【朗報】異星人なワイら、日本へと帰還す   作:ぽんぽんぺいん

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未知との遭遇とは可能性の発現に他ならない

 お腹が空いた。

 腹の虫がそう訴える。

 食事のことは、いつもそこで思い出す。

 

 

「あ……」

 

 

 周りを見渡す。

 ありつけそうなものは……ある。道路を挟んだ歩道の向こう側。灯の届いてない、暗い路地。

 自販機の横にも、もしかしたら。

 

 明滅する頼りない電灯の下、ベンチの上で身を起こす。

 

 

「う、寒い……この毛布、もうダメかな」

 

 

 一人、明日凪(あすなぎ)(かえで)は毛布とは名ばかりの薄い布で体を包みながらぼやく。

 

 こんな物では今年の冬を越えることができない。

 春まで身を潜める穴蔵を持つ野生動物を羨ましく思ったのは一度や二度ではなかった。

 

 耳触りだけは良い虫の音を聞き流しながら、彼女は懸命に布を引っ張り風を凌ぐ。

 

 国の中枢である第01圏、その第003区の中央公園はそれはそれは広い。

 

 子供が遊ぶには持て余すような巨大な遊具、思い切りボールを蹴飛ばしても収まってしまう大広場。

 そのテーマパークなような広さを求めて多くの親子が日中やって来る。

 

 しかし夜中ともなればその広さは静けさに拍車をかける。心なしか、秋にしたって風が冷たい。

 

 

「……っ」

 

 

 再び寒風が肌を撫でる。

 ブルリと体が震えた。

 

 母が己を捨てたのも秋の終わり頃だったか。

 いっそのこと野垂れ死ねば良いとでも思っていたのかもしれない。誰だって、自分の手を汚すのを厭うものだ。

 

 とはいえ資源が豊富なこの時代、食料などそう贅沢なものでもない。故に、人は奥ゆかしき日本といえども食への感謝を忘れる輩の多いこと。

 ゴミ箱を漁ればこの小さな腹を満たすことなど案外易いものだった。

 

 まあそんなことを願わなくとも、子供一人をほっぽり出せばいつ死んだっておかしくないのがこの世界なのだが。

 

 散々妄想した最悪を振り払い、楓は空腹に身を任せる。

 そうしてベンチから降り、裸足で冷たい砂利を踏み締めた———その時だった。

 

 

「!」

 

 

 小さく、髪が揺れた。

 

 遠くで爆発する音が聞こえた。

 相当に大規模なものであったのか、高層ビルの合間、夜空がひどく明るい。

 夜風を押し除け、代わりに不穏な風がベンチを吹き抜ける。

 

 どうやら今夜は付いてないらしい。

 

 ……いや違う。それはいつものことだ。

 

 

(ここは……危ないかも)

 

 

 緩慢な動きから一転、空腹を紛らわし、必要最低限のものを抱えると、彼女は爆発と反対の方向へと駆け出した。

 資源の豊富なこの場を一時的にでも手放すのは名残惜しいが、意地汚くも命には変えられない。

 

 

「っ!」

 

 

 駆ける。駆ける。夜の町を、その隙間を。

 あんなものに巻き込まれては、チンケな自分など吹かれて消えてしまう。

 

 

 ———。

 

 

 再び、街が揺れた。

 初期微動のようなごくごく小さなもの。

 けれども遠くには巨大な影が夜霧をスクリーンに映り込んでいる。

 

 怪物。怪獣。異星人。

 同じ人間のような姿をした奴から巨大な異形まで様々だが、共通するのは大抵人間なんて簡単に殺せる存在だということ。

 ましてや子供など、きっと人間から見た虫と何ら変わらないのだろう。

 

 そんなものが、少しばかり空模様が崩れるような頻度で現れる。ここ数十年での出来事だそうだ。

 

 

「はぁ…はぁ…!」

 

 

 虫の走行性に逆らって、暗い安息へと駆けたその末。

 楓は音も揺れも感じない程遠くへとやって来ていた。

 

 上がった体温を冷ますように冷たいコンクリートへとへたり込む。

 あまり目立つ場所にいると警察に声をかけられてしまうので、見通しの悪い物陰に身を潜めて。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 一息吐く。

 

 ひんやりとした地面が気持ちいい。

 そう思わないと、いけない気がする。

 

 虫が鳴いている。

 自分のように、懸命に生きるように。

 

 お腹が空いた。

 死にたくない。

 できることなら、もう少し幸せになりたい。

 

 願ってばかりの人生だ。

 

 

「———」

 

 

 ふと、少女の顔に影が差す。

 顔色が変わったわけではない。彼女の顔を、何かの影が覆ったのだ。

 

 深く考えず、顔を上げる。

 上げてしまう。

 

 

「………ぁ」

 

 

 ヒトではなかった。

 

