廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい 作:糸守ものち
【レイニー視点】
辺境の村は、思ったより小さかった。
レイニー・ブラッドフォートは村の入り口に立ちながら、周囲を一瞥した。石造りの家が数十軒。小さな広場。井戸。畑。王都からは馬で半日ほどの距離だが、ここには王都の喧騒など欠片もない。
――(のどかなのよ……でも、今日は仕事なんだから。)
レイニーは近衛兵の青い鎧の胸を軽く叩いて、村の中へ入った。
最初に声をかけた老人は、レイニーの鎧を見て目を丸くした。
「な、近衛兵様……?」
「そうですわ。女王陛下の近衛、レイニー・ブラッドフォートですの」レイニーが腰に手を当てた。「この辺りの廃墟について聞きたいことがあるんですけど、よろしいかしら?」
「は、はあ……もちろんでございます」
「じゃあ聞くわよ」
老人がこくこくと頷いた。
「あの廃墟……最近、何か変わったことはあった?」
「変わったこと……そうですね……」老人が少し考えた。「白い娘が住んでいると噂になっていますが……それくらいで」
「白い娘ね」レイニーが眉を寄せた。「その娘について、もっと詳しく」
「詳しくはわからないのですが……村の子どもたちが何度か廃墟に行ったとかで……でも危険なことは何もなかったようで……」
「子どもたちが廃墟に……?」
「ええ。ロイドという子が特に仲良くしているようで……ただ、その娘とは話せないようで……声が出ないとか」
「声が出ない……」
レイニーは少し黙った。
――(声が出ない……何か事情があるのね)
もう一つ引っかかることがあった。
「Bランクの冒険者が出入りしているという話も聞いたけど……知ってる?」
「ああ、ミネルバさんですね」老人が頷いた。「あの方は頼りになる方で……廃墟の様子を見てくれているようですが、詳しいことは……」
「ミネルバ……」
聞いたことのある名前だ。Bランク上位の冒険者。セレシア女王への報告書にも名前が出ていた。
――(ただの廃墟じゃないのよ……確かに)
* * *
村の中をゆっくり歩きながら、レイニーは別の家の前で立ち止まった。
洗濯物を干していた中年の女性が、レイニーを見て驚いた顔をした。
「あら……近衛兵様?」
「少し聞いていいですの?」レイニーが声をかけた。「近くの廃墟の話なのだけど……」
「ああ……廃墟ねえ」女性が少し顔を曇らせた。「最近、なんか怖いって言う人も出てきて……」
「怖い?」
「夜中に森の方に人が出入りしているとか……なんか、魔法師団の人が来てたとか……うちの旦那が見たって言ってて」
「魔法師団……」
――(やっぱりザガンが動いているのよ)
「その人たち、どんな格好だった?」
「黒いローブ……だったって。夜中に、こそこそっと……」女性が少し身震いした。「なんか怖いですよね、近衛兵様……」
「……あなたたちは安心していいのよ。わたくし様が調べますから。」
「は、はあ……よろしくお願いします」
女性が頭を下げた。レイニーは頷いて、歩き出した。
* * *
村を一通り歩いて情報を集めたレイニーは、村の外れで立ち止まった。
遠くに、森が見える。その奥に、廃墟があるはずだ。
――(白い娘。声が出ない。Bランク冒険者が庇っている。夜中に黒いローブが出入りしている)
情報を整理すると、一つの絵が見えてくる。
――(ザガンはあの廃墟の何かに目をつけている。そして……女王陛下もあの廃墟を気にし始めている)
レイニーは腕を組んだ。
「……直接、見に行くしかないのよ」
独り言が、風に溶けた。
森の向こうの廃墟は、今日も静かに、そこにあった。
* * *
【ネル視点・同刻】
廃墟は今日も……やや騒がしかった。
「クロウ! 俺のことをライバルだと思ってるか!?」
「……思っていない」
「正直に言え!!」
「……思っていない」
「ふぅん!! その落ち着きが怪しいんだ!!」
ミネルバがジョッキを置いた。
「……うるさい」
――(……今日も平穏じゃない)
アウラが窓の外を見ていた。その方向には、村がある。
――(……何かいる?)
ボクはアウラの視界で周辺を確認したが、特に異常はなかった。
ただ、なんとなく……遠くの方に、誰かの気配を感じた気がした。
――(気のせい……か)
廃墟の外で、夕暮れの風が木々を揺らしていた。
平穏を望む道化師の人形は、まだ知らない。
「女王の剣」が、すぐそこまで来ていることを。
最後まで読んでいただきありがとうございます。「女王の剣」がすぐそこまで……次回をお楽しみに。