廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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二十九話目です。女王の剣が、ザガンの闇に気付きます...


一章 第二十九話「女王の剣は、禁忌を見た」

 

 

【レイニー視点】

 

 ザガンの執務室に忍び込むのは、思ったより簡単だった。

 

 レイニーは部屋の中を静かに見渡した。整然とした書棚。羊皮紙の山。大量の薬品瓶。魔法陣の設計図。研究者の部屋らしい、几帳面な配置だ。

 

――(どこかしら……)

 

 レイニーは慎重に書棚の資料を確認し始めた。表向きの研究資料。魔法理論の論文。蒼雷魔法師団の報告書……どれも普通だ。

 

 でも。

 

 書棚の奥、一番目立たない場所に……鍵のかかった小さな引き出しがあった。

 

――(これは……)

 

 レイニーは短剣の柄で鍵を静かに外した。中には、厳重に封をされた資料が入っていた。

 

 封を解いて読み始めた瞬間、レイニーの表情が変わった。

 

「……これは!?」

 

 資料の表紙には、こう書かれていた。

 

『不老不死の研究——材料と儀式について』

 

――(禁忌の儀式……!)

 

 レイニーは急いで資料を読み進めた。ページをめくるたびに、背筋が冷えていった。

 

 そこには……人体実験の記録があった。魔力の強制抽出。意識のある被験体から魔力の結晶を採取する方法。そして……「最後の材料」について。

 

『最後の材料には、この世界の理から外れた特異な魔力を持つ存在が必要である。その魔力は通常の魔法理論では説明できず、過去の文献に記録された「転生者」の魔力に近い性質を示す。現時点での候補は一体』

 

――(転生者……そんなものが本当にいるというのかしら?)

 

 レイニーはページを進めた。

 

『候補の確認は完了。接触を開始する』

 

 日付は……つい最近だ。

 

――(まずいのよ……これは本当にまずい……!)

 

 レイニーは資料をもとの場所に戻した。封もできる限り元通りに。ザガンに気づかれるわけにはいかない。

 

 部屋を出る前に、もう一度だけ部屋を見渡した。

 

――(ザガン……お前はいったい、何をしようとしているのよ?)

 

 廊下に出たレイニーは、足早に歩き出した。

 

 セレシア女王に報告しなければならない。今すぐ。

 

 

   *   *   *

 

 

【ザガン視点・同刻】

 

 ザガンは廃墟への二度目の訪問から帰る道を歩きながら、静かに考えていた。

 

 今日も「くひひ」を封印した。今日も穏やかに振る舞った。あの人形の警戒は、前回よりも少し強くなっていた。Bランク冒険者に報告したのだろう。予想通りだ。

 

――(でも……それでいい。くひひ)

 

 結晶への執着は消えていない。それどころか、強くなっているはずだ。警戒と欲望が同居している状態——それが最も扱いやすい。

 

 ザガンは空を見上げた。

 

――(もう少し……もう少しだけ時間があれば)

 

 ザガンが執務室に戻った瞬間、足が止まった。

 

 部屋の空気が……わずかに違う。書棚の一冊が、ほんの少しだけずれている。薬品瓶の位置が、出かける前とわずかに違う。

 

 几帳面な研究者の目は、その小さなずれを見逃さなかった。

 

――(……まさか)

 

 ザガンの目が細くなった。

 

 引き出しを確認した。封は……元に戻されていた。でも、封の跡がわずかに違う。

 

「……急ぐ必要が、出てきましたね。くひひ」

 

 足が、自然と速くなった。

 

 

   *   *   *

 

 

【レイニー視点・女王の間】

 

 セレシア女王は、レイニーの報告を静かに聞いていた。

 

 広い玉座の間。青と白を基調とした荘厳な装飾。その中央に、威風堂々と玉座に座る女性——金髪の長い髪、水色の瞳、白と青の豪華なドレス。手には水色の宝石が付いた長い杖。

 

 部屋の空気は、どこか冷たかった。氷魔法使いとしての気配が、静かに漂っている。

 

 鋭い目でレイニーを見ている……報告が進むにつれて、その目が少しずつ険しくなっていった。

 

「……禁忌の儀式」

 

「はい」レイニーが頷いた。「人体実験の記録もありました。そして……最後の材料の候補が、すでに特定されているようです」

 

「候補は?」

 

「……辺境の廃墟に関係する存在だと思われます」

 

 セレシアが静かに目を閉じた。しばらくの沈黙。

 

「レイニー」

 