【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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7話 向上心

・・・・

 

 目をつぶって静かにしていなければ気づかないほど微かに、二階から軋む音が降りてくる。そして昼とは打って変わって穏やかな声が聞こえてきた。

 

「……それが貴男の答えですか」

「あぁそうだ、ご客人。私はまた占い師になろう」

 

 仲間も皆、寝静まったのだろう。音を立てないように静かにゆっくりと二階から降りてきた「彼女」はやや不自然な、低い声で私に言った。暗闇に融ける黒い目がじっと私と水晶球を眺めている。

 

 勿論、私はすでに目が覚めている。ユリマの思いをこれ以上踏みにじる訳にはいかない。以前にような私に戻ろうと決意していた。それを感じ取ったのか、「彼女」は優しい微笑みすら浮かべていた。

 

「そうですか、それは良かった」

「して、ご客人、名前は何と?」

 

 ある程度は予想がつく。水晶玉の前に座った時からざわざわと染み通ってきたのはトロデーンの惨状、そして二人の生き残りの事だった。あの青年と「彼女」の纏う空気はトロデーンの者という証。無論、私には感じられるが他の者にはわからないような風土の空気。その地で育ったものに香る「匂い」だ。

 

 彼女はその上に高貴な者独特の所作があり、同時に戦場に生きる者が発す魔物の血の「匂い」もしていた。そのような特殊な人物は一人しかいまい。

 

「ボクは、トウカです……トウカ・モノトリア。貴男には分かるでしょう?」

「勿論だとも。高貴なる血を引かれた貴女がどうしてそのような格好をしているのかは分からんのだが、事情があるのだとは思っていた」

「ボクは、人よりも非力だったら命が狙われる。非力でなくてもそう見られてはならない。……分かって下さりますか?……ボクは弱くはありませんが、それでも命を狙われてきましたから」

 

 「彼女」は深い茶色の髪の毛の上から右目を、左手で魔力を帯びた布に覆われた首を押さえて見せた。

 

「ただでさえボクは出来損ないですから……」

「……そんなことを言ってはご両親が悲しむ」

 

 「彼女」の噂はよく聞いている。見事な腕を持つ剣士だと。命を狙われている、とは言っているが、何人の人間が彼女と戦って勝てるのだろうか。世界的に有名な最強の剣士こそ「彼女」だった。何故か、名前や容姿は知れてはいないが、誰よりも高潔で強い剣士の噂は広まっているのだから。

 

 しかし、「彼女」は気付いているのだろうか。自分に流れる古く貴き血が、自分の養い親よりもずっと濃いものであり、自分こそが正しき「モノトリア」である事を。不思議に思わないのだろうか。その身に宿る力の強さを。何故魔法が使えないのかを。このことは、今の私の口から言って良いものではない。

 

 「彼女」がいつか、自分から知らなくてはならないのだ。古代の血を引くモノトリアに、課せられた本当の使命を、「彼女」は知らないのだろう。いや……彼女はモノトリアであり、そうではない。古き血を引いているのは、「彼女」にとってはたまたまに過ぎず、どうでもいいのだ。

 

 それと同時に、「彼女」の友であろう青年も、己の生まれた理由を知る日が来てほしいと願う。

 

 やれやれ、ご客人たちの運命はどれも数奇で、どれも非凡。少しだけ覗くだけでもこちらが吸い込まれそうだ。

 

「ご自分を、大事に……貴女は誰よりも強いが、それでも女だ」

「……! ……お気遣い、痛み入ります」

 

・・・・

 

「おはようみんな」

「おはよう……あ、トウカが復活してる」

 

 普段通りの柔らかな笑みを浮かべたトウカに、温厚な幼なじみは嬉しそうに挨拶を返した。その後、昼すぎまで寝ていたという事実をネタにからかわれ、もう一度布団に潜り込みかけて一階まで引っぱり……引きずり出されることになるのだが。

 

「ボクは何時でも元気さ、体力的に」

「うん、それは天と地がひっくり返っても間違いない」

 

 独特のノリで頷き合う二人はまた笑い合う。これから歩む、道も知らずに。ある意味では血に塗られ、涙を失っていたはずのトウカすら涙をこぼし、茨道でありながら世界を救い、殆どの人に名前すら知られることもなく平和を取り戻すというのに。

 

「……すまないが、穏やかな話は此処までだ」

「もしかして、それはドルマゲスのことですか?」

「ドルマゲスッ?!」

 

 ぼそりとこぼしたトウカの声に瞬間的に反応したヤンガスが跳ね起きる。そしてどたどたと階段から降りてきた。それを咎めずルイネロは手を水晶球にかざし、占いを始めた。ドルマゲスの行方を見るために。さっと不安げな顔になった三人はただルイネロを見やるだけだった。

