【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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81話 殺意

 朝起きると王子はもうバザーに繰り出してたみたいで宿にはいなかった。相手の立場を考えると言っちゃいけないことだから胸の内に秘めとくけど、朝から顔見なくて良かったというか……。うん、見なかったからか、昨日に比べて、昨日の朝に比べてとっても爽快な朝だね。

 

 私だってペテン師だし、言えたもんじゃないかもしれないけどさ、生理的嫌悪があの戦闘での使えなさからありありと、ね。私、強い人が男女問わず好きだから。戦える人に好感を持つよ、ほらヤンガスの腕とか最高じゃない? 見せかけじゃなくて実用的で、その力で私たち前衛は後ろになるべく敵の攻撃が飛ばないようにできるよね!

 

 それとかみんなが死なないでいられるのは……今回でほんとに痛感したけどククールのおかげだし、それを補助しつつも中衛として立ち回るエルトがいなきゃすぐに崩れてピンチに陥っちゃうし、ゼシカの高火力な魔法攻撃があるから戦闘が長引かないんだよ。みんな素敵だよね!

 

 私ももっと精進しなきゃ! 精進して封殺できるようになったらみんな怪我しないし、私も取り逃しもなく戦えて幸せになれるのに。もっと頑張るか!

 

「ふぁあ……」

「エルト、寝癖」

「うん……」

 

 毎度ながら寝癖をぴょんぴょこつけたまま井戸にふらふら歩いていったエルト。いつか落ちるんじゃないかって不安だけど、まぁ……大丈夫だよね。普段はきっちりしてるけど朝とか寝起きとか弱いなぁ。鍛錬誘ったら変わるかなぁ?

 

 朝っぱらから体を動かすのは慣れてなかったらしんどいかもしれないけど、慣れたら爽やかで目も覚めて、しかも強くなっていいよね! 鍛錬最高!

 

「今日はどんな予定なの?」

「そういうことはリーダーであるエルトに聞いて欲しいんだけど。私はバザーを見て回りつつ王子を探して、王子が見つかったら城に連れ帰って報告、太陽の鏡を譲り受けてから……陛下に断罪されるつもりだけど」

「ふぅん……ってさりげなく恐ろしいことを最後に言わないで頂戴。断罪って……」

 

 確かにちょっとばかり厳しい言葉かもしれないけど。うーん、私からしたら万死に値することかなって思うんだけど……今ここでほんとに死んだらそれはそれで問題だと思うけど。あ、命令されたら流石に抵抗するよ。うん、逃げ出して陰ながらドルマゲスぶっ倒して、無理でも限界までダメージを与えて死ぬとかね、役に立って、それから出頭かなって。

 

「だって私は一国の主、そしてその姫を騙してたってことになるんだよ。この緊急事態で命までは取られないと思うけどさ、罰もなしで済まされるわけないよね」

「でも、古い物語で聞くように仕方の無い状況で、男装していた訳でしょう?」

「物語は物語さ。確かに父上や母上からしたら、養子の私はルゼル兄上の成り代わりだったかもしれない。……舐められれば殺される、狙われると思ってたんだよ。でも私、女と知られてしまっても殺されはしなかったと思うよ。撃退できたし……趣味みたいなものだったんだから、許されることじゃない」

「トウカ。あなたがいなかったらアタシたち、それにトロデ王や馬姫様もどうなっていたのか分からないのよ? そのことを考えたら……」

「ゼシカは優しい女の子だからね、そう思ってくれるのはありがたいよ。……すべては陛下のお心のままに私は行動するから」

 

 ほんとに、優しいよね。でもね、兵力的にこんな人数しか味方がいない今、殺されたり姿を見せるなとかそういう罰はそもそも想定していないんだ。そんな場合じゃないから。……後々は別だよ? そういう道を示されるかもしれないんだ。

 

 でもさ、近衛としての地位を剥奪して戦うこととか、エルトたちと対等ではいられないとか、罰って色々あるでしょう。

 

 一応、男児とどんな文書にも記した覚えはないし、兵を志願した時にも……男しか志願するのを想定してなかったみたいで性別を書く欄がなかったんだよね。手紙を書く時とかでも全部「モノトリア長子」で統一してたし。言い逃れできるように、と言ったら言葉が悪いけど……そういう問題でもないよね。だって声まで変えてるんだから。

 

 唯一言い訳するとしたら、ハニートラップとか出来るような頭も体もないってことかな、うん。可愛い顔でもないし、声は男のように低くしてたし、ぺったんこの上に鎖帷子やら重ね着やらで押しつぶしてたんだからそういう意味では女として兵に混ざってたっていう懸念はないはず……。どう見られるかは知らないけど!

