【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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トラペッタ編
3話 虚喜


・・・・

 

 僕の後ろであくびをしていたはずのトウカは急に白い閃光に見えるほど素早く飛び出す。はためく服の裾が僕の頬をかすめかけるほど高く跳躍して。

 

「スライムのスライス三丁っ!」

「……よくやるよ…………」

 

 トウカが飛び出した直後、魔物が現れたと僕は認識する。つまりは僕が視覚で認識するよりもトウカが気配で察知する方が早いという訳だ。

 

 構えようと瞬間的に剣を抜くけど、それよりも数段トウカは早かった。彼は彼の身長「は」ある大剣を横薙ぎ一閃し、目映い銀の閃光を撒き散らして煌めかせ、それに目を奪われた僕が我に返った時にはもう、地面に水色の物体がうにょうにょと蠢いているだけになっていた。しかも宣言通り良く見ればスライスだ。横薙ぎは一閃どころじゃなかったらしい。

 

 何が「よくやるよ」だって、そんなでっかい大剣を易々と振り回せることとか目視すら難しいほどの素早さとか。空中で斬っておきながら正確に剣を当てることとか、その他いろいろさ……。

 

「流石はトウカの兄貴!目にも止まらないでがす!」

「あはは! きっとヤンガスは斧で出来るようになるさ、すぐにでも!」

「…………頭が痛い」

 

 トウカと他の人を一緒にしてはいけないと思うけど……まぁ、練習すればいつかは出来るかもしれないけど……! そんなに白い歯を見せてどや顔をしなくていいから。陛下に呆れられているよ……。

 

「エルト、トウカ・モノトリアは何時もああなのかの? 今年の謁見とは余りにも違い過ぎるのじゃが」

「……普段や職務は非常に真面目ですが……たまにトウカもふざけますよ、今みたいに城下町から出ますと」

「成る程……そういえば箱入り息子じゃったな…………」

 

 無邪気に笑いながらとヤンガスとスライスされた無残なスライムの残骸をそこらで拾ったであろう棒切れで突っついているトウカは暫く放っておく。小さな子供が泥遊びをしている光景と重なったけど気のせいということにして。

 

 今は困ったように佇まれる姫様のお相手をするのが先決だからね。

 

 それから、必死で顔を笑顔に保とうとして、道化になって、現実から目を逸らすトウカを見ていたくなかったから……。僕の辛さは、鏡のようにトウカの辛さだった。今も胸の奥がショックの余韻でじんじんとして、気を抜けば涙が流れそうだった。僕もあんな風に笑っていたほうが、忘れられるような気がして、姫様に笑いかけた。

 

 姫様は、そんな僕の心を見透かしたように、微かにいなないて下さり、そのままそっと僕の腕に寄り添われた。

 

 

・・・・

 

 俺には、尊敬する兄貴が二人もいる。

 

 エルトの兄貴とトウカの兄貴だ。

 

 エルトの兄貴はとても優しく、俺みたいなどうしようもない奴を助けてくれた命の恩人だ。真っ先に俺と地上を繋ぐ縄に手を伸ばして下さった。迷うこと無く、手を伸ばしてくれた方だ。命を狙った俺を助けてくれるほどに慈悲深い。

 

 トウカの兄貴は力も剣もとてつもなく強いお方だ。もちろん優しいお方だ。エルトの兄貴の力添えをして下さっただけで分かったのだが、俺は到底勝てる気はしないほどの力持ちだ。ひょいとトウカの兄貴が俺がすがる縄を引っ張っただけでエルトの兄貴もろとも俺は安全な地面に吹き飛んだからだ。軽く五メートルは。

 

 それから、お二方は兵士らしい。トロデーンの大国の、それも近衛らしい。俺にはよくその階級は分からないが、そこらの雑兵ではなく、偉いのは分かった。

 

 そして、へんてこだが憐れでもある王や姫の呪いを解くべく旅をしていらっしゃる共に慈悲溢れる方なのだ。

 

 それから、トウカの兄貴は高貴な貴族出身で、身分に驕らず能力で近衛になられた。そうエルトの兄貴が仰っていた。トウカの兄貴はその言葉に謙遜をなさってもいた。

 

