【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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34話 待機

「あ、エルト!」

「……加勢に来たよ」

 

 嬉しそうな顔をしながら君、六匹ぐらいはトウカを恐れて固まってた魔物に剣気を浴びせ、血の噴水を制作したよね?……今更なんだけどトウカの倫理観が心配でならないよ。戦いに優劣は無いと思うけど、わざわざ残虐に戦う必要は無いとも思うから。

 

「ありがとう! あ、ちょっと左腕が痛いからホイミ頼むね」

「ベホイミ」

「お、おお」

 

 ちょっと痛いとか抜かしてる割にはぼたぼた血が滴っているとは何事なの。袖の大部分が黒いせいで気付かなかったククールの回復が間に合ってなかったみたいだ。魔物も多いからアモールの水を取り出す時間もなかったんだね……。

 

「もう少しで頂上?」

「もう少しどころか。すぐそこさ」

 

 勢い良く迫る魔物を突き伏せながら指し示す。不思議な魔力を感じるその場所は、魔物が何故か居なかった。

 

「よっし」

 

 近くにいた最後の一匹を殴り捨てたトウカがとてつもない跳躍によって一番最初に丘の頂上に降り立った。

 

「一番乗りだ!」

「はい、おめでとう」

「……最近のエルトくんは昔みたいに悔しがってくれなくてつまらないんだ、ねぇククール」

 

 ……いきなりスピードをあげて登ったせいで走りに走って息切れしているククールに話しかけるのは止めようね、トウカ。ぜいぜいしながら何とか返事を返そうとしているククールは優しい人だよ。みんな怒ってもいいと思うよ……まぁ、僕だったら怒らないけど。慣れちゃった。

 

 って、十八にもなってなんでいちいち一番乗りじゃなかったぐらいで悔しがらなきゃならないのさ。

 

・・・・

 

 願いの丘の頂上に着いたのは朝日の眩しい早朝。後は不思議な力に守られたその場所で夜、満月が昇るのを待つだけだ。

 

 本当かどうか最初は胡散臭く思っていたが、この場に立ち込める神聖にも似た何とも形容しがたい魔力を感じれば全くの眉唾話だとは考えにくい。何かしらはあるはずだ。満月というものは、不思議な力を宿している様に思う。

 

「朝日ぼっこ気持ちいい」

「……用意良いな、その敷物」

 

 実のところは隣で敷物を出して無防備に寝転がっているトウカが気になっているのを必死で考えないようにどうでもいいことを考えていただけだったのだが。

 

 相変わらず少女めいた顔の少年トウカはとろけるような笑顔で光を浴びて笑っていた。何となく直視したら負けな気がする。あいつは男だと自分に言い聞かせなくてはいけない気もする。

 

 その時、ふわりと風が吹き、普段トウカの顔半分を隠していた前髪が流れて顔全体が初めて露わになった。その事をトウカは別に慌てる様子も何もなく、隠すつもりは無いのだと悟る。

 

 半分しか見えない顔でさえ少女めいた感じを醸し出していたトウカの素顔は、やっぱり年下の少女にしか見えなかった。隠されていた右目の漆黒は、焦点が合わずぼんやりと虚ろだったが、それを感じさせないほど生き生きと顔全体で微笑んでいた。

 

「……何?」

「お前、そんな顔してたんだな」

「それはボクが童顔だっていいたいの?」

「そうじゃない」

 

 こっちの会話に気付いたゼシカが少し以外そうな表情でトウカの顔を見、ヤンガスが少し目を見開いているのを視界の端でとらえる。

 

 エルトだけはトウカの顔を見慣れているのか知っていたのか無反応だったが、童顔、のくだりで少し反応した。個人的にはエルトがそういうことを気にする奴である、ということに驚きなんだがな。

 

「……えらく」

「ん?」

「可愛らしい顔だな」

「……そうか」

 

 少し意外そうな声色で言い返してきたトウカは何故か怒らず、そのまま会話を終了させる。可愛らしい、と言われても文句を言わないほど言われ慣れて来たのか、はたまた彼は評価を単に気にしないだけなのか。

