真女神転生VV二次創作 牛蛇相克   作:dwwyakata@2024

19 / 33


自分で身を守ること。

誰かを守ることの大変さを知ること。

これをこなした後は、合同での戦闘訓練です。

いくら人手が足りないからと言って、いきなりド素人を戦線に出すから、失敗もする。

それを責めるのは少しばかり酷です。

アホな企業人事が求めるような最初から何でも出来る奴なんてほぼ実在しません。






3、日常への回帰と戦いの日常化

土日に魔界での戦闘訓練をする。煌自身も力をつけたいからだ。

 

ユヅルとタオも含めて、国会議事堂周辺での悪魔の掃討をする。ここはベテル本部が放棄した結果、日本支部のものに戻った。

 

そもそも魔界にあるとは言え国会議事堂だ。

 

それを海外の勢力が制圧している方がおかしい。

 

ただ現実問題として、現在のベテル日本支部の戦力だと、守りを固めるのは難しい事もある。

 

魔界としては安全だとしても、それでも限度があるのだ。

 

だから周囲を掃討する。

 

イチロウがはしゃぐ様子もなく、的確に周りを固め、周囲を警戒しているのを見て、ユヅルが驚いていた。

 

タオを中心において、周囲を警戒する。

 

悪魔はそれなりにいるが、神谷町近辺はともかく、この辺りは案外安全だ。元々天使が重点的に巡回していた、というのが大きいのかも知れない。

 

それでも厄介なのはいる。

 

飛び出してきたのは、虎か。

 

凄まじい勢いで突貫してくる。

 

ユヅルとイチロウが悪魔に指示して火力投射するが、気にせず突撃してくる。煌は鬼とトロールを出して、壁を作らせる。

 

壁に突撃せず、飛び越えてきたが。

 

それは読んでいた。

 

恐らく壁をそのまま視界妨害に使って、跳ぶか左右に回避して回り込んでくる。その中では、多分上から来る。

 

人間の弱点は上だ。

 

あの虎の悪魔は、それを知っている。

 

空中で虎の悪魔とぶつかり合う。

 

凄まじく重いが、競り勝つ。

 

がっと蹴り返して、地面に落ちたところに、特大の雷撃をたたき込む。虎が悲鳴を上げて。

 

後はよってたかって、皆の手持ちが群がって、片付けてしまった。

 

降り立つ。

 

タオが即座に傷ついた悪魔の回復を開始。

 

回復の力だ。

 

それも煌が今使えるのとは比較にならないほど強い。これは条件がそろえば、死者を蘇生させる事も簡単ではないのか。

 

「終わったよ」

 

「タオさんの負担は平気か」

 

「大丈夫。 毎日ベテルの人たちや悪魔が小競り合いで負傷したのを、回復しても平気なくらいにはね」

 

「タフだな……」

 

イチロウが感心している。

 

まあ、そもそもラクロスの全国レベルの選手なのだ。

 

それくらいの体力があっても不思議ではないだろう。

 

回復を任せて。その間も周囲を警戒する。

 

しばらくは黙っていたアオガミが、アドバイスをくれる。

 

「煌、イチロウという青年は一気に戦士として落ち着いたようだ。 このまま適切な戦いを繰り返せば、足手まといにはならなくなるだろう」

 

「ええ。 心配だったのは、現実を見て心が折れる事でした」

 

「その点煌は不思議だな。 まるで最初から歴戦の勇士のように肝が据わっていた。 いや、それは……」

 

「僕のは歴戦の勇士のとは違います」

 

壊れているだけだ。色々。

 

更に何度か戦闘する。

 

途中で行き倒れている鳥の悪魔達を見つけた。地獄の伯爵で、ソロモン王72柱の一角だとかいう話だが。

 

完全にへばっていて、そのままだと他の悪魔の餌になるのが確定だった。

 

「父上、しっかりして……」

 

「ああ、あなた……」

 

