真女神転生VV二次創作 牛蛇相克 作:dwwyakata@2024
というわけで、原作でも座に着いていた形跡がない閣下との直接対面となります。
此処ではそもそも一体何が起きたのか。それからこれから具体的に何をするのか、の話をしていきます。
それ自体が戦闘と言えます。
原作ではラストバトルをしましたが、本作では言葉と行動でそれに代えます。
煌が顔を上げる。
其処には、明らかに今までと違う階段が生じていた。
いつの間にか姿を消していたタオとヨーコ……どちらもロボットのような機械的な姿になっているが。
二人が、導くように、その階段の左右にいる。
「創世の争いを勝ち抜いた者達よ、この先へ進め」
「この先が座である」
もはや二人に意思はないようだった。
ミヤズが真っ先に前に出る。
いいのか、と言いそうになるが。
ミヤズが、頷いていた。
「座にて創世の手伝いをした後帰ります。 座から帰還する人間が出たという事実も大事なはずですよね、煌先輩」
「……ああ、そうだな」
皆で、光る階段を上がり始める。
階段は半透明になり、やがて浮くようにして空を進み始める。もはや階段ですらない。階段に見えていたのは、それが上に上がる「概念」だからだ。
この先は、無数の何かが流れ込んでいる。
それは様々な人間の歴史。
荒野で獣から剥いだ毛皮を纏い、石槍や手斧を持ち。そして洞窟で暮らしていた頃の人間達。
それでも彼らは、必死に生きていたし。
自然の恐ろしさに敬意を払い。周りの全てとどうにかうまくやっていこうと四苦八苦していた。
歴史はどんどん流れていく。
新しいものが開発される度に、人間の他の生物に対する圧倒的優位が確立されていく。どんどん強くなっていく。
やがてアフリカ象ですら人間には勝てなくなった。圧倒的最強を誇る陸上生物の王が、である。
それでも人間の技術の進歩は止まらず。
やがて他の生物では敵にもならなくなった人間は、同種にその暴力を向け始めるようになった。
最初の都市国家が出来た一万年前には。
既に身分制度が作られ。
其処では、規模は小さいながらも、今の人間社会と同じような不平等が生じていた。
だが、その身分とやらは、勝手に後々生じていったもの。
優れた血統などというのは最初から存在はしていない。そしてその都市国家で王族だかをしていた存在が、後までずっと王族をしていた訳でもなんでもない。
人間の歴史はどんどん殺戮の歴史へと変わっていき。
その規模も残虐性も増すばかりだった。
見ておかなければならない。
どれだけ立派なお題目を掲げたところで、これが人間の歴史の真実だ。飽きることなく殺し合っている分際で。
自分たちを知的生命体と称している。
あらゆる物資を無駄遣いし。
ありもしない「権威」をねつ造するために無理な理屈をこねくり回し。
血統とやらを保全するために、近親交配を繰り返して却ってその血統とやらを台無しにし。
その歴史は、愚行の蓄積だった。
それを人間らしいとか強弁し。一万年間で進歩したのは技術だけ。今ですら身分制度を望み、現実主義だとかを口にしながら弱肉強食論をいい年をした大人が口にするような存在。
それが人間だ。
それを目に焼き付けていかなければならない。
それでいながら、人間は都合が良いよりどころとして。更には支配のツールとして神魔まで利用した。
このいびつな関係も、終わらせなければならなかった。
やがて、皆が着地する。
煌もまた。
其処は広い、どこまでも続く空間だった。
既に創世の女神はいない。
其処で背中を向けて立っていたのは、翼を三対持つ、機械的な姿の存在だった。振り向く。険しい顔をしていた。全身もまた機械的。
恐らくはルシファーだ。
気配が似ている。アオガミの記憶で見た、巨大すぎる姿と。
だが姿が違いすぎる
創世に関わるとこうなるのか。
それとも、現在の技術におけるもっとも優れた姿こそが、こういった機械的な存在、と判断すべきなのか。