 

 とりあえずエルトにはバレてなかったんだから女という認識がないし……うーん。唸ってばっかりだ。

 

「……えっ、何この空気」

「エルト、おかえり」

「ただいま、トウカ。で、なんなのこれ」

「あんまり気にしなくていいよ?」

 

 にこっと笑って見せれば、エルトは私の顔と神妙な顔をしているみんなを見、何も言わないでくれた。みんなを見比べて何を思ったのか、あぁそう、とそれ以上の追及をしなかった。

 

 その時ククールが私たちのやり取りを見てぼそぼそと呟いていたけど声が小さすぎて聞こえなかった。でも聞こえたらしいゼシカが顔を引き攣らせてまで笑いをこらえていたから面白い事だったのかも?

 

「姉貴」

「なんだい?」

「あっしは、姉貴がおっさんにどんなことを言われたとしても味方でがすよ」

「わお……心強いね。ありがとう……」

「当然でがす」

 

 ヤンガスって、やっぱりカッコ良くない! ゲルダさんが羨ましくなってきたね! ヤンガスが味方になってくれても、私は罰には従うんだけども。

 

 あ、なんでか舌打ちしたククールがゼシカに蹴り飛ばされた。ゼシカとククールって仲いいよねぇ。お似合いかも?にしてもさ、容赦なく徒手格闘を手伝ってくれるゼシカって優しいなぁ。私にもやってくれないかな。

 

・・・・

 

 ルンルンと花を周りに散らしているように明るくテンションが高く、僕らの先頭をトウカは歩いている。どこかに行ってしまいそうにはないからいいけど、対照的にほかのみんながどこか暗い。僕が寝癖を直している間に何かあったんだろうけど……んん、デジャヴ。そこまで教えてくれないから聞かないけど、また何かやらかしたりしたんだろうな。

 

 ……きっとトウカの性別のことだけど。正直気づかない方が悪くないかな?……僕とか、親友の性別に十年も気づかない鈍さだったし。深く反省してる……。

 

「エルト! 新しい槍見た方がいいよ! 折れるから!」

「あぁ、うん」

「魔法の盾かぁ……魔法が使えるようになるの? え、ならないって? 魔法防御が上がる? それはそれは、最高じゃないか!」

「待って待って、装備出来ないかもしれないから全員分買わないの!」

 

 ……今考えるのはよそう。考え事してたらテンションが最高潮なトウカを抑えられない。魔法の盾は確かに有能な盾だから是非揃えたいけど……ただの盾よりやっぱり高いよね。

 

「今までどれだけ魔物を倒してきたと思ってるんだ、エルト」

「とてもたくさんかな?」

「あぁそうだな。うんざりするほど沢山だ。つまり儲かってるって訳だろ? リーダーの財布の紐がかたいのはいいことだが、俺はもう少し装備を整えた方がいいと思っている。全員の武器や防具を新調したって足りるだろ。

そうしたら回復の間隔も撃破の時間も色々改善するだろうよ。あとトウカに早く盾を買ってやれ。回復が追いつかない。あとなんか頭にかぶせるんだ。回復が追いつかない。それから……」

「う、うわダークサイドに落ちないでククール。分かった、揃えるから目が死んでるよククール!」

「俺の苦労がわかったんならいいから前衛の防具を揃えろ……」

「分かったから!」

 

 ククールが死にかけてる。目が魚より死んで胃を抑えて死にかけてる! ……ふっと脳裏をよぎるベホマが追いつかない恐怖、僕はスクルトもスカラも唱えられないから防御を上げる補助も出来ない中、ひたすらベホマが間に合え、死なないでと祈る緊迫した戦闘、飛び散る味方の血。

