【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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77話 無体

・・・・

 

「……殺す」

 

 待って。夢の中にいた僕を一瞬で覚醒させるのは大したことだけど、物騒すぎるから。地獄の底から聞こえてくるような重低音を発したのは、やはりというかトウカだった。トウカがこの場で殺意を抱かせるのは……あの王子ぐらいしか想像がつかないんだけど……? って、悠長にしてる場合じゃなかった。

 

 このままではトウカが国際指名手配犯になってしまう。なんといっても冗談抜きで人を、あっという間に殺すことだって……可能なのだ、彼女には。

 

 僕の耳に飛び込んできたのは、姫様の悲鳴。陛下の慌てた声。隣で寝ていた筈のトウカが抱き抱えていた剣を抜き放ち、今にも飛び出そうとするのを必死で押さえ込む。流石に、流石に、一国の王子は駄目だ。多分、理性は飛んではいないはず。

 

 でも脅すのも駄目だから!トウカ! 旅立ってから君は以前の冷静な姿を失ってしまったように思えるんだけど!

 

 力では完全に押し負けるはずなんだけど、体重差があるのか、それとも僕を傷つけないように気遣っていてくれているからか、トウカは僕を吹き飛ばそうとはしなかった。……抜き身の剣を持ってるから、ちょっと怖い。でも無理やり振り払おうと暴れないってことはやっぱりちゃんと理性があるんだろう。

 

 たとえ離したとしても単なるトラウマで止めるはず。分かってはいる! トウカはそこまで軽率じゃない。僕もミーティア姫が打たれる姿を見て、ただでは殺さないと決めたけど、駄目だ。ドルマゲスを倒す為にはあの王子を殺ってしまっては、太陽の鏡が手に入らない。だから、抑えて。というか王子に剣向けたら駄目だから!

 

「離せ、離せ!」

「落ち着いて! トウカ!」

「お守りしなくてはいけない! エルト、分かるだろう?!」

「分かるけど!」

 

 ミーティア姫、と言わなかったのには安心した。でも暴れる力はどんどん強く、押さえ込めなくなっていく。

 

 離せ離せともがくトウカは、憎悪をはっきりと黒い目に浮かべて王子を睨む。かくゆう僕もそうだろう。ゼシカも立場故に手を出せずに睨んでいるし、その中で王子はなんて図太いんだろうか。

 

 トウカの様子だけでも目に入ったら……僕ならちびりそうだよ。この剣士を敵に回した先には絶望だ。……ククールは……胃薬を買い足してなかったのか崩れ落ちてる……。

 

 醜い体で姫の体の上に乗っている王子、手酷く落馬しないかな! そしたら少しはスッとするのに! 何も出来ない僕は悔しいよ……。

 

「おーい、兄貴、姉貴!」

 

 そんな殺意と敵意に塗れた空間の空気がようやっと緩んだのはヤンガスのお陰だった。僕が目覚めた時にはこの場にいなかったから、どうしているんだろうと考えようとした矢先。お花摘み……本当の意味はいいやこの際……の最中見つけた巨大なアルゴリザードの存在を報告してくれたんだ。

 

 幸いなことにチャゴス王子は命令に当然のことながら従わず乗りこなせない現状よりも名声の方に意識がいっていて、あっさりと陛下の降りるように懇願していた言葉に従った。

 

 その瞬間、トウカは僕の腕からするりと抜け出して姫に駆け寄り、不審に思われないように奴から距離を離してからお怪我はありませんか、お助けすることが出来ず申し訳ありませんと必死になっていた。アモールの水の瓶を開ける手が震えていて、それは怒りにも取れたけど、僕も味わった無力さが原因かもしれない、と思えてしまう。

 

 姫もどうにもならなかった理由を分かっておられるようで責められる様子はなかったけど……当たり前だけど、ずいぶんと怯えられている。

 

 チャゴス王子……ヤンガスが見つけた巨大な……トウカの言ってたボスアルゴリザードに一人で挑ませてやろうか。それが本来の形だし。トウカが挑まないはずないから無理なことだけど!

