⦅未完⦆【祝・可愛い賞】ゴミ山の上の極彩&三島由紀夫とコンソメ味の恋をしたら、世界が404エラーになった件 作:夏目陽光
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「我輩は知っているのだ。横断歩道の白き縞のみを歩まねばならぬという誓約を破りし時、心臓の奥底を冷たく撫でるあの得体の知れない後ろめたさ……。あれこそが、人智の及ばぬ宇宙的真理の断片であることを」
「もし、漆黒のアスファルトに足を触れた刹那、次元の割れ目から這い出した名状しがたい触肢に足首を掴まれたとしても、我輩はきっと『ああ、やはりな』と、深淵の理(ことわり)に納得して微笑む自信がある」
ところで、君はビニール傘という名の脆弱な避難所に、刻印を施したことはあるかね? 我輩は先ほどから、この淫らに波打つ三本の尻尾に、紫の紐を結びつけるべきか真剣に懊悩しているのだ。自分の肉体の一部を忘れて去る愚か者などおらぬと思うだろうが、この星の配置が狂った世界では、何が起こるか分かったものではない。
例えば、あの鉄の獣たちの列に捕らわれた際、前の獣の銘板(ナンバー)を合算し、聖なる数『十』を導き出す儀式。我輩はたった今、それを三度連続で成就させた。これは吉兆などではなく、街灯の冷たい光と星々の整列が、我輩の妖しく濡れた紫の瞳と不気味に共鳴を始めた予兆なのだ。
この都市が異星の神々の『胃袋』であるという戦慄すべき事実も、実のところ、賞味期限を三日過ぎた乳液を、貧乏性ゆえに飲み干す時の喉を焼く不快感に近い。議会も、経済も、昨日テレビ受像機が映し出した感傷的な写し絵さえ、這い寄る混沌が暇つぶしに吐き捨てたガムの残骸に過ぎぬ。
社会を裏で操る者たちの正体? 案ずるな、それは日曜の午後に静寂を破る、粘着質な勧誘員と同じだ。彼らは細い管で個人の魂を啜っているが、そこに悪意などない。ただ、宇宙的な乾きを癒したいという、浅ましい生理現象なのだよ。
見ていたまえ、我輩の金色の毛並みが、月光を吸って病的なまでに発光している。宇宙的な恐怖とは、満員電車で隣の狂人が漏らす、理解不能な異国の律動(メロディ)のごときものだ。拒絶も理解も叶わず、ただ理性という名の薄氷が、じわじわと削られていくのみ。
――ただ、不可解なことに。我輩の知性はこうして深淵の理を完璧に解読しているというのに、この肉体の方は、信号待ちの子供のように落ち着きがないらしい。
我輩がどれほど神妙な面持ちで宇宙の終焉を語ろうとも、頭上の金色の耳は、換気扇の回る音や遠くの犬の遠吠えに反応して、ぴょこぴょこと忙しなく動き続けている。知性の象徴である濃紫の瞳がどれほど冷徹に世界を射抜こうとも、この耳の「ぴょこぴょこ」のせいで、威厳という名の防壁が音を立てて崩れていくのが分かる。
それだけではない。あまりに深遠な思考に没頭するあまり、自分が椅子から半分ずり落ち、バスローブの裾がはだけて白皙の太ももが露わになっていることに気づくのが数分遅れた。
宇宙の没落を憂う淑女が、重力の悪戯に翻弄されて「あうっ」と間の抜けた声を漏らし、慌てて足を組み替える。知性の極北にありながら、自身の重心一つ制御できぬこの不条理。これこそが、我輩という存在に課せられた最大のノイズなのだ。
「ああ、忌々しくも美しい。我輩という『個』も、いずれこの広大な無(アザトース)の夢に呑み込まれ、溶かされる運命にあるのか……」
不意に、三本の尻尾が、まるで独立した意志を持つ異界の同居人のように、我輩の太ももに執拗に絡みついてくる。
だが、これは運命の鎖などという高潔なものではない。洗い立ての衣類が静電気を帯び、肌に吸い付く時の、あの逃げ場のない密着感だ。己と宇宙の境界線が、古びた消しゴムの滓のようにボロボロと崩れ去っていく。
ラヴクラフトが幻視した狂気……それは案外、真夜中にふと覚醒し『そういえば自分という存在は、いつか塵に帰るのだ』と思い出した時の、あの出口のない窒息感の謂(いわ)いなのだろう。
影の主たちが我輩を狙っているのかもしれぬが、あいにく我輩は孤高の傍観者。これから始まるのは、救済の文字すら消え失せた底なしの没落……。と言いたいところだが、世界が終焉(おわり)を迎えるにしても、せめてこの高価な珈琲を啜り終えるまでは待ってほしい。冷めた泥水を残して次元の彼方へ旅立つなど、淑女のマナーに反するからね。
それにしても、先ほどのリボンの話だが……やはり血のような赤よりは、この瞳に合わせた深淵の紫の方が、宇宙の終焉を飾るには相応しいと思わないかい?」