仮想通貨の導入について学校側と交渉し、無事にその運用権を――実質的に――独占することに成功した。
“実質的に”というのは、生徒会も一枚噛んでいるためだ。
もっとも、生徒会長はボクが用意した丁寧な段取りに素直に乗ってくれた。
おかげで話は驚くほどスムーズに進み、手間らしい手間もかからなかった。
確かな後ろ盾を得たことで、ボクのビジネスは順調に拡大している。
気づけば、プライベートポイントは綾小路に稼がせた三百万など軽く上回り、七百二十万にまで膨れ上がっていた。
そして五月。
Sシステムの全容が明らかになると同時に、ボクは“擬似的な銀行”の運用も開始した。
特にDクラスの連中はいい。
利子など気にも留めず、いくらでも借りに来る。
おかげで、こちらの懐事情は今後さらに潤っていく見込みだ。
本来、Aクラスから金を借りるなど利敵行為に等しいはずだが――
見た目に騙される愚か者と、どうしようもない金欠は、驚くほど簡単に釣れるものだ。
……まあ、資金調達としては十分すぎる成果だろう。
あとは必要に応じて回収していけばいい。
さて。
そうして“暇”を手に入れたボクが、次に何をするか。
決まっている。
綾小路清隆の攻略だ。
彼以外に、ボクとまともに張り合えそうな相手がいない以上。
選択肢など、最初から一つしか存在しないのだから。
◆
理想個体とは、単にバトルを有利にするためだけの存在ではない。
経歴――いわゆるバッジや証。性格、性別。そういった要素のすべてが、選別基準に含まれる。
当然、それは現実に落とし込んでも同じことだ。
相手の能力を見極め、取捨選択し、自らの“駒”として最適化する。
その過程には、気が遠くなるほどの試行回数が必要になる。
……恋愛に置き換えれば、わかりやすいだろう。
理想の相手に一切の妥協をせず、
収入、身長、性格、家系――あらゆる条件を満たす存在を探し続ける。
それが、“厳選”という行為になる。
もっとも、それを現実でやると、大抵はどこかで詰む。
だから巡り合わせなのだ、こうして綾小路清隆と再会したことも、彼を手籠めにするために労することも。
「お前は歌わないのか」
カラオケボックスにボクらはいた。
綾小路は麦茶、ボクはメロンソーダを頼んで寛いでいる。
「ボクの後だと、死ぬほど歌いづらくなるけど。それでもいいのかな?」
綾小路はわずかに眉を動かす。
「随分と自信家なんだな」
「まあね、伊達にホワイトルーム卒業してないよ」
金で彼の青春を買うことはできない。
そんなことは最初からわかっていた。
以前、半数以上の部活動を相手に“道場破り”の真似事をして、プライベートポイントを荒稼ぎしたときにも確認済みだ。
あの程度で動く男ではない、というよりもボクが信用されていないのだろう。
「キミは一つ、勘違いをしているようだ」
「なんだ。完璧超人な響さんは、俺に物を言われるのが気に食わなかったか。それは悪いことをしたな」
純度100%の皮肉から発されるチクチク言葉がボクの小鳥の心臓に刺さった。
……相変わらず、やけに当たりが強い。
ボクとしては、これでも随分と“優しく”接しているつもりなのだけれど。
一体どこに不満があるのやら。
「まず一つ。『完璧な人間なんていない』――そんな凡人への慰めは、ただの幻想だと断言しておこう」
「残念に思うかもしれないけどね。このボクがいる以上、そのような前提は成立しない」
綾小路は無言で麦茶にストローを挿し、そのまま一口。
こちらを見据える視線は終始ジト目のままだ。……不機嫌なのは間違いない。
「――まあ、それはそれとして。今ボクが話したいのはそこじゃない」
「ほう」
「ボクはキミの敵ではないということさ」
一瞬の間。
「……すごく、裏切りそうな奴の台詞に聞こえるんだが」
「心外だな」
小さく息を吐く。
綾小路曰く、今日は友人と遊ぶ約束があったらしい。
その真偽はどうでもいいが――どちらにせよ、このままでは感情的にも素直に頷くことはないだろう。
「そもそも、キミはどうしてそこまでボクを警戒するんだい?
