真女神転生VV二次創作 牛蛇相克 作:dwwyakata@2024
激しい戦いの末に、さらわれてしまったミヤズ。
しかし此処でユヅルは、連携してきた煌を信頼することが出来ました。
このままだと自分はミヤズのために何をしでかすか分からない。
そう自制が効いたのです。
多数の魔法を同時展開してくる。そいつが大天使なのは分かるが、明らかに様子がおかしい。
全身を包んでいるのは間違いなく呪いの力だ。
光の力を持つ天使達とは、全く真逆である。
それが大天使。
堕天使ではないのか。
いや、四文字の神が倒れたというルシファーの言葉を思い出す。だとすると、堕天使も何もないのではないのか。
そもそも天使達の主がいなくなっているのだから。
戦闘用の鎌……いわゆるサイズを持ち、翼に多数の目が着いているその天使は、甲高く笑いながら、猛攻を仕掛けてくる。
あらゆる種類の魔法が飛んでくる。
塗り壁が必死に受けてくれていたが、限界だ。
倒れる。
それを自身に戻すと、煌は前に出ようとするが。さっと天使達が割り込んでくる。これでは大天使に近づけない。
「ふむ、やはりナホビノか。 厄介極まりないな。 此処で見つけられたのは幸運だったと言える。 確実に討ち取る」
「させるかっ!」
イチロウがジャックランタンとアイトワラスに指示して、火炎の魔法を連続して放たせる。
二体の息がぴったりあっていて、文字通り炎の龍となって大天使に襲いかかるが。
それを息を吹きかけるだけで、大天使がかき消していた。
「な、なんだって……」
「魔法戦は不利だ」
「ち、畜生……」
イチロウが呻く。
森可成が奮戦して、天使達を近づけないようにさせてくれているが。それでも天使が多すぎる。
煌の手持ちも次々と倒され、天使部隊は既に全滅。ドミニオンをどうにか倒したと思ったら、あの大天使が姿を見せた。
復活させるのはかなり手間が掛かるだろう。少なくとも今は無理だ。
光の防壁を作り上げてくれているイチロウの常世長鳴鳥も限界が近づいているようだ。これは、何かしら打開策がほしい。
那須与一がそういえばいない。
そう思った瞬間、鬼後輩ともみ合っていた天使の側頭部が矢で撃ち抜かれ、首がほとんど引きちぎれながら消えていった。
立て続けに数体の天使が倒される。
流石だ。
スナイパーとして潜伏して、この好機を狙っていたな。
そのまま煌は突貫。
まだ襲いかかってくる天使を、必死に鬼後輩とトロールが体で止める。更に、大天使が鎌を振り回して、魔法を連続で放ってくるのを。マーメイドが水を壁にして必死に防ぐ。だが、それも簡単に破られる。
前に飛び出したジャターユが、魔法を全て体で受け止めて、吹き飛ばされる。
忠勇無双。
その言葉通りだ。
「ジャターユ殿の武勇を無駄にするな! 懸かれっ!」
森可成が凄まじい雄叫びを上げて、それで明らかに天使達が怯む。その瞬間、大天使の懐に煌は飛び込んでいた。
真正面から手刀を振り下ろす。
鎌を振るって防ごうとする大天使だが、明らかに魔法に比べて接近戦の技量が不足している。
だいたいサイズなんて非実用的な武器を実戦で使いこなすのは極めて難しい。今まで戦ってきた接近戦専門の悪魔に比べると、何段も劣る。
清浄だった川の水を蹴散らしながら、水面少しに浮きつつ、煌は激しく大天使を攻め立てる。
明らかに大天使が慌てて、他の天使達を呼ぶが。
そいつらは那須与一の猛攻を受けて、更に鬼とトロールの捨て身の攻撃もあって、なかなか支援に回れない。
だが、一体が乱戦を抜けてくる。
それに突貫したのは森可成だ。そのまま槍で串刺しにして、体ごと川に突っ込む。必死に暴れる天使を、脇差しを抜いて仕留めていた。
しかしまた一体が抜けてくる。
