廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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十四話目です。騎士団が廃墟に来ます。ミネルバとネルの作戦会議が始まります。


一章 第十四話「来訪者と、静かな決意」

 

 朝が来た。

 

 ボクは一晩中、廃墟の中央で考え続けていた。眠る必要のない体だからこそできることだが、それが助かったとは言い難い。考えれば考えるほど、答えが出ない。

 

――(どうすれば平穏を守れるのか)

 

 騎士団が来る。マグナスが来る。複数の武装した人間が、この廃墟に向かってくる。

 

 逃げることはできる。でも……どこへ。この廃墟はボクの家だ。ロイドがくれた白い石も、アウラが育てた花も、全部ここにある。

 

――(逃げたくない。でも戦えるわけでもない)

 

 ボクの力は人形を操ることだ。アウラはいるが、戦闘向きではない。それに人間と争うことはボクの望むところじゃない。

 

 夜明けの光が、崩れた屋根の隙間から差し込んできた。

 

 そのとき、廃墟の入り口から足音が聞こえた。

 

「……来た」

 

 ミネルバだった。いつもより早い。目の下に薄い隈がある。おそらく、ボクと同じで眠れなかったのだろう。

 

「ネル。作戦を話し合う時間がある」

 

 ミネルバが廃墟の中央にどかりと座った。ボクを正面から見る。

 

「お前の力で、できることとできないことを整理しよう」

 

――(……うん)

 

「アウラを使った索敵はできるな?」

 

 頷く。

 

「騎士団がどこまで来ているか、リアルタイムで把握できるか?」

 

 頷く。

 

「お前自身は動けるか? 廃墟の外に出られるか?」

 

 少し考えてから、頷く。遅いが、動けないわけではない。

 

「わかった」ミネルバが腕を組んだ。「なら作戦はこうだ」

 

 ミネルバが静かに語り始めた。

 

 

   *   *   *

 

 

 作戦はシンプルだった。

 

 まずアウラを森の外縁に配置して、騎士団の接近を把握する。騎士団が廃墟に近づいたら、ミネルバが先に「出迎える」。騎士団と交渉して、できる限り廃墟への立ち入りを防ぐ。

 

 ネルとアウラは、廃墟の奥に身を潜める。

 

「俺は冒険者として、この廃墟の調査を先行して行っていると言う。すでに安全を確認済みだと主張する」

 

――(でも、マグナスは単純バカだからそれで納得するか……?)

 

「マグナスは力押しが好きな男だ。正面から「問題ない」と言い切れば、意外と引くこともある。ただ……もう一人気になる奴がいる」

 

「蒼雷魔法師団のザガンだ」ミネルバの表情が引き締まった。「あいつはただの師団長じゃない。頭が切れて……あまりいい噂を聞かない。マグナスと違って、簡単には引かないかもしれない」

 

――(ザガン……アウラの情報収集でその名前は聞いていた。魔法師団長だということも。でもミネルバにそう言われると……)

 

 ボクは少し不安になった。

 

「今回は騎士団だけのはずだ。あいつが直接動く理由はまだない。ただの噂の廃墟に、魔法師団長が出張る必要はないからな」

 

――(それは……そうかもしれないけど)

 

 ボクは頷いた。ミネルバの読みは鋭い。

 

「最悪の場合……俺がマグナスを止める」

 

――(止める、って……)

 

「俺が本気を出せば、マグナスくらい押さえられる。争いにはなるが……お前を守る方が優先だ」

 

――(ミネルバ……)

 

 ボクは胸の奥が温かくなるのを感じた。でも同時に、申し訳なさも感じる。ミネルバが騎士団と揉めたら、冒険者としての立場が危うくなるかもしれない。

 

――(そんなことにはさせたくない)

 

 ボクはミネルバを見た。それから、ゆっくりと首を横に振った。

 

「……?」

 

――(最後の手段は使わせない。ボクが何とかする)

 

 ミネルバが少し目を細めた。

 

「……お前が何とかするって、どうやって?」

 

 ボクは少し考えた。それから、廃墟の奥の方を指差した。

 

「……何かあるのか?」

 

 頷く。

 

「わかった。信じる」

 

 ミネルバがそれだけ言った。短く、でも迷いなく。

 

――(信じてくれるのか……)

 

「お前がここまで生き延びてきたのには理由がある。俺はそれを知ってる。だから信じる」

 

 ボクは固まった。

 

――(ミネルバ……)

 

 声が出せたなら、何か言えたかもしれない。でも声はない。だからボクはただ、深く頷いた。

 

 

   *   *   *

 

 

 昼を少し過ぎた頃、アウラから報告が入った。

 

――(来た……!)