 

 彼を特に短気な人間だとは思わないが、怒らないことは実に意外だ。俺に可愛らしいと言われて烈火の如く怒ることも想定済みだったのだから。

 

「トウカ、一応、貶されてるよ?」

「ボクの辞書の『可愛らしい』はほめ言葉だからいいんだよ。『可愛らしい』は別にブサイクだなんて言ってないだろ?」

「……いいのか」

「可愛らしい、はどう考えても罵倒だとは思わないからね」

 

 男が男に「可愛らしい」というのは充分に罵倒に値すると俺は思うのだが……。少なくても俺が今エルトあたりに「可愛らしい」と言われれば間違いなく不信感を抱くだろうし、好印象ではないだろう。考えたくもない。

 

 そんな事を考えているとトウカが欠伸をして目をこすった。そういえば俺たちは徹夜でここを登っていた。

 

「……眠い?」

「そりゃあね。まぁ寝るほどじゃないけど」

 

 寝そべったまま、また一つ欠伸をするトウカだったが、確かに言葉通り、一見眠そうな目は良く見ればしっかりとした光を宿していて眠りそうな気配はなかった。

 

「あぁ風が気持ちいい」

「爽やかだね」

「なかなかここまでの景色を味わえる場所も無いだろうしね」

 

 確かにこの「願いの丘」は見晴らしが素晴らしく、晴れ渡る青空が、真っ白な雲が印象的だった。

 

・・・・

 

 ようやく昼下がりになった。特に何もせず、景色を眺め、のんびりしていただけじゃが。

 

 相も変わらず眠たげだが意識はしゃんとしているトウカを呼びつけてみれば、さっきまで伸びていたのが嘘のように飛び起きた彼はすぐに頭を下げて臣下の礼をとった。

 

「どうやらここに魔物は近づけないようじゃからの、存分に休むがよいぞ」

「ありがたきお言葉でございます」

「……それからお主はもう少し肩の力を抜くのじゃ。父のように四六時中堅苦しく型通りに接する必要は無いからの」

「しかし、陛下」

「わしが許可し、命令とするのじゃ」

「はっ」

 

 トウカ・モノトリアという人間は、歴代の誰よりもモノトリアの鏡であり続ける。旅を始めて少し経つが、わしやミーティアの前で辺りへの警戒を怠ったことはない。しかし、そのままであればいつか壊れるじゃろう、人間である限りの。こやつは二晩徹夜するつもりなのか。

 

 モノトリア家が何の因果かは記録に残ってはおらぬが、トロデーン王家に仕え、裏切りを最大の罪とし、血を重んじ続け、「色持ち」を認めないのかは分からぬ。分かっているのはあの一族が自らよりも王家を優先し続けたということだけじゃ。

 

 しかし、この場にいる忠実極まりないモノトリアはミーティアと同い年の若き青年。慣習によって雁字搦めになる必要はないのじゃ。当主ですらない。

 

 それでも彼はよく言うておる。自分は出来損ないだと。しかし勿論わしはそうは思わん。他の誰もが考え付きもしないじゃろう。

 なにしろ、彼は剣の天才であり、槍の名手であり、武道の達人であり、数学者であり、優秀な頭脳を持つとてつもない努力家であり、トロデーンが誇る屈指の忠臣じゃ。本人曰くの「出来損ない」である片目が見えない事は彼の過失ではないしの。

 

 ……まぁ、そんな彼と同じ血を引く「彼女」と比べれば誰でも優秀じゃろうから、それもあるかも知れぬ。……裏切り者のモノトリア、ライティア。もといライティア・ヴェーヴィットの存在がちらつくの。あの、幼き日のトウカを殺そうとした悪女。

 

 何もなく時が過ぎていればトウカの妻となったかも知れぬのにの。ルゼル・モノトリアという死産であったトウカの兄を、名前だけで執着し、遂には狂ったあの女。

 

 一族から追い出され、追いやられたサザンビークの地でもあやつの評判は良くないの……。

 