まずい。対応できる手もちがいない。
わーはまだ使うべきじゃない。
アプサラスは上からの天使の猛攻をさばくので精一杯。イチロウも必死に頑張ってくれているが。こちらの支援に回るほどの手札がない。
大天使がにやりと笑ったが。
次の瞬間。
天使に多数の札が張り付いて、爆発。天使が悲鳴を上げて失速し。川に落ちたところを森可成がこれも討ち取っていた。
更に飛んできたのは大岩だ。
煌の間合いから逃れようとした大天使の横っ面に岩が直撃し、面白い悲鳴を上げながら大天使が川に落ちる。
そのままとどめと行こうとするが、川がそのまま、吹っ飛ぶようにして吹き上がる。
大天使が今まで以上の力を全身から放っている。
本気になったと言うことか。
上空で鳥が叫ぶ。
「こちらに援軍が来ます! こちらに援軍が来ます!」
「もう少したえてくださーい!」
「正面の敵は倒しましたわー!」
あれは、ハルパス親子か。それを見て、大天使は舌打ちする。この距離だと、煌の間合いのまだ中だ。
手札をまだ両者とも隠している状態だが、分が悪いと判断したのか。それともここで危険を冒す意味がないと判断したのか。
那須与一の狙撃が、また一体天使のこめかみを撃ち抜いて、川にたたき落とす。舌打ちした大天使が跳び下がった。
「撤退する。 現状のナホビノの戦力は把握できた。 これを我が同志達に共有する」
「はっ! サリエル様!」
「ナホビノぉ……この程度で勝ったと思うなよ。 天界の掃除屋として貶められてきた我らは、その貶める思考がなくなった今、本来の力を取り戻しつつある!」
サリエル。
なるほど、これは大物だ。
本来は月の天使であり、様々な魔術や邪眼を司るとされた高位天使だ。熾天使の一角に古くは数えていたようである。
それが一神教内部の派閥抗争から生じた「天使信仰弾圧」などという代物のせいで堕天使扱いされ。似たように堕天使扱いされたウリエルは天使に復帰したのに、サリエルだけは堕天使のままとされた。
魔術などと関与する天使だったからかも知れない。
いずれにしても、その恨みは分からないでもない。
ただ、此奴がこのまま進んでいたらどうなっていたかを思うと、許される事はないが。
「命は預けておいてやる! 次に会った時は、そっ首たたき落としてくれる!」
「そうか。 次に会った時は、僕ももっと力を上げている。 それだけだ」
「ふん、どれだけ背伸びしても、私に勝てるものか! 行くぞ!」
天使達が撤退を開始。狙撃で更に数体が倒れたが、それでもサリエルを倒すことはかなわなかった。
ともかく、手傷を確認する。
座り込んだイチロウに、アプサラスが回復の力を使う。煌も眷属の状態を確認するが、かなりの打撃を受けていた。
煌自身の消耗も激しい。
ユヅルが来る。
先の岩による攻撃、天狗礫だろう。
それに札はヨーコか。
ヨーコが側に降り立っていた。
ユヅルと情報を共有。ミヤズがさらわれたのか。それは色々とまずい。それに、治療中だった生徒が一人殺されたようである。
イチロウが、なんてこったと呻く。
それをユヅルが慰めていた。
「荒脛巾神が守護していたのに、それをあっさり打ち破った相手だ。 それにタオさんが俺が行った時には戦闘不能に追い込まれていた。 僕や君がいたところでどうにもならなかった。 それよりも……」
「ええ。 今は戦力を整える時よ。 それとあれは何かしら?」
「お、終わった?」
恐る恐る出てくるエイのような姿をした悪魔と、河童とかの雑多な悪魔達。生きた心地がしなかったようだが、森可成の指示通り隠れて助かったのだ。
嘆息する。彼らを責めるわけにもいかない。頭にはくるが、抑えるしかない。彼らにも、彼らの理由があるし。死にたくなどないのだ。それは当然の理屈である。
