず、私と敵対する意志がないならば、ラプソーンを打ち倒すのは私たちだ。別にあなたたちが倒してくれるのならそれに越したことはないけれど、どうやら私にもはっきりとあなたたちとラプソーンの力量差が分かるものでね」
魔物たちはトウカの気迫に押されて道を開いた。去れと言わんばかりに腕を振られて、わらわらと散っていく。魔法かなにかで逃げたらしい。
「とりあえずこれ、また父さんに会うことがあったらすべて押し付けたいね。
ねぇ、反逆される暴君」
「……」
銀髪が揺れる。「進化の秘宝」がなにか、僕にはわからない。ただ普通の人間をトウカにしてしまうものだっていうなら廃れているのも納得だ。
多分これが広がったらククールも増えないとよろしくないことになる。ククールは天然物なので比率がよくないことになって、多分廃れたんだと思う。それかそもそも難易度が高いんじゃないかな。
「私個人としての恨みは、城を茨にされたこと。それさえ解いてくれれば一応もう関わる義理はないのだけど、七賢者が殺されるのを見てそうも言っていられないようになったね。じゃあ、死んでね」
トウカの剣と、ラプソーンの杖がぶち当たった。僕は、槍を構えながら、きっとこの城が地面に落ちるくらいの乱戦になると覚悟を決めていた。
魔法使えるようになったんだから開幕バイキルトすれば良いのに……