廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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二話目です。いよいよある人物が登場します。


序章 第二話「白い少女と、豪快な女戦士」

 

 ロイドを村まで送り届けたのは、日が傾きかけた頃だった。

 

 もちろんボクが直接連れて行ったわけではない。それをやったら確実に村人に発見されて討伐案件になる。ボクは森の途中まで先導して、あとは「ここから先は自分で行け」と身振りで示した。

 

 ロイドはあっさり頷いた。

 

「わかった!またね、ネル!」

 

――(またね、じゃないよ。来ないでほしいんだけど……)

 

 手を振りながら走り去っていくロイドの背中を見送りながら、ボクは複雑な気持ちだった。あの子は絶対にまた来る。あの好奇心の塊みたいな目をしていれば、来ないわけがない。

 

――(平穏……平穏はどこへ……)

 

 とぼとぼと廃墟へ戻りながら、ボクは今日一日を振り返った。素材はひとつも採れなかった。ロイドの対応に追われて、すっかり忘れていたのだ。

 

――(明日また出直すか……はあ)

 

 廃墟に戻ると、アウラがちょうど帰ってくるところだった。両手に麻袋を抱えて、ぎこちない足取りで歩いてくる。袋の中には掃除道具一式と、いくつかの食料品が入っているはずだ。

 

――(食料品は、まあ……いちおう用意しておかないといけないしね。訪問者がいつ来るかわからないし)

 

 ボクは食事をしない。人形だから当然だ。でも人間が来たときのために、最低限のものは揃えておいた方がいいと判断していた。今日がその好例だった。

 

「……ただいま、戻りました」

 

 アウラが廃墟の入り口でぺこりと頭を下げる。消え入りそうな声で、おずおずと。

 

――(おかえり。何か変わったことはあった?)

 

 ボクはそう問いかけながら、アウラの視界の記憶を辿った。街での出来事をリアルタイムで把握しているとはいえ、ボクが廃墟の外に出ている間は意識が分散して、細部まで追いきれていなかった。

 

「……あの、街で、少し……騒ぎに、なりかけました……」

 

 アウラが視線を落とす。

 

――(騒ぎ?)

 

 ボクは記憶を掘り起こした。アウラの視界の断片が、頭の中で繋ぎ合わさっていく。

 

 

   *   *   *

 

 

 少し時間を遡る。

 

 アウラが街の広場を歩いていたのは、昼過ぎのことだった。

 

 ベルンハルト王国の辺境にある小さな町、その市場通りは昼時の賑わいを見せていた。野菜売りの声、鍛冶屋の槌音、子どもたちの笑い声。アウラはそんな人混みの中を、俯き加減でぎこちなく歩いていた。

 

 白い髪、白い肌、白い瞳。

 

 どこからどう見ても、この街には馴染まない容姿だ。道行く人々がちらちらと視線を向けてくるが、アウラは気にした様子もなく……いや、正確には「気にする」という感情自体がない。ただボクの指示通りに、目当ての店を目指して歩いているだけだ。

 

 問題は、市場の一角で起きた。

 

「おいそこの娘、ちょっと待ちな」

 

 太った商人風の男が、アウラの行く手を塞いだ。脂ぎった顔に、値踏みするような目。その後ろには取り巻きらしい男が二人。

 

「その白い髪、珍しいな。どこの出身だ? 一人で歩いてるのか?」

 

 アウラは立ち止まった。男を見る。ボクはアウラに答えさせるべきかどうか一瞬迷って、最低限の返答を指示した。

 

「……はい、一人です」

 

「へえ。保護者もいないのか。それじゃあ、ちょっとうちで話でも――」

 

「あァ? なんの話をしてんだ、そこ」

 

 割り込んできた声は、低くて、よく通る声だった。

 

 商人が振り返る。ボクも、アウラの視界でその人物を確認した。

 

 女だった。

 

 背が高い。肩幅が広い。短く切り揃えた赤髪。腰には大きな斧を提げていて、その体格は並の男をも圧倒するような迫力がある。へそ出しの軽装に、鍛え上げられた浅黒い……いや、引き締まった肌。胸元は豊かで、全体的に凄まじいまでの「存在感」があった。