 きっと俺の立場ならこれ幸いとどこかの国へ行って何事もなかったかのように新しい生活を始めるというのに、お二方ともなんと優しいんだろうか。忠誠心を素晴らしいと感じるのは初めてだった。

 

「プークプックの活け作り、どうぞっ!」

「果てしなくグロいから今すぐ止めなよ、トウカ……」

「はっ、姫様、陛下、失礼しましたっ!」

 

 ただ、どうしてか。

 

 尊敬する二人の姿を見ると、時々微笑ましくあったり、優しい気持ちにもなれた。小さな子供を見るような、そんな。

 

 どこまでも付いて行くでがす。

 

 その言葉に嘘はない。

 

・・・・

 

「スライムのスライスにプークプックの活け作り、くしざしツインズのサラダにガチャコッコの盛り合わせ、スライムはミンチ……滅多切りにもしてみた」

「少しは自重しようか…………」

「次はエルトにも料理させてあげるさ」

「違う、そこの話じゃない」

 

 目的地のトラペッタへ向かう最中、ふざけにふざけながらも誰よりも早く敵を殲滅し、言うまでもなく誰よりも強いトウカに文句はあまり言いにくい。

 

 僕には分かっている。トウカはこんなノリでも一応自重はしてるし、煌めく左目を、鋭い目つきを見れば戦いにいつでも本気なのも分かる。料理と称しているけれど、そう言っているだけで殆どは滅多切りして原型を留めていないだけだから。だけどそうやって悲しみを無理やり誤魔化すかのように明るく振る舞わないで欲しくもあるんだ。

 

 ……僕が言えたものでもないか。守るべき姫様に励まされるほど、僕だって無理やり誤魔化して明るくあろうとしている。トウカと違って姫様に分かってしまうほど下手だし……トウカが見事なのは、僕ほど付き合いが長くないとわからない所だ。

 

 トウカと僕があの日見たのは、呪いに落ちたトロデーンで変わり果てたトウカの両親、トウカは僕よりもショックを受けて当然だった。両親だけでも辛いだろうに、赤ん坊のときから世話をしてもらったという使用人たちの変わり果てた姿や、どんな屋敷よりも美しく、思い出のあるトウカの生家の荒れ果てようは酷かった。

 

 らしく無く、それを見た彼は呆然としていた。それでもトウカは涙をこぼさなかったけれど……。

 

 僕はトウカの痛ましい姿を見ていたけれど、とうとう冷静さを失って、座りこんでしまったトウカと逆に冷静だった。トウカとの思い出の写真……という絵みたいなものを荷物に入れる余裕ぐらいはむしろ出来ていたから。姫様に頂いた想い出のバンダナを頭に巻いたりということも出来た。

 

 でもトウカは繰り返すけど泣かなかった。一応、僕も、泣かなかった。もう大人だから、兵士だから、というよりは泣いている場合ではなかった、というのが正しいかもしれないけど……。

 

 この大剣は師匠から貰ったんだ。この双剣は母上からの贈り物でね。

 

 座り込んで呆然としていたはずのトウカはすぐに立ち直った「ふり」して大剣やら双剣やらを身に着けた。服も、どこから出したのかいつものような豪奢なものでなく、普通の単に丈夫なだけの服を鎖帷子の上から着たりして。 

 

「おぉ、あれがトラペッタ!」

「そうでがすね」

 

 傍目にはただただ生き生きと笑うトウカと、それに相対的な血濡れの剣。

 

 あぁ、早くドルマゲスを倒さないと。城を元に戻さないと、家族を返してあげないと。そう、思うんだ。この友人が壊れてしまう前に。心でただひたすらに泣き続けて、助けを呼ばずに震える友人が。

 

・・・・

 

「やぁ、そこのお姉さん。ボクは旅人なんだけど、この街について教えてくれないかい?」

「トウカ……」

「トウカの兄貴……」

 

 まるでナンパをするかのように街の娘さんに話しかけているトウカに、ヤンガスと二人して白い目で見た後、そのトウカによって思いの外情報が簡単に増えていくことに頭が痛くなる。薔薇の花でも持ったら似合いそうだねって、そうじゃなくて。白い薔薇でもいいねってそうじゃない!