 

「……何をしている! 

さっさとそいつを仕留めるぞ!」

 

 この後に及んで空気を読めないチャゴス王子は僕らを叱咤し、急がせた。ヤンガスも詳しくは分かっていないもののこの空気の原因が王子であることはすぐに見て取れ、元々強面なのにさらに怒りで表情がすごいことになっていた。それに今度は王子が怯えている様子はヤンガスには悪いけどスカッとするね。

 

・・・・

 

 巨大なアルゴリザード。もはやアルゴングレートか?こいつ。俺達の次の獲物のそいつは岩山の穴に丸まって眠りこけていた。残念なことにそいつがそこにいては戦えない。だからあのジェロの実というこいつらの好物でまた誘き寄せるしかない。非常に面倒だが。……やるのは俺じゃないけども。

 

 と、エルトもゼシカもヤンガスも考えたんだろう。一番前を歩く勇敢なトウカに向けて実の生えているところまで引き返すことを伝えようとした矢先……トウカは以前並べて見せたようにとても身軽な身とはいえない装備でいともやすやすと穴に飛び込むと、一トンぐらいは平気でありそうなアルゴングレートを後ろから思いっきり、岩山の下に蹴りだした。

 

 ……強引なレディだ。眠っているところをいきなり蹴り出されるというまず普通はありえないことにアルゴングレートは驚いたのか、悲鳴をあげて無様に落ち、隙だらけ。そして体制を整える暇さえ与えずトウカは飛び乗って、ぐさりとぽっこり膨らんだ腹を刺す。鮮血が散った。顔に血がかかるのも構わず、トウカは笑う。

 

 そして黒い風のように痛みであばれまわるのに巻き込まれぬよう大きく跳躍して避けていた。相変わらず……アクティブだ。

 

「無茶しないで!」

「これしき無茶じゃない!」

 

 突然の痛みで暴れ回るアルゴングレートの周りの大地は抉れ、尻尾がぶつかった岩山が崩れる様子は肝が冷える。あれに当たったら……打たれ強いヤンガスでも無事ではすまないだろう。そう思ったのに、それに当たらぬよう斬り込んだトウカが空高く吹っ飛ばされたのはすぐだった。

 

「あぐぅ……」

 

 後衛のこちらまで吹き飛ばされたトウカ。さすがの彼女も起き上がれないようであいつの強さが嫌でも思い知らされてしまう。……ベホマだけでなくスカラを、そしてすぐに礼を言ってすっ飛んでいく姿を尻目にスクルトを唱えれば、槍を構えていたエルト、斧で斬りかかっていたヤンガスも吹っ飛ばされてきて……回復が追いつかないだろ!

 

 ベホマラーで全員の傷を癒し、ガタガタ震えて使い物にならない王子をそれとはなしに逃げ道を塞いで前に押し出すとアルゴングレートの首筋から血しぶきの噴水が吹きあがる。

 

 派手に戦っている……ということは押し負けていない。安心して……少しも安心できない状況かもしれないが……俺があと一回念のためにスクルトを、と構えた途端。痛みや怒りで猛り狂ったアルゴングレートは、俺達全員を吹き飛ばさんと岩山をも砕く尻尾で薙ぎ払ってみせたのだった。

 

 焼けるような痛みと、打ち付けられた背中の……痛みではなく熱さ。それからこみ上げる血の味が不快で、思わず意識が一瞬飛んでしまったのも無理はない、と言い訳が浮かんだ。

 

 そして起きあがってベホマラーを再び唱えた俺に見えたのはその巨体で飛びかかってくるアルゴングレートの姿で、止めようと斬り掛かるトウカをいとも簡単に振り払っている様子だった。

 

 暗転。


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