廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

31 / 31
二十九話目です。女王の剣が、ザガンの闇に気付きます...


一章 第二十九話「女王の剣は、禁忌を見た」

 

 

【レイニー視点】

 

 ザガンの執務室に忍び込むのは、思ったより簡単だった。

 

 レイニーは部屋の中を静かに見渡した。整然とした書棚。羊皮紙の山。大量の薬品瓶。魔法陣の設計図。研究者の部屋らしい、几帳面な配置だ。

 

――(どこかしら……)

 

 レイニーは慎重に書棚の資料を確認し始めた。表向きの研究資料。魔法理論の論文。蒼雷魔法師団の報告書……どれも普通だ。

 

 でも。

 

 書棚の奥、一番目立たない場所に……鍵のかかった小さな引き出しがあった。

 

――(これは……)

 

 レイニーは短剣の柄で鍵を静かに外した。中には、厳重に封をされた資料が入っていた。

 

 封を解いて読み始めた瞬間、レイニーの表情が変わった。

 

「……これは!?」

 

 資料の表紙には、こう書かれていた。

 

『不老不死の研究——材料と儀式について』

 

――(禁忌の儀式……!)

 

 レイニーは急いで資料を読み進めた。ページをめくるたびに、背筋が冷えていった。

 

 そこには……人体実験の記録があった。魔力の強制抽出。意識のある被験体から魔力の結晶を採取する方法。そして……「最後の材料」について。

 

『最後の材料には、この世界の理から外れた特異な魔力を持つ存在が必要である。その魔力は通常の魔法理論では説明できず、過去の文献に記録された「転生者」の魔力に近い性質を示す。現時点での候補は一体』

 

――(転生者……そんなものが本当にいるというのかしら?)

 

 レイニーはページを進めた。

 

『候補の確認は完了。接触を開始する』

 

 日付は……つい最近だ。

 

――(まずいのよ……これは本当にまずい……!)

 

 レイニーは資料をもとの場所に戻した。封もできる限り元通りに。ザガンに気づかれるわけにはいかない。

 

 部屋を出る前に、もう一度だけ部屋を見渡した。

 

――(ザガン……お前はいったい、何をしようとしているのよ?)

 

 廊下に出たレイニーは、足早に歩き出した。

 

 セレシア女王に報告しなければならない。今すぐ。

 

 

   *   *   *

 

 

【ザガン視点・同刻】

 

 ザガンは廃墟への二度目の訪問から帰る道を歩きながら、静かに考えていた。

 

 今日も「くひひ」を封印した。今日も穏やかに振る舞った。あの人形の警戒は、前回よりも少し強くなっていた。Bランク冒険者に報告したのだろう。予想通りだ。

 

――(でも……それでいい。くひひ)

 

 結晶への執着は消えていない。それどころか、強くなっているはずだ。警戒と欲望が同居している状態——それが最も扱いやすい。

 

 ザガンは空を見上げた。

 

――(もう少し……もう少しだけ時間があれば)

 

 ザガンが執務室に戻った瞬間、足が止まった。

 

 部屋の空気が……わずかに違う。書棚の一冊が、ほんの少しだけずれている。薬品瓶の位置が、出かける前とわずかに違う。

 

 几帳面な研究者の目は、その小さなずれを見逃さなかった。

 

――(……まさか)

 

 ザガンの目が細くなった。

 

 引き出しを確認した。封は……元に戻されていた。でも、封の跡がわずかに違う。

 

「……急ぐ必要が、出てきましたね。くひひ」

 

 足が、自然と速くなった。

 

 

   *   *   *

 

 

【レイニー視点・女王の間】

 

 セレシア女王は、レイニーの報告を静かに聞いていた。

 

 広い玉座の間。青と白を基調とした荘厳な装飾。その中央に、威風堂々と玉座に座る女性——金髪の長い髪、水色の瞳、白と青の豪華なドレス。手には水色の宝石が付いた長い杖。

 

 部屋の空気は、どこか冷たかった。氷魔法使いとしての気配が、静かに漂っている。

 

 鋭い目でレイニーを見ている……報告が進むにつれて、その目が少しずつ険しくなっていった。

 

「……禁忌の儀式」

 

