【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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19話 聖騎士

・・・・

 

 ざぶざぶざぶ。ごしごしごし。たわしを使ったら生地がめちゃくちゃになりそうだから手でもみ洗いするしかない。寒い季節じゃないのが幸いかな。

 

 何をしてるかって? さっき無様にも汚した服を洗濯してるのさ、手洗いで。……前世で経験してなかったら今世では手洗いなんてやったことがなかったから出来なかったところだった。無論、この世界に洗濯機なんて便利なものは無い。魔法で開発とか出来ないのかな……。

 

「それにしてもこの石鹸本当によく落ちる……!」

「剣士様も気に入ってくれたようでなによりさ」

 

 ドニへ着くとすぐに宿をとって、洗濯させてもらう。なんの、上一枚脱いだぐらいで別にまだまだ着てるから大丈夫。下の腕当てとかチェインメイルが露出するだけだから。見た目は今から魔物を倒しにいきます! みたいな感じでかなり無骨。なんか町の人が遠巻きなのは……気のせいかな? 汚れは魔物の血だから一応果報者だよね? ……恩を売るためじゃないからいいんだけどさ。

 

 取り敢えずさっさと洗い上げて物干しを借り、干させてもらう。天気もいいしすぐに乾くことだろうな。汗ばむ陽気だからな。それにさ、髪の毛が濃い茶色だからどうも暑くって。勿論、前世の黒よりはいくらかマシだけどさ。ああ、暑い。髪の毛をくくってなかったらもっと暑かったかもしれない。

 

 で、私の洗濯を手伝うことなく傍観していた三人は口々に好きなことを言い始める。ヤンガスは申し出てくれたから断ったんだけども。別に私の過失だから手伝えとは言わないけどそこまで手持ちぶたさにされたらなんか気まずいんだけど。

 

「洗濯出来たの? 手慣れてるね」

「元小間使いのエルトには負けると断言できる。だけど生きるのに必要なぐらいの家事が出来なくてどうするんだ」

「至極真っ当な意見だ……」

 

 十年も一緒に居ておきながらわりと酷い言い草。私は甘やかされて貴族をやってたわけじゃないのを一番近くで見てた癖に。……たまにエルトはすっとぼけるよね。でもまぁ、確かにその疑問は正しい。

 

 身につけたのは私こと「トウカ=モノトリア」じゃなくて前世の「遠藤桃華」。家事はモノトリアでやらさせてはくれない。というか使用人の仕事は取っちゃいけない。取ったら最悪、取られた人が解雇だからね……。

 

「手際いいでがすね」

「汚れてすぐだからね」

 

 ……ヤンガスから見てもそうなのか。手洗い含め前世の母さんのお手伝いは十八年経っても役に立ったなんて。……あの頃は思いもしなかったな。 たまには女の子らしく親の手伝いでもしようという私にしては珍しい可愛げが役に立ったみたいだ。

 

「……あたしにも出来るかしら?」

「練習すれば出来ると思うよ。ただ、今は止めといたら?」

 

 手伝いというよりは練習台として見てるよね。私の服を。汚れの主成分は魔物の血と私の汗なんだから触らない方がいい。魔物の血も気持ち悪いだろうけど、人の汗も気持ち悪いだろうに。

 

「……そう」

 

 ちょっとシュンとしちゃったから軽く罪悪感。でも……ビジュアル的に駄目なことを回避しただけだから。十八の男が若い女の子と一緒に魔物の血を洗い落とすってなんだよ。それ、私は駄目な気がするんだけど。

 

 干した服をパンパンと叩いて真っ直ぐにした、うん、さっぱりだ。湯浴びは情報収集の後でもいいよね。

 

「よし、じゃあ聞き込みでもしよう」

 

 最早慣れたように頷くエルトとヤンガス。若干戸惑ったように頷くゼシカ。……ゼシカが心配だから私は彼女と一緒にいようかな。虫除けになれるぐらいの無骨な格好はしているつもりだ。

 

 ゼシカって可愛くない?ちゃんと守る人は守らないと。

 

・・・・

 

 ……居心地が悪いわ。

 

 あたしたちはドルマゲスの情報を得るため、手始めに酒場に足を踏み入れた。だけどヤンガス以外はお酒を飲む年齢には見られなかったわ。……小声でエルトとトウカが十八歳だと主張していたけれどね。……二人が同い年で歳上なのを知ったのは今のが初めてなんだけど。

 

 明確にお酒を飲む年齢は決まっていないのだけど、子供は飲むべきではないというのが一般論。それは当たり前なのだからあたしも必要に駆られないのに飲もうなんて思わないわ。でもあまりにも目線が無遠慮よ。

 

「僕ってそんなに童顔かなぁ」

「そんなことないよ。ボクってそこまで背が低い童顔なのか……」

「…………そんなことないよ。トウカは同い年だよ」

「何今の間」

「……僕の年齢は正確じゃなかったなと思って」

 

 こそこそ話してるけどこちらには丸聞こえよ。それにだんだん話が脱線していってるわよ。それでいいの?