「情けなや。 これでも地獄で伯爵を務め、今回はカディシュトゥの同志に加わるべくはせ参じたというのに……」

 

「!」

 

ユヅルも反応した。

 

即座に殺そうと視線を送ってくるが、まずは話を聞いた方が良い。

 

木陰に鬼の先輩後輩に運んで貰う。鳥の悪魔はそれほど大きくもなく、鬼の腕力なら簡単だった。

 

木陰で持ち込んでいた水を分ける。更に、タオが回復してくれた。すっかり回復した三羽の代表として、父親らしいのがうやうやしく礼をする。シルクハットを被った黒い鳥の姿をしているが、動きは人間っぽかった。

 

「ありがとうお優しい異国の神格とデビルサマナーたちよ。 私は地獄の伯爵ハルパス。 これでもソロモン王72柱の一角であるのですぞ。 そちらは妻と息子にございます」

 

「夏目煌だ。 それでカディシュトゥというのは」

 

「助けていただいた恩義もある。 それに……この魔界でへばっている程度の我々など、いらぬといわれてしまうでしょう。 デビルサマナーであるお二方、我ら家族をまとめて引き取っていただけまいか。 情けないことに堕天使としては最低限の力しかありませんが、それでも小間使い程度ならしましょうぞ。 そうしていただけるなら、話させていただきます」

 

「分かった、僕が引き取ろう」

 

ユヅルが言ったのは。

 

恐らくだが、相手が仮にも堕天使であり。弱いのが本当だとしても、まだイチロウに預けるには危険が大きいから、だろう。

 

契約を済ませる。

 

隙のない契約を見て、ハルパス親子は感心した後、契約を受けていた。それで、話してくれる。

 

「一神教のユダヤ教にて、いわゆる神秘主義というものがありましてな。 ゾハルと呼ばれる書物があるのです」

 

「ああ、セフィロトの樹などの概念が記されているものだな。 いわゆるカバラ思想の中心となるものだ」

 

「流石にお詳しい。 其処には神の悪しき鏡像として、サマエルという大悪魔が登場し、その四人の妻が神の父性に対する悪しき女性像として登場するのです。 このサマエルを中心とした勢力が、カディシュトゥなのです」

 

イチロウが宇宙を見た猫みたいな顔をしているが。

 

煌はある程度は知っていた。

 

ユダヤ神秘主義はあまりにも有名なセフィロトの樹を中心とした概念である。

 

信仰なんてするつもりはないが、文化としての宗教の概念に興味がある煌は、オカルトで頻繁に登場するそれらについてはある程度の知識は持っていた。

 

このセフィロトの樹自体も一神教徒が考えたものではなく、ギリシャ哲学を元ネタにしている。

 

このギリシャ哲学自体が悪評高く、特に後期は「放たれた矢は的に当たらない」だとか、「アキレウスはどれだけ速く走っても先にいる亀に追いつけない」だとかの寝言と屁理屈を垂れ流すようになったのだが。

 

ともかくそういったギリシャ哲学を元ネタにして、ユダヤ教内部でああだこうだとひねくり回したのがカバラ思想である。

 

ともかくだ。

 

どうも人間の思念が悪魔に影響するらしいから、それらは実体化していると見て良いのだろう。

 

「18年前の戦い以降、神魔双方が大きな打撃を受けましてな。 既存の勢力以外にも、複数の勢力が台頭しているのです。 私のようなあまり強くない悪魔は、どこかに所属しないと生きていけませんでな。 それで招聘を掛けてくれたカディシュトゥに合流すべくここまで来たのですが、お恥ずかしい。 行き倒れてしまって」

 

「分かった。 仮にカディシュトゥと交戦することになっても、君たち親子は使わないようにしよう」

 

「そうですか。 デビルサマナーであれば、戦うこともありましょうな。 ありがたい申し出です。 我らとしても、そのような裏切りは心苦しいですからな」

 

そのまま、あちこちを見て回る。

 

