廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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十一話目です。一章の始まりです。少しずつ、穏やかな日々が変わり始めます。




一章 第十一話「広がる噂と、迫る影」

 

【ミネルバ視点】

 

 街が、少しざわついていた。

 

 ミネルバはいつもの酒場で昼食を取りながら、周囲の会話に耳を傾けていた。別に盗み聞きをするつもりはない。ただ、冒険者として長年鍛えてきた「気」の感覚が、勝手に周りの空気を拾ってしまうのだ。

 

「……あの廃墟、やっぱり何かいるんじゃないか」

 

「白い娘が一人で住んでるって話、もう何人かが見たらしいぞ」

 

「魔物も近づかないって言うし……呪われてるんじゃないか」

 

 ミネルバは黙ってジョッキを傾けた。

 

――(広まってるな……)

 

 噂というのは厄介だ。一度火がつくと、どんどん尾ひれがついて広がっていく。最初は「白い娘が住んでいる」だったのが、いつの間にか「呪われた廃墟」になっている。

 

 そのうち、好奇心旺盛な馬鹿が動き出す。

 

――(まずいな)

 

 ミネルバは昼食を早めに切り上げて、席を立った。

 

 廃墟に向かいながら、ミネルバは考えた。ネルの存在が広まれば、どうなるか。討伐依頼が出るかもしれない。あるいは腕試しに来る馬鹿な冒険者が現れるかもしれない。最悪、騎士団が動く可能性もある。

 

――(あの小さい人形が……やられるのは、まずい)

 

 自分でも驚くほど、その考えが自然に浮かんだ。

 

 ミネルバは少し足を速めた。

 

 

   *   *   *

 

 

【ネル視点】

 

 ミネルバがいつもより少し早く廃墟に来た。

 

 荷物を置くなり、真剣な顔でボクを見る。

 

「ネル、少し状況が変わってきた」

 

――(?)

 

「噂が思ったより早く広まってる。街の酒場で複数の人間が話しているのを聞いた。そろそろ、動き出す奴が出てくるかもしれない」

 

――(……やっぱり来たか)

 

 ボクは頷いた。覚悟はしていた。でも実際に言葉にされると、少し胸が重くなる。

 

「とりあえず、アウラの外出は当面控えてくれ。素材の調達は俺が代わりにやる」

 

――(え……)

 

 ミネルバがそう言い切った。ボクは目を丸くした。人形に目があれば、の話だが。

 

――(ミネルバが……素材を?)

 

「なんだ、変か?」

 

 ミネルバがボクの反応を見て、少し眉を上げた。

 

「……俺がやると言ったらやる。それだけだ」

 

――(いや、変じゃないけど……でも、なんで)

 

 ボクが首を傾けると、ミネルバがため息をついた。

 

「……お前が困るだろうが。素材がなければ人形が作れない。人形が作れなければ……お前の生き方が成り立たない」

 

 それだけ言って、ミネルバは視線を外した。

 

――(……ミネルバ)

 

 ボクの内心が、じんわりと温かくなった。不器用な優しさだ。でもだからこそ、真っ直ぐに届く。

 

 ボクはゆっくりと、深く頷いた。

 

「……うん。まあ、そういうことだ」

 

 ミネルバがぶっきらぼうに言って、地図を広げた。いつも通りの、素っ気ない態度で。

 

――(ありがとう、ミネルバ)

 

 声には出せない。でも、伝わっていればいいと思った。

 

 

   *   *   *

 

 

【ウェイブ視点】

 

 森の入り口で、ウェイブは立ち止まっていた。

 

 あの夜の決意から数日後、ようやく重い腰を上げて朝から張り切って家を出た。鎧を着込んで、槍を持って、颯爽と歩いてきた。

 

 でも。

 

――(……森、深いな)

 

 入り口から見える森の中は、薄暗い。木々が密集していて、少し先が見えない。鳥の声がどこか遠くで聞こえる。

 

――(ふぅん。まあ、俺ほどの騎士には余裕だが……)

 

 ウェイブは一歩踏み出した。

 

 踏み出した。

 

 ……が、二歩目がなかなか出なかった。

 

――(……念のため、今日は入り口の下調べだけにしておこう。入り口の様子を確認するのも立派な情報収集だ。ふぅん)

 

 ウェイブはその場で踵を返した。

 

 颯爽と来た道を、颯爽と戻っていく。

 

――(そう、今日は情報収集フェーズだ。俺ほどの騎士が焦る必要はない。ふぅん↑)

 

 森の入り口に、誰もいなくなった。

 

 木々が風に揺れる音だけが、静かに残っていた。

 

 

   *   *   *

 

 

【ネル視点】

 

 その日の夕方、ボクは廃墟の外に出た。

 

 ミネルバが帰った後、少し考えることがあって。森の外縁をゆっくりと歩きながら、アウラの視界で周辺を確認する。

 

 噂が広まっているなら、実際に誰かが近づいてきている可能性がある。自分の目……いや、アウラの目で確認しておいた方がいい。

 

――(誰かいるかな……)

 

 確認しながら歩いていると、森の入り口付近に何かの足跡を見つけた。

 

 新しい足跡だ。大人の男のもの。でも、そこから先には続いていない。

 

――(……来たけど、引き返した?)

 

 ボクは足跡をじっと見た。

 

――(臆病者だな……まあ、ボクも人のことは言えないけど)

 

 でも、来たということは確かだ。次は引き返さないかもしれない。

 

――(……備えておかないとな)

 

 ボクは廃墟に戻りながら、静かに考えた。

 

 序章の穏やかな日々は、確かに終わりを告げていた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。足跡を見つけたネル、次は何が起きるのでしょうか。
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