 

 森の外縁でアウラが察知した。五人の武装した人間が、こちらへ向かってきている。先頭に立っているのは、体格のいい男だ。

 

――(マグナスだ……)

 

「来たか」

 

 ミネルバが立ち上がった。斧を手に取り、廃墟の入り口へ向かう。

 

「ネル。作戦通りだ。奥に隠れろ」

 

 頷く。

 

「アウラも連れて行け」

 

 頷く。

 

「……絶対に出てくるなよ。俺が呼ぶまで」

 

 ミネルバがボクを振り返った。その目に、強い意志がある。

 

――(わかった。任せる)

 

 ボクはアウラを連れて、廃墟の奥の暗がりへと身を潜めた。

 

 外から、騎士団の足音が近づいてくる。

 

 それから、ミネルバの声が聞こえた。

 

「……止まれ。俺はBランク冒険者のミネルバだ。この廃墟はすでに俺が調査済みだ」

 

 続いて、豪快な声が返ってくる。

 

「おお! 冒険者か! 吾輩はベルンハルト王国、蒼剣騎士団団長マグナス・グロウンだ! その廃墟に危険な何かがいると聞いてな! 調査に来たぞ!」

 

「……危険なものはいない。白い娘は俺の知り合いだ。無害だ」

 

「ほう? しかし吾輩の部下が、あの廃墟に不思議な気配を感じたと言っておった! 普通の場所ではないのではないか?」

 

――(不思議な気配……あの騎士が感じ取っていたのか!)

 

 ボクは息を呑んだ。いや、息のない体だが。

 

「……それは俺も感じた。だが調べた結果、問題なかった」

 

「むむむ……しかし吾輩の勘が、ここには何かあると言っている!」

 

「勘で動くな」

 

「勘は大事だぞ! 吾輩の勘はよく当たる!」

 

「……当たったためしがあるのか?」

 

「ぐっ……! それは……まあ……たまにはある!」

 

 廃墟の奥で、ボクは少し笑いたくなった。笑えないけど。

 

――(ミネルバ……うまくやってる)

 

 交渉の声が続く。マグナスは強引だが、ミネルバも一歩も引かない。

 

 しばらくして、足音が遠ざかり始めた。

 

――(……引いた?)

 

 少し後、ミネルバが廊下に戻ってきた。

 

「……帰った」

 

――(え、本当に?)

 

「マグナスに「冒険者が安全確認済みなら問題なかろう」と言い含めた。あの男、強引なくせに意外と論理的な話には弱い」

 

――(そんな一面があったのか……)

 

「ただ」ミネルバの表情が引き締まった。「一人、妙な目をした騎士がいた。若い男で……マグナスの後ろで、ずっとこの廃墟を観察していた」

 

――(妙な目……)

 

「あいつはまた来るかもしれない」

 

――(……あの騎士か)

 

 ボクはため息をついた。出ない息だが、心の中では深くため息をついた。

 

 アウラが静かにボクの隣に立った。白い瞳が、ボクを見ている。

 

――(……でも、今日は守れた)

 

 廃墟は今日も無事だった。花も、白い石も、崩れた屋根も、全部そのままだ。

 

 ミネルバがどかりと座り直して、ジョッキを取り出した。どこから出てきたのか。

 

「……今日は飲む」

 

――(そこにジョッキがあったのか……)

 

「お前も……まあ、飲めないか」

 

 ミネルバが小さく笑った。珍しく、素の顔で。

 

――(……ありがとう、ミネルバ)

 

 声には出せない。でも、伝わっていればいいと思った。

 

 廃墟の外で、夕暮れの風が木々を揺らしていた。

 

 平穏は、今日も守られた。

明日はまだ、誰にもわからない。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。ミネルバの強さが分かる話でしたね。
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