唸り声のような風に吸い込まれそう。崩壊していく暗黒魔城都市。私たちは抜け出そうと足掻いて、足掻いて、足ならぬ翼を今にも取られそう。
一度は渦から抜け出したものの、気を抜けばすぐにでもまた吸い込まれてしまいそう。
神鳥のたましいのちからを借りて鳥の姿になっているから、誰の声もわかりやしない。ただ、逃れろ逃れろと祈るだけ。
暗黒魔城都市から砕け、はがれた瓦礫がバラバラと降ってくる。それらを避けて、避けて、あぁ。
私たちはその中のぶつかり、転がるように回転して、鳥の姿を保てなくなって人に戻った。
落ちる、落ちる、落ちていく。
風に煽られて、空へ溶けていくように、私たちはひとかたまりになって落ちていく。
渦巻く城だったものから、赤い目が光る。それは私を捕える。私を憎んで、私を……私を通して、見ている。誰を? なんて野暮なことだ。アーノルドを。彼の友だった人を。私は彼によく似たから。
落ちる、落ちる、落ちていく。
黒く暗く渦巻く城のあったところから巨大な影が見える。そいつは笑って、巨大な杖を振るう。
「三つ」の黒い球が順々に現れ、一つがはじけた。もう一つはもう、爆発したといった良いほどの勢いで割れた。
現れた巨大な腕がラプソーンを思いっきり挟んだり、殴りつけたりするのを見た時、ふわりと浮遊感が私を、私たちを助けてくれた。
レティスだった。
私の体は燃えるように熱かった。目の前の光景が、私の血潮を滾らせた。
「進化の秘宝」、詳細不明の禁忌の術。その第二世代の私は、きっと普通ではないくらい戦いを好む。唯一の同胞たる父と、最も疎ましき神との戦いは私を戦闘へ誘おうとする。
だけど、今はその時じゃない。柔らかな羽根の中にうずくまる。しばらく、動きたくなかった。戦いたかった、燃える血がそう叫んだ。普段なら、笑みを乗せてそれに従ったろうけど私には翼がないものだから考えたって仕方の無いことだ。
そんな私の背に遠慮がちに手が乗せられる。ぽんぽんと宥めるように叩かれる。
その途端、すぅっと、戦いの意思がそがれていった。清涼な感情が浮き上がって、私はゆっくりと体を起こす。
みんな、大いなる戦いを目前としてこわばった顔をしていた。
でも、ぼろぼろで、そのくせみんな無事だったから私は安心して、燃える感情ではなく、温かい感情を溢れさせて、泣きそうになった。
一生懸命に私たちの傷を癒してくれるククールを止めて、今はみんなで生還を喜びたかったから、その私よりもずっと大きな背に抱きついた。
するとククールは、前に倒れた。
溜息を吐いたエルトがすぐに容赦のないキアリクで叩き起したけど。
「……うっとりするくらい熾烈だね!」
「ほっといたら決着がつく前に世界が壊れそうで怖いんだけど」
「そうだね、早く止めないと。片方は倒さないと」
聖地ゴルドの上空とレティスの止まり木は結構離れているけど、それでも激しい争いっぷりがよく見える。
それを眺めているトウカは水筒とサンドイッチを用意してピクニックでもしているかのようにのほほんとしていた。いや、どっちかっていうと飲み物片手に剣闘でも鑑賞している貴族みたいな。……まあ、トウカの場合、剣闘を鑑賞して興奮をあらわにするんじゃなくて、剣闘に出場して嬉しそうに笑ってるタイプだけど。
「いやぁすごい、すごいよね。ほっといたら全部倒してくれないかな。あんなでかいの相手だと、ちょっとやる気出ないよね。物理的にぷちっとされるのはちょっと」
うそでしょ。目がらんらんと輝いているじゃないか。本音が隠れてないよ、その建前じゃ。
あの爆風でも執念のように手放さなかった剣をぶんぶん素振りしてるのは何さ。ククールもレティスの上ではべしゃっとつぶれてたトウカが元気になったのが嬉しいのは分かるけど、バイキルトサービスまでしなくていいから。急きすぎだから。
