廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

16 / 25
十五話目です。想定外の来客がやってきます。


一章 第十五話「忍び込む騎士と、大混乱」

 

【ウェイブ視点】

 

 マグナス団長が「安全確認済み」と言った。

 

 つまり、あの廃墟に一人で入っても問題ないということだ。

 

――(ふぅん↑ そういうことか。なら俺が直接確認しに行っても何も問題はないな)

 

 ウェイブは宿の部屋で地図を広げながら、一人で頷いた。

 

 あの廃墟には、白い娘が住んでいる。不思議な気配があると言われているが、Bランク冒険者が「問題ない」と言い切った場所だ。であれば、俺ほどの騎士が単独で調査しても何の問題もない。

 

――(しかも今日はあのBランク冒険者の女がいないらしい。俺の情報網によれば、今日は別の依頼で森の西側に向かったとのことだ)

 

 情報網というのは、酒場で偶然聞いた話だが。

 

――(ふぅん。絶好の機会ではないか。ここで俺が独自調査の成果を上げれば、騎士団での評価も上がる。ふぅん↑)

 

 ウェイブは鎧を着込んで、宿を出た。

 

 

   *   *   *

 

 

【ネル視点】

 

 今日はミネルバもアウラもいない。

 

 ミネルバは朝から別の依頼で出かけた。アウラは廃墟の周辺で花の水やりをしている。珍しく、廃墟の中にボク一人だ。

 

――(静かだ。久しぶりにこういう時間がある)

 

 ボクは人形の素材を整理しながら、穏やかな午後を過ごしていた。

 

 窓から差し込む光が、廃墟の床に揺れている。アウラが育てた花が、静かに揺れている。

 

――(……悪くない。こういう静けさも)

 

 そのとき。

 

 廃墟の入り口から、足音が聞こえた。

 

――(? ミネルバにしては早い。アウラも……?)

 

 足音は一つだ。おそるおそると言った感じの、慎重な足音。

 

――(……誰だ)

 

 ボクは気配を消して、廃墟の中央に静かに座ったままでいた。

 

 入り口から、白と青の鎧を着た若い男が顔を出した。

 

――(! あいつ……!!)

 

 あの白と青の鎧の騎士だった。

 

――(なんで!? なんで来てるんだ!?)

 

 ウェイブがきょろきょろと廃墟の中を見回した。そしてボクを……見つけた。

 

「……っ!?」

 

 ウェイブが固まった。

 

 ボクも固まった。

 

 しばらく、沈黙が続いた。

 

 

   *   *   *

 

 

【ウェイブ視点】

 

 いた。

 

 廃墟の中央に、小さな人形が座っていた。

 

 道化師のような衣装。黒いシルクハット。灰色の長髪。固定された笑み。黄色い目。

 

――(……か、かわいい……!?)

 

 ウェイブは息を呑んだ。

 

 なんだこれは。確かに不気味だ。不気味なのだが……しかしなぜか、目が離せない。小さくてひょろりとしていて、でも存在感があって……その固定された笑みが、なぜか胸に刺さる。

 

――(これが……噂の……)

 

 ウェイブは気づいたら、人形の前に歩み寄っていた。膝をついて、目線を合わせる。

 

 黄色い瞳が、こちらを見ている。

 

――(……美しい)

 

 気づいたら、ウェイブは人形の白い手を取っていた。

 

「……麗しきマドモワゼル」

 

 手の甲に、そっとキスをした。

 

 

   *   *   *

 

 

【ネル視点】

 

――(なんだ!?)

 

――(なんだ!?!?)

 

――(なんだこいつ!?!?!?)

 

 ボクの内心が、かつてないほど混乱していた。

 

 あの騎士が、ボクの手の甲にキスをした。

 

 今、何が起きた?

 

――(整理しよう。整理しよう。落ち着いて整理しよう)

 

 廃墟に騎士が忍び込んできた。ボクを見つけた。近づいてきた。手を取られた。キスされた。

 

――(整理できない!! なんだこいつ!!)

 

 ボクは表情を変えられない。顔は固定された笑みのままだ。だから外から見れば、ボクは静かに微笑んでいるように見えるだろう。

 

 でも内心は大嵐だった。

 

――(離せ!! 手を離せ!! いや待て、叫べない!! どうする!? どうする!?!?)

 

 ウェイブが顔を上げた。黄色い瞳と目が合う。

 

「……美しい目だ」

 

――(やめろ!!)

 

「俺はウェイブ。蒼剣騎士団の騎士だ。……こんな廃墟に一人でいるなんて、可哀そうに。俺が守ってやろう」

 

――(誰も守ってとは言ってない!!)

 

 ウェイブが立ち上がった。自信満々の顔で、胸を張っている。

 

「ふぅん↑ いい出会いだった。また来る」

 

 そう言って、颯爽と廃墟を出ていった。

 

 足音が遠ざかっていく。

 

 廃墟に静寂が戻った。

 

――(……今、何が起きた)

 

 ボクはしばらく、その場に固まっていた。

 

 手の甲を見た。白い手の甲を。

 

――(……絶対また来る。絶対来る。これは絶対来るやつだ……)

 

 アウラが帰ってきたのは、それからしばらく後のことだった。

 

 ボクの様子を見て、アウラが小首を傾げた。

 

「……ネル様、どうか、されましたか……?」

 

――(……何でもない。何でもないよ)

 

 ボクは力なく首を横に振った。

 

 どう説明すればいいかわからなかった。

 

 窓の外で、夕暮れの風が木々を揺らしていた。

 

 平穏を望む道化師の人形の、あまりにも想定外の午後だった。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。ネルの平穏、想定外の方向から揺らいできました。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。