廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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二十二話目です。新しい人物が動き始めます。


一章 第二十二話「女王の剣、動き出す」

 

 

【ザガン視点】

 

 ロッシュからの報告は興味深かった。

 

 夜に送り込んだ二人組が、廃墟に近づこうとして引き返してきた。理由は「普通ではない気配」と「白い娘の視線」。二人とも精鋭のはずだが、それでも退いた。

 

――(くひひ……やはり、ただの廃墟ではない)

 

 ザガンは資料を閉じて、羽根ペンを指で弄んだ。

 

 問題は……ここから先だ。直接手を出せば、Bランク冒険者との衝突になる。表立った動きはまだ避けたい。

 

――(もう少し……情報が必要だ)

 

 そのとき、執務室の扉が激しくノックされた。

 

「くひひ……誰ですか」

 

 扉が勢いよく開いた。

 

「ザガン! ちょっと待ちなさいのよ!」

 

 金髪ツインテールの女が入ってきた。青い軽装の鎧。鋭い目つき。ザガンの顔を見るなり、指を突きつけた。

 

「最近、辺境の廃墟周辺でこそこそやってるのは何なのよ!」

 

「……これはレイニー殿。ずいぶん乱暴な入り方ですね」ザガンが静かに微笑んだ。「くひひ」

 

「うるせーのよ! わたくし様に礼儀を教えるんじゃねーです!」

 

――(やれやれ……)

 

「廃墟の件は、個人的な研究ですよ」ザガンが穏やかに言った。「ご心配なく」

 

「個人的な研究ぅ?」レイニーが目を細めた。「うそつかないでほしいわね。ロッシュって団員、夜な夜な辺境の森に通ってるのよ。他にも何人か動かして……個人的な研究なんて笑えないのよ」

 

――(……気づいていたか)

 

「どなたから聞きましたか?」

 

「わたくし様の情報網をなめるんじゃねーです」レイニーが腕を組んだ。「いい? 辺境で何かやらかすつもりなら……わたくし様が全力で止めにいくのよ。それだけ言いに来たのよ」

 

「くひひ……ご忠告、ありがたく受け取っておきましょう」

 

「ふん」レイニーが踵を返した。「わたくし様に命令していいのはこの世にセレシア様ただ一人。でもセレシア様はあんたのことを警戒してる。それだけ覚えておきなさい」

 

 扉が勢いよく閉まった。

 

 ザガンはしばらく扉を眺めてから、静かに笑った。

 

「……くひひ。面白い」

 

 女王が動き始めている。それはつまり——時間的な猶予が、少なくなっているということだ。

 

――(急ぐ必要があるかもしれない……くひひ)

 

 ザガンは新しい資料に手を伸ばした。

 

 

   *   *   *

 

 

【レイニー視点】

 

 執務室を出たレイニーは、廊下を歩きながら顔をしかめた。

 

――(ザガンのやつ……やっぱり何か動いてる)

 

 わたくし様が掴んだのは断片的な話だ。辺境の廃墟。白い娘。魔物も近づかない場所。そして蒼雷魔法師団の団員が動いているという事実。

 

 何かがいる。

 

 ザガンがそれに興味を持っている。

 

――(セレシア様には報告した。でも……先手を打っておく必要がある)

 

 レイニーは立ち止まって、窓の外の王都を見た。

 

「わたくし様が動くしかないのよ」

 

 独り言をつぶやいてから、レイニーは歩き出した。

 

 次の動きは、もう決まっていた。

 

 

   *   *   *

 

 

【ネル視点】

 

 廃墟は今日も静かだった。

 

 ミネルバが依頼に出かけて、アウラが窓際で花に水をやっている。ウェイブは今日まだ来ていない。あの監視者の気配も、今日はない。

 

――(……静かだ)

 

 ボクは人形の素材を整理しながら、廃墟の奥の方をちらりと見た。

 

 暗がりの中に、それはある。

 

 まだ魔力を込めていない。まだ動かない。でも……形だけは、ほぼ出来上がっている。

 

――(もう少し、だ)

 

 いつか必要になる日のために。

 

 その日が来ないことを願いながら、でも来たときのために備えている。

 

 アウラがボクの方を向いた。白い瞳が、静かにこちらを見ている。

 

「……何でもないよ、アウラ」

 

――(ただ……少し、急いだ方がいいかもしれない)

 

 廃墟の外で、夕暮れの風が木々を揺らしていた。

 

 平穏を望む道化師の人形は、静かに、でも確かに、次の嵐の気配を感じていた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。「女王の剣」の登場……どうなるのでしょうね?
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