「今、こちらの守りは極めて薄くなっている。 好きなようにさせるわけにはいかないが」
「契約を受けるから勘弁してくれんかね。 わしは堕天使フォルネウス。 そいつらは河童じゃよ。 後、雑多な悪魔達じゃ。 この辺りの水は清浄で心地が良かったのに、あの殺戮の天使どものせいで……」
「分かった。 ユヅル、イチロウ、契約を済ませてしまってくれ。 僕は先行して、フィンさんと合流する。 回復もそれで済ませてしまう」
「了解だ。 イチロウ、フォルネウスは譲る。 河童達は僕が引き受ける」
イチロウは堕天使と聞いて少し懸念したようだが。フォルネウスは見たところそれほど悪辣な性格ではないようだ。
古い時代の一神教の悪魔は、決して悪の権化ではない。
そういう説明は既にしていることもある。
だから、イチロウも少し躊躇した後、契約を始めていた。
ヨーコが煌に神行法という、移動速度が上がる道術を掛けてくれる。それを使って今までも移動していたのか。
ほぼ無傷の様子を見て相変わらずだなと思う。
要領が良いにしても限度がある。
「それでどうするのかしら? ベテル本部の内部抗争が血を見る事態にまでなっているようだし、更にはあのエイシェトが戦場に乱入してきた。 この後何が起こるか知れないわよ」
「具体的に何が言いたいんだ」
「ミヤズという娘は残念だけれど見捨てる方が合理的よ。 このまま行くと二次遭難になって更に被害が拡大するわ」
まあ、ヨーコならそう言うだろうな。
移動しつつ、消耗と相談しながら眷属を回復。そうしておくことで、多少はギュスターヴに持って行かれるマッカを節約できる。
それに、この辺りはとても清浄で、それ自体が力にもなる。ナホビノとしての能力で、辺りの魔力だかマガツヒだかなんだか知らないが、そういったものを吸収して回復に当てられるのだ。
楽園に到着。
多数の妖精が踏みにじられて傷ついていた。残してきたイズンが必死に回復を続けているが、今にも倒れそうだ。
妖精王オベロンは酷く負傷して、今東京から追加で派遣されてきたらしい看護師が手当てをしている。
妖精女王ティターニアは寝かされている。手当を受けているが、かなり厳しい状態のようだ。
あのエイシェトが乱入してきた時、鉈のような爪をもろに食らってしまったらしい。
草花も蹂躙されていて。
そして、生徒も一人殺された。
ユヅルはこれは、冷静でいるのが不思議なくらいだろう。
先に煌を行かせたのは、少しでも気持ちを落ち着けるためだ。その判断が出来たのは立派だ。
ともかく、龍穴で即座に回復。
ごっそりマッカを持って行かれたが、今はそれどころじゃない。
煌が回復したことで、イズンもまた回復。それと、タオを呼んで、ギュスターヴに回復して貰った。
龍脈越しに、ギュスターヴのサービスだぞという声が聞こえる。
色々不本意ではあるが。
越水長官に、ギュスターヴの事、喜びそうなものについては伝えてある。其処で、最新型のゲーム機などを用意して貰った。
それをギュスターヴのところに持って行くと。それこそ手を叩いて大喜び。かなりのマッカに換えてくれる。
それを使って、更に回復を進める。
下手な医療品より高いが、これで助かるならやすいものだ。
どうにか一息ついたころ、ユヅルとイチロウが戻ってくる。フィンが咳払いすると、状況の説明に移ってくれた。
妖精、フィアナ騎士団、ともに被害甚大。悪魔は所詮アティルト界から実体化出来るとは言え、それでもかなり厳しい状況だという。
少なくともフィアナ騎士団は動かせない。
あのエイシェトという悪魔だけでも、かなりの数の夢魔を従えていた。しかも縄印でやりあったリリスは、先に戦ったサリエル以上の強者。それに恐らくはアグラトやナアマがいる可能性もある。