 

 ……トウカって何が出来ないの? 魔法以外で教えてよ。

 

 きらっきらと洗練された、傍目にはわからない完璧な作り笑いを浮かべるトウカ。前髪によって左半分しか顔が見えていない癖に、浮かべる表情によって漂うイケメン的雰囲気を、やたらめったらと撒き散らすトウカからさっと目を逸らす。

 

 僕の精神衛生上悪い。トウカはそんなに軽いやつじゃないとは分かっているけど、少し、ぐさっとくる。端的に言えば気持ち悪い。ギャップがね……。

 

 いや、別にトウカは顔が悪くはない。酷いようだけど言い訳すると飛び抜けて良くもない。トウカの家の使用人の女の人曰わくは女の子のように可愛い顔らしい。そこはどうでもいい。どうせ半分しか見えていないからいまいち分からないし、十年も一緒にいる親友が女顔だからなんだって言うんだ。女顔でも奴は男だ。誰よりも強い、文字通り最強の剣士なのだから。

 

 でもトウカは魅せ方が上手いんだ。だから、うん。そういう風に笑うとイケメンに見える。繰り返すよ、……それ以前にトウカは顔が半分しか見えていないんだけどね。

 

 で、今は左目しか見えていないから顔の良い悪いはたいして関係ないわけで……。男にしてはやや高めでありながら聴き心地の良い声と、貴族の上品な振る舞いがあれば……それからトウカの抜群の魅せ方があれば……あとは分かるね?

 

 別にいいのさ。でもすぐ隣にそんな人がいたらさ、ただ、男として無性に悔しく、ならないかい? 隣に色んな意味で敵わないイケメンが居たらどう思う? そいつが普段少女のように無邪気な、色気とか大人の雰囲気とかから無縁な人間だって知っていたら。

 

 僕は、うん。自他共に平凡だと思ってるよ。トウカがたまに「この素朴系イケメンが! 鈍感のくせに生意気だ」とか言ってこっちを寸止め攻撃してくるけど……それは、目が悪いんじゃないかと思う。鈍感ってなんだ。イケメンって違うだろ。そういうのは君の父君のことを言うんだ……。

 

 それからなんで僕がここまで腹立たしいか。まだあるよ、理由。妬み僻みが見苦しい?どうせトウカには言わないんだからそれぐらい自由にさせてくれよ……。

 

 ……トウカと僕ってね、髪と目の色彩がそっくりなんだ。そっくりというか、同じというか。

 

 だからたまにだけど兄弟扱いされてね。同い年だけど、僕より背が低いトウカが童顔なのもある。僕も年齢より若く見られがちだけど……トウカは何も知らなかったら十五歳ぐらいにしか見えない。あれでも十八歳なのに……。僕?トウカほどじゃなくて十六歳、十七歳ぐらいかな……あんまり変わらないとか言うな。

 

 でも、「弟さん、格好いいですね」って言われる僕の気持ち分かる? すぐにトウカがフォロー入れてくるけど、フォローになっていないんだけど、大体。微笑ましい兄弟のやりとりに見えるとか言われるけど……。僕達は親友ではあるけど兄弟ではないよ……。

 

 まぁ、トウカの実家がどこかという事実を知らないトロデーン外からの人だけなんだけどね、そんな風に言えるのは。気安く接しているけど、本来なら陛下と姫様同様に近衛兵の僕が守らなければならない貴族なんだから……うん、この考えこそ本来ならとんでもない無礼だ。

 

 つまりはね、比べられたら負けるしかないってこと。僕が勝てるのって、ホイミしかないかもしれないんだし。魔法だけは、そもそもトウカが使えない故にね……使えない相手に勝ったとか、馬鹿らしい考えだとは思っているよ……。トウカに魔法はいらないとは思うけどね……なんだよ、トウカを暗殺する為に高速で飛んできた短剣を避けたとか空中で叩き壊したとか。挙句の果てには打ち返して返り討ち? どんな物語の人物なんだよ……。

 

 でもね、こういう風に言いつつも……。トウカってさ……悔しいほどに恨めない人だ。無邪気に笑うって言ったよね。あの笑みを向けられてもなお、敵意を向ける奴は少ないよ。僕も勿論毒気を抜かれるし、そんなに完璧なトウカでも驕りもしないんだから嫌うわけがないじゃないか。




トウカの影響で原作開始時の主人公が若干強いです。ホイミ習得済みで原作開始。

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