廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい 作:糸守ものち
【クロウ視点】
ザガン・クロイスという男を、クロウは以前から追っていた。
別に依頼があったわけじゃない。ただ……あの男の動きは、情報屋として見過ごせないものがあった。蒼雷魔法師団の団長でありながら、独自の情報網を持ち、団員を私的に動かし、王国内で密かに何かを進めている。それだけなら、権力者の横暴として片付けられる話だ。
でも最近、ザガンの視線が一点に集中し始めた。
最近、もう一人この男に関心を寄せている人物がいる。女王直属近衛兵のレイニー。彼女が動き始めたという噂は、王都の情報屋たちの間でも広まりつつあった。
――(女王が動いているなら……急ぐ必要がある)
――(辺境の廃墟……か)
クロウは酒場の片隅でエールを一口飲んだ。
ミネルバが関わっている廃墟だと気づいたのは、つい最近のことだ。あいつが辺境に足繁く通っていることは知っていた。でも、まさかザガンの標的と被るとは思っていなかった。
――(……面倒なことになってきた)
クロウは立ち上がった。
今夜、ミネルバに話しかける必要がある。
* * *
【ミネルバ視点】
依頼を終えて酒場に戻ってきたミネルバは、入り口で気配を感じた。
「……クロウか」
振り返ると、黒髪の男が壁にもたれていた。いつも通りの飄々とした顔だが、目だけが少し違う。
「珍しいな。お前から接触してくるとは」
「……話がある」クロウが静かに言った。「ザガンのことだ」
ミネルバの目が鋭くなった。
「……入れ」
二人は酒場の奥の席に移動した。クロウがエールを一口飲んでから、口を開いた。
「最近、ザガンの動きがおかしい。辺境の廃墟に何度も人を送り込んでいる。お前も知っているだろう」
「……ああ」
「何がある?…あそこに」
ミネルバが少し間を置いた。
「……俺の口からは言えない」
「そうか」クロウが静かに頷いた。「詮索はしない。ただ……ザガンは本気だ。今まで遠巻きに観察していたが、そろそろ直接動くつもりだと思う」
「……根拠は」
「蒼雷魔法師団の精鋭が、ここ数日で三人姿を消している。依頼もなく、報告もなく。公式には『個人的な用事』となっているが……ザガンが動かしていると見て間違いない」
ミネルバが腕を組んだ。
「……三人か」
「しかも全員、廃墟がある方角に向かっている。俺の情報網ではそこまでしか掴めていないが……お前なら意味がわかるだろう」
――(三人……。ネルは一人で追い払ったが、次は無理かもしれない)
「……わかった。助かった」
「礼はいらない」クロウが立ち上がった。「ただ……一つだけ聞いていいか?」
「何だ」
「あの廃墟に、守る価値があるのか?」
ミネルバはしばらく黙っていた。それから、静かに言った。
「……ある」
「そうか」クロウが短く答えた。「なら……手伝う。金はいらない。ただ、一度会わせろ」
「……廃墟の主にか」
「ああ。自分で確認する」
ミネルバが少し目を見開いた。
「……お前が無償で動くとは珍しいな」
「……腐れ縁だ。仕方ない」
クロウが踵を返した。その背中に、ミネルバが言った。
「……ありがとう、クロウ」
クロウは振り返らなかった。ただ、少しだけ足が止まった。
「……次の依頼まで時間がある。それだけだ」
そのまま酒場を出ていった。
ミネルバはエールを一口飲んで、静かに考え込んだ。
* * *
【ミネルバ視点・翌日】
廃墟に来たミネルバは、いつも通りネルに状況を報告した。
「クロウという男を知っているか? 俺の昔からの仲間だ」
首を横に振る。
「そうか。……ザガンが本格的に動くかもしれない。精鋭を三人、廃墟の方角に向かわせているとの情報だ」
――(三人……。やっぱり次は無理だ)
ネルは廃墟の奥の方をちらりと見た。
「……お前が何かを考えているのはわかる」ミネルバが静かに言った。「ただ……一人で抱え込むな。俺がいる。そしてクロウも動いてくれる」
――(クロウ……。ミネルバが信頼している人物なら……)
ネルは少し考えてから、頷いた。
「……よし」ミネルバが立ち上がった。「次に来たときは、クロウも一緒に連れてくる。いいか?」
頷く。
「……ネル」ミネルバが珍しく、ネルの目をまっすぐ見た。「お前は一人じゃない。忘れるな」
――(……わかってる。でも……ありがとう、ミネルバ)
アウラが窓際でこちらを見ていた。その表情が、いつより少し……穏やかに見えた。
廃墟の外で、夕暮れの風が木々を揺らしていた。
平穏を望む道化師の人形は、初めて……自分以外の誰かを、信じようとしていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。「金はいらない。ただ、一度会わせろ」……クロウはどう動くつもりなのか...気になりますね?