 トウカは明るい人間じゃが、それはライティアを忘れ、死して産まれぬ兄を演じているだけに過ぎないのじゃ。ルゼル・モノトリアが生きて育っていれば、彼はどのような人間になっていたことじゃろうか。今のトウカを止めたじゃろうか。

 

 わしは知っておる。トウカは産まれてから一度も会ったこともない兄に未だ謝り続ける悪夢を見るのを。朝目覚めるころにはすっかり忘れてしまっていることを。あの当主が不安げに報告してきたことじゃ。

 

 しかし。誰があやつに魔物を片っ端から細切れにせいと言ったのじゃ……。誰があそこまで潰せと言うたのじゃ……。物事には限度があるじゃろ……。

 

・・・・

 

「神聖な魔力がだんだんと満ちてくるわね」

「そうだな」

「……何となく分かる気がするなぁ」

 

 魔法に長けたゼシカとククールにははっきり分かって、あんまり得意でもない僕やヤンガスは何となく感じ取り、魔力のないトウカはきょとんとするだけという状態で、だんだんと日が陰ってゆく。オレンジ色の太陽を眺めながら座り込んだトウカの手から、むしった花の花弁がぱらぱらと落ちていった。

 

「のんびりしてると時間が経つのは早く感じるなぁ」

 

 暇なのかぶちぶちと今度は草を引き抜き始めたトウカは傍目には心底安心しきった顔でだべっていた。まぁ、よくよく見れば周囲の警戒を怠っていないんだけどさ。

 

「……そんなもんか?」

「うん。だってボクが魔物狩りして戦ってた訳でもなく、お城の見張り番をしてた訳でもなく、勉強していた訳でもなくこんなに長い間日向ぼっこしてたのは初めてだし」

「おい、幼なじみが物言いたげに見てるんだが」

 

 え、僕?そんな感じに見てないよ?つまり、トウカの話をしろって?そうだなぁ……。

 

「日向ぼっこはしてなかったけど、木の上で爆睡してたじゃないか」

「二時間ぐらいだね」

「トウカの家でだべっていたのは」

「二時間半ぐらいだね」

「何でそこまで覚えているのさ」

 

 そんな昔のことをよくもそこまで覚えてるもんだよ……。

 

「ボクの記憶力を舐めちゃいけないな」

「……たまにトウカって弱点が無い気がするんだけど」

「ボクは魔法耐性が最悪だからあるよ」

「知ってる……」

 

 でもその魔法ですら叩ききったり避けたりして殆ど当たらないんだから無いに等しいよ。まあ、ハイになると全く防御しなくなるけど。……それか。目の前で死にかけながらも笑って魔物を狩りまくることが弱点か!

 

 ……にしてもだよ、記憶力がいいならたまに僕らの目の前から消えて遠くに行くのがどれだけ迷惑なのかも覚えてて欲しいな……。

 

「……日が沈むのを見るとさ、何だか物悲しいね」

「僕は綺麗だと思うけどなぁ……確かに、言われてみれば悲しい感じだね」

「同じような朝日は希望すら感じるのに不思議だね」

 

 トウカが唐突に言い出した言葉に同意し、その、オレンジ色に輝く太陽に向かって手を伸ばす姿が小さな子供みたいで少し笑う。

 

 太陽の光を浴びて、トウカの魔法の手袋から少しだけ魔力が漏れ出したようにキラキラ光っていた。もしや、と思ってトウカの髪を見てみたけど、別に何ともなくて紛らわしい。

 

「宇宙に浮かぶガスの塊が燃えているだけなのに、何て美しいんだろう。宇宙を動き、自転しているのは私の方なのに、この世界は何故一日が同時に来るんだろう……まさかの天動説?世界が違うしなあ……不思議がいっぱいだ」

「……どうしたの? 何を言ってるの?」

「……何でもないよ。少し物理的に可笑しいと思っただけ。……そうだ、単に世界は広すぎて見つけれれてないんだよ……この半球の裏を」

「だから何を言っているの」

 

 トウカの言っていることは難解で、訳が分からなかった。

 

 そうこうしているうちに、月が昇り始めていた。


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