 

「明確に自分の事を分かってる奴なんか少ないさ」

 

 早速聞き込みを始めたけれど、早速怯えられているヤンガスを尻目にだんだんと視線が減ってほっとし、トウカの肩を叩いてみた。聞き込みなんてどうすればいいのか分からないもの。肩をたたいたのがエルトじゃなかったのは単なる距離。

 

 叩いた瞬間に、バッと瞬間的に振り返られてびっくりしちゃった。……その、左目が一瞬だけど剣呑な色を帯びていて、少し背中に冷たいものが走るのを感じた。すぐに温かな、穏やかな茶色になったけど……。……彼は戦いに堪能な分、警戒心が普通以上に強いんだわ。

 

「何だい?」

「聞き込みのやり方を聞こうと思って……」

「あぁ、ボク、一緒にやって見せようと思ってたんだよ」

「……感謝するわ」

 

 でもさっきの服装と違って、あからさまに武装全開の貴男はヤンガス以上に怯えられているの、気付いてるのかしら? 向こうでトランプをしている人からも視線が来てるわ、随分と遠いのに。

 

「やぁ、お兄さん」

「って何やってんのよ!」

 

 その、遠くでトランプをやっていた人……赤い騎士の服に軽薄そうな顔つきの男……の元へ一直線に歩いていき、カードを覗き込みながら声をかける、トウカ。あたしでもそれ、明らかに間違っているって分かるわよ! 何をやっているの!

 

「悪いな、魅力的なレディのお連れさん。今は真剣勝負の最中でね、邪魔しないでくれないか」

「……黙っていればいい気になりやがって! この勝負のどこが真剣勝負だ! このイカサマ野郎がっ!」

 

 追いついてきたあたしにトウカは耳打ちした。いざこざが起こりそうだったから興味本位でせっついてみる悪い例だよ、って。……トウカ、貴男は子供なの? 行動がとても幼いわよ……。そのせいであの男にもあたしの弟扱いされるなんて……。

 

「あ、ボク関係ないから」

「てめぇがグルなのは分かって……なんだガキか」

「ガキ?」

 

 あの荒くれ男……必死ね。耳まで真っ赤になって怒るなんて。って、そんなに煽って大丈夫なの?

 

 結局、荒くれやその子分が軽薄そうな男やトウカを標的にして乱闘を始めてしまった。机や椅子、花瓶やタルまで飛び交うような……。乱闘が始まってすぐに、あたしの方に飛んできた花瓶を避ける前に片手で受け止めて守ってくれたトウカはやっぱり兄さんみたいな優しい人だった。……行動は幼いけれど。

 

・・・・

 

 嬉々として喧嘩するヤンガスにはちょっとあとでお灸を据えなきゃいけないな……。真人間になりたいなら喧嘩は駄目だ、特に暴力は。だけど今回は発端でも何でもないから今は何も言わないでおく。というか僕は巻き込まれたくない。

 

 武装全開で誰から見ても強そうに見える、実際強いトウカが乱闘に巻き込まれていてね……。正直に言うと、巻き込まれたくないんだよ、トウカの土壇場に!

 

 トウカのとんでもない握力、とんでもない腕力によって初めて出来る「片手で、飛んできた机をキャッチアンドリリースする」こととか「向かってきた荒くれの弁慶の泣き所を鉄入りブーツで蹴飛ばしながら三人ぐらい八つ当たりで吹き飛ばす」こととか、ね。どうにもこうにも手に負えない。

 

 僕は、兵士だからこういうのは止めなきゃいけないんだけど、陛下もご覧になって楽しんでいらっしゃるし、そもそもここはトロデーン王国じゃないし。勤務中といえば勤務中だけど僕の今の立場は旅人だから。それにトウカやヤンガスや、男に思いっきり水をぶっかけたゼシカの仲間っていうのはバレたくない。面倒くさい。

 

 喧嘩なんて……一般人には負けないだろうけど、明らかに僕より背が高くて筋肉隆々な大男と殴り合いしたいわけないでしょ。

 

 というわけでぼんやりと巻き込まれないように壁際で乱闘を眺めていることにしておく。あはは……色んな物が飛び交ってるなぁ。トウカにも自重しろって言わなくちゃな……。僕は保護者か……!

 

 ってゼシカ! 君がわりと短気なのは知ってたけど屋内で魔法なんか使わないでよ! このメンバーでの良心だと思ってたのに……!