「はい」レイニーが頷いた。「人体実験の記録もありました。そして……最後の材料の候補が、すでに特定されているようです」

 

「候補は?」

 

「……辺境の廃墟に関係する存在だと思われます」

 

 セレシアが静かに目を閉じた。しばらくの沈黙。

 

「レイニー」

 

「はい」

 

「マグナスを呼びなさい。ザガンを捕縛します」

 

「……よろしいのですか? 証拠は資料だけで——」

 

「十分です」セレシアが静かに言った。「禁忌の研究、人体実験の記録……それだけで十分すぎます。王国の魔法師団長がそれを行っていた——これ以上の証拠が必要ですか?」

 

「……いいえ」

 

「急ぎなさい。あの男は賢い……すでに気づいている可能性もあるのですから……」

 

 レイニーが頷いて、部屋を出た。

 

 廊下を歩きながら、レイニーは思った。

 

――(間に合うかしら……)

 

 夜の王都に、緊張が走り始めていた。

 

 

   *   *   *

 

 

【ネル視点・同刻】

 

 廃墟は今夜も静かだった。

 

 ミネルバが帰り支度を始めている。アウラが窓の外をぼんやりと見ている。ボクは廃墟の中央で、静かに素体のことを考えていた。

 

――(もう少し……もう少しだ)

 

 アウラが窓から離れた。白い瞳がこちらを向いている。

 

 誰も知らない。

 

 夜の王都で、何かが動き始めていることを。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

エリーゼンスの憂鬱(作者:パンデユデユデユ郎)(オリジナルファンタジー/コメディ)

エリーゼンスは元おっさんの灰髪ロリっ娘魔女である。


総合評価:1150/評価:8.06/連載:4話/更新日時:2026年02月10日(火) 15:24 小説情報

適当極まりないおっさんでも、TS転生すれば少しはマシになるって本当ですか?(作者:ソナラ)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

適当に生きてきたおっさんは、気がつけば異世界で美少女のアシェットに転生していた。▼容姿は整っていて、よくあるチートも持っている。▼しかし中身は結局おっさん。適当に日々を何事もなく過ごせればそれでよかった。▼だけど少しはマシな生活をするために、アシェットは力を使うと決めた。▼これはただの”適当”なおっさんだったアシェットが、異世界で”適当”な生き方を見つけるお…


総合評価:2973/評価:8.81/連載:10話/更新日時:2026年01月23日(金) 12:05 小説情報

最強の黒騎士の中身がTS少女だと気づかれてはいけない理由 (作者:でかそう)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

辺境の地で現れる最強の黒騎士。▼街行く人々から畏怖される黒騎士の正体は、異世界から転生してしまった俺であった。▼更にひょんなことで女体化してしまった俺は、周りの目を盗んでは黒騎士に変身して日夜人々を守っているのだが、どうやっても黒騎士の評価が良くなる事は無い。▼それ所か益々周りの人間から嫌われてしまう黒騎士。▼何故ここまで嫌われているのか!?▼このままじゃ黒…


総合評価:1616/評価:7.14/連載:153話/更新日時:2026年05月30日(土) 21:12 小説情報

TSエルフさんは、ただ『推し』の等身大ドールを作りたいだけ(作者:匿名希望)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

TSエルフ「暇潰しに前世での推し達の等身大ドール作ります」周り「禁術で人間を人形にするヤバい奴だ……」「過去に縛られた可哀想な子……」▼概ねこんな感じのお話。推し活をしているだけのTSエルフに転生した主人公が、周囲の人達に勘違いさせたり、曇らせたりします。▼


総合評価:638/評価:7.56/連載:5話/更新日時:2026年05月30日(土) 21:35 小説情報

TS女神の体が万能薬なので気持ちよく配ってたらなぜか周りが全員泣いてる(作者:なほやん)(オリジナルファンタジー/コメディ)

前世は取り柄のない男だった。目が覚めたら異世界で女神になっていた。▼体が万能薬らしい。切って食べさせれば難病が治る。しかも再生するし、皆に感謝される。▼——なのに、なぜかみんな泣いている。▼---▼ハーメルン匿名杯2で5位をいただきました。▼応援してくださった皆様、ありがとうございました!▼


総合評価:3217/評価:8.25/完結:20話/更新日時:2026年03月22日(日) 19:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>