国会議事堂近辺をある程度片付けた後は、神谷町をもう少し丁寧に綺麗にしておく。

 

タオを狙って襲ってくる悪魔もいたが。

 

タオは回復一辺倒ではなく、光の魔法だろうか。そういうものをぶつけて、悪しきものを浄化してしまうことが出来るようだった。

 

それもかなりの範囲攻撃が出来ている。

 

決して弱くない。

 

一緒に戦っていて、そう判断した。

 

確かに大天使アブディエルが言葉に躊躇するのも納得である。今手持ちに何体か天使がいるが。

 

それらがこぞって驚いていた。

 

「これがベテルの聖女の力か」

 

「上層部が一目置いていたというのも納得できる。 特に堕天使どもには効果てきめんであろう……」

 

「もはや我らは煌様の眷属だ。 あまり過去の諍いを持ち出すな」

 

パワーがたしなめる。

 

天使達は、それで静かになっていた。

 

手分けしてあたろうかとユヅルが提案してくる。ユヅルはイチロウと。煌はタオと。まあ、どうにかなるだろう。

 

気をつけてあたってほしい。そう煌はいうと、ユヅルとイチロウと、一度別れた。

 

 

 

ユヅルはイチロウに驚いていた。

 

短時間で何があったのか。素質があるとは聞いていたが、実戦で潰れてしまうサマナーは珍しくもない。

 

同期にはユヅルと同レベル以上とまで言われていた才覚の持ち主が何人もいたのだが。その全てが実戦で腰が引けてしまい、悪魔の手に掛かったり、記憶を消されて一般の生活に戻っていった。

 

それくらい厳しい世界なのだ。銃火器を使った戦闘であっても、ごつい米軍海兵隊員がPTSDを容易に発症するのと同じだ。それなのに、イチロウは乗り越えたのだ。

 

イチロウは完全に目つきも変わって背筋も伸びている。

 

多数のマガツヒを吸収した、だけではないだろう。

 

何か意識が変わることがあったのだ。

 

警察署の跡地を見て回り。

 

回収できそうな装備類とか、書類を仕分けしておく。

 

砂に埋もれていたが、貴重な情報は幾らでもあるのだ。龍穴に運べるように、見つけた台車の周囲に仕分けする。停止しているPCも持ち帰る。

 

辺りを油断なく悪魔を展開しているイチロウに、鬼に力仕事をさせながら、ユヅルは聞く。

 

「太宰。 何があったんだ」

 

「あの、俺も名前で呼んでくれないか」

 

「……そうだな。 イチロウ、煌と何か凄い鍛錬でもしたのか」

 

「ああ。 守るって事がどれだけ大変なのか、身をもって教えて貰ったんだ。 それで、ちょっとだけ覚悟が出来た。 やりたいって思うのと、それをやるための努力って、全然違うんだな」

 

その通りだ。

 

ユヅルもミヤズを守るために、かなり無理をしてきた。ミヤズはその様子を、決して好ましいと思っていなかったようだった。

 

警察署の内部の資料や、武器庫にあった武器などを回収しておく。

 

東京受胎というのが18年前にあったとして。

 

本当に一瞬で東京は滅んだのだと分かる。

 

武器庫はまったく無傷だった。セキュリティも死んでいたし、電源も復旧しようがない。だから手持ちの雷の妖怪……雷獣を呼び出して一時的な電源にし。

 

更には電子防御を簡単に貫ける手持ちの悪魔達を用いて、扉を開けた。

 

内部にある武器類は全て持ち出しておく。

 

持ち帰れば、火の車の予算で苦労している自衛隊も警察も喜ぶはずだ。

 

「力仕事が出来る悪魔は総動員する。 イチロウ、護衛を頼むぞ」

 

「分かった!」

 

数体の悪魔を展開して、周りを警戒するイチロウ。

 

悪魔の実力も上がっているし。

 

弱めの悪魔を積極的に勧誘して、悪魔召喚プログラムで合体させて、強くもしていたようである。

 

