廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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十七話目です。静かな視線が、廃墟に近づいてきます。


一章 第十七話「見えない視線」

 

【ザガンの部下・視点】

 

 森の中で、男は息を潜めていた。

 

 蒼雷魔法師団の中堅団員、ロッシュ。ザガン師団長から密命を受けて三日が経つ。廃墟の周辺を監視し、何者かが住んでいるかどうかを確認する。それだけの任務だ。

 

 ……のはずだった。

 

――(……おかしい)

 

 ロッシュは木の陰からそっと廃墟を観察した。廃墟は静かだ。人の気配は……ある。確かにある。でも姿が見えない。

 

 昨日も今日も、廃墟の窓に白い人影が見えた気がした。でも近づこうとすると、気配が消える。

 

――(まるで……こちらの動きを把握しているかのような)

 

 背筋に冷たいものが走った。

 

 そのとき。

 

 廃墟の窓から、白い何かがこちらを見た。

 

 白い髪。白い瞳。表情のない顔。

 

 目が合った。

 

――(……っ)

 

 ロッシュは咄嗟に木の陰に身を隠した。心臓が跳ね上がる。

 

――(見られた。確実に見られた)

 

 しばらく動けなかった。

 

 恐る恐る木の陰から顔を出すと、白い娘はもういなかった。

 

 ロッシュは冷や汗を拭いながら、今日の報告内容を頭の中でまとめた。

 

「……帰ろう」

 

 足早に森を抜けながら、ロッシュはひとつの確信を持っていた。

 

――(あの廃墟……普通じゃない)

 

 

   *   *   *

 

 

【ネル視点】

 

 アウラの視界が、また人影を捉えた。

 

――(……また来てる)

 

 昨日から同じ場所に、同じ気配がある。木の陰に身を潜めた男だ。ウェイブとは別の人物だ。体格も違うし、魔法師団の黒いローブを着ている。

 

――(騎士団ではない……魔法師団の人間だ)

 

 ボクは慎重に、アウラを窓際に立たせた。目が合うかもしれない。でも、それでいい。こちらは相手の存在を把握しているということを、知らせる必要がある。

 

 アウラの白い瞳が、木の陰の男をまっすぐ見た。

 

 男が飛び上がるように身を縮めた。

 

――(見えた。こちらの存在が伝わった)

 

 ボクはアウラを窓から遠ざけた。

 

 胸の奥に、重い感触があった。

 

――(魔法師団……ザガンの手下か)

 

 ミネルバから聞いていた。あまりいい噂を聞かないと。頭が切れると。

 

――(ウェイブよりずっと厄介な相手だ……)

 

 その日の夕方、ミネルバが来た。

 

「……今日、また誰かが廃墟を監視していたか?」

 

 頷く。

 

「騎士団か?」

 

 首を横に振る。それから、黒いローブを纏った人影のイメージを、身振りで伝えようとした。

 

 ミネルバが目を細めた。

 

「……黒いローブ?」

 

 頷く。

 

「魔法師団か……」ミネルバが低い声で言った。「ザガンが動き始めたか」

 

――(やっぱり……)

 

「わかった。少し対策を考える」

 

 ミネルバが腕を組んで、しばらく黙り込んだ。

 

 廃墟の外で、風が木々を揺らした。

 

 アウラが静かにボクの隣に立っていた。

 

――(……平穏が、削られていく)

 

 ボクはそう感じながらも、窓際の花を見た。アウラが育てた花だ。今日も静かに、ちゃんと咲いている。

 

――(でも……まだここにある)

 

 道化師の人形は、静かに、でも確かに、次の手を考え始めていた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。アウラの白い瞳が牽制する場面……ネルの静かな判断力、伝わりましたでしょうか?
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