廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい 作:糸守ものち
【ウェイブ視点】
数日後、王都に戻ったウェイブは、その足で蒼剣騎士団の詰め所に向かった。
廃墟での目撃情報。これは立派な報告事項だ。しかも自分が直接確認してきたのだから、信憑性は抜群だ。
――(ふぅん↑ この俺が直接確かめてきたのだから、これは間違いなく大手柄になる)
詰め所の扉を開けると、団長室の前に衛兵が立っていた。
「マグナス団長に報告があります。ウェイブ騎士、ただいま参りました」
「……今は来客中だ。少し待て」
――(む。来客中か……まあ、待ってやろう。俺ほどの騎士には余裕がある。ふぅん)
しばらくして、団長室から人が出てきた。黒いローブの男だった。細身でガリガリとした体型。目の下に隈がある。
――(あれは……魔法師団のザガン師団長か?)
ザガンはウェイブをちらりと見た。興味なさそうな目だった。
「……くひひ」
小さく笑って、廊下を歩いていく。
――(何がおかしいんだ、あの人は……まあいい)
ウェイブは団長室に入った。
マグナス・グロウンは大きな椅子にどかりと座っていた。貫禄のある体格。立派なひげ。少し出ている腹。
「おう、ウェイブか。何の用だ」
「はっ! 報告があります団長! 辺境の廃墟の件についてです!」
マグナスが眉を上げた。
「廃墟? ああ、あの噂の廃墟か?」
「はい! この俺が直接現地を確認してまいりました!」
「ほう!」マグナスが身を乗り出した。「それで、何がいた?」
「白い髪の娘が廃墟に住んでいることを確認しました。魔物の気配はありませんでしたが、普通の人間ではない可能性があります」
「ふむふむ!」マグナスが腕を組んだ。「して、その娘は危険か?」
「……詳細は不明です。ただ、目が合った際に……」
「目が合った!?」マグナスが立ち上がった。「それは一大事ではないか?! 吾輩が直接乗り込んでやろう!」
――(え、そんな話になるのか……?)
「だ、団長! まだ危険かどうか確認できていないので、慎重に……」
「慎重? 吾輩に慎重は不要だ! 力で解決するのみ!」
――(あ、これは止まらないやつだ……)
「し、しかし団長、調査もなしに突撃するのは……」
「調査など不要! 行ってみればわかる! 吾輩の勘がそう言っている!」
――(勘で動く人だったのか……)
「……では、念のため魔法師団にも協力を仰いではいかがでしょう。ザガン師団長が先ほど……」
「ザガンか!」マグナスが手を振った。「あ奴は難しい話ばかりする。吾輩には向かん。よし、明日にでも廃墟へ向かうぞ! ウェイブ、お前も来い!」
「は、はい……」
――(ちょっと待て。明日? 俺も行くの? 廃墟に? あの廃墟に??)
ウェイブは引きつった笑顔で頷きながら、心の中で盛大に後悔していた。
――(……余計なことを報告してしまった気がする。ふぅん……)
* * *
【ミネルバ視点】
王都の酒場は、いつも情報が集まる場所だ。
ミネルバは隅のテーブルでジョッキを傾けながら、周囲の会話に耳を澄ませていた。冒険者として長年培った習慣だ。
最近、気になることがある。
廃墟の噂が広まっているのは知っていた。でもそれ以上に、騎士団の動きが少し慌ただしくなっている気がする。
「……聞いたか。蒼剣騎士団が廃墟の調査に動くらしいぞ」
隣のテーブルから声が聞こえた。
――(来た)
ミネルバは表情を変えずにジョッキを傾けた。
「マグナス団長が直々に動くとか」
「あの人が動くのか。大げさな……」
「でも団長が動くってことは、公式の調査になるってことだろ」
――(……まずい)
ミネルバは素早く立ち上がり、酒場を出た。
外の夜風が頬に当たる。頭の中を素早く整理する。
騎士団が動く。マグナスが直接来る。それはつまり……ネルの廃墟が、公式に「要調査対象」になったということだ。
――(思ったより早かった……)
ミネルバは足を速めた。クロウに連絡を取らなければならない。情報を集める必要がある。騎士団がいつ動くのか、何人で来るのか、目的は何なのか。
角を曲がったところで、見知った顔と鉢合わせた。
「……ミネルバか」
クロウだった。黒髪を少し乱して、いつもの軽い皮鎧姿。
「クロウ。ちょうどよかった。蒼剣騎士団の動きについて何か知らないか」
「……知ってる」クロウが静かに言った。「さっき詰め所の近くを通ったら、マグナス団長の声が聞こえた。明日動くらしい」
「明日!?」
「ああ。人数は……団長含めて五、六人といったところか」
――(明日。五、六人……)
ミネルバは舌打ちしたい気持ちを堪えた。
「……わかった。ありがとう」
「ミネルバ」クロウが続けた。「もう一つ」
「なんだ」
「蒼雷魔法師団のザガンが、同じ頃に騎士団詰め所に出入りしていた。何かを話していたようだが……詳細は不明だ」
――(ザガンまで……)
ミネルバの表情が険しくなった。
「……そうか。引き続き頼む」
「ああ」
クロウが闇の中に消えた。
ミネルバは一人、夜の王都に立っていた。
――(ネルに伝えなければ……そして、どうするか考えなければ)
明日、騎士団が廃墟へ向かう。
ミネルバは走り出した。
* * *
【ネル視点・深夜】
ミネルバが廃墟に飛び込んできたのは、夜も更けた頃だった。
息を切らせながら、単刀直入に言った。
「明日、マグナス団長率いる蒼剣騎士団が廃墟に来る。五、六人だ」
――(……!)
ボクは固まった。
明日。明日来る。
――(早い。早すぎる……!)
「逃げるか?」ミネルバが聞いた。「それとも……ここに残るか」
ボクは少し考えた。
逃げる。でもどこへ。この廃墟はボクの家だ。人形の素材も、アウラも、ロイドがくれた白い石も、窓際の花も……全部ここにある。
――(逃げたくない)
ボクはゆっくりと首を横に振った。
「……そうか」ミネルバが頷いた。「なら、俺も残る。一緒に考えよう」
廃墟の中に、静かな夜が続いていた。
アウラが窓際の花に水をやっていた。深夜なのに。誰も言っていないのに。
ボクはその様子を見ながら、明日のことを考えた。
平穏を守るために。この場所を守るために。
道化師の人形は、初めて「戦う」ことを考え始めていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。「明日、マグナス団長率いる蒼剣騎士団が廃墟に来る」……ネルはどう動くのでしょうか