いずれにしても、煌は皆がそろっていることを確認する。
ルシファーは、良く来た、という。
「私は全てを見ていた。 創世を行うつもりはなかった。 ただ、皆に神々の知恵を引き渡すためだけにいた」
「神々の知恵?」
「座にある唯一の正の遺産さ。 歴代の座に着いた神々は、その存在を知恵という形で残していった。 それらがこれだ」
ルシファーが手のひらを上にすると、其処に淡い光とともに何かが生じる。
リンゴか、あれは。
そうか、リンゴか。
知恵の実という奴だな。どこか寂しくも感じる。どうしてだろう。平行世界で、何度も此処に到達したからだろうか。
「私は大魔王ルシファーだったもの。 此処で何が起きたのかを、全て話そう。 戦う必要もない。 ここまで幾多の戦いをかいくぐってきた者達よ、聞いていくがいい」
「……話してくれ」
「うむ……」
ルシファーが話し始める。
18年前。
この世界そのもの……地球が、限界を感じた。18年前に、ルシファーはそれを理解は出来なかったが。今は座の知恵を取り込んだことで理解できている、そうである。
ともかく世界そのものが限界を感じ。
緊急避難として、この世界は一部を贄として、強制的に新しい世界を作り出すことにした。
それこそが、東京受胎。
今までの世界の歴史でも、何度か起きてきた事だ。不自然に消滅した都市や民。それらは、この世界そのものが、防衛反応として贄にして世界の礎にした。そして、小規模な世界が新しく作り出されたのだ。
平行世界として、である。
無論宇宙全土に影響が出るような話ではない。この地球に紐付いた、地球の平行世界に関する話だそうだが。
四文字の神も、それは察知した。
そして、どちらかといえば西側に所属する国家でありながら、未だに己の影響力が及ばない日本を、支配するために動いた。
そして、シャカイナグローリーを用いたのだ。
「四文字の神にとって誤算だったのは、それが世界の完全な反発を招いたことだ。 世界が危機だと判断して、己の一部を切り取る真似までして存続を願ったのに。 それだというのに、四文字の神は。 現実の人間がそうするように、さながら好機だと言わんばかりに東京を我が物顔に自分のものとしようとした。 その時私はベルゼバブ等側近を連れ、シャカイナグローリーを行って消耗した四文字の神を倒すべく東京に来ていた。 そして、見た。 四文字の神と、側近である四大、更には七大も含めた彼の寵愛する天使達が、まとめて滅びる様を。 あれは世界そのものから怒りを買ったのだ」
世界の怒りを買った。
そうか、普遍的無意識そのものは、その場その場で「大衆」に流されているようであっても。
それはそれとして、生物としての生存本能も強く持っている、ということか。
だからこそ、その深奥では、
馬鹿げた絶対正義を掲げる四文字の神が一線を越えた時。
その存在を許しはしなかったというわけだ。
「四文字の神はひとたまりもなかった。 何しろ彼は無意識の世界の中枢にいたのだ。 其処を支配していると思い込んでいたのだろうが、実際はただ統御を任されていただけだった。 民草を虐待し続けた国がどのような形であれいずれは滅びるのと同じ事だ。 四文字の神は、意識の世界から愛想を尽かされたのさ」
「……続けてほしい」
ルシファーはゆっくりと歩きながら話す。
いつの間にか、テーブルと椅子が用意されていた。
座るように促されたので、煌から最初に。
皆も席に着く。
相手に戦意はない。それは分かっているから、ただ座らせて貰う事にする。
「四文字の神が側近達もろとも滅びて、私は座に到達した。 そして彼が残した知恵を食べて、事象となった。 その瞬間、私は創世を行う気はなくなった」
「傲慢の権化である貴方が不思議な話だな」
