【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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69話 「彼女」

「このッ!」

「甘い、遅い、弱いッ!」

 

 ライティアから放たれる初級と中級の攻撃魔法の連打を危なげなくトウカは切り捨てていく。全く臆せずに要領よく切り裂いていく様子は余裕が漂っていて、ますます焦っていくライティアの狙いは次第にトウカから逸れ始めていく。うっかり巻き込まれかけたエルトが慌てて飛び退き、突っ立ったままのククールとヤンガスを引きずった。

 

 その間も二人は互いを睨みつけ、少しも似ていない顔を歪ませる。バチバチと身に余るほど強大な、しかしコントロールすらできていない魔力をライティアは必死で集中させ、片手で普通ではありえないほどの重量の大剣を構えて油断なく目を光らせるトウカは少し口角すらあげていた。

 

「狙うのは私じゃないの?」

「くそぉッ! 馬鹿にしないで!」

「淑女の台詞じゃないな?」

「あんたに言われたくないわッ!」

「……そりゃそうだ。悪かった……その件に関しては謝ることしかできないな。なにせ反論できない」

 

 素直に女らしさの無さを認めたトウカは左手の手袋を翻して込められた魔法を開放し、「マホバリア」を張ってみせる。紫色の魔法の障壁は、トウカをすっぽり包み込んだがお世辞にも頼もしいとは言いがたいもの。しかしそれで満足した表情になったトウカは挑発するようにくいくいとライティアに手招きした。

 

「勝負をつけてやる。こいよ……私が耐え切ってやる」

「ちょっ……トウカッ?! 君は……!」

「エルト、大丈夫だ。バリアを張ったから」

「でも……!」

「煩い煩い煩いッ! そんなに自信満々なあんたの鼻っ柱をへし折ってやるッとっておきを食らわせてあげるッ!」

 

 さっと剣を構えるトウカは何を考えているのか。長年隣にいたエルトにも分からなかった。挑発にあっさり乗ったライティアは持てる力を全て注ぎ込んで、邪悪にしか見えない闇の魔法を唱え始め、不穏な空気が立ち込める。

 

 さっと青ざめたライティアの母親は必死で彼女を抑えこもうとするも、未だ娘に操られた夫に阻まれて何もできず。

 

 しかし、不思議なことに魔法に弱いはずのトウカは不敵に笑うだけで。

 

「……白黒つけたいんだよね」

 

 妙に感情のこもっていない冷たいトウカの声がエルトの耳に虚しく響き、炸裂する闇の魔法(ドルモーア)にトウカの姿はかき消され、狂ったように……実際狂っているのだろう……笑うライティアの醜い声が不意にぶつりと途切れた。

 

 そして、ライティアの悲鳴めいた声と、困惑したようなトウカの聞き返す声だけが、荒れ狂う魔力の風に逆らって近づこうとするエルトの耳に虚しく聞こえた。

 

・・・・

 

 幅広の剣を構え、あっさり挑発に乗ったライティアの魔法に備える。ぶっちゃけ剣に当てたらそこは消滅するし、魔法の残滓で死ぬほど流石に弱くないから死なないに決まってるんだけど。それでもこんなに無茶なことをしたのは単純にライティアのプライドをへし折ってやろうという考えから。馬鹿なことを?そんなこと、分かってるよ。

 

 瞬く間に視界が濃い紫色に覆い隠され、ライティアの下品な笑い声が聞こえて来た。……思っていたよりも発動が高いけど、これならなんとかなるかな。

 

 私に魔法がぶち当たる、瞬間。

 

「嫌ぁぁぁぁっ! ごめんなさ、ごめんなさい! 許して! 許してよおおっ!」

「……えっ?」

 

 何故だか呪いを防ぐ例の魔法陣が現れて私を守り、魔法を放ったはずのライティアが頭を抱えながら誰かに許しを乞うという訳のわからないことになっていた。視界の端をちらつく髪の毛は銀色で、またかというのが正直なところ。頭も痛くなければ体は万全で、ちっとも前兆もなかったし……なんでだろ。

 

「……トウカ、大丈夫?」

「うん。全くの無傷なんだけど……なんであいつ転がってんの?」

 

 駆け寄ってきたみんな。問いかけてきたエルトに答え、もがきながら必死に謝り続けるライティアを見下ろしておく。……ぼんやりとライティアの前に仁王立ちして凄い形相の男の姿が……幽霊みたいに薄ぼんやりと見えるのは、気のせいかな?私に魔力なんてないのだから、魔法的なものじゃないだろうし……あれはなんだろう?

