廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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二十六話目です。ついに「女王の剣」が廃墟へ来ます。


一章 第二十六話「女王の剣、廃墟へ」

 

 

【レイニー視点・前夜】

 

 村の宿は、思ったより清潔だった。

 

 レイニーは小さな机の前に座って、羽根ペンを走らせた。セレシア女王への報告書だ。

 

「辺境の廃墟について、現地聴取を完了しました。明朝、直接確認に向かいます。白い娘の存在、Bランク冒険者の関与、魔法師団の暗躍、いずれも事実と思われます。ご報告まで」

 

 短く、簡潔に。余計なことは書かない。女王はわかってくれる。

 

 レイニーは羽根ペンを置いて、ため息をついた。

 

――(夜に廃墟に乗り込むのは悪手なのよ。明朝が正解だわ)

 

 準備は整っている。装備の確認も終わった。あとは眠るだけだ。

 

――(明日、何がいるのか……わたくし様の目で確かめてやるのよ)

 

 窓の外に、満天の星が広がっていた。

 

 

   *   *   *

 

 

【ネル視点・翌朝】

 

 朝が来た。

 

 今日は穏やかな朝だ。アウラが窓際の花に水をやっている。ミネルバが廃墟の入り口近くに座って、依頼の書類を眺めている。

 

――(平和だ……)

 

 ボクは廃墟の奥をちらりと見た。素体がある方向だ。

 

――(もう少し……もう少し、だ)

 

 そのとき。

 

 アウラが窓の外を向いた。

 

――(……?)

 

 ボクはアウラの視界で外を確認した。

 

 森の方から、一人の人物が近づいてくる。金髪。青い鎧。迷いのない足取り。

 

――(あれは……!)

 

 ミネルバが書類から顔を上げた。気配を感じたのだろう。ゆっくりと立ち上がり、斧に手をかけた。

 

「……来たか」

 

 静かな一言だった。

 

 

   *   *   *

 

 

【レイニー視点】

 

 廃墟は……思ったより、静かだった。

 

 森を抜けると、石造りの廃墟が見えた。崩れた屋根。苔の生えた壁。蔦が絡みつく窓枠。確かに人の気配がある。でも魔物の気配はない。

 

 入り口の前に、大柄な女が立っていた。

 

 短い赤い髪。大きな斧。話に出ていたBランク冒険者——ミネルバだ。

 

「……止まれ」

 

 レイニーが足を止めた。

 

「女王陛下の近衛、レイニー・ブラッドフォートですわ。調査のために来たのだけど……通してもらえるかしら?」

 

「……断る」

 

 ミネルバが静かに言った。

 

 レイニーが少し目を細めた。

 

「あら」レイニーが眉を上げた。「女王の命を受けた者の調査を、妨害するつもり?」

 

 ミネルバが斧を肩に担ぎ直した。

 

「女王の命なら、正式な書状があるはずだ。どこにある?」

 

「……それは」

 

「個人的な調査だろう」ミネルバが腕を組んだ。「書状なしでここに踏み込む権限は、近衛兵にもない」

 

 レイニーが少し黙った。

 

――(……なるほど。Bランクの冒険者、侮れないのよ)

 

「……なかなか言うじゃないの」

 

「お前もな」

 

 二人が向き合った。

 

 沈黙。

 

 その瞬間、廃墟の空気が変わった。

 

 見えない何かが、廃墟全体を包んだ。重い、圧迫するような何か。二人の体から滲み出る魔力が、空気を震わせる。廃墟の入り口の石畳の砂が、微かに揺れた。

 

――(な……なんだ、この圧は……!)

 

 ボクは廃墟の中央で固まっていた。

 

――(ミネルバの魔力が……こんなに膨らんでいる……! でもあの金髪の女も……!)

 

 紫の糸が、ビリビリと震えた。ボクが動かしたわけじゃない。二人の魔力に、糸が反応していた。

 

――(どちらも……人間とはとても思えない……)

 

 数秒が、永遠のように長く感じた。

 

 それから——同時に、二人が魔力を引いた。

 

「……お互い、本気を出す相手じゃないわよね」

 

「ああ、そうだな」

 

 ミネルバが斧から手を離した。レイニーが小さく息を吐いた。

 

「……話だけなら聞いてやる」ミネルバが言った。

 

「それで十分ですわ」

 

 レイニーが廃墟の中へ入ってきた。

 

 

   *   *   *

 

 

【ネル視点】

 

 レイニーがボクを見た。

 

 値踏みするような視線。でも……「確認」をしている目だ。

 

「……なるほど」レイニーが静かに言った。「これが、廃墟の主ということね」

 

――(「なるほど」……クロウと同じだ。情報を持っている人間は皆そう言う)

 

「……人形?」

 

「人形だ」ミネルバが短く答えた。「声は出ない。でも……ちゃんと考えている」

 

 レイニーがしばらく無言でボクを観察した。

 

「敵意はないのよ」レイニーが言った。「ただ……信用もしないわ。まだね」

 

――(はっきり言いますね……)

 

「女王陛下はこの廃墟に関心を持っている。わたくし様はその調査に来た。それだけよ」

 

「……女王が、ネルを」ミネルバが目を細めた。

 

「直接どうこうするつもりはないわ」レイニーが続けた。「ただ……ザガンが動いているのは事実。わたくし様が先に状況を把握しておく必要があるのよ」

 

――(ザガンより先に……か)

 

「一つだけ聞かせてもらえるかしら」レイニーがボクに向かって言った。「ここから出るつもりはある?」

 

 ボクは少し考えた。

 

 首を横に振った。

 

「……そう」レイニーが静かに頷いた。「わかったわ」

 

 それ以上は聞かなかった。

 

 レイニーが廃墟の入り口に向かいながら、振り返った。

 

「また来るわよ。それだけ覚えておきなさい」

 

 そのまま、廃墟を出ていった。

 

 しばらくの沈黙。

 

「……ミネルバ」ボクは指で宙に文字を書いた。「あれは……何者?」

 

「……レイニー。女王直属の近衛兵だ」ミネルバが静かに言った。「本物の強さだぞ。俺と対等か……少し上かもしれない」

 

――(ミネルバと対等……それ以上……)

 

「……敵かどうかか?」

 

「今は、違う」ミネルバが腕を組んだ。「でも……味方でもない」

 

――(敵でも味方でもない、か……)

 

 アウラが静かにボクの隣に立った。白い瞳がこちらを向いている。

 

 廃墟の外で、朝の光が木々の隙間から差し込んでいた。

 

 平穏を望む道化師の人形は、また新しい「何か」と向き合っていた。

 

――(あんな力を持つ人たちが……廃墟に押し寄せてくる)

――(ボクの紫の糸じゃ、太刀打ちできない)

――(……素体を、急がなければ)

 

 女王の勢力が、廃墟を知った。

 

 それが何を意味するのか……まだ、誰にもわからなかった。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。「敵でも味方でもない」……レイニーとの関係はどうなるのでしょうね?
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