こんなにも完璧で、完全な存在であるこのボクを前にして」
「……だからなんだけどな」
綾小路は淡々と返す。
「こっちからも一つ、勘違いを訂正させてもらおうか。俺は別に、お前を嫌っているわけでも敵視しているわけでもない」
「ただ――平穏な高校生活を送る上での“障害”として認識しているだけだ」
……。
それを世間一般では、敵対と言うのではないだろうか。
「まだバレていないからいいが、部活動強襲事件のせいで――俺の実力が露見するリスクは格段に上がった。今回のこれもそうだ」
マイクをトントンと指で示す、麦茶はもう飲みきったのかガラスコップには氷の一欠片も見受けられない。
「あまりお前と関わると、それだけで色んな連中に目をつけられかねない」
「酷いな、友人をカラオケに誘うだけで密会だなんて」
しかし困ったな…
どうやら彼の攻略は、想定していたよりもずっと面倒らしい。
どうも少しだけ、考え方を変える必要がありそうだ。
もしかすれば、目立たなければいいのだろうか。
◆
「なあ綾小路、……そこの地味め……の女は誰なんだよ。お前が呼んだのか?」
池が指差したのはダークブラウンを肩まで伸ばし、マスクとグラサンをした不審者だった。
手を振って、おそらく笑っている。
オレは無言で目の合う位置へ視線をやる、こちらからはよく見えないがこの意図は汲み取れるはずだ。
『帰れ』
すると女は何を思ったか、満面の(こちらからは見えない)笑顔を浮かべ、サムズアップしながら何度も頷いた。
「……からかいに来たのか」
「そのようなことがあろうはずがないだろう」
「なぜそんな無駄に長い返答をしたのかは知らないが、帰ってくれ」
オレたちのやり取りは小声で、周囲に聞き取られないよう配慮されている。
――が、会話の内容はともかくそれで誤魔化せるほど甘くはない。
勉強会に参加していた三馬鹿はもちろん、沖谷、堀北、櫛田。
その場にいる全員の視線が、完全に一点へと集約されていた。
端的に言って――目立ちすぎている。
「すまん。俺の知り合いで別クラスの森雪だ。中間テストに不安があると聞いていたから呼んでいたんだ」
「そういうことなら綾小路くんが見てくれる?」
「あ、ああ」
堀北は露骨に関わりたくなさそうだった。
それだけ言うと、すぐに三馬鹿の指導へと戻っていく。
「貴方たちも、手が止まっているわよ」
――そして。
不審者は沖谷と同席する形で、俺が面倒を見ることになった。
もっとも、こいつに教えることなど何一つないのだが。
「……ふざけているのか」
思わず低く呟く。
その声に、沖谷がびくりと肩を震わせた。
目の前では、“わかりません”とでも言いたげに両手を広げる響。
俺はその両手をまとめて掴み、そのまま腕を取る。
さながら不審者を確保する警官のように。
「悪い、沖谷。少し席を外す。その間、わからないことがあれば堀北か櫛田に聞いてくれ」
「う、うん。わかったよ……」
納得したような、していないような返事。
一方で響は、不満げに頬を膨らませていた。
――いや、正確にはマスクがわずかに膨らんだだけなのだが。
そのせいで、得体の知れない何かを相手にしているような錯覚に陥る。
「お前はこっちだ」
「なんという横暴だ。このボクを捕らえようというのか」
抵抗する素振りは見せるが、本気で逃げる気はないらしい。
その気になればいくらでも振りほどけるはずだ。
――油断か。
それとも、単なる悪ふざけか。
おそらく、その両方だろう。
そのまま図書館を出て、人気のない階段裏へと移動する。
そこでようやく手を離した。
「……何のつもりだ」
「酷いな。ボクはキミと親交を深めようとしているだけだよ。ほら――ちゃんと目立たない格好で来ただろう?」
「はあ……」
思わずため息が漏れる。
こいつは、本当に読めない。
天才なのか、それともただの阿呆なのか。
いや、その両方か。
ホワイトルームにいた頃からそうだった。
満点が確実なテストでわざと手を抜くのは日常茶飯事。
有名どころだと記述問題では、いかに採点者の時間を浪費させるかを試し、英語の授業では教師の妻の声を完璧に模倣して遊ぶなど、やりたい放題。
その暴れぶりは、カリキュラムの異なる俺の耳にまで届いていたほどだ。
「それで本当の目的はなんだ」
「キミに言った通りなんだがね、ボクの高校生活最初の目標はキミを奴隷にすることだって」
「その場限りの冗談だと思いたかったな」
もし本当ならオレは平穏な高校生活を望むことを諦めた方がいいかもしれない。
「ちなみに無理そうなら友達100人を優先しようと考えているよ」
「その友達100人をけしかけてくるのだけはやめてくれ」
ランキング更新時間とか知らない子ですね()
ここまで読み進めてもらえれば分かる通り、全体はあらすじの通りです。ちなみに図書館で勉強会が行われることは綾小路のスマホをハックしたので知っていました。綾小路くんはプライベートポイントよりプライバシーポイントを稼ぐべきだったよ。