今は、それを加味して、守りを固めなければいけないのだ。
「ミヤズという娘がさらわれたのはどちらか分かるか」
「ああ、それならば大丈夫よ。 札をつけておいたから」
「何……」
「たちの悪い呪いが仕込まれていたでしょう。 それは要するに、隙さえあれば奪いに来るつもりだったということよ。 だから備えておいた」
色々言いたそうにするユヅルだが、抑えて貰う。
ヨーコによると、品川駅にミヤズはいるそうだ。
よりにもよって品川駅に。
色々と因縁を感じてしまう。今の時点では生きているようだが。あのエイシェトに捕らえられている。
いつどのような危害を加えられてもおかしくない。
嫌いな場所を食って救済する。
狂ったエイシェトの言葉を考えると、多分自分の弱い体を好ましく思っていないミヤズなんて、まるごと食われかねないのだ。
「煌、君に判断は任せる」
「構わないのか」
「悪いが僕は今冷静に判断が出来る状態じゃない。 ミヤズを人質に取られているのを見たら、エイシェトの命令で君と戦いかねないほどにな」
「……分かった。 僕が前面に出る。 役割分担だ。 ミヤズさんを救出することを最優先する。 周囲の悪魔の戦力などを見ておく必要もある。 先に斥候を飛ばしてくれ」
頷くと、ユヅルがハルパス親子を飛ばす。
そして、フィンにこれから品川駅に向かうことを告げると、気をつけるようにと言われた。
品川駅は、先に通った遊歩道の辺りからいけるそうである。
地形が滅茶苦茶になっているので、坂を乗り越えて、其処の先になるそうだ。
ちなみに電車はたくさんあるが、駅は構造体として残っていないそうである。砂にまるごと埋まってしまっていて、使える状態ではないそうだ。
無言で、皆と頷き会う。
タオは残って貰う事にする。此処で苦しんでいる人々や妖精、それに負傷したフィアナ騎士団の戦士達をどうにかしなければならない。
同様にイズンにも此処に残って貰う。
イズンは無言で頷いていた。青ざめているが、それでも役割については承諾してくれた。
役に立たないから置いていくのではない。
此処で、一人でも救うために置いていくのだ。
ただでさえ、一人殺されているのである。
これ以上好き勝手されるわけにはいかない。
それにいくらアティルト界に戻るだけとはいえ、この蛮行は看過できない。魔界は蛮行が行われる場所だとしても、ものには限度があるのだ。
越水長官が龍穴を抜けて此処に来たので、驚く。
護衛に、数人の自衛官も来ていた。
「大変な状況のようだな。 私が此処の指揮を執ろう。 フィン=マックール、構わないだろうか」
「貴方は……分かった。 負傷している私では、役には立てないだろう。 高位の大天使……それも恐らくはベテル本部から離反した奴がいる。 しかも最低でも三体だ。 くれぐれも気をつけてくれ」
「承知した。 東京の方も問題だが、今は手が足りない。 最悪東京にはライドウ君を呼び戻すしかないな」
ツバメさんはあの八雲という男とジョカを追っている筈だが、確かにこの状況で魔界に置いておくわけにはいかないだろう。
現時点における日本の悪魔使いとしては最大戦力である事は間違いないだろうし、何より確実に煌より強い。
ただ、被害を割合で考えなければならないのが越水長官の難しい立場だ。
しかしフィンがあっさり指揮権を譲ったことは気になる。
この人、何者だ。
だが今はそれどころじゃない。ユヅルとイチロウ、ヨーコにコンディションを確認して貰ったあと。
すぐに、妖精の楽園を抜ける。
ユヅルが守っていた側も、かなり荒らされていた。敵の猛攻が如何に凄まじかったのかよく分かる。
アブディエルも来ていたらしいが、もうその姿はない。
