廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい 作:糸守ものち
【ウェイブ視点】
今日こそ、ちゃんと話しかけよう。
ウェイブは廃墟の前に立ちながら、そう心に決めた。前回は名前を教えてもらった……でもそれだけだ。もっと話したい!もっと知りたい!
――(ふぅん。俺ほどの騎士がこんなに緊張するとは珍しい。でも、これは緊張じゃない。作戦を練っているだけだ)
「……入っていいか?」
廊下の奥から、扉がゆっくりと開いた。
――(よし! 今日も許可をもらえた!)
ウェイブが廃墟に入ろうとした……そのとき。
後ろから足音が聞こえた。
「……邪魔だ」
振り返ると、黒髪の男が立っていた。黒いローブ……いや、軽い皮鎧か。短剣を腰に下げた、目つきの鋭い男だ。
「……な、誰だ!?」
「通してくれ」
「通す? ここは俺が先に来ていたんだが! ふぅん!」
「……関係ない」
男はウェイブを軽く押しのけて、廃墟の中へ入っていった。
――(押しのけた!? 今、押しのけたぞ!?)
「こ、こいつ……! ふぅん! ふぅん!!」
* * *
【ネル視点】
ミネルバと一緒に、黒髪の男が廃墟に入ってきた。
――(これが……クロウ?)
男はボクを見て、しばらく無言で観察した。情報屋らしい目だ。値踏みするような、でも感情のない視線。
「……なるほど」
それだけ言った。
――(なるほど、って何が?)
ミネルバが口を開いた。
「ネル。こいつがクロウだ。昨日話した」
頷く。
「クロウ。こいつがネルだ」
「……ああ」クロウが短く答えた。「道化師の人形……か。なるほど」
――(また「なるほど」だ……何がなるほどなんだ)
クロウがボクの周りをゆっくりと歩いた。観察している。人形としてのボクを、情報屋の目で確認している。
「……魔物じゃない」クロウが静かに言った。「でも人間でもない。廃墟に住んでいて、魔物も近づかない。……ミネルバが庇う理由がわかった」
ミネルバが少し目を細めた。
「……それだけでわかるのか」
「情報屋だからな」クロウが短く答えた。それ以上は何も言わなかった。
そのとき。
「ネル! 失礼するぞ!!」
廃墟の入り口から、白と青の鎧の騎士が飛び込んできた。
――(ウェイブ……!?)
「ネル! 俺だ、ウェイブだ! また来た! ふぅん↑」
ウェイブがクロウを見た。クロウがウェイブを見た。
沈黙。
「それでお前はいったい誰なんだ? どんな理由でここにいる!!」
「……通りすがりだ」
「通りすがり!? こんな廃墟に通りすがりで来るやつがいるか!!」
「……いる」
「ふぅん!!」
――(ウェイブとクロウが……なんか火花を散らしている)
ミネルバがため息をついた。
「……ウェイブ。こいつは俺の仲間だ。問題ない」
「仲間!?」ウェイブがミネルバを見た。それからクロウを見た。それからボクを見た。「……ミネルバの仲間が、なんでここに……?」
「ネルに会いに来た」クロウが短く言った。
ウェイブが固まった。
「…………ネルに?」
「ああ」
「…………」
――(ウェイブの顔色が変わった……)
「ふ、ふぅん!!」ウェイブが急に背筋を伸ばした。「そ、そうか! ネルに会いに来たのか! ふぅん!! 俺も同じだ!!」
――(同じ、って……)
「……騎士が、なぜここにいる」クロウが無表情で言った。
「そ、それはっ……個人的な視察だ!! ふぅん!」
「……そうか」
ミネルバが額に手を当てた。
「……静かにしろ、二人とも」
* * *
【ウェイブ視点】
――(まずい……ライバルが現れてしまった!)
ウェイブはクロウを横目で見ながら、必死に考えた。
あの男……なんだ? 目つきが鋭い、短剣を何本も持っているし……ミネルバの仲間らしい。そして「ネルに会いに来た」と言った。
――(ネルに会いに来た……それはつまり……)
ウェイブは胸の前で腕を組んだ。
――(俺と同じ気持ちがあるということでは!? ふぅん!!)
完全な誤解だった。
「……何を考えている」クロウが静かに言った。
「な、なんでもない! ふぅん!」
「……顔に出ている」
「出てない!!」
ミネルバがもう一度ため息をついた。
ネルは廃墟の中央で、固定された笑みのまま、この騒動を眺めていた。
――(……平穏はどこへ)
アウラが静かにボクの隣に立った。白い瞳がこちらを向いている。その表情が、いつもより少し……楽しそうに見えた気がした。
――(アウラ、お前まで……)
廃墟の外で、夕暮れの風が木々を揺らしていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。「まずい……ライバルが現れてしまった!」……ウェイブの誤解、笑っていただけましたか?