ただ最初に貰ったアイトワラスと狛犬は、周囲において護衛にしている。

 

これは最初の戦いを一緒にこなして、愛着が湧いたから、なのかもしれない。

 

電子機器類なども、可能な限り持ち出し。

 

片っ端から龍穴に向かい、運び出す。

 

ピストン輸送をしていく。

 

途中で煌とタオが気づいて、輸送経路にいる悪魔の掃討をしてくれた。助かる。

 

大量の物資を運び出していくのを、特に人間に敵対的でもなく、弱い悪魔が、ぼんやりと見つめていた。

 

研究所と何度も何度も行き来して、物資を引き渡す。

 

時々話す自衛隊員が喜んで引き取ってくれた。警察署を空っぽにする勢いで物資を運び出す。

 

本来だったら百人単位で人がいるだろうが、流石に鬼をはじめとする悪魔達だ。

 

仲魔にしたばかりのハルパスも、空気を見事に操って、ものが落ちそうになるのを丁寧に防いでくれた。

 

書類などもありがたがられる。

 

たくさんの白衣の職員が来て、仕分けを初めてくれていた。

 

当日までに何があったのか。

 

シャカイナグローリーが起きた後の東京と、何が違っているのか。

 

そういうのを調べられるからだろう。

 

途中から警察や公安の人も来て、調査に加わっているようだった。

 

二時間ほどでピストン輸送は終わる。

 

イチロウは途中で何度か回復の魔法を使ったからか、まだ余裕がある。

 

ユヅルも、その余裕を生かして貰う事にした。

 

「まだ行けるな」

 

「ああ。 大丈夫だ。 ええと、俺も名前で呼んで良いか」

 

「構わない」

 

「じゃあ、ユヅル。 これからも頼む」

 

学校で対等に接してくる相手は珍しいので、ユヅルとしても新鮮だ。

 

魔界にまた戻ると、周囲を徹底的に探索する。ビルなどの内部に入って、危険な悪魔は片端から始末した。

 

イチロウは油断していない。

 

凄い集中力で、こういうときはこうする、というのを真綿が水を吸い込むように吸収しているようだった。

 

何かしらの分野に強烈な集中力を発揮する人間は確かにいる。

 

精神病として扱われることもあるが、それは本職の医師でないと分からないし、何よりそうやってレッテルを貼って差別に使う事が最近横行している。

 

ユヅルもそれを間近で見ている。ユヅルの祖父母は、ミヤズを勝手になんだかいう病気だとかに違いないとか決めつけて、医師がそうではないと反論しても聞く耳を持たなかった。医者なんか信用できない、自分の方が詳しいと喚く祖父母の醜態は良く覚えている。

 

それを見て、憤りしか感じなかった。

 

だから、ユヅルは病気だとかは考えないし、勝手に推測をいうつもりはない。

 

それに、イチロウの覚えが驚くほど早いのも事実だ。ユヅルもうかうかはしていられない。

 

刺激になる。

 

煌とタオとも合流。

 

田町や三田の辺りも再度調査する。

 

山手線についても、物資が何かないかとかを調べるが。

 

人間の痕跡は驚くほどなかった。

 

アプサラスの泉は相変わらずで、更に弱い悪魔が集まっているようだ。皮肉なことに、暴力とエゴを肯定していたリャナンシー一派が全滅したことで。

 

この辺りは却って安全性が増したようである。

 

「山手線、東京で普通に走ってるよな。 こっちが本物で、東京のが偽物なんだな……」

 

「どうもそうらしいな」

 

「……」

 

イチロウが悲しそうにする。

 

タオは、これは何か知っている可能性が高い。

 

とても悲しそうにしていたが。

 

ユヅルには、それを問いただすべきではないという考えがあった。

 

ベテルは本部だけではなく、日本支部もまだ何か隠している。それは確定だ。越水長官は恐ろしいほど優秀な総理で、歴代最高である事は確定とまで言われているが。それでも、いやだからこそ。