「私にとっての傲慢というのは、神を超えようという意思そのものを指すのさ。 私自身は、これでも人々を私なりに気に掛けてきたし、何もかも焼き尽くして世界を我が物に、などと考えたことはないぞ。 まあ、血の気の多い魔達を制御しきれなくなる事はままあったがね」
ルシファーは知恵を得た。
そして、知ったのだ。
「最初の願いは、ただの万物への愛だった。 続いての願いは、万物への奉仕だった」
見える。
東京を崩壊から守り続けているティアマト。
崩壊しようとしている東京を内側から支えている国津天津の神々と、外側から協力してくれている。
人々は気付いていない。
それでも、手を貸してくれている存在がいるのだ。
「その次の願いは、圧倒的な力による秩序の構築だった」
マルドゥークだな。
恐らくは、万物への奉仕では人間社会が成り立たなくなったのだ。農耕民の間ですら、身分制度が生じる。
農作物だって、畑によってできが変わる。
「努力の差」などというやつもいるが。
実際にはほとんどの場合は、ただの強運である事が多い。
それにだ。
本当に努力している存在がいるとしても、その努力の結果だけ横からかすめていこうとする輩は幾らでもいる。
中には、努力している者……実際に手を動かして働いている存在は自分より下、等と考えるような輩もいる。
そういった者達を、奉仕の心ではまとめきれなくなったのだ。
だからマルドゥークが勃興して。
圧倒的な武力による支配が確立された。
「その次は支配の力の正当化が望まれた。 知っての通り神権政治だ」
「王の権利は神から授かった、だな」
「古くには、王は神そのものであるとすることで、更に強大にその考えを補強した。 それくらいしなければ、人間はまとまりなどしなかったのさ」
つまりは、ラーによる創世の事だ。
ただの暴力で行われた支配に、理屈が求められた。
人間が知恵をつけてきたからだ。
だから、神による支配の担保というものが行われた。それでも、まだ社会は不完全だった。
「次に行われた創世では、技術の革新が求められた。 そして人間は、鉄と馬を手に入れた」
「バアルによる創世か」
「そうだ」
バアルの時代。
中東が再度勃興。
鋼鉄を作り出し。
軍馬を実用化した。人間の歴史では、それまでも様々な動物を軍事利用してきたが、軍馬の実用化は文字通り最大のブレークスルーを生み出した。洋の東西を問わず、軍馬の与えた影響は大きい。
また鋼鉄も同じく。
鋼鉄は当初、同じ重さの金と取引されたとさえ言われている。
それからもずっと、炭化鉄……鋼鉄の作り方に関して、ずっと人間は試行錯誤を続けていく事になる。
それほど、優れた発明だったのだ。
青銅が使われていた時代を一気に塗り替えた発明。それが鋼鉄だった。
「そしてユピテルが現れる。 続いて求められたのは、高度な統治システムだった。 民主主義、議会制、そして広大な帝国を支配するための高度な官僚機構。 人間の国家が広大化するにつれて、それは必須だったのだ」
「同時に支配のツールとしての神の存在も、か」
「そうだな。 それもずっと利用はされてきたが、ユピテルの時代からは、明確に行儀が良い道徳の規範となる神が整備されるようになった。 ゼウスにとっては不本意だったようだがな」
そうだな。
あのゼウスは、ユピテルのあり方を良く思っているようにはとても思えなかった。野心的で、ただエネルギッシュだった。
それもあって、あのようなあり方は、とても許容できなかったのだろう。
ルシファーが席に着く。
皆に併せて、人間大の大きさになっている。
完璧な作法で紅茶を飲む。
戦いは、精神で行われている。
ただ、ルシファーは得たものをこちらに伝えようとしている。それだけ。だからこそ、その戦いを。
煌は受けて立たなければならない。
「ローマ帝国の終焉とともに、ユピテルのあり方は破綻した。 代わりに現れたのは、テングリだ」
「遊牧騎馬民の時代か」
「そうだ。 新しい理は、自己責任、どこまでもある自由だ」