 

 慌ててゼシカの元へ駆け寄ればこの乱闘のそもそも原因である赤い騎士服の男がゼシカの手を掴んで魔法をかき消し、ゼシカと僕とトウカをさっさと引きずるように外へ連れ出した。……トウカは防具で重量がとんでもないことになってるはずなんけど良くやるなぁ。

 

・・・・

 

「おかげで助かった」

 

 パラパラと隠していたトランプを撒き散らして見せられても……やっぱり彼、イカサマしてたのか。なんか遠目からでも何か怪しいとは思ってたんだけど……。

 

「俺はククール。よろしくな、レディ?」

「よろしくなんてしたくないわよ!」

 

 皮手袋を外してゼシカ、僕、トウカと握手していく。トウカは握手の前にパッと籠手ごと手袋を外して握手した。そこらへんちゃんとしてるよね。

 

 で……ククールさん。トウカがあんなに力持ちなのに手に豆もタコもなく、角張ってもなく、骨張ってもなくて女の子の手みたいに小さいという事実を決して、決して口に出しちゃいけないからね。何か訝しげな態度だけど、口に出したら駄目だからね。自殺したいなら別だけどさ……。

 

 ……何故か、同い年の兵士の親友は僕よりも戦うくせに手はしなやかな白魚みたいなことになっている。不思議でならない。しかも年がら年中長袖に手袋をしてるもんだから肌が白い。その上背が小さくて髪が長いから女の子みたいだとトウカを妬んだ人間からよく陰口を叩かれる。

 

 ……叩いたやつはトウカの母君や父君に一瞬で潰されるんだけど。あ、僕も潰すけど。

 

 ってククールさん。ゼシカが滅茶苦茶不機嫌になるような指輪を渡さないで。トウカよりも気障な態度取らないで。そんで、場をかき乱しといて逃げないで! この空間を僕にどうしろって言うんだよ……!

 

 ククールさんが走り去るのを見送ったトウカがちょっとつかれたように口を開いた。

 

「……取り敢えずボクは指輪を突っ返す前に洗濯物が気になるから今日はマイエラ修道院に行かないよ。ドニで宿もとったし、それは明日でいいじゃない」

「…………あたしはこんなの持ってるのいやよ」

「じゃあそれはボクが預かるからさ。なくさないよ、心配しなくても」

 

 トウカは嫌そうにゼシカが持っている指輪をそっと自分の右手のひらに乗せた。その瞬間指輪が掻き消える。種を知っていると、単に「ふくろ」の収納しただけだから驚くべきところはないんだけど……。知らないとこれ、ちょっとした手品みたいだよね。

 

「……消えた?」

「手袋にかかった魔法だよ。母上がかけたんだ」

 

 トウカは城で鞄に入りきらないものを次々と「空間収納」していってたっけ。ていうか僕の鞄にも似たような魔法がかかってるけど……一般的な空間拡張魔法のかかった旅の鞄でしかない。手袋みたいな、収納機能のないものにかけるのは珍しいよね。

 

「この手袋には同じ物が9999個入るよ。種類の上限も9999個。左手は簡易魔法防壁が張れるようになってる。一人マジックバリアぐらいだけどさ。俗にいうマホバリアだね。自分以外にもかけれるけど、一分は開けないと次の人にかけられないんだよね……あ、どうでもいい?」

「……どうでもよくなくは、ないけど」

「だからボクは物をなくさないよ」

「なんか綺麗にまとめたけど、トウカは『ふくろ』に指輪を入れただけだからね、ゼシカ」

 

 ……その理論だと僕も荷物をなくさないんだけどな。

 

「ようし、疲れたからもうボクは寝る。心配しなくてもヤンガスの回収はボクがするから。あ、用があったら起こしてね」

 

 ちょっと……今はまだ太陽が出てるんだけどな。あまりにも気まぐれ過ぎるよ……。でも用はほんとにないんだよなあ……。

 

 さっさと酒場に飛び込み、ヤンガスを片手で引きずって引っ張ってくるというトウカにとっては簡単な仕事を済ませてから欠伸して歩いていくのを眺める。……眺めるというか呆然としていただけというか。フリーダムすぎてちょっと着いていけないっていうか。因みにゼシカは僕よりも呆然としていた。

 

「……さて、あたしたちもさっさと休みましょうか」

「君も現実逃避するの? 本当に指輪は今日はいいの?」

「主戦力が寝てるのにマイエラに行きたくはないわよ……」

「……僕らだけでも行けない訳ではないけどね」

 

 そして重い足を引きずって宿に向かう。なんとなく、宿の部屋を覗いたら今回も今回とて同室になっていたトウカは抱き枕のように剣を抱きしめて爆睡していた。……なんか怖いんだけど。下手に話しかけたら斬られそうだから僕はそそくさと寝た。


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