 

《モノトリアの宿命に逆らった裏切り者が……未来を見る力も使えぬ愚かなお前が最後のモノトリアとは、この俺が泣けてくるほどだ》

 

 はっと馬鹿にしたように腕組みしてライティアを見ている男。背が高くて、引き締まった体の強そうな人だ。剣を背負っている……是非とも手合わせしたいな。今はそれどころじゃないんだけど。髪の毛は白? 目の色は? 色彩がない影みたいな姿で判別ができなかった。

 

《愚か者が……俺の存在を知りながら、主に手を出したのか……っ! 二度目はないぞ! 見逃してやったというのに……》

 

 彼は、私たちの……みんなにも見えていたらしい……方に向き直り、何故だか私に優しく笑いかけてふわっと四散して消えた。

 

 ……謎だ。ライティアを苦しめたのはこの人みたいだし、発言からするとモノトリア家の始祖? 先祖? 最後のモノトリアってライティアに言ってるぐらいだから私が捨て子なのはわかってるのかな……?

 

 でも私だって一応血は引いてるんだけど。なんでだろう。……やっぱり認めたくないのかな? でもその割には笑いかけてくれたし……あったかい、安心するような優しい微笑み。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい! あぁ……アーノルド様ぁ! 天罰をくだされるのだけは……どうか……あぁあああっ! 見えない! 未来が見えないの! 夢を見れない! 私の世界が!」

「……アーノルド?」

「聞き覚えがあるけど……」

「ドルマゲスがトウカと勘違いした人の名前ね。確かにさっきの人、トウカにそっくりだったけど」

 

 嘘だよ、そんなの。あんなに背が高いわけでもないし、あんなに体が逞しいわけでもない。あの人両目ばっちりあったし、誰もが見たらすぐ男だってわかるようなもんじゃないか。男……、……あ。

 

「ねぇ、トウカ」

「な、なんだい……」

「もうこの件は置いといていいよね? 彼女、もう座り込んだまま動きそうにないし……。だからさ、いろいろ説明してもらおうか」

 

 そう言ってエルトが微笑んだ。少し、黒い。見慣れた微笑みの筈なのに怖かったし、罪悪感がぶわっとわき出てきて、ぶるりと私は身を震わせた。私が悪いのはわかってる。だけど……怖い。

 

「……『私に従え。そして、勝手にしろ』……叔父上、部屋を借りますよ」

 

 さっさと叔父上の呪縛を外すと、傾いた屋敷の扉を押し開いてさっさと入っていく。慌てて叔父上が執事に案内させるように命令しているのが聞こえ、その案内で当主の部屋に通されたから遠慮なく使わせてもらおう。

 

 ……さて。私は、……、殺されてもいいかもしれないなぁ。裏切り者には死を、だろ? みんなはどう思ってるんだろうか……すごく、怖いね。

 

 いつの間にか視界にちらちらとしている髪の毛が茶色に戻っていた。

 

「何も知らない愚か者に光あれ」

 

 ライティアの呪う声は聞こえないふりをして。

 

・・・・

 

 部屋に入ったトウカは、何故だか真っ先に剣を下ろすと絨毯の上に並べ始めた。大剣、双剣だけじゃなくてあまり使ってるのは見たことがないけど太ももにぐるりと挟んでいるナイフを引き抜いては並べ、懐から大量に短剣を出し、篭手の隙間から針まで出した。

 

 その時にはみんなして遠い目になったていて、こんなに刃物を持っていたのかといっそ感動した。ヤンガス、目を輝かせて尊敬しなくても……いや、ここまできたら尊敬ものだよね、なら仕方ない……。

 

 髪を結っていた紐に組み込まれていた針金、ブーツに仕込まれた刃、腕を覆う防具を外せば、内側に仕込まれた仕掛けの刃がバラバラと落ちたり鎖帷子を脱いで普通の服だけになったと思えばその服のボタンに小さい仕込みナイフが……とか、もうふざけてるんじゃないか? なんでそこまで武器を持とうとしたんだよ、君は肉体が凶器じゃないか……物理的に……。

 

「これで全部……かな? さぁ、煮るなり焼くなり好きにして。質問には基本的に全部答える」

「……なんで武器外したの?」

「誠意を見せるためと、あそこまで体の線隠してたらいまいち分からないから。流石にこれ以上脱ぐのは女としての矜持が許さない……ゼシカならいいけど」

 