 

 蒼白の顔色を見て、僕の血まで凍りつきそうな瞬間……怖かったよ。とてもククールを理解した。

 

 僕も胃が痛くなってきたし……宣言通り買おうね。これから良い調子で進んでいけば遺跡の中でドルマゲスと対峙する。王子と一対一で本来は戦うはずのアルゴングレートであれだけ強いんだ、各地に現れ、すぐに去って誰かしらを殺していくドルマゲスはもっと強いだろうし、前回歯が立たなかったんだからそれでいい、よね。

 

 僕はどうにもこうにも財布の紐がかたいみたいでそれはもう癖なんだけど……逆に直さないと胃が……。あ、ククール胃薬買った?買ったんだ。後で僕も買おうかな……。

 

「姉貴、兄貴!」

「何かな?」

「なんだい!」

「買い物もいいでがすが、野郎を見つけたでがすよ! 早く捕まえやしょう!」

「おっ……ありがとう! みんな、捕獲に行くよ!」

「待ってよトウカ!……うわ気配消して走っていく……」

 

 ヤンガスが見つけた、丘の上にいたらしいチャゴス王子。彼は誰かと話しているように思えたけど……何しているのだろう。バザーは向こうまで広がってて、あそこでも何か売ってるのかな?何はともあれ王子もこの儀式を終わらせたら一人前らしいし、一人前になってからバザーを楽しめばいいんだから連れていくことに異論はないし、僕も後を追いかけよう。

 

 ……って、早いんだけど! みんな僕を置いていく……待って! ほんとに待って! ククール、ゼシカ! 君たちまで置いていくの!

 

・・・・

 

 な、なんとか追いついた。トウカたちは何故か王子を捕獲するのではなく、王子や売人らしき人影に気づかれないように隠れていたみたいだ。何で、と聞きたいけどみんな無言で見ているものだから僕もならう。

 

 みんなの視線の先にはあいも変わらずでんと太った王子と、どこか胡散臭い売人らしき人。なにやら……取引かな? こんな人影のないところですることでもないと思うけど、これでも王子だからバザーの邪魔にならないように目立たない考慮、してるとか? ……そんな良心ないか。

 

「へっへっへ……とっておきですよ」

「おお! 正しくそれはアルゴンハート! 僕が手に入れたものよりずっと大きいではないか!」

「いかがでしょう。裏ルートで手に入れたアルゴンハートは」

「ふっふっふ、買わせてもらおう。これを持ち帰れば僕は認めれてもらえるぞ! なにしろこんなに大きいのだからな!」

 

 ……えっと。どういうことかな? 理解出来てるんだけど理解出来ない。理解したくないよ。

 

 つ、つまりあの王子は僕らが死闘の末に手に入れた、一応本人もあの場所にいた……一応、いた……アルゴンハートより大きいものを不正に手に入れてそれを提出するつもりってこと、なのかな? あってるよね? 理解したくないけどしたよ、あってるよね?

 

 ククールがバギクロスを唱えそうになっているのを腕を思いっきりつねって止めて、ゼシカがメラゾーマを唱えようとしているのを口をハンカチで塞いで止めて……鼻はふさいでないから許して……殴り込みに行こうとしているヤンガスは一応理性があるのか止めなくても大丈夫そうだけど、案外一番暴れそうなトウカが静かだ。剣を抜きそうになってるわけでなし……?

 

 嵐の前の静けさとか言わない?

 

 僕? 止めてるっていう立場がなかったらもう斬りかかってる。止めてることによって冷静を保ってるだけで、客観視できてるだけで、太陽の鏡がもう手に入ってたら何してたかわからないし。太陽の鏡の方が彼より重いからね、仕方ないね! この、この……! この野郎!

