廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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九話目です。廃墟の噂が、少しずつ広まり始めます。


序章 第九話「噂と、知らぬ間の波紋」

 

 街の酒場というのは、噂の温床だ。

 

 ベルンハルト王国の辺境、小さな町の酒場の片隅で、ウェイブは一人ジョッキを傾けていた。今日の訓練で上官に怒鳴られた鬱憤を晴らすためだ。

 

――怒鳴られたが……ああいうのは期待の裏返しだ。ふぅん↑ 間違いない。

 

 心の中で毒づきながら、ウェイブは隣のテーブルの会話に耳を傾けた。酒場ではいつも誰かが何かを喋っている。情報収集も騎士の仕事のうちだ……と自分に言い聞かせながら、実際はただの暇つぶしだった。

 

「……聞いたか。森の廃墟の話」

 

 男が声を潜めて言った。

 

「ああ、なんか変なのがいるってやつか?」

 

「変なのどころじゃないぞ。白い髪の美少女が一人で住んでるっていう話だ」

 

「は? あの廃墟に? あそこ魔物が出るんじゃないのか」

 

「だから変なんだろ。魔物も近づかないらしい。しかも時々、その娘が街に出てきて買い物をしてるって話だ」

 

「……それ、本当か?」

 

「俺の知り合いが見たって言ってた。なんか、目が合っても感情がないみたいで、すごく不気味だったって」

 

 ウェイブの耳がぴくりと反応した。

 

――(森の廃墟……美少女……魔物も近づかない……)

 

 ジョッキを置いて、ウェイブは身を乗り出した。

 

「なあ、その話、もっと詳しく聞かせてくれないか?」

 

 

   *   *   *

 

 

 一方そのころ、ボクは廃墟で人形の部品を整理していた。

 

 素材の在庫を確認しながら、次に作る人形の設計を考える。アウラ一体だけでは心もとない場面が増えてきた。ミネルバの依頼をこなすにも、もう一体補助用の人形があれば……。

 

――(でも材料が足りない。特殊な樹脂があと二つ分くらいしかない)

 

 アウラに追加の素材を集めてもらう必要がある。ただ、アウラが街に出る回数が増えれば、それだけ目撃情報も増える。

 

――(難しいな……)

 

 ボクは考え込んだ。最近、アウラを見た人間の話が少しずつ増えているらしいことは把握していた。ミネルバも「噂が広まりすぎるな」と言っていた。

 

 でも素材は必要だ。人形を作るためには。人形を作るのは、ボクの生き方そのものだ。

 

――(……うまくやるしかない)

 

 そう結論づけて、ボクは設計の続きに戻った。

 

 廃墟の窓際で、アウラが花の葉を丁寧に拭いていた。誰かに言われたわけでもなく、自分から。

 

 ボクはその様子をしばらく眺めてから、視線を素材に戻した。

 

――(……意思はない。そういうことにしておく)

 

 でも最近、「そういうことにしておく」という言葉の重さが、少しずつ変わってきている気がした。

 

 

   *   *   *

 

 

 酒場でのウェイブはその夜、宿に戻ってからも興奮が冷めなかった。

 

 聞いた話をまとめると――

 

 森の奥の廃墟に、白い髪の美少女が住んでいる。魔物も近づかない。感情のない目をしている。

 

――(……これは、何かある)

 

 ウェイブは拳を握った。

 

――(もしあの廃墟に何か危険なものが潜んでいるとしたら。それを俺が発見して報告したら……蒼剣騎士団での評価が上がる。出世できるかもしれない)

 

 胸が高鳴る。これは大きな手柄になるかもしれない。いや、なるはずだ。

 

――(俺ほどの騎士が動けば、絶対に何かつかめる。ふぅん↑)

 

 ウェイブは勢いよく立ち上がって……すぐに座り直した。

 

――(……でも、森の奥の廃墟か。魔物が出るんじゃなかったか)

 

 少し怖い。いや、怖くはない。怖くはないが……念のため、準備が必要だ。そう、準備が。

 

――(明日、下調べだけしてみよう。下調べだけなら危なくない)

 

 ウェイブはそう決意して、毛布にくるまった。

 

 夜の静寂の中で、ウェイブはすぐに眠りについた。

 

 

   *   *   *

 

 

 翌朝、ミネルバが廃墟に来た。

 

 荷物を置きながら、いつもより少し真剣な顔をしていた。

 

「ネル、少し話がある」

 

――(?)

 

「街で、お前の廃墟の噂を聞いた。白い娘が住んでいるとか、魔物も近づかない廃墟があるとか……少しずつ広まってるみたいだ」

 

――(やっぱり……)

 

「今すぐどうこうなる話じゃない。でも、注意しておいた方がいい。好奇心旺盛な奴が近づいてくる可能性がある」

 

 ボクは頷いた。わかっている、という意味で。

 

「アウラの街への外出を少し控えめにした方がいいかもしれない」

 

 また頷く。

 

「……まあ、お前も考えてるとは思うが」

 

 ミネルバがボクを見た。その目に、心配の色がある。

 

――(心配してくれてる……)

 

 ボクは胸の奥が温かくなるのを感じながら、もう一度頷いた。大丈夫だ、という意味で。

 

「……ならいい」

 

 ミネルバがいつもの場所に腰を落ち着けた。地図を広げながら、ぼそりと呟く。

 

「……面倒なことにならなければいいがな」

 

――(本当に……そうですよ)

 

 廃墟の外で、風が木々を揺らした。

 

 波紋は、すでに広がり始めていた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。波紋は、すでに広がり始めていました。
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