僕の顔見て、神妙な顔になってスカラ掛け始めても一緒だから。ククール、君って存外肯定マンだよね? もっと引いてスカしてるタイプみたいな顔しているのに……ううん、君がトウカにデレ気味なのは分かってたことだったね。愚問だった。
――今は、彼らの力が釣り合っていますが、そのうち均衡は崩れるでしょう。アーノルドはラプソーンを倒しきれず、またラプソーンもそうです。
「そうなのですか?」
――彼らの誓いがそうさせるのです。互いを死に至らしめることの出来ない兄弟契り。それはトウカ、あなたにもある程度作用します。
「……」
ドルマゲスとの戦いで、ドルマゲスの攻撃が不発になったことがあったのを思い出した。……そういえば、あれだけ攻撃したのはトウカだったのに、トドメさしたのは僕だったな。
――彼らの均衡が崩れた先にあるのは、憤りと止める者のいない破壊。アーノルドが優勢ならば比較的話も通じるでしょうが、保証はできません。すでに、彼は憎しみで正気を失っているのです。
「たしか、私の実母を殺されたという……?」
――そうです。アーノルドはラプソーンにたくさんの「友」を殺されてきましたが、全て赦した人間です。しかし、唯一赦さなかったのが彼の妻を殺したこと。彼は当時、七賢者が暗黒神を封印することに陰ながら協力しました。憎しみのままに……その結果、危険と判断されて彼自身も封印されたのです。
レティスは、空を見て、そしてトウカの顔を見た。
――あなたは、きっと理解しているのでしょう。自分で選べない生まれによる呪いと祝福を。その上で……どうか、選ばれし血を引く仲間と共に暗黒神を倒してください。
トウカは当然、頷いた。
空を裂かんとばかりに、大きな手がラプソーンを打つ轟音が耳に痛かった。このままじゃ、決着がどうであれ世界が滅びそうだけど、あの場所に乗り込んだら巻き込まれて死にそうなのは、誰も気にしないのかな。
――ラプソーンは今、結界を張っているためこのままでは攻撃すら届かないでしょう。ですから、この世界の中にちらばっている七つのオーブを見つけてきて欲しいのです。
レティスの説明は理にかなっている、はず。だけどもやっぱり悠長なことをしている間に世界が滅びそうな爆音が聞こえてきて、何も事情を知らない人は間違いなくこの世の終わりだと思っていると確信できるんだけど。
――とりあえず、私は探しものを見つけてこなければならないのですが、その前にアーノルドを回収します。彼は暗黒神を弱らせることは出来ますが、決定打は与えられないので……トウカ、協力をお願いします。
トウカは無言で適当な剣を引っ張り出すとそのとんでもない腕力で投げた。……普通は届くわけないのだけど、髪を銀に光らせ、轟音に少しばかり不機嫌そうで、つまりマイエラで鉄格子を引き裂いた時のように尋常ではない力が出ていたんだと思う。
しばらくして、トウカの剣をキャッチしたアーノルドさんが轟音を立ててやってきた。外見はもう、かつての右腕のように怪物としか言いようのないものに成り果てていた彼は、体格に見合わない剣を爪楊枝か何かのように摘んでくるものだから、ちょっぴりひょうきんなのは心に秘めておく。
茶色い肌、角、鋭い牙。異形の腕から差し出された剣を受け取ったトウカは努めて大声で言った。
あいつにトドメを刺したくはないのですか? と。
アーノルドはしばらく意味を考えて、思い当たったのかその体からずるりと人間の形を引きずり出した。
化け物のような体は見る間に空気に溶けていく。トウカを男にしたらまさにこの人、と言えるそっくりなその人は、すっかり正気を失ったおかしな調子でこう返した。
「親子でラプを殴れるのか」
嬉しげにしていたように見えたけれど、 レティスが口を開こうとした……雰囲気だった……途端、砂が崩れるようにその場から消えてしまって、今度はラプソーンと絞め技対決に持ち込んだようだった。
何分、遠いのによく見えるような巨体なんだ、両方。
静かになったのでようやく、僕たちはオーブの詳細について聞くことが出来た。