 

隠し事をユヅルが看破できるほど甘い相手ではないだろう。

 

最悪の場合は、全てを敵に回してでも、ミヤズを守る覚悟がいる。

 

本質的には、誰も信用は出来ない。

 

話しかけてきたのは、譲り受けたばかりの悪魔だ。

 

霊獣ハヤタロウという。

 

ヒヒ退治の逸話がある、献身的で忠勇厚い犬という存在の権化みたいな霊獣だ。

 

「ユヅルどの。 周囲を拙者が警戒してきても構わないが。 この辺りを調べたいのであれば、拙者も土地勘がほしいのでな」

 

「いや、今の時点では必要ない。 この辺りはあくまで最後の調査をしている段階だ。 今はここにいる皆にも手札は全て見せたくはない」

 

「信頼しても良いのではないか」

 

「煌はな」

 

イチロウはまだ其処まで信頼できない。

 

かなり出来るようになったとは思うが、それでも口が軽かったり、変な思想に傾倒する可能性はあるからだ。

 

デビルサマナーをしていると、どうしても悪魔に誑かされる機会は増える。

 

これは何も堕天使などだけではなく、天使も含まれる。

 

それぞれに偏った思想を植え付けられて、厄介な存在になってしまうデビルサマナーは多いのだ。

 

特に心が弱っている時などは、その傾向が強くなる。

 

タオは明らかにベテル上層部につながっている。

 

そういう観点でも、まだ手札を見せるのは早計。そうユヅルは考えていた。

 

周囲の掃討を完了。資料なども、めぼしいものはなかった。一度。煌が魔界に落ちてしまったらしい人の遺品を見つけた。

 

タオが祈りの言葉を捧げている。

 

ユヅルも黙祷して。後はそれを東京に持ち帰る。遺品が遺族のところに届けば良いのだけれどと、ユヅルも思った。

 

 

 

月曜日。

 

煌が登校すると、もうヨーコが来ていた。氷みたいな冷たさだが、煌にはある程度笑顔を向けてくる。

 

ただ、明らかにヨーコは場違いだ。男子生徒は怖がって近寄らないし。女子生徒はなんだか恐れ多いようで、距離を取っていた。

 

お嬢様学校として名高い聖マリナ女学院の制服だから、だろう。

 

無言で授業を受ける。ヨーコは簡単すぎると、昼食時に集まった時にぼやいていた。まあ、勉強は出来そうだし、そういう結論が出るのだろう。

 

懸念していたイチロウとの関係だが、一目で意見を変えたようだ。

 

昼食後、聞かれる。

 

「ただの唐変木だったあの子を、どうやって短時間で駆け出しまで持って行ったの?」

 

「守ることの大変さを身をもって味わって貰った。 手持ちにちょうど人間そっくりな悪魔がいるからな」

 

「なるほどね……」

 

「イチロウはもうちゃんと戦えるし、守れる」

 

そう伝えると、ヨーコはそうと、試すような視線だけをイチロウに向けていた。

 

そして午後。

 

面倒なものを目撃した。

 

背が高い女子生徒が、他の女子生徒に絡まれている。足を庇っている様子からして、負傷しているのかも知れない。

 

突き飛ばしているのをみて、割って入ろうとしたが。

 

ミヤズが、通りかかったのを見て、薄ら笑いを浮かべながら二人組の女子生徒が逃げていった。

 

突き飛ばされた女子生徒は、見覚えがある。

 

口をいつもかみしめていて。タオと話しているが、それでもあまり嬉しそうにしていなかった。

 

ラクロス部の部員かも知れない。

 

「保健室に」

 

「そんな小さな体で何言って……え?」

 

「これでも看護師を目指しているんです。 非力でも、コツを知っていれば人くらいは支えられます」

 

ミヤズが上手に体をてこにして、女子生徒の杖代わりになる。そのまま保健室に連れて行く。

 

煌も通りかかったフリをして、手伝う。

 

