廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい 作:糸守ものち
【ザガンの部下・視点】
森の中で、男は息を潜めていた。
蒼雷魔法師団の中堅団員、ロッシュ。ザガン師団長から密命を受けて三日が経つ。廃墟の周辺を監視し、何者かが住んでいるかどうかを確認する。それだけの任務だ。
……のはずだった。
――(……おかしい)
ロッシュは木の陰からそっと廃墟を観察した。廃墟は静かだ。人の気配は……ある。確かにある。でも姿が見えない。
昨日も今日も、廃墟の窓に白い人影が見えた気がした。でも近づこうとすると、気配が消える。
――(まるで……こちらの動きを把握しているかのような)
背筋に冷たいものが走った。
そのとき。
廃墟の窓から、白い何かがこちらを見た。
白い髪。白い瞳。表情のない顔。
目が合った。
――(……っ)
ロッシュは咄嗟に木の陰に身を隠した。心臓が跳ね上がる。
――(見られた。確実に見られた)
しばらく動けなかった。
恐る恐る木の陰から顔を出すと、白い娘はもういなかった。
ロッシュは冷や汗を拭いながら、今日の報告内容を頭の中でまとめた。
「……帰ろう」
足早に森を抜けながら、ロッシュはひとつの確信を持っていた。
――(あの廃墟……普通じゃない)
* * *
【ネル視点】
アウラの視界が、また人影を捉えた。
――(……また来てる)
昨日から同じ場所に、同じ気配がある。木の陰に身を潜めた男だ。ウェイブとは別の人物だ。体格も違うし、魔法師団の黒いローブを着ている。
――(騎士団ではない……魔法師団の人間だ)
ボクは慎重に、アウラを窓際に立たせた。目が合うかもしれない。でも、それでいい。こちらは相手の存在を把握しているということを、知らせる必要がある。
アウラの白い瞳が、木の陰の男をまっすぐ見た。
男が飛び上がるように身を縮めた。
――(見えた。こちらの存在が伝わった)
ボクはアウラを窓から遠ざけた。
胸の奥に、重い感触があった。
――(魔法師団……ザガンの手下か)
ミネルバから聞いていた。あまりいい噂を聞かないと。頭が切れると。
――(ウェイブよりずっと厄介な相手だ……)
その日の夕方、ミネルバが来た。
「……今日、また誰かが廃墟を監視していたか?」
頷く。
「騎士団か?」
首を横に振る。それから、黒いローブを纏った人影のイメージを、身振りで伝えようとした。
ミネルバが目を細めた。
「……黒いローブ?」
頷く。
「魔法師団か……」ミネルバが低い声で言った。「ザガンが動き始めたか」
――(やっぱり……)
「わかった。少し対策を考える」
ミネルバが腕を組んで、しばらく黙り込んだ。
廃墟の外で、風が木々を揺らした。
アウラが静かにボクの隣に立っていた。
――(……平穏が、削られていく)
ボクはそう感じながらも、窓際の花を見た。アウラが育てた花だ。今日も静かに、ちゃんと咲いている。
――(でも……まだここにある)
道化師の人形は、静かに、でも確かに、次の手を考え始めていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。アウラの白い瞳が牽制する場面……ネルの静かな判断力、伝わりましたでしょうか?