天使達の内輪もめは既に終わり、それぞれが兵を退いたか。だが、それでも此処を主体的に攻撃してきたのだ。
油断は出来ない。
道を急ぐ。
とにかく、今は本当に一秒が惜しい。ハルパスが戻ってきた。やはり、かなりの数の夢魔を従えて、エイシェトがいるらしい。そして縛り上げたミヤズを威圧しているようだった。
ユヅルが顔をこわばらせる。今は、急ぐしかないのだ。
急ぎながら、策を説明する。ユヅルは恐らく冷静には動けない。だから、それを逆に利用する。
それを聞いてヨーコがふっと笑った。
今度の作戦で肝になるのは、イチロウだ。
多数のモヤモヤに囲まれて。後ろ手で縛られて座らされたミヤズは、エイシェトと名乗る悪魔に至近から顔を覗かれていた。
怖いに決まっている。
だけれども、このエイシェトはとても空虚だ。
だから、勇気を振り絞る。
ミヤズは幼い頃からずっと体が弱かった。残虐な祖父母は海外に売り飛ばして厄介払いするつもりでいた。
海外の引取先は子供をたくさん買い取って、ろくでもない事をしている悪名高い人物らしく。スナッフムービーを作っているという噂まであった人物だった。怖い人だと言うことは幼い頃から知っていたが、その辺りの事情を知ったのは最近だ。その引取先候補が逮捕され、屋敷から子供の骨が山ほど出てきてスキャンダルになったのである。祖父母は日本人の子供は高く売れるとかで、算盤算用までしていた。そういう祖父母だったから。父はその下から離れたのだ。それを逆恨みしていた祖父母は、父の負の遺産としてミヤズを見ていた。だから、売り飛ばされた先で地獄を見せてやるのだと何度も言っていた。実際売り飛ばされたらこれ以上もないほど残虐に尊厳を陵辱され殺されるのは明らかだったし。祖父母は笑いながらその様子を楽しむのも確定だった。
怖かった。
お兄ちゃんがどうにかしてくれて、やっとまともな里親のところに行けた時。鬼の形相をしていた祖父母。それをまったく恐れずにらみ返すお兄ちゃん。あの光景は生涯忘れることはないだろう。
世の中には性根が腐りきっていて、どうしようもない人がいる。
それをあのときに思い知らされた。
それから、多少過干渉ではあるけれど、大事なお兄ちゃんと一緒に暮らしてきた。何か危ない仕事をお兄ちゃんがしている事は知っていた。だけれども、もう今更だ。
あの祖父母のおぞましい顔。あれ以上に怖いものなんて、この世にはないのだから。
「おまえは私を恐れぬなあ。 おまえはその脆弱な体を好ましく思っておらんだろう。 げろんと頭から全て丸呑みにしてしまってもいいのだがな。 そうすることで、私はおまえをまるごと愛してやろう」
エイシェトが口を開いて、真っ黒い手が出てくる。
何時殺されてもおかしくない状況は怖い。だがこの悪魔エイシェトなんか怖いものか。
この悪魔は、そうして煌さんやお兄ちゃんをおびき出す目的がある。だとすると殺すことは出来ないはずだ。
それに、みんなが助けてくれるはず。
ずっと心に思っている人のことは、今は考えていない。あの人は、不思議な夢の中の王子様だ。夢の中で、体が弱いミヤズを月の船に乗せて連れ出してくれる。そして、色々な話をしてくれる。
だけれども、今は王子様に願うのではなく。
少しでも時間を稼がなければならない。
「一体貴方は何が目的なんですか」
「それをいう必要はない」
「これから食べてしまおうと考えている相手にも知られるのが怖いんですか」
「ほう、言いよる。 だが万が一の事もある。 あまり挑発には乗らない方がいいであろうな」
エイシェトは話に乗ってこない。
だったら。
「貴方の顔は空っぽですね。 ひょっとして、自分の顔を嫌っているんですか」