保健室で手当を受けながら、じっと女子生徒はうつむいていた。ミヤズも看護師志望だ。とにかくテキパキと動いていた。煌は出来ることがないので、話を聞くだけである。アオガミがいなくても回復の力くらいは使えるが、まさかここでそれをやるわけにはいかない。ちなみにアオガミは、テレパシーみたいなもので、緊急時は煌と連絡が取れるようになっている。

 

「磯野上さんと一緒にいるのを何度か目撃したことがある。 友人だろうか」

 

「……ラクロス部の元チームメイトよ」

 

「ええと、名前は」

 

「樹島サホリ」

 

そうか。名前を聞いて思い出した。

 

ラクロスの強豪校である縄印の試合観戦で、一度見たことがある。その時は、別人みたいに明るい表情だった。シュートをガンガン決めていて、タオとハイタッチなんかしていたっけ。

 

ガタイにしても背にしても、スポーツをやっているだろうとは思ったが。

 

うるさそうに見ていた保健室の先生が動く。邪魔といわんばかりにミヤズと煌を追い出してサホリまで追い出す。

 

教室まで送ろうかと言うが、首を横に振られる。そしてサホリは、足を引きずりながら、教室に戻っていった。何もかも信用できない。そういう目をしていた。

 

この学校、教師陣の質が良くない。

 

それについては、前から思っていた。今回も、保健室の先生の対応は何だ。ろくに話も聞かなかった。

 

教師がこんなだから、時々いじめを目撃する事がある。煌も最初いじめようともくろんでいる奴がいたようだが。

 

じっと見つめたら、それだけで腰が引けて。

 

以降は怖がって距離を置くようになった。

 

そういう場所だ。

 

ミヤズに一応話しておく。

 

「さっきも言ったとおり、タオさんの友人のようだ。 何があったか知らないか」

 

「磯野上先輩をいつの間にか名前で呼ぶようになったんですね」

 

「数日前に、そうしてくれと言われた」

 

「……」

 

じっと見られたが。そうされてもそれ以上でも以下でもない。まあミヤズも女の子だ。そういうのは興味があるのだろう。

 

咳払いすると、ミヤズは言う。

 

「あの人、サホリさん、怪我が原因で、ラクロス部のエースを降りたんです。 その後、ラクロス部もやめたらしくって」

 

「タオさんから聞いたのか」

 

「ええ。 困っているようだけれど、力になれないって磯野上先輩は嘆いていました。 困っている理由は今分かりました。 体育会系ってのはどこでもあります。 医療の現場もある程度あるから覚悟しろって、以前研修で言われたことがあります。 多分、それが原因の一つなんでしょうね」

 

悲しそうにするミヤズ。

 

とりあえず、午後の授業も受けておいた。

 

そして、その後。

 

タオに相談を受けることになった。

 

 

 

いじめか。やはりその通りだったか。

 

煌とユヅル、それにミヤズとイチロウも交えて話す。これはタオが、単独ではどうにもできないから、だろうか。

 

煌だけを特別扱いしていないのは分かった。

 

「いじめをしている女子生徒の名前を教えてくれ、タオさん。 僕が即座に対応する」

 

ユヅルがかなり憤慨している。

 

普通は生徒会長にそこまでの権限はないのだが。ユヅルの場合は、色々と対処できる手段があるのかもしれない。

 

イチロウは悔しそうにうつむいていた。

 

多分イチロウはいじめを受ける側だった。高校までは恐らくそうだったはずだ。ましてや、強者から転落して、いじめを受けるなんてのは経験もないし、アドバイスも出来ないのだろう。

 

タオが咳払いすると、経緯について話す。

 

サホリという生徒は、元はラクロス部のエースであり。タオと並ぶツートップで、縄印のラクロス部の最強伝説を引っ張っていたらしい。

 

サホリはとにかく努力肌で、他人に厳しく、それ以上に自分に徹底的に厳しかったそうだ。

 