「ただしそれはあまりにも苛烈だった」
頷くルシファー。
遊牧民は、己が抱く蒼天は、己の中だけであると考えていた。だから信仰を他に強要はしなかった。
これは、支配のためのツールとしての信仰を用いていた存在には、徹底的な恐怖だったのだ。
現在でも欧州などでは、支配のためのツールとしての一神教の悪影響が色濃く生き残っている。
それはユピテルの時代から続いた、支配のためのツールとしての信仰が。彼らのあり方を徹底的に肯定したからだ。
全肯定と全否定。
これこそ、人間を思考停止させるこれ以上もないほどのもの。
そういう観点では、ユピテルの時代から種はまかれていた。
そしてテングリの登場は、そうやって支配を確立していた人間達にとっては、恐怖そのものだった。
ユヅルが言う。
「現在世界に蔓延する自己責任論を更に過激化させたような思想だと理解しているが、それで正しいだろうか」
「ああ、その通りだ。 遊牧騎馬民は、親兄弟家族ですら平然と殺し合うのが日常だった。 それは人間の歴史ではずっと続いてきたことだが、その中でももっとも苛烈な自由を競い合った集団だったのだ。 だから圧倒的に強かったが、ただそれは指導者が優秀な間だけ、だ。 事実遊牧民の国家は、圧倒的制圧を見せると同時に、圧倒的な崩壊を遂げてしまう。 そういうものだったのだ」
「……自己責任論の限界は、そんな時代から見せられていたのだな」
そうだと、ルシファーは少し寂しそうに言った。
なんとなくだが、煌には分かる。
混沌の悪魔達もそうだし、そもそも魔は皆そうだった。
自由。
自己責任。
それを元にして、暴れ狂う存在だった。
だが。それは既に人間がやっていた。その結果がどうなったかも、歴史的に示されていた。
人々はその荒々しい生き方に魅せられた……訳ではない。
自由と自己責任の生き方を続けていた存在が、一代で確立した「富」と「権力」と「武力」に魅せられたのだ。
結局誰もが、テングリの理などではなく。
テングリの理が作り出した、圧倒的な「成果」に目がくらんだのである。
だから今の時代。
唱えられる「自己責任論」は歪みに歪みきっているのだ。
「遊牧騎馬民の時代が終わると同時に、ついに奴が座を奪った」
「YHVH……」
「そうだ。 YHVHの理は、絶対正義と絶対支配。 法の神、等というが、その法は支配者のための法だ」
これについては、同意せざるを得ない。
天使達を見てきて、ずっと考えていたのだ。
彼らは完全に飼い慣らされた豚だった。
支配されることになれきり。
精鋭ですらも、訓練通りにしか動けず、自主的にものを考える事が出来なかった。
あのベテル本部をまとめていたアブディエルでさえ。神は絶対正義であるという思想に足首をつかまれ。
そこから抜け出すことが出来なかったのだ。
四文字の神の理は。
最初から最後まで、支配者のための都合が良いツールに過ぎなかったのである。
勿論最初は違ったのだろう。
しかしそれも、YHVHが座に着いた時には、既に壊れ果てていたのだ。
「これが座の歴史、そして人間の歴史だ。 知恵を受け取れ。 私は、どのような創世をするのかには、興味がない。 ただ今までの君を見ている限り、君たちを見ている限り、新しい創世は今までで一番良いものになると確信している」
「……」
「君は、此処が無数の平行世界の集約点である事を理解しているな。 それどころか、君自身にその知識が流れ込んでいるだろう。 たくさん失敗もしたのではないのか」
「ああ。 ある時は、世界を滅ぼして闇に包んでしまった。 ある時は神魔を世界から消して見たが、すぐに神魔はまた新しく現れた。 ある時は多神教の世界を作り上げてみたが、そういった世界では、弱者は虐げられるばかりだった。 四文字の神の理を復活させた時には、何一つとして変わらなかった」
そうか、とルシファーは言う。
そして、やはり寂しそうに言うのだった。