 

「……死に晒した方がよほど美しい」

「ト、トウカ?」

「あんな豚野郎でも死んだら仏。美しく尊い存在になれる……」

「えっと、トウカ?ホ、ホトケ? 仏って、えっ?」

「なんであんなのが姫様の許嫁なんだろう……結婚式では暴れてどさくさ紛れに殺さないと……姫さまをお救いしないと……」

「待って? 分かるけど、どこまで思考が飛んでるの?」

「あぁ、エルト、私は冷静さ。最高にクールだから。安心してくれていい。ちょっと、殺してくるから見ていてくれないか。また一人、私の剣は血に染まる。下衆しか殺していないから剣がどんどん曇ってしまうな。剣が濁るのはよくないな……斬るより、殴り殺そう。そうしようね。私にしてはいいアイデアだ」

「みんな止めて! 手伝って! トウカの瞳孔、カッ開いてる!」

 

 不穏なことを僕に囁いたトウカはごきりごきりと指を鳴らし、獰猛な笑みを浮かべ、完全に怒りに身を任せているのか足元の地面を砕きつつ王子に歩み寄ろうとして……止めて! ほんとに駄目だから! 今までの苦労が水の泡になっちゃう! ドルマゲスが倒せなくなるよ、いいの?良くないでしょ? 投獄されても脱獄しそうだけどそういう問題じゃない! 駄目だよトウカ!

 

「ふふん、お前たちも来ていたのか」

 

 そこで騒いでいたから王子に気づかれてしまった。最悪だ。ククール、ゼシカ、ヤンガスが抑えているけどなんともはや……本気でトウカが振り払ったらもう駄目だろう。怒りで我を失う寸前だから。そんな時に話しかけるとか自殺行為だから! 死にたいの?! 勝手に死ねば! でもここでトウカに命を捧げるのは迷惑!

 

「ええ、賑やかなバザーを楽しんでおりました」

 

 過去形なんだね! 楽しんで「た」なんだね! 僕もだよ! 僕もだから! 落ち着いて! 言葉が丁寧なのに目が怖い! 命の危機なのになんでこいつ気づかないの? 鈍いの? 馬鹿なの? トウカが器用にも殺気を隠してるからなの?!

 

「フン、そうか。ではぼくはこれを父上にお見せしてくるからな、お前たちの出番はない。勝手にするんだな」

「……はい」

 

 怒りに燃えていたトウカは、割合大人しく返事をし、馬鹿は去っていく。……流血騒ぎも王子殺人事件も起きなくて良かったはずなのに、親友が国際指名手配犯にならずに済んだのに、ちょっと残念に思えてしまうのは不謹慎だよね……ちょっと、残念だよ。

 

 もちろん安堵のほうが大きいけど……トウカ、そうだ、トウカ・モノトリアだもんね、自分の感情を優先したりしない、よね……。

 

「……はは」

「よく我慢したね」

「我慢? いやいやいや、あんな奴の体にも触れたくなかっただけだから」

「剣気飛ばせる人間の言う言葉じゃないよ」

「そりゃそうだ。はは、これはこうだ!」

 

 トウカはなんとあの会話で王子の帽子の羽根を抜き取っていたみたいだ。手の動き、分からなかったんだけど……。それをぐしゃりと粉々に握りつぶし、にこにこと無邪気にしかみえない笑顔を浮かべて、楽しそうにククールに駆け寄った。

 

「ねぇククール」

「……なんだ?」

 

 ククールはめちゃくちゃ、怯えている。わかる、わかるよ。すごくわかる。さっきまであんなに殺す気満々だった人に駆け寄られたら恐ろしいなんてもんじゃないし。

 

「胃薬分けてよ」

「は?」

「今ので胃が穴開いたかも」

「はぁ?」

 

 トウカは物凄い笑顔のまま、お腹をぐっと抑えて見せた。

 

「血ィ吐きそう」

「待て待て待て待て! 今渡すから!」

「ベホイミ、でがす……」

 

 トウカ、普段君だってククールの胃にバカスカ穴を開けてるってことを理解した方がいいよ!

 

 かくして胃痛三人持ちの僕らはなんとか事件を起こさずに王子を見送ることが出来たのだった。王子は安らかには死なせない。結婚式は出来る限り正体をバレないようにめちゃくちゃにする、という小声の話し合いは合意したけども。




トウカ「胃が痛い……」
エルト「太陽の鏡>チャゴス」

ククール「夫婦かよ」
ゼシカ「www」

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