【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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25話 対峙

・・・・

 

「……マホバリア、『発動』」

 

 マイエラ修道院に向かって全速力で駆けてゆくククールさんに向けてトウカは左の手袋を振った。魔導具から発せられた紫色の光が飛んでいき、ククールさんにぶつかって包み込むように体に吸収されていった。

 

 あれが前に言っていたトウカの魔法対策だと思う。間違いなくドルマゲスが襲撃しているマイエラ修道院……確かにそれぐらいはしておきたいところだけど……。自分にはかけてないよね?それとも見てないうちにしてたのかな? また前みたいに戦闘不能になられても……今度はどうにもならなそうなんだけど。

 

「……ん、これでよし」

「自分にはいいの?」

「インターバルがいるから後でね、ゼシカ。……本当はみんなにかけれたら良かったけどさ、流石に時間が許さない」

 

 怪しくゆらゆらと光る紫色の目をきゅっと細め、くるりと向きを変えたトウカは陛下へ向き直り、ふわりと自然に跪いた。

 

「陛下、恐らくマイエラ修道院には今、ドルマゲスが襲撃しております。狙いはオディロ院長かと思われます。ですから、私にドルマゲスを討ち取る許可を頂きたく……」

「ええい、親子揃って形式にうるさいの、モノトリアは。許可なぞいちいち取らなくともよい。憎きドルマゲスに早よう呪いを解かせんか!」

「はっ」

 

 さっと立ち上がって一礼するとまたトウカは左の手袋を振る。今度はトウカ自身に紫色の光が降りかかった。右の手をさっと翻し、何時もの、腰につけていた双剣を取り出したトウカは手早くそれを身につける。

 

「……行こうか」

 

 それを見届け、決意を確かめるかのようにぐっと手を握り込むゼシカに声をかけ、先に走り出したトウカと追いかけて走るヤンガスを見、僕も駆け出した。

 

 見慣れぬ銀髪の背中は何時も通り頼もしかったが、どうも小さく見えて仕方がなかった。

 

・・・・

 

 修道院の中はざわめいていた。だけど僕らはそれを気にする余裕はない。一番重装備であるはずなのに、一番足の速いトウカを追いかけるのが精一杯だったから。風のように駆けるという言葉を体現するかのように早く、なおかつ段差などの障害物は跳んで避けて進んでいくのだから。

 

 負の感情と大量の魔力を凝縮したかのような嫌な雰囲気のする場所へひたすら走る。邪悪な魔力に反応したのか、揺れるトウカの銀髪は一層白く輝いて見えた。ぱちりぱちりと火花のように弾ける魔力を纏いながら。魔力を持たないトウカに表現するのは変かもしれないけど。

 

「……みんなは先に行って、私は装備で橋を壊しかねないから、跳ぶ」

 

 オディロ院長が居るであろう、小さな池の島に向かうためにはどうしても橋を渡らないといけなかった。だけど、橋にはドルマゲスが放ったであろう炎。そこを、トウカは跳ぶの……? 流石に無理だよ!

 

「さぁ、行けよ!」

 

 僕が躊躇しているうちにゼシカが、ヤンガスが橋を渡った。トウカに背中をドンと押されてしまい、勢いに任せて僕も走り出す。その時、後ろから鋭い風切音が聞こえた。

 

 ふと、隣を見れば宙に舞う銀髪の剣士が見事に橋を超越していた。

 ドン、と酷く鈍く、重い音をたててトウカが着地する。橋を渡り終えた僕にはその足元にしっかりと大地のひび割れが出来てしまっているのを見えてしまった。なんだかそれどころではないのだけど、遠い目がしたい。

 

 だけど今は緊急事態だ。ヤンガスが叩いても開かない扉に向き直る。後ろからは崩れかけの橋を走って渡ってくるククールさんがいた。それはもう、必死の形相だった。

 

「扉、開かないの? ……みんな退いて」

 

 ガチャガチャと鍵を鳴らしながら扉を揺らしていたククールさんとヤンガスを、トウカは無造作に押しのける。……何となくトウカがやらんとすることが分かった、否、分かってしまった「ククールさん以外」は下がって耳をふさいだ。ククールさんは……それを見て気づいたみたいだけど、残念なことにワンテンポ遅かったようだ。

 

 トウカの容赦も手加減もなしの正拳突きが立派で頑丈なはずの扉を襲い、木屑やら金具やらが盛大に悲鳴をあげて飛び散る。……バキバキドカンッ! とまあ、口に出すならこんな感じだった。要するに人が優に通れる大穴をぶち開けたのだ。なんて頼もしい。

 

・・・・

 

 さながら人外の脚力で階段を一足跳びにすっ飛ばした人影と、素早く走ってきた人影がドルマゲスの前に躍り出た。その後ろからは銀髪の青年が飛び出し、追い詰められたオディロを庇う。