 

「むむ……見えるぞ。関所……道化師……そなたらの言うようにあやつはドルマゲス……おお、関所は破られ……」

「関所、……、リーザス地方への関所か」

「トウカ、知ってるの? 」

 

 ルイネロの占いが終わるのを待たずに二人は話し合う。不意に話さなくなったルイネロをヤンガスは急かした。もう少し詳しく分からないものなのか、と。だがもう一度目を凝らしたルイネロが発見したのは水晶玉に書かれたザバンの落書きだけだった。

 

「あの関所には精鋭のトロデーンの兵士がいるよ」

「……でも、破られたって」

「兵士が心配でがす」

 

 早くも飛び出しそうなヤンガスを引き止めてまで話す姿にルイネロは笑いをこぼしそうになる。それをこらえて言う。

 

「早くいきなさい、進みなさい」

 

 と。そう促す。

 

 そして、若き竜の勇者よ、高貴なる勇者よ、勇猛なる戦士よ、どうか世界を救いたまえ、と願う。全て見えたわけではないが、感じ取れてしまった未来の危機を案じて。

 

・・・・

・・・

・・

 

「いまならドラゴンスレイヤーになれるかな」

「トウカならきっとなれるよ」

「だからさ! 是非ともドラゴン斬り教えてよ」

「いいけど……」

 

 何とはなしに習得した特技について少し言ってみれば、街とかでは比較的大人しいくせに実は戦闘大好きなトウカが食いついてくる。

 

 トウカは心まで生粋のバトルマスター。だからというか、戦うのが好きだよ。でもそれはスポーツ的意味合いで、命のやりとりが無ければだけど。男女差別なく叩きのめすよね。勿論命のやりとりがあったって叩きのめしてしまうんだけど。

 

 でも、命のやりとりで気を抜くことはないし、その上で冷静なら負けなしだろう。今は、あんなことがあった後だからちょっと不安でもある。……トウカより弱い僕が言うな?その通りすぎて心が痛い……。

 

 普段はね、どんな模擬戦でも、どんな多対一でも、赤子の手をひねるようにあっさりと、小さな虫を潰す如く、プチッと倒してしまうのを見ているけど……。

 

 あ、でも結構辛辣。失礼なぐらいに。……叩きのめした後に口を開いて言う言葉は「雑魚すぎてあくびが出る」だとか「本気で来てよ」だとか「雑魚アンド雑魚、もうちょい強くなってからじゃないと」とかで……。もちろん相手の心をポッキリ折って……。言い返せるほど強い人はあんまり見ないし……。思い出したら胃が痛くなってきた……。

 

「上からこう、切り裂くみたいにやればいいんだよ」

「……見様見真似じゃ出来なかった。そんな見取り稽古するよりも役に立たない助言もらっても……ね。見ている限りドラゴン斬りは魔力を使わないみたいだし、ボクにも使えそうなのになぁ……目の前でやってもらっているのに使えないなんて、久しぶりだよ」

 

 それは見るだけで技を盗めてたってところにツッコめばいいのかな?でも出来なかったもあるのか、ドラゴン斬り以外にも。

 

「あ、でもボク、エルト以外にドラゴン斬りをやってる人みたことない。良くあるドラゴンが悪役の物語とかの必殺技に出てくるぐらいかな? 」

「……どうだろう」

 

 気にしたこともないから分からない。だれか同期がやっていなかったっけ。先輩にいたような。いや、後輩だったかもしれない。はっきりした固有名詞は出てこないけど、やってそう。ドラゴン系の魔物は少ないけど強敵だからだれかはやってるはずだし。

 

「……まぁいいや。さしあたって使うわけじゃない。ドラゴン系でもはやぶさ斬りが効かない訳でも火炎斬りだと弾いてしまう訳じゃないし」

 

 独り言をぼそぼそ言いながら納得したらしいトウカは素早く目の前のプークプックの笛を叩き落としてばきりと踏み砕いた。鉄板みたいな堅いものを攻撃用に仕込んでいるトウカのブーツはあっさり笛を踏み砕いていて、こんなに強いならドラゴン斬りなんていらないと切に思う。これ以上強くなれるのか疑問になってくる。なってほしくないとも思う。

 

 ……それは、ちょっとだけ、これ以上出番を取って欲しくないなんていう邪な考えがあるせいかな。仲間が強い方が良いに決まってるのに、親友の生存率が高いほうが良いに決まってるのに、なんて自分勝手なんだろうね、人間って。ああ、こんな考えが嫌だ。


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