 

「冒険者か……」商人が顔色を変える。「な、なんだ、関係ないだろう?」

 

「関係あるかどうかは俺が決める」

 

 女はずかずかと歩み寄り、商人と取り巻きをまとめて一瞥した。その目には、取り立てて怒りの色があるわけではない。ただ、静かな圧がある。

 

「その娘に何か用か?」

 

「い、いや……その、知り合いかと思って……」

 

「そうか。じゃあ用がないなら失せろ」

 

 商人は何か言いかけたが、女の目を見て口を閉じた。それから取り巻きを引き連れて、足早に立ち去っていった。

 

 女はその背中を見送って、それからアウラに向き直った。

 

「怪我はないか?」

 

「……あの、大丈夫、です……ありがとう、ございます……」

 

 アウラが頭を下げる。女は少し眉を上げて、アウラの顔をまじまじと見た。

 

「……白いな、お前」

 

「……はい」

 

「一人で街に来てるのか? 保護者は?」

 

 ボクは少し考えた。アウラにどう答えさせるか。

 

「……います。ただ、今日は……一人で、来ました」

 

「ふうん」

 

 女はアウラを上から下まで眺めて、それから何かを見た。

 

 ほんの一瞬、その目が細くなった。

 

――(……あれ?)

 

 ボクは違和感を覚えた。女の視線が、アウラの体のある一点で止まったように見えた。アウラの肩のあたり。いや、もう少し上か。

 

――(何かが見えた……?)

 

 女はすぐに普通の表情に戻った。アウラの顔を見て、少し困ったように頭を掻く。

 

「まあ、とりあえず無事ならいい。こんな街でも、一人で歩く時は気をつけろよ」

 

「……はい。ありがとう、ございます……」

 

「おう」

 

 女はそれだけ言って、踵を返した。人混みの中に消えていく、その大きな背中を、アウラはしばらく見送っていた。

 

 

   *   *   *

 

 

「……という、ことが、ありました」

 

 アウラの報告を聞きながら、ボクは考え込んでいた。

 

――(女の冒険者か……)

 

 助けてくれたことはありがたい。でも問題は、その後だ。あの一瞬、女の目が細くなった瞬間。アウラの体のある一点を見た、あの表情。

 

――(もしかして……糸が、見えた?)

 

 ボクの魔力糸は、普通の人間には見えない。でも「一部の強者」には見えると、アウラの情報収集で知っていた。もしあの女がそういう「強者」だとしたら――

 

――(まずい。かなりまずい)

 

――(でも……討伐しに来なかった。それは、なぜ?)

 

 ボクはしばらく悩んだ。結論は出なかった。

 

 ただひとつだけ確かなのは、あの女はただの冒険者ではないということだ。あの圧。あの目。そして糸が見える可能性。

 

――(関わらないのが一番なんだけど……でも、アウラが街に出る限り、また会う可能性はある……)

 

 ボクは深く、深く考えた。

 

 しかし結論が出る前に、アウラがおずおずと口を開いた。

 

「……あの、ネル様」

 

――(なに?)

 

「……その方の名前を、聞いてしまいました……」

 

――(え)

 

「……ミネルバ、と……おっしゃっていました。周りの方が、そう呼んでいたので……」

 

 ボクは固まった。

 

――(ミネルバ……)

 

 その名前を、頭の中で繰り返す。

 

 問題の女冒険者に名前がついた。それはつまり、この先も関わり合いになる可能性が、ぐっと上がったということでもある。

 

――(平穏……ボクの平穏は……)

 

 廃墟の外で、夜風が吹いた。

 

 崩れた屋根の隙間から、星が見えた。

 

 ボクは静かに、今夜も廃墟の中央に鎮座する。動かない笑みを浮かべたまま。

 

 平穏を望む道化師の人形は、まだ知らない。

 

 あの豪快な女戦士が、ほんの数日後に、この廃墟の扉を叩くことになるのだと。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。次話ではいよいよ廃墟に……?
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