廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい 作:糸守ものち
【ロッシュ視点】
蒼雷魔法師団の執務室に戻ったロッシュは、緊張した面持ちでザガンの前に立っていた。
「……報告します。廃墟の監視を三日間行いました」
「うん」ザガンが羽根ペンを弄びながら言った。「聞かせてくれたまえ」
「白い髪の娘が確認できました。ただ……」ロッシュは少し言葉を選んだ。「近づこうとすると気配が消えます。まるでこちらの動きを把握しているかのように」
「くひひ……面白い」
「それと……娘と目が合いました。ただ見ているだけではなく、明らかにこちらの存在を認識した上で見ていました。威嚇、あるいは……牽制のように感じました」
ザガンの細い目がさらに細くなった。
「牽制……ねえ」ザガンが呟いた。「白い娘が、ね。くひひ」
「他にも……廃墟の周辺にBランク冒険者が頻繁に出入りしています。蒼剣騎士団の調査の際に交渉した女冒険者と同一人物かと」
「ほう」ザガンが初めて羽根ペンを置いた。「Bランクが……廃墟を庇っている?」
「推測ですが、そのように見受けられます」
しばらくの沈黙。
「……くひひ。面白い面白い」ザガンがゆっくりと立ち上がった。「ご苦労だったね、ロッシュ。引き続き監視を続けてくれたまえ。ただし……次は、もう少し慎重に」
「はっ」
「見られないように、ね。くひひ……」
ロッシュが部屋を出ていった後、ザガンは窓の外を見た。
――(普通の白い娘ではない。Bランク冒険者が庇っている。そして……こちらの監視に気づいている)
「……実に、興味深い」
ザガンは資料に新たな走り書きをした。
「廃墟の件 直接介入の準備を始める」
* * *
【ネル視点・翌日】
その日は穏やかな朝だった。
ミネルバが依頼で出かけて、アウラが窓際の花に水をやっている。ボクは人形の素材を整理していた。
――(昨日の監視者は……今日はまだ来ていない)
アウラの視界で周辺を確認しているが、今のところ異常はない。
少し油断しかけていたとき。
廃墟の入り口から、足音が聞こえた。
――(! また来た?)
慌てて気配を確認する。重い足音ではない。軽くて……どこか自信満々な感じの足音だ。
――(……この足音、知ってる)
入り口から白と青の鎧の騎士が顔を出した。
――(ウェイブだ……!!)
「……よし。今日こそ」
ウェイブが拳を握りしめながら廃墟に入ってきた。そしてボクを見て、また固まった。
「……麗しきマドモワゼル」
――(また言った!!)
ウェイブが膝をついてボクの手を取ろうとした……そのとき。
廊下の奥から、重い足音が近づいてきた。
「ネル、今日の依頼は早めに終わった。夕飯の素材を――」
ミネルバが廃墟に入ってきた。そして固まった。
ウェイブも固まった。
ボクも固まった。
三者、沈黙。
「……誰だお前」
ミネルバが低い声で言った。そしてすぐに目を細めた。
「……待て。お前、先日マグナス団長と一緒に来た騎士じゃないか」
「っ……! き、気づいてたのか……! ふ、ふぅん」
「廃墟をじろじろ観察していた若い騎士だろう」ミネルバが腕を組んだ。「名前は?」
「……ウェイブ! 蒼剣騎士団の騎士だ! ふぅん↑」
「騎士団の人間がなんでここにいる」
「そ、それは……視察だ! 視察のために来た! ふぅん↑」
――(視察って何だ……)
「視察……」ミネルバが眉をひそめた。「騎士団の正式な調査なら、先日マグナス団長が来ただろう。それとは別に何をしている?」
「そ、それは……個人的な……視察だ! ふぅん」
「個人的な視察」ミネルバが静かに斧を手に取った。「……廃墟に無断で侵入して、個人的な視察とはいい度胸だな」
「ひ……!」
ウェイブが後ずさった。ミネルバの目が笑っていない。
「待て。逃げるなら追いかけるぞ」
「に、逃げてない! 俺は全然怖くない! ふぅん……ふぅん……」
――(「ふぅん」が増えてる……)
「……名前はウェイブと言ったな」ミネルバがため息をついた。「いいか。ここは俺が管理している場所だ。次に無断で入ったら、騎士団に報告する」
「わ、わかった……!」
「今日は帰れ」
「……帰る! でも俺は全然怖くなかったからな! ふぅん!」
ウェイブが足早に廃墟を出ていった。その背中を見送りながら、ミネルバがため息をついた。
「……さっきの騎士、また来るぞ」
――(絶対来る……)
「騎士団の人間なら、下手に追い払いすぎるのも問題だ。うまく付き合う方法を考えないとな」
――(うまく付き合う……ウェイブと?)
ボクはその言葉の重さを噛み締めながら、廃墟の外へ去っていくウェイブの気配を感じていた。
廃墟の外で、夕暮れの風が木々を揺らしていた。
平穏を望む道化師の人形の日常は、今日も賑やかすぎた。
けれど、廃墟の外では——本当の脅威が、静かに動き始めていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。「悪い奴じゃない。ただの馬鹿だ」……ミネルバのウェイブ評、いかがでしたでしょうか?