 筒のような体は柔軟に湾曲しており、鎌首をもたげるように佇んでいる。

 

 ソレに腕は無かった。

 代わりに、細く、しなやかで、少女の身長よりも幾分にも長そうな触手が頭部から生えている。

 無数に、無造作に、月明かりを遮るほどに大きく広げられて、ゆったりと、しかし忙しなく蠢いている。

 

 ソレに足は見当たらない。

 代わりに、円柱の底に、蛞蝓や蝸牛の腹足の腹足に似たのっぺりとした部位が見受けられる。

 

 全体的に胴の長いワームとイソギンチャクが融合したかのような、地上で見るには物珍しい見た目をしていた。

 

 花のように開いた構造———口に当たるであろう空洞が呆然とする楓を覗く。

 

 

『XXXXXXX……XX……XXXX』

 

 

 鳴き声というよりは電子的な信号に近い音の羅列。

 生物的な見た目とは裏腹に、一層理解が遠のいた。

 

 楓は整理のつかない頭の中で、唯一、本能的に引き摺り出した選択肢を実行する。

 

 背を向け、足を前に。

 弱者の切り離されたこの世界で、無力な者には逃走の一手しか残されていない。

 

 ダッと駆け出す。

 幸い、逃げ足だけには自信があった。

 

 

『———XXXXXXXXX……』

 

 

 一歩目、踵が地に触れた。

 けれども、二歩目が前に出ることはなかった。

 

 奇妙な音が鼓膜を揺らす。

 

 

『—————』

 

 

 音叉、というものがある。

 一度小突くと、尾を引くような心地の良い音を響かせる。音の性質を体現した実験器具だ。

 

 ソレはその音に近かった。

 耳から入り込み頭を直接震わせるような、奇妙だが不快ではない、そんな音だ。

 

 頭に靄が掛かったように思考が働かない。

 怪物を背後に、楓は虚な目のまま足を止める。

 

 

『———XXXXXXX』

 

 

 背後で、拳一つと無い程に接近した怪物がもたげた頭をゆっくりと下ろす。

 無数の触手で彼女の上半身を包み込み、開かれた大口を添えた。

 

 やがて大口の淵からヤイバにも似た非生物的な歯がずらりと生え揃う。

 

 楓はその光景を朧げながらしっかりと認識していた。

 

 

(ああ……死ぬんだ、ボク)

 

 

 それは諦観というには、あまりに絶望に満ちていた。

 

 栄養不足ゆえか、歳のわりには幼い身体。その内側には、未だ生への執着も、幸福への願望も、些細な悪意もあった。

 

 

(もうちょっと……美味しいもの、食べたかったな)

 

 

 だからそれは絶望だった。

 少女が諦めてしまえるほど、世界は優しくはなかった。

 

 死神の鎌にさえ見える牙———その隙間からは、燦々と輝く星空が見える。

 

 いつもより遠く見えるのは、きっと気のせいではない。

 

 

『———』

 

 

 視界が閉じられてゆく。

 星はもう見えない。

 

 こんな時でも腹の虫は空腹を訴える。

 

 場違いにも、少女はほんの僅かな恥と大きな希望を携えて———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———あれ、ここ日本だよね???」

 

 

 ———ハッキリと、そんな声を耳にした。

 

 ぼんやりとした世界の中でも、その声は妙に頭に響く。

 まるでフィルターを通り越して意識の内側に入ってくるように。

 

 

「女の子に触手……うーん、この。めちゃくちゃ危ない場面じゃん、色んな意味で」

 

 

 今度はもうもっと近く———目の前から声が聞こえた。

 

 直後、曇り掛かった視界が少し明るくなる。何となく、それが月光であるのだと理解した。

 

 

「あーあー、また毒電波流し込んでさ。卑劣、卑劣だよ、こういうのは。モラルが無いよね、子供相手に……体格差だってあるんだからやるなら一撃で仕留めればいいのにさ」

 

 

 微睡の中、何かが頭に触れるのを感じ取る。

 独特な低さから、恐らくは男性なのだろう。

 

 やがて、少しずつ意識がはっきりしてくる中で、月光で影になった輪郭が浮かび上がってくる。

 

 

「んー、いけるかな、明らかにズレた電波だけ弾けばいいんだけど……ちょっと不安に…いや、でも……」

 

 

 男は楓の額を指で突いたり頭を軽く撫でるなど、何かを確認するような仕草を繰り返していた。

 

 そんな中、楓の視界の中ではぼやけた輪郭は線となり、曖昧に塗りつぶれたような影に、段々と表情を認識し始める。

 

 そうして漸くその顔をハッキリと認めようとした———その瞬間。

 

 

 

 

「———ええい、ままよ!!」

 

 

 

 

 ———プツン、と。

 

 かつて無い形容し難い感覚と共に、楓の意識は途絶えたのだった。

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