【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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50話 月世界2

・・・・

 

 少し前に来た幻想的な世界は、少しも変わらない美しさのまま僕達を迎え入れた。心に響くような音楽が鳴り響き、神秘的な建物の他は全て異空間で、満天の夜空をそのまま持ってきたようだった。

 

 でも、残念だけど感動している暇はなかった。見慣れたわけでも見飽きたわけでもないけれど、今度は誰も動揺せず、特に感動もせず、真顔のまま足早にイシュマウリさんの元へ向かった。

 

 そして、建物の敷居をまたいだ。

 

「……おや」

 

 当たり前だけど、全く変わらない姿の彼は驚いたようにこちらを見て目を見開く。……あれ、驚いているってことは、月の扉を開いてくれたのは彼じゃないの? てっきり困り切ったところを見かねて助けてくれたんだと思ったのに。それに、あの扉はイシュマウリさんの意志で開いてるんだとばかり思ってたよ。

 

「月の扉は、二度同じ人を迎え入れることはないはずですが……しかし、あなた達が再びここへ来たのも天のお導きなのでしょうか」

 

 そう静かに言った彼は手にしたハープをかき鳴らしてみせた。……これは、こっちへ来いってことだよね。ああ良かった、願いを聞いてくれるんだ。歩いて彼の元へ向かっていると、あの時みたいに靴が光り、歩く度に軽やかなメロディーが響き始めた。イシュマウリさんが靴から話を聞いているってことかな。

 

「なるほど、あの船を使いたいというのですね」

 

 イシュマウリさんは僕達が目の前で足を止めるとすぐにそう言ってくれた。物の言葉がわかるこの人には何でもお見通しってことか……。とても話が早くて助かる。

 

「懐かしき想い出の船ですが、あなた達ならばうまく使ってくれるでしょう。あの一帯の過去の海の記憶を再現すればようでしょうね。さて、船の元へ……」

 

 想い出の船? あの、岩と同化したような船に乗ってイシュマウリさんは旅をしていたってこと、だよね? ……果てしない昔から生きているんだ……そりゃ、こんな月の世界に住んでいる人間ではない存在が普通の人間並の長さを生きているとは思わないけど……。そうか……古代の、想像もつかない様な昔からいたんだ……。

 

 それで、あの船も……ずっと昔の世界の海を旅していたのか……。今度は、ドルマゲスを討つという名目で只の人間が使うわけだけど。

 

・・・・

 

 不思議な力で、気づけば俺達はあの古い船の前に来ていた。周りに魔物は居ず、満ちている力から魔物避けでもしたんだろうと察す。

 

 そして、イシュマウリはアスカンタ城でパヴァン王にしたようにハープをかき鳴らした。この世のものとは思えない、澄んだ音色……と称されるであろう音色が静かな荒野に響き……イシュマウリの足元から水のような幻影が現れ始めた。

 

 聞き惚れる仲間たちだったが、不意にハープの音色は情けない音共に途切れた。……弦が切れたんだな。それぐらい張り替えればいいだろうが……それは、普通のハープだったらの話か。これはまた何かやらされるな?

 

「海の記憶を再現するにはこのハープでは足りないようですね。……しかし、私の手元にはこれを越える楽器はありませんし……いや、月影のハープならば可能かもしれませんがね……」

「それを探してきたら、船を動かすことは出来るのですか?」

「海の記憶を再現することが出来れば間違いなく船は使えますよ」

「そうですか。……さて、気は乗らないけどアスカンタ行きが決まったね」

 

 音色に聞き惚れることもなく、最初から考えこむように腕を組んで立っていたトウカだったが、イシュマウリからそれだけ聞くとすぐにエルトに声をかけた。

 

 おいおい……その楽器の名前を聞いただけで所在地なんか分かるものなのか? よほど有名なものならともかくだな……ん、そういえばトウカは一般庶民ではなく貴族だったか。それで知っていたのか……。

 

「月影のハープ。アスカンタ王国の国宝。普通なら貸してもらうとか、ましてや貰うとか絶対に無理だけど……幸いな事にパヴァン王には融通してもらえそうだし」

「そうと決まれば出発じゃ!」

「御意に」

 

 凄まじい勢いで次の目的地が決まり、さっさとエルトがルーラを唱える。ふと、飛び立つ寸前に見回してみたが、いつの間にやらイシュマウリは姿を消していた。見上げた夜空で輝いていたはずの月も雲に隠れていた。

 

・・・・

 

「……まあ、何にしても夜に王城に突撃するとかいうことは出来ないわけで……」

「ここは夜もお城が開いているから、出来なくもないんだけど、失礼だよね……」

「……さっさと休んでこい。明日には朗報を待っておるぞ」

「はっ」

 

 当然だけど、アスカンタに着いても夜空は黒いビロードのように広がっているわけだよね。……流石に疲れてしまったから、今から大人しく就寝させてもらおう……。

 

 重いまぶたを無理やりこじ開けながら、前を歩くエルトに着いて行き、石畳の上で足を引きずった。……ちょっと今日は誤魔化しきれるか分からないから、自分のお金で一人部屋の鍵を獲得しておいた。特に疑問を持つこともないエルトは、単に私がパーティの財布の負担を減らすためにやったのかと勘違いしたみたいだ。

 

「じゃあ、明日の朝ね」

「うん……」

「おやすみなさい」

「じゃあな」

「おやすみなさいでがす」

 

 おざなりな挨拶もそこそこに、私は部屋に入ってすぐに鍵を閉めると、鎖帷子をもどかしく脱ぎ捨ててベッドに倒れ込んだ。晩御飯?そんなの、食べるより睡眠だよ……朝ごはんを沢山食べればいいでしょ……どうせもう身長伸びないし……。  




エルト「普通の人間」

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