【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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2話 錯乱

・・・・

 

 忘れもしないあの出来事、私やエルト……その他殆ど全てのトロデーン国民を巻き込んだあの忌まわしい出来事は、夏の暑い日だった。なんということもない、近衛兵になってから一年目、しかし新兵というのにはやや慣れていた頃のことだった。

 

 

「おはよう……」

「おはよう、仮眠出来た癖に眠そうなエルト。ボクは今日、完徹組なのにさ」

 

 城の夜の警備のペアの同輩が交代し、代わってきた相手はおなじみの相手であるエルトだった。その、私が言えたものでもないけど童顔をふにゃっと眠そうにし、見るからにぐしゃぐしゃの髪の毛。寝てたんだろ、寝てたんだろ! ……寝てたんだろ! 本当に羨ましい。

 

 それからエルトは小脇に抱えた支給品の兜をくせっ毛を隠すようにカポッと被ってみせた。確かに分からなくなるけど、誤魔化し方、杜撰にも程があるよ……。

 

「……明日はトウカがそうでしょ」

「うん、そうだね……」

 

 そう言われるともう何も言い返せない。その通りだ。でも今、今日羨ましいのには変わりないんだろ? そういうもんだろ? なあ、エルト?

 

 ちょっとだけ軽口を叩いて、それからは二人して真面目な顔をして押し黙り、静かに、これまた支給品の槍を片手に持ちながら、しん……とした城を見守る。城の前の庭も特に風も吹かず静かだ。時折遠くからカツンカツンと響く音には聞き慣れた。巡回の兵士か交代の兵士の足音だから。

 

 そうそう、私たち二人は、とうとう近衛兵まで登りつめたのだ。単純に戦闘力を買われた私と、姫様の推薦のエルトで。勿論エルトの戦闘力も近衛兵として充分足りている。推薦なんか無くても大丈夫だったはずだ。だから特に反対意見もなく、異例のスピードで昇進している。

 

 私自身はそんなに自分の戦闘能力に対して自惚れているわけではないが、幼い時から鍛えに鍛え、身長が伸びなくても構わずに筋トレを重ね、死と隣合わせに戦い続けたものだから……さすがに弱くはないはずだ。

 

 一応最近では負けなしで、男装は成功し、女だと疑われることはない。というか最初から疑われることはなかった。

 

 それから、名前は「とうか」という日本ではありがちな女性名だが、この世界では変わった響きの名前だというだけだ。男性名にも女性名にも分類されない。何故名前が一緒なのかは、聞いてみたところ一言「伝統だから」としか返ってこなかった。

 

 なんで「とうか」と名付けることが伝統なのだろう……勿論、父上や母上の名前は普通の外国風のもので日本名らしかったりするわけではない。

 

 短く切った髪の毛は現在のエルトよりも短かったし、口調や態度にも女っ気をなくしていた。十五歳になってすぐに今のエルトより少し長いぐらいに髪を伸ばし始め、十八歳になった今はもう短く切ることはないのだけど、まだ肩にもつかない。隻眼故に右の前髪は顎ぐらいまで伸ばしているけど。まあ、そんなので男女の区別が付くはずがない。

 

 ちなみに……まだ単なる近衛兵なのは私の誕生日……ということにしている拾われた日……が昨日だったから。そんなにすぐには当主になったりしない。伝統的に当主の誕生日に継ぐことになっているから。それは三ヶ月後だ。なんで伝統ばっかり重んじるんだろうね。従うけど。

 

 ()()()()()()()も、私の目標は姫様専属の近衛兵になることだ。まだ、達成できない。だけどこのままいけば、エルトがそれになるだろう。能力も高いし、その上に姫様とエルトは幼なじみだから。同い年なのに残念ながら姫様と私の交流は殆どないし。姫様と同性であることは姫様はおろか、陛下も知らないんだし、それが考慮されることはない。

 

 孤児で身寄りがなかったエルトがうんと偉くなって、仲のいい姫様の近衛兵になったらどれだけ幸せだろう。私はそれを見守って、玉座の番にでもなれればいいと思っている。だけど、姫様の専属近衛兵になるというこの目標は私だけのものではない。モノトリア家の物だ。

 

 ああ、どうしよう。これでは父上と母上の期待に背いてしまう。でも、エルトを蹴落としてしまうのは絶対に嫌だ。それ以前に姫様の希望は私でなく、間違いなくエルトなのだ。姫様にとってエルトは唯一無二の同年代の友達で恐らくは初恋の相手、しかもそれは両想いだ。

 

 これで姫様と特に関わりのない、一応同年代だけども異性だと思われている私がいくら実力で勝ったって選ばれるはずはないんだ。

 

 精々これこそ玉座の間の番が精一杯。……これなら近衛兵隊長でも目指したほうがいいかもしれない。しかも、あの二人の仲のことを陛下は好ましく思っていられるし……。結婚させるおつもりはサザンビークの件もあるし、無いだろうけど……優しく見守られていられるし……。

 

 隣にいるエルトのかすかな呼吸音をBGMに悶々とひたすらに考える。

 

 そして、そんな何時ものトロデーンが一瞬にして変貌してしまう瞬間が来てしまう。

 

 私達の運命を変えた……強い衝撃。

 