 ……、うん。トウカの思考回路はこの中では一番分かっているつもり。言いたいことは分かったし、確かにトウカならそう考えるのも予測できたはずだ。

 

 でもさ、いつも思うけど考えが突飛過ぎて頭がなかなかついていかないんだけど……。武器を外して……トウカは剣士なのに。親友の性別も分からずに十年も付き合いがあって……それで僕は、トウカに謝られるだけとか、絶対にあってはならない。

 

 僕こそ気づかなくて……あぁ、トウカは今、おかしな方向に罪悪感を募らせているんだろうな……。

 

「トウカ」

「なんだいゼシカ」

「声は……どうなっているの? 見た目が女の子っぽくても声であたし達は男だって思ったのよ」

「あぁ、これ。変声機能付きのチョーカーだよ……外そうか?」

「……えぇ」

 

 そういうことか……それなら確かに声変わりの時期に付け替えれば分からないもんね……。もともとトウカは首に何かしら巻いていたから全く気づかなかったんだ、違いに。

 

 しゅるりとチョーカーを外すと、下からは大きな傷跡が見えた。古い傷だ……もしかして、それを隠す意味もあったんじゃ……。はっと息を呑んで、みんなでトウカにもの言いたげな視線を送る。

 

 すると泣きそうな笑いをはりつけたトウカは誰がどう聞いても可愛らしいと答えるであろう少女の声で答えてくれた。甘やかな高い声だ。

 

「この声だったら、隠しようが無いだろ? 口調は勘弁してくれ……出来ない事もないが、虫酸が走るから……」

 

 ……えっ、どうしたのククール、いきなり胸を押さえて身悶えしないで! なんなの、病気? 怪我でもしてたの? ゼシカ! したり顔で頷いてないでなんとかしてよ! ほら、トウカも心配してるし!

 

「大丈夫……? ククール。もしかして、私に失望したのか?」

「ぐふっ……そうじゃない、そうじゃないから気にすんな……」

「そう?」

 

 こてんといつもどおり首を傾げて、身長の関係で見上げているトウカが納得がいかないように頷き、ぶるぶる震えているククールがにやけとも歓喜ともつかないかなり危ない顔をしているのに、まだ心配している。

 

 トウカが危ない……? いやいやいや、危ないのはククールだよ。その顔、トウカにもし撃退されたら死ぬのは君なんだよ? さっきからなんでそんなに嬉しそうなのさ……。ゼシカが笑い転げてるけど、ねぇ、どうしたのさ!

 

「……トウカの姉御」

「ペテン師の私にそんな敬称付けなくていいよ」 

「関係ないでがすよ、あっしの命の恩人なのは……。あっしは気付いたんでがす。トウカの姉御は一度もあっしに女だとも男だとも言ったことはないんでがす。勝手に勘違いしたのはあっしでやす」

「……よく気付いたね。声まで変えておいて何を今更って感じだけど……一応、生まれて此の方言った覚えはないんだよね……」

「だから姉御が気を使う必要はないんでがすよ」

「ありがとう。……でも私は、」

「ヤンガスの言う通りよ。トウカに助けられてきたあたしたちが文句を言う筈ないじゃないの!」

 

 呆然とした顔のトウカとか珍しい……。言い切ったゼシカの顔を見つめ、狼狽えているなんてね。もちろん僕だって……そういえば面と向かって言われたことないな。それどころかいつもトウカや周りも「モノトリア長子」って言っていたし……ああ、僕こそ悪いんだ。

 

「……、私を責めないの?」

「なんでよ。あ、そうだ、強いていうならこれからは女の子らしくして貰おうかしら……ねぇ、ククール?」

「あ、あぁ。その格好もいいと思うが、そのままは勿体無いと思う……からな、トウカ。着飾るのがレディの特権だ」

「……、……あぁ」

 

 右目をぐっと手で押さえ、トウカは俯いた。見開いた左目は、揺れている。それは、涙? いや、そうじゃないな。トウカは泣かない……泣かないんだろうな。意地でも。

 

「みんな……ごめんなさい。そして、ありがとう」

 

 誰が見ても少女らしい、そんな表情を浮かべて……そんな顔は見たことがない……トウカは、小さく微笑んだ。肩の荷がおりた、と言わんばかりの儚くも優しい笑顔だった。


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