それがずっと反感を買っていた。

 

そして、怪我だ。

 

本人の責任ではなく、試合中の接触事故が原因であったらしい。以降、エースとして動けなくなったサホリは。

 

立場が逆転した他の生徒から、腹いせまがいのいじめを受けることになったという。

 

「今いじめをしている生徒は、サホリにずっとエースの座を奪われていた三年の子と、その腰巾着の二年生の子なの。 何度もサホリに話をしたけれど、首を横に振るばかりで。 ユヅルくんが介入していじめを行った生徒に強力な制裁を科すことは出来ると思うけれど、でもサホリは買った恨みが大きすぎるの。 すぐに別の生徒がいじめを始めると思う……」

 

「教師は当てにならない。 タオさんが側にいてやるのも限界があるな」

 

「方法ならあるわよ」

 

不意に割り込んだ声。

 

ヨーコだった。

 

ヨーコは、ユヅルに賛成だという。ゴミは処理する。それ以外にはないと。かなり過激な物言いではあるが。

 

実のところ、煌もそれしかないだろうとは思う

 

現在の日本では、いじめをする側が圧倒的に有利な仕組みが社会的に作られている。自衛のためにいじめの証拠を撮影とか録音とかして、それでやっと問題を表沙汰に出来るくらいである。

 

しかもそういった証拠を公開してやっと社会を動かしても。

 

それが違法扱いされて、逆に告訴されるなどと言う信じがたい実例まで起きている有様だ。

 

だからいじめで負の成功体験を積み重ねた人間は、平気で人を殺す。

 

そういった事件が昭和では「自殺」としてもみ消されてしまうこともしょっちゅうあったと聞いているし。

 

令和になった今でも、人を死にまで追いやった生徒が、ごく軽い刑罰だけ受けて、すぐに刑務所から出てくるようなケースがざらにある。

 

だったら、徹底的に反撃するしかない。

 

その言い分は、確かに分かるのだ。殺されるくらいだったら、殺してしまうべきだ。自殺なんかしても、いじめをするような生徒は、それを手を叩いて笑いながら見るだけである。百歩譲っても、相手が死んだことを悲しむことなど絶対にない。社会的制裁を受けることを面倒くさがるだけだ。

 

サイコパスの所業だが。この世界では、現実問題として、社会ではサイコパスがとても優遇されるのだ。

 

それを見て育った人間も、サイコパスになる。

 

負の循環である。

 

ユヅルがかなり本気で怒っているのもある。意外なのはミヤズだ。ミヤズも、許せないとこぼしていた。

 

「タオ先輩。 情報集めなら手伝います。 そんな人たち、いても周りに害しかありません。 この国では、なぜかいじめられる側を追い出す傾向があります。 そんな馬鹿な傾向に従う必要なんてありません。 いじめる側に出て行って貰うべきです」

 

「そうだな。 このままだと悪しき前例が根付く。 ラクロス部全体にとっても良くないだろう。 他の運動部……他校の野球部などだと、そういった悪しき前例が数十年も続いたケースもあるようだ。 悪しき芽は摘むべきだ」

 

「あら、珍しく意見が合うわね」

 

「……少し考えさせて。 サホリと話したい」

 

今、話すべきだ。

 

そう煌が提案する。

 

正直な話、サホリを助けられるのは、親友であり。今でもどうにかしたいと考えているタオだけだろう。

 

そしてどうしてかは分からないが。

 

決断を急いだ方が良いと、煌は思った。なぜなのだろう。いずれにしても、これは先送りする問題ではない。

 

タオはしばしうつむいていたが。

 

顔を上げていた。分かったと、決意を込めて言う。

 

ならばすぐ動くべきだ。そう判断した煌はユヅルと段取りを決める。イチロウとミヤズにもやって貰うことがある。

 

「イチロウ」

 

「お、おう」

 

「撮影を頼めるか。 ミヤズさんは、イチロウを補助してやってくれ」

 

「分かりました」

 