 目から火花が飛び散ったような、激しい衝撃とこみ上げる痛み。何かを強く強く拒絶するような感覚。首に装着している声を低くする魔具が弾け飛ぶのを感じる。その下に隠されている首の、いつついたのかも分からぬ古傷が強烈に痛む。それから、役立たずで見えないはずの右目が刺すように痛む。

 

「エルトッ!」

 

 意識が遠のき、暗くなっていく視界。構わず私は意識を失いかけて崩れ落ちるエルトに手を伸ばす。エルトはすがるように私の手を取って……。

 

 一言、トウカ、と言い返し……。

 

 私の視界はあっけなく暗転した。

 

・・・・

・・・

・・

 

 ふと首もとに慣れない風を受ける涼しさを感じ、とっさに首を抑えた。

 

 これはあの忌まわしい事件の名残……ではなく、この世界に生まれた時からあったもの。気付いた時からあり、見た目は酷く醜く、誰もが目を背けるもの。別に普段は痛くないし、声帯にも問題ない。だけど周りの人をわざわざ不愉快にさせることもないので隠しているのだ。

 

 そして私は正真正銘女であるので十八でも当たり前だが声変わりをしていない。一応私は男装している上、声変わりをしていない青年という不自然さを無くす為に声を変えるチョーカー型の魔道具を付けている。それがなくては声で簡単に女だとばれてしまう。

 

 私の声は残念なことにひどく高く、いまだに大人らしく無く、少女めいている……と母上に言われた。自分ではよくわからないが、子供っぽい少女の声では駄目だろう、それは。

 

 しまった、さっきエルトにその問題の声でうっかり話してしまったかも知れない。

 

 と、そこまで考えて、首を抑えながら起きあがると、心配そうな顔をしたエルトが倒れた体勢から起き上がってこっちを見ていた。

 

「トウカ、大丈夫? さっきはすごい衝撃だったね。……って、その首はどうしたの?怪我したのっ?」

「…………」

 

 抑えるのは間に合ったのか、傷跡は見ていないらしいエルトは抑える仕草に反応しただけのようだ。ならいいか。さっさと予備のチョーカーを巻けばいい。傷跡の方は見られたっていいのだけど、あんまり気分が良いものなわけがない。

 

 質問に答えずにポケットから出した魔道具を巻き、エルトに向き直った。

 

「あー、あー、声変じゃない?」

「…………、もしかしてなかったら喋れなかったり?」

「……そうでもないけど喋りたくはない」

 

 まぁ、そういう反応になってもおかしくはないけど、事実から見れば妙な誤解をされかけた。返答に嘘は、ないはず。嘘をつくことは、何度吐いても慣れない。

 

 それにしても……さっきの衝撃は何事だったんだ?

 

・・・・

 

「…………! 」

「は、は、うえ…………」

 

 何があったのか分からないので、二人して城を回っていると、見知ったトウカの母君が廊下の向こうに佇んでいた。こんな夜に何か用かと思い、急いで近寄ってみると、彼女は立ったまま、人の形をした茨になっていた。驚愕の表情を浮かべたまま。美しい顔も、祈るように組まれた手も全部全部緑がかった色と刺に変わっていた。

 

 さっきまで走ってきた城の中も、見たこともないほど大きく邪悪な茨が巻き付いていたり、廊下に穴を開けていたりしていたが、まさか、人までなんて……。

 

 一瞬、呆然としたトウカはすぐに動かぬ彼女の頬に手を伸ばした。他の部位とは違って棘がない頬は温かかったらしく、トウカはほっと息を吐いた。

 

 生きているならば手立てはあるから。変わり果てた母を見ても、トウカはすぐに冷静になった。少なくともそう見えた。小さい時のように激高したり、感情を揺らがせてもこっちに見せることはもう、無い。

 

「呪いだ」

「…………え?」

「母上は間違いなく生きている。これは呪いだ。テロか? モノトリアを狙ったのか? それとも城ごとか? 狙いは? 陛下? 姫は? 私? 母上? ……私に魔法が使えたら、シャナクを今すぐ使うのに! 神父様を呼んでくる! 待っててよ!」

 

 トウカは走り去った。声こそ叫ぶように大きかったが、その表情だけは鉄仮面のように無表情のまま。冷静ではなかったんだ。トウカは、得意だった感情の操作すら満足に出来ないほどに混乱している証。

 

 ……、まだ、小さいころのトウカが失われた訳じゃないんだ、と不謹慎に安心してしまう。トウカは喜びも笑いもするけれど、怒りも悲しみもあんまりしなくなっていたから……。

 

 走り去ってしまったトウカは瞬く間に廊下の向こうに消える。仕方なく僕はトウカの母君に目線を移した。

 

 その、ため息の出るほど美しい、黒髪の女性は虚ろな黒い目から一筋涙をこぼしていた。あぁ良かった。トウカが言うようにこの人は確かに生きている。彼女はトウカと、どこかミーティア姫に似た容姿だった。単に黒髪だからかもしれないけれど。

 

 かすかに緑がかってもなお、白い肌に色彩の少ない色を持つ彼女は……確か、偉大な魔術師じゃかったっけ……。

 

 あれ、この人がこの呪いに負けるなら、もし国中が、城中がこの調子なら、神父様は……、駄目なんじゃ……。


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