 

 ドルマゲスへ向けて斬撃を飛ばすような勢いでめいめいの武器を構える二人。片方の剣士は星屑を散りばめたような銀髪を、アメジストの瞳を妖しく煌めかせ、身長程の大剣を易々と片手で操りながら突進し、もう片方の漆黒の目の槍使いは身長を越える長槍を油断なく構えて走り出した。

 

「……悲しいなあ」

 

 甲高い耳障りな猫なで声が、その空間に緊張の糸を張る。声の主であるドルマゲスは先に後ろから攻撃を仕掛けたククールを吹き飛ばし、その更に後ろから人間の限界を越えるような速さで突っ込んでくる剣士へ向けて手を伸ばした。

 

「……? 似ている」

「っ、らぁっ!」

 

 しかし、トウカに攻撃を与える前に何やら考えこみ、トウカの剣だけをかわした。空振りした剣は剣撃を壁に飛ばし、けして脆くはないはずの壁に鋭い跡を残しただけだった。

 続いて心臓に向けて伸びてきた鋭い槍の一撃をいなし、槍の主を階段近くまで吹き飛ばした。つまり部屋の端から端まで吹き飛ばしたのだ。派手な音を立てて吹き飛んだ青年は折れてへしゃげた槍を拾う事も出来なかったが、背負っていた剣に手を伸ばそうと必死に体に鞭打った。

 

「……アーノルド?」

「よくもエルトをッ!」

 

 恐らくこの不気味な人物、ドルマゲスに此処まで困惑した表情をさせたことは珍しいだろう。大剣を手酷く弾かれ、とっさに大剣を捨てて腰の双剣を引き抜き、またしてもそのとんでもない脚力で襲い来る凶剣士を懐かしい者でも見るように、しかし不可解そうにドルマゲスは見つめていた。

 

 そして、彼女にとっては理解のしようのない言葉をかける。不思議なことに、親しい者に言葉を掛けるかのように。

 

「……アーノルド、何故攻撃する? 何万年ぶりの再会なのかもしれないというのになあ」

 

 話しかけられている剣士トウカは、一切アーノルドという人物に覚えはなく、ただひたすらに忠誠を誓う主や養い親、そして傷つけられた親友の為に戦っているだけであった故に、言葉に返事すら返さず再び突撃しようとしていた。

 

「……もしや、父がアーノルドなのか? 今の姿が違うから分からないのか? ……お前は誰だ?」

「……!」

 

 攻撃を何度防ごうとも身につけていた、夥しい数の武器を手に襲い来る剣士にとうとうドルマゲスは標的オディロを人質にトウカに迫った。彼を殺すわけにはいかない彼女はじりじりと下がりながらも口を開くしかなかった。

 

「……義父上は貴様にトロデーンで茨になった! お前なんて知らない!」

「……他人の空似か、見苦しい人間」

 ややがっかりしたように言い捨てたドルマゲスは、そのままトウカを壁でぐったりとしている団長マルチェロや倒れる聖騎士ククール、ようやくゼシカとヤンガスの手で意識を取り戻したがまだ倒れたままのエルトのように吹き飛ばそうと、事実その三人を吹き飛ばした動きと同じ動作をした。

 

 が。巻き起こった衝撃波はトウカを叩きつけようとはしなった。

 

「……っ」

「何故だ」

 

 人質によって手が出せないトウカに傷一つつくことなく、ただその背後の壁にひびが入っただけだったのだ。トウカの背後には衝撃が加えられている為、間違いなくドルマゲスにとって目障りな剣士は衝撃を受けた筈である。

 

 しかし、受けた当の本人は禍々しいまでに憎しみをこめたアメジストの瞳を一層つり上がらせて睨みつけているだけで、一切ダメージを受けていなかった。巻き起こったはずの爆風ですら、何も感じなかったように。

 

 ドルマゲスは当初の目的でもない人間を殺しに来たわけではない。そのままさっさと人質であるオディロを殺さなくてはならなかった。

 

「……アーノルドによく似たお前に贈り物をしようか」

 

 しかし、ドルマゲスにも興味はあった。

 

 オディロに杖を突き刺すと同時に窓へと浮かび上がり高笑いをして空へ消えていったドルマゲス。最後まで武器を手にしていたトウカには、あの日の同様の悲劇の呪いが襲いかかっていた……。そう、トロデーンを封じ込めたあの、茨の呪いだ。

 

 ドルマゲスが去るやいなや茶色の髪に黒い目という普段通りの色彩に戻ったトウカは降りかかる呪いに身を茨に変えた訳ではなかったが、強い呪いによって意識を失い、無様に地に倒れた。

 

 ドルマゲスは、知らなかった。トウカが呪いから身を守るときに勝手に発動する禍々しい魔法が、自分が「アーノルド」にかけたものと同じだということを。

 


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