「ふふふ、よく分かったのう。 このエイシェトはギリシャ哲学を元に作り出されたユダヤ神秘主義とかいう代物で、女性という存在を貶めるために生み出された悪魔だ。 元々一神教は極端な父系信仰で、女性を男性の所有物と扱う事が多かった。 故にこうして、女をとにかく悪辣、堕落と結びつけた。 一神教でやたらと女神信仰を毛嫌いするのもそれが故でな。 そういった女神信仰の要素をかき集めて聖母マリアなんてものを作り出して、それ全部に押しつけたのも、結局は女神信仰を人間達が望んでいたからだ。 で、奴らは妥協し、女神信仰に対する負の感情をこのエイシェトをはじめとする悪魔たちに押しつけた」
言っていることはあまりよく分からない。
神話にはあまり知識がないからだ。
だけれども、分かることは多い。
特に大事なのは、この悪魔が、作り出された事に対して憤りを感じているということだ。
「それで自分の顔を食べてしまったんですか」
「そうよ! 牛の神の系譜の先鋭化による、女神信仰の迫害! その目的で作り出されたこのエイシェトの顔はとにかく醜くてなあ! そんな醜いものは、食べてしまった! それで奴らの鼻を明かすことが出来た! それでエイシェトとしては充分に胸がすいたわ!」
「私も、自分がお兄ちゃんの足手まといになっていることを、時々疎ましいと思うことがあります。 だからお兄ちゃんは時々私に過干渉になります」
「ハハハ、そうかそうか」
エイシェトは乗ってくる。
少しでも時間を稼がなければならない。
看護師は、患者の言葉を丁寧に聞いて、ストレスを減らすのも仕事の一つである。カウンセラーほどではないにしても、患者を雑に扱うのは論外だ。
ストレスは寿命を確実に縮める。
たとえ体があまり強くなくて、あまり長くは生きられないとしても。
精一杯最後までやってみせる。
それがミヤズの決めていることなのだ。
だから、こんなところで。
自分の顔を自分で食べてしまうような悪魔に、負けてたまるか。
「貴方が最初に食べるべきなのは、貴方自身であると思います」
「ほう……」
「少なくとも貴方は人なんかに構うべきではありません。 貴方自身が苦しいのを、他人に押しつけているだけです。 相手の苦しみを食べることで救う? 貴方は自分が一番救われたいのではないのですか」
「言いよるわ。 まあそういう気持ちがないとはいわん。 それで、エイシェトが自分で自分を食べるとでも思うのか?」
そうはならないだろうな。
だから、ダメ押しにもう一つ言っておく。
「貴方の行動は、完全に筋違いです。 顔が嫌いだという生徒の顔を食べたそうですね。 貴方はそれで、その生徒ではなくて、自分を救ったつもりになっているだけです」
「……」
「私を食べて、私を救ったつもりになるんですか? それはただの貴方の自己満足にすぎません。 貴方は悪魔でなければ、心療内科にかかるべきです。 残念ながら貴方は悪魔ですから、病院にはかかれませんが」
「く、くくくくくっ! 面白いな! おまえ、勉学は出来ないという話だが、頭は悪くないだろう! だが、それはそれで頭にくる! 図星を指されると本気で怒りが湧いてくるというのは本当らしいな!」
鉈みたいな爪をゆらしながら、エイシェトがミヤズの顔をつかむ。顔を近づけてくる。大丈夫。これだけエイシェトがミヤズに集中していれば。
次の瞬間、とても大きな音が響き渡って。
ミヤズは、放り出されていた。
※敦田ミヤズ
原作でも兄妹仲が非常に良いのですが、結局エジプト関連での形でしかイベントに関われなかった彼女。
本作では色々と可能性が開かれた結果、凄まじい度胸をエイシェトに見せつけることになります。
その度胸は過酷な子供時代に培われたものです。
原作でも復讐の女神編で凄まじい行動に出る彼女ですが、芯はとても本来強いのです。