廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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二十七話目です。廃墟に、予想外の来客がやってきます。


一章 第二十七話「微笑む魔法師団長」

 

 

【ザガン視点・前日】

 

 準備は整った。

 

 ザガン・クロイスは執務室の窓から夜の王都を見下ろしながら、静かにそう確認した。

 

 廃墟の白い娘……あれが不老不死の最後の鍵になるかもしれない。ロッシュの報告。夜に送り込んだ者たちの報告。どれも「普通ではない何か」という結論に行き着く。

 

 ただし、力で奪おうとすれば失敗する。Bランク冒険者が庇っている。レイニーも動いている。今の状況で強引に動けば、全てが崩れる。

 

――(時間をかけるしかない……くひひ)

 

 笑いが漏れかけて、ザガンはそれを飲み込んだ。

 

――(いけない。明日は……笑ってはいけない)

 

 明日は一人で廃墟を訪問する。何者かを確かめるために。

 

――(何があるのか……直接見てみましょう。くひひ……いけない)

 

 また笑いが漏れた。

 

 ザガンは深呼吸をした。

 

「……笑わない。笑わない。大丈夫です」

 

 独り言を繰り返しながら、ザガンは就寝の準備を始めた。

 

 

   *   *   *

 

 

【ネル視点・翌日】

 

 その日の午後、廃墟に見慣れない気配が近づいてきた。

 

 アウラの視界で確認する。一人だ。黒いローブ。痩せた体型。でも魔物ではない。人間だ。

 

――(誰だ?)

 

 ミネルバは今日も依頼に出ている。クロウもいない。ウェイブは……まだ来ていない。廃墟にはボクとアウラだけだ。

 

――(どうする……?)

 

 近づいてくる気配は、ゆっくりとしていた。急いでいない。威圧的でもない。

 

 廃墟の入り口の前で、その人物が立ち止まった。

 

「……ごめんください」

 

 穏やかな声だった。

 

 ボクは警戒しながら、アウラを窓際に立たせた。

 

「あ……いらっしゃいますね」男が静かに言った。「驚かせてしまいましたか? 突然お邪魔して、申し訳ありません」

 

「私はザガンと申します。蒼雷魔法師団の者です。少しだけ……お話できますでしょうか」

 

――(魔法師団……!)

 

 ボクは迷った。でも追い払う理由も今はない。ボクはアウラに扉を少し開けさせた。

 

 ザガンが静かに廃墟の中に入ってきた。

 

 ボクは緊張した。ミネルバからザガンという名前は聞いていた。でも……目の前の男は、想像と随分違った。穏やかで、声が優しい。

 

「怖がらせるつもりはありません」ザガンが続けた。「ただ……以前から、この廃墟の周辺で不思議な物質が採取できるという報告を受けていまして」

 

 ザガンが懐から小さな袋を取り出した。

 

「これを、ご存知ですか?」

 

 袋の中身は、黒紫色の結晶だった。

 

「廃墟へ向かう道中の森で採取したものです。初めて見る物質で……研究者として大変興味深いのです」

 

――(……!)

 

 ボクは息を呑んだ。出ない息だが。

 

 その結晶は……ボクの魔力と同じ色をしていた。魔力を使った後に、たまに廃墟の周辺で結晶が落ちていることがある。でも自分ではあまり回収できていなかった……ずっと素材として欲しいと思っていたものだ。

 

 ザガンが静かに微笑んだ。

 

「もしよければ、お渡しします。お役に立てれば」

 

――(え……)

 

「見返りは結構です。ただ……また来てもよいでしょうか。あなたのことを……もう少し知りたいのです。研究者として、純粋な興味で」

 

 ボクはしばらく固まっていた。

 

 この男は……ミネルバが警戒しているザガンだ。

 

 ミネルバの警告が頭の中で響いた。「ザガンは本気だ」「直接動くつもりだ」と。

 

 でも今目の前にいる人物は、そんな不気味さを感じさせない。丁寧で穏やかで、笑顔が優しい。

 

――(いや……警戒すべきだ)

――(でも……結晶は本当に欲しい)

――(一度だけ……一度だけなら)

 

 黒紫色の結晶が欲しかった。ずっと欲しかった。

 

 ボクはゆっくりと、頷いた。

 

 ザガンが静かに袋を廃墟の入り口に置いた。

 

「ありがとうございます。では……また来させていただきます」

 

 ザガンが静かに頭を下げて、踵を返した。

 

 その背中を見ながら、ボクは複雑な気持ちでいた。

 

――(……いい人なのか?)

 

 アウラがボクの隣に立った。白い瞳がこちらを向いている。その表情は……いつもより少し、固く見えた気がした。

 

――(アウラ……お前は、どう思う?)

 

 アウラは何も言わなかった。

 

 

   *   *   *

 

 

【ザガン視点】

 

 廃墟から少し離れた森の中で、ザガンは立ち止まった。

 

 周囲に誰もいないことを確認してから、静かに笑った。

 

「……くひひ」

 

 笑いが止まらなかった。

 

「くひひひひ……見つけた。本当に、見つけましたよ」

 

 あの人形の目。警戒しながらも、結晶を見た瞬間に揺れた瞳。欲しかったものを差し出されたときの、あの反応。

 

――(あなたこそ……不老不死の最後の材料だ。間違いない。くひひ……)

 

 ザガンは空を見上げた。

 

「じっくりと……信頼を積み重ねましょう。焦る必要はない」

 

 木々の間から、廃墟の屋根がわずかに見えた。

 

「くひひ……楽しみですよ……廃墟の主」

 

 森の奥で、ザガンの笑い声が静かに響いた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。……ザガンの本性...これからどうなるのでしょうね?
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