廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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十六話目です。ついにある人物が動き始めます。

アウラのイラスト↓
【挿絵表示】



一章 第十六話「暗躍する魔法師団長」

 

 

【ザガン視点】

 

 蒼雷魔法師団の執務室は、今日も薄暗かった。

 

 ザガン・クロイスは羽根ペンを走らせながら、細い目を更に細めていた。目の下の隈は深くなる一方だ。昨夜も眠れなかった。研究が佳境に入ると、いつもそうなる。

 

 眠れない夜は、考える時間に充てればいい。

 

――(廃墟の件……)

 

 先日のマグナスによる調査は、成果なしという報告で終わった。あの単純な男のことだ、白い娘を見て「問題なし」と判断して帰ってきたのだろう。

 

 だが、ザガンの考えは違った。

 

 Bランク冒険者が「安全」と言い切った廃墟。魔物も近づかない。白い娘が一人で住んでいる。そして蒼剣騎士団の若い騎士が「不思議な気配」を感じたという報告。

 

――(普通ではない何かがいる。くひひ……)

 

 ザガンは研究資料の端に、小さな走り書きをした。

 

「廃墟の件 続報を集めること」

 

 問題は、表立って動けないことだ。魔法師団長が個人的な興味で調査に動けば、目立ちすぎる。セレシア女王の目が光っている今、余計な疑念を持たれるわけにはいかない。

 

――(使える駒が必要だ……)

 

 ザガンはしばらく考えて、静かに笑った。

 

「くひひ……」

 

 使える駒は、すでにいる。

 

 

   *   *   *

 

 

 翌日、蒼雷魔法師団の訓練場の片隅で、ザガンは一人の男を呼び出した。

 

 黒髪に鋭い目つきをした男だ。魔法師団の中堅団員で、情報収集が得意という評判がある。

 

「……お呼びでしょうか、師団長」

 

「うん」ザガンはのんびりとした口調で言った。「少し頼み事があってね」

 

「はっ」

 

「ベルンハルト王国の外れ、辺境の森にある廃墟を知っているかね?」

 

 男が少し目を見開いた。

 

「……噂では聞いたことがあります。白い娘が住んでいるとか」

 

「そう」ザガンが微笑んだ。目だけは笑っていない。「その廃墟について、もう少し詳しい情報が欲しくてね。こっそりと、ね」

 

「……こっそりと、ですか」

 

「表立って動く必要はない。ただ……何者かが住んでいるのか。どんな力を持っているのか。それだけわかれば十分だよ。くひひ」

 

 男が少し躊躇した様子を見せた。

 

「……それは、公式の調査ではないということでしょうか?」

 

「もちろん」ザガンが羽根ペンを弄びながら言った。「君の個人的な……散歩、とでも思ってくれたまえ。ただ、散歩の成果が良ければ……昇進の推薦を考えてもいいと思っているよ」

 

 男の目が変わった。

 

「……承知しました」

 

「くひひ……良かった。期待しているよ」

 

 男が去っていくのを見送りながら、ザガンは再び資料に目を落とした。

 

――(さて、どんな報告が来るか……くひひ)

 

 

   *   *   *

 

 

【ネル視点】

 

 その日、ボクはいつも通り廃墟の中央に座っていた。

 

 アウラが窓際の花に水をやっていた。ミネルバは今日も依頼で森の西側へ向かっている。静かな午後だ。

 

――(……平和だな)

 

 ウェイブがまた来るかもしれないという不安はあるが、今日のところは気配がない。

 

 ボクは新しい人形の設計を考えながら、廃墟の外の様子をアウラを通じて確認していた。

 

 特に異常はない。

 

 ……そのはずだった。

 

 アウラの視界の端に、ほんの一瞬、木の陰に人影が見えた気がした。

 

――(?)

 

 ボクは意識を集中した。

 

 もういない。

 

 気のせいだったのか。それとも……

 

――(……誰かいた?)

 

 ボクはしばらく廃墟の外を観察し続けたが、それ以上は何も見えなかった。

 

 風が木々を揺らす音だけが聞こえる。

 

――(……気のせい、か)

 

 でも胸の奥に、小さな棘が刺さったような違和感が残った。

 

 アウラが静かにボクの隣に立った。白い瞳がボクを見ている。

 

――(……わかってる。気をつけないといけない)

 

 廃墟の外で、誰かがこちらを見ていたかもしれない。

 

 平穏を望む道化師の人形は、静かに、でも確かに警戒を強めていた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。ネルが感じた違和感……気のせいで終わればいいのですが。
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