まだ放課後だ。

 

全員で手分けして動く。

 

校門近くで、サホリに絡んでいる女子生徒二人。またやっているのか。すぐにイチロウが撮影を始める。

 

いじめをしている奴がサホリの痛めている足を蹴りつけているのが分かる。

 

にやついている口元が見える。

 

恐らく合一の影響だ。遠くから見ているのに、喋っている言葉も聞き取れた。信じがたいほどの下衆な言葉を投げかけている。

 

側にいるユヅルに全て話す。ユヅルは全て記憶しているようだった。

 

生徒がそそくさと逃げていく。関わるのが嫌だという雰囲気である。それはそうだ。いじめる側が有利なのだから。誰もがそれを知っている。下手に庇うと次は自分が餌食になる。故にこういうことは続くし、下衆がつけあがる。

 

ビンタをして、ゲラゲラ笑いながら生徒が倒れたサホリを踏みつけた。

 

その瞬間、ユヅルが動いていた。

 

全員で連動して動く。いじめをしている連中も、表情を消したユヅルを見て、即座に足をどけていた。

 

「せ、生徒会長」

 

「くだらない行動をしている生徒がいると聞いてね。 全て記録させて貰ったよ。 君たちが樹島サホリくんに言っていた言葉もね。 一言残らず再現してあげようか」

 

「……っ」

 

退路にはイチロウとミヤズ。

 

イチロウはタッパだけはある。それに、今のイチロウは、じっと黙り込んでいて。迫力が不思議とあった。

 

いじめをしていた女子生徒二人が困惑する。生徒が足を止めて多数見ている中、ユヅルが敢えて聞こえるように言った。

 

「記録させて貰った映像を、これから職員会議にて公開する。 君たちはこの学校を最悪離れて貰う事になる」

 

「ちょ、あたし達、ラクロス部でエースやってるんだけど」

 

「貴方が? とても全国に通用する実力ではないわ」

 

びっくりするほど冷たい声。タオだ。歩いてきたタオは、じっといじめをしていた二人を見やると。

 

ばちんと、ものすごいスナップを利かせたビンタを三年生の方に見舞って。ビンタを受けた女子生徒は思いきり吹っ飛んで地面に倒れていた。

 

「二人の所業は見せて貰いました。 悪いけれど、部活を出て行って貰います。 その後は、職員会議の結果次第になります。 最低でも停学です。 最悪は退学して貰います。 いじめなんてやった生徒がどうなるか、身をもって味わうといいでしょう。 しかもこの時期の退学。 まともな大学なんて入れないと思ってください」

 

「ひっ!」

 

「ビンタをしたのは今までサホリにしてきた分です。 訴えたいならどうぞ。 争いますので」

 

二年生の方が、がくがく震え上がっている。その横で、タオがサホリに手を貸して、それで行こうと引っ張って行っていた。

 

これで、良かった。後はこの腐った学校でも、こういった事をする生徒がどうなるかという前例が出来た。いじめをする人間は動きにくくなる。ラクロス部に悪しき伝統が根付くこともないだろう。

 

サホリはうつむいていたが、タオにありがとうと言っていたようだ。

 

ユヅルが倒れているいじめを行っていた二人を引き起こすと、連れて行く。泣きわめいている様子を見て、誰も同情はしない。

 

翌日、緊急職員会議が行われ。二人の生徒は退学が決まったと聞かされた。それを聞いて、煌はどうしてか、とても安心したのだった。







※樹島サホリ

原作で散々な目に遭う子です。なんも悪くないのにいじめに巻き込まれた挙げ句、ラフムみたいな三下に見込まれて、結局どのルートでもどうやっても助けられない。

しかしながら、最初からタオさんが皆に相談して、本気で対応していたらどうなっていたのか。

本作でのこの展開の結果、様々な事が変わります。

特にサホリさんは「負傷療養」で「数日学校を休む」ことになりました。

これが何を意味するかは、まあそういうことですね。



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。