「私はただ報告書に書かれていた文言が、大悪魔か何かのように勘違いされ、そして生じただけの魔に過ぎぬ。 結局のところ神魔などと言うのはそういう存在だ。 人間が望み、想像したから生じる。 既にサタンから聞いているのだろう。 知恵のリンゴというのは、人間の神魔さえ想像する心のことだ。 魂と言っても良いだろう。 今、それを正式に戻そう。 自分の脅かす存在の誕生を恐れ続けたあの四文字の神は、ひたすらに知恵のリンゴを悪として描写し続けた。 それはただの歴史の逆行に過ぎなかった。 君は……それをしてくれるなよ」
ルシファーが崩れ始める。
時間だ、というと。
事象として。此処で待ち続けていたルシファーは、ただ塵と成って消えていくのだった。
全てを受け取った。
これから、順番にやらなければならない。
まずは、ルシファーが渡してきた知恵を、その場で皆に分割する。
知恵そのものは、物理的なものではない。
後生大事に蓄えられていたけれども。ただそれだけの存在だ。
分割して、皆で共有できる。
「知恵……こんなものが」
イチロウがぼやく。
それはそうだろう。
ルシファーが言っていたとおりだった。
本当に、ただ人間の歴史をたどっただけのものだ。これを四文字の神は、渡したくなくて恐れていた。
人間を支配することしか考えていない。
そういう人間が作り出した神格だったのだ。
技術の進歩を恐れ、自分たちが作り出した思想だけを認め、それ以外は悪として焼き捨てた信仰。
元はそうではなかった。
だが、そうなってしまった。
一神教が科学の進歩に貢献した等という寝言を口にする輩がいるが、明らかにそれは間違いだ。
今でも一神教は枷となって、多くの進歩を妨げている。
「これは俺みたいな意志薄弱な弱い人間を守るためのルールじゃねえよ。 ただ豚にして、管理して、最終的には収穫して肉にして食うためのルールだ」
「そうだな。 その通りだ」
「予定通りやるんだよな」
「ああ。 予定通りやる」
皆を見回す。
イチロウだけじゃない。ユヅルも、ミヤズも、同じ意見だ。
更に、主だった神魔を、皆展開する。
この場にいる神魔には、話し合いに加わる権利がある。その中に、越水長官も混じる。
「人間を、次の段階に進める。 今までの理は、結局のところ人間のあり方をそのまま据え置きで、ルールを作り出すものに過ぎなかった。 社会の広大化に伴って求められるルールは変わってきたが、結局のところユピテルの時代にそれは完成してしまい、以降は自由か束縛かの二択になってしまった。 これは早い話が、ただ限界が来た。 それだけの話だ」
「同感だ。 僕もこの知識の情報を見る限り、どんなルールを持ち込んでも、新しい世界が生じるとは思えない」
ルシファーは直接言わなかったが。
この座を巡る永遠の戦いのことを、マントラの理と言う。
マントラの理は、平行世界にまで影響し。
座につく存在次第では、地球の資源を食い尽くすまで行われる。地球の資源が食い尽くされる場合には、地球が完全にキレるようだ。そして地球自らが、人間の完全排除を開始する。
見える。
地球がその排除の力で一掃される様子を。
シュバルツバースと、それが発生してしまった世界では呼ぶらしい。
いずれにしても。マントラの理ですら永遠ではない。
ある意味、シヴァが全破壊の末の再生に賭けたのも、判断の一つではあったのだ。
「煌先輩。 それで具体的にはどうするんですか」
「人間が今とは比較にならないほど強い客観性を持てるようにする」
「……なるほど」
人間は主観で生きる生物だ。
例えば人間の集団でいじめが始まる場合、だいたいは「気に入らない」が原因である。早い話が、主観でその存在が不愉快だから、殺してもいい。そう考えるのが人間という生物である。
他者などどうでも良いのである。
人間相手ですらそうだ。人間が現在世界中を滅茶苦茶に荒らし回っているのは、そもそも主観でしかものを考えられない事が最大要因となっているといえる。勿論違う人間もいるが、そうでない人間が多すぎるのだ。
「続いて努力が相応に報われるようにする」
「ああ、それがいいだろう」
勿論相応に、だ。
親ガチャだのコネも実力のうちだの。
そういった寝言が、社会に無能を蔓延らせ。そういった無能が社会の情勢を更に悪化させていく。
無能が金を無駄に持っている状態が続くから、改革も何も起こらないし。
平気で独裁者を歓迎したり。
貴族制を導入しようとかほざく阿呆が今の時代に登場してくることになる。
人間に足りていないのは。
客観性と、努力が報われる仕組みだ。
これがない限りは、人間という種が代わることはない。
そして種そのものの精神に働きかけて、これを強制的にロックする。
勿論地力でどうにでも出来る人間は一定数いる。だが、それらは単なる「強者」である。人間の大多数は強者ではない。
人間が努力する過程は確かに美しいし、その努力は尊重すべきだろう。
だがそれが一切報われず、朽ち果てていく人間があまりにも多すぎるのだ。
それは動物の理であって、人間の理ではない。
都合が良い時ばかり人権や法を主張しながら、弱者を虐げる時だけ動物の理を表に出す。
そんなものは、畜生以下である。
「それらが出来る人間に改変は必要ない。 それらが出来ない人間に改変を施す。 洗脳するのではなく、単純に能力を一定水準まで底上げするんだ。 それで、構わないだろうか」
「僕はそれでいい。 客観性をきちんと誰もが持てるようになれば、くだらん差別の類の9割は消える。 新しい問題が生じるかも知れないが、それはその時解決するべきだ。 周りの言葉にいいように流される人間も減るし、更には自分だけのことしか考えないような悪事を働く者も減る」
ユヅルは賛成してくれた。
イチロウも頷く。
「今、俺みたいに意志薄弱で、弱い奴らが。 みんなきちんとした意見を持って、それで努力すれば努力しただけ報われる世界になるんだったら、それで俺は満足だよ。 確かに大事なのは客観性だよな」
「それならば、イチロウ殿は既に一人前の戦士であり、この場に立つのにふさわしい男だ。 自信を持たれよ。 まず客観性を持つのは、イチロウ殿。 貴殿からだ」
「そ、そうかな。 そう言われるとちょっと恥ずかしいな」
先にソーマの影響で回復した仲魔の一人である森可成にそう言われてい、イチロウは少し視線を下げる。
だけれども、イチロウは真っ先に聞き役を買って出てくれたし、場の空気を和らげる役割も果たしてくれていた。
それであるのなら。
もはやイチロウは、自分が思っているような弱者などではないだろう。
「皆が客観性を持ち、努力が報われる。 素晴らしい世界ですね。 私も、そうなってくれればとずっと思っていました。 今から、その考えに全力で賛同して、その世界を作る手助けをします!」
「ミヤズ……」
「お兄ちゃん、私はでも、創世が終わったら戻るよ。 そうだ、タオさんとヨーコさんの人としての人格、東京に一緒に帰れないかな。 煌先輩、どうですか」
「分かった、東京を救うのと同時にやってみよう」
神々にも意見を聞く。
野心的な神もいた。だが、この話を聞き、更に人間がこれ以上ルールをいじったところでどうにもならないことはここにいる皆は理解できている。
反対意見はでなかった。
勿論、細かいところで色々な意見は出たが。
天照大神が言う。
「最終的に我らは、人の心の海に消えていく、という考えで良いだろうか」
「はい。 それは僕たちも、更にはこの座も例外ではありません」
「ふむ……人に作り出され、そして人を照らしてきた我らだ。 人がこの星を食い潰してしまっては、意味がない。 星の海に出る時には、その役割を終えると言うことだろうか」
「いえ、アティルト界が消えるわけではありません。 今までよりずっとよりよい形で、人の友人としてあってください。 越水長官。 例の準備は出来ていますよね」
越水長官が頷き。
そして、不安そうにしている神魔達に言う。
「元々人間世界でも、上層部では神魔の存在は周知の事実だった。 この一連の事件が終わり次第、神魔の存在を公表する。 それ以降、人は神魔と、更に身近にあり、更に連携して世界を変えていくことになるだろう」
「おお……!」
「我らは日陰でただ暮らすのではなく、神魔としての役割を果たしながら、人とともにある事が出来るのか!」
「ただし人は我らの力の根源である。 悪人を誅戮するのは構わないが、人間に必要以上の危害を加える事は許されぬぞ」
釘を刺すテュール。
思った以上にトールがほっとしている。
ひょっとするとだが。
信仰する人間達に都合良く最高神にされたり下ろされたりしたことを、ずっと気に病んでいたのかも知れない。
それも今後はなくなる。
だとしたら、それで良いではないか。
社会が一気に変わることはまずい。新種というのは、基本的にいきなり突然変異で現れるのではない。水に墨汁を垂らした時のように、一点から広がっていくものだと今はされている。このため、新種が登場してもわかりにくい。
この創世でも、同じ事をする。
煌がテーブルの上に、光の球を作り出す。
これが座だ。
座るものじゃない。
ただ世界のルールを変えるだけ。だからイメージに起因する。古くは王座として認識された。だから「座」だ。
今はただのルールの変更地点として、この場で認識されている。
故に、皆で座に触れて。
新しい理を流し込むのだ。
理は、客観性と努力の成果の担保。
悪逆など、客観性が担保されるようになれば、どれだけ自分がやっていることがくだらないか理解できるようになる。
それが理解できないから悪逆になる。
勿論分かっていてやっている輩もいるが、それらもどれだけ自分が残虐で非道だか見て見ぬフリをしている。
それを徹底的にたたき込まれることになる。
いわゆるサイコパスも存在しているが、それも周囲からサイコパスだと普通に認識されるようになり。
今のように、サイコパスがもてはやされることはなくなる。
そして客観性が主観を上回れば。
感情で動く世界が変わる。
感情で動く世界が変わるというのは、人間の世界にとっては革命的なことだ。
どれだけの指導者や支配者が、自分の感情で決断を下してきたか。それがどれだけの悲劇を生んできたか。
どれだけの人間が、感情で指導者に支援をしたか。その結果、どれだけの愚かしい指導者が誕生したか。
感情による全判断の時代が終わる。それだけで、世界は変わる。
人間性の喪失と、それを考える人はいるだろうか。
違う。
感情を客観性が上回るだけだ。それによって、今まで「人間性」の美名の元で垂れ流されてきた悪逆が消えるのだ。
それこそ、真に人間らしい生き方、ではないのだろうか。
人間が知的生命体だというのなら、この精神的な変革は必須だ。感情で全てを判断する時代が終わる。
それによって、最初の神が願われた。
ただ愛慕による神の構築が報われることにもなる。
感情だけで作られた愛慕なんぞ、ただのその場その場で変わる程度の代物だ。
此処に客観と合理が加われば、人は変わることが出来るし。
逆に今までは、それすら大半の人間が出来ていなかったのである。
皆が理を流し込む。神々がそれを支援する。
オデットがいるからだろうか。
いや、違う。
無機質だった座の周囲が、楽園のように変わっていく。美しい泉が出来、花が咲き誇っていく。
そして無数の林立する樹には。
多数のリンゴが生い茂り始めていた。
楽園は戻ってきた。此処には天地の神がどちらもいる。そして天地の神のどちらが優位である事もない。
世界が深奥から変わっていく。
創世が、為された。
創世が終わり。
楽園が人の心の深奥に帰ってきました。
ですがこれからです。
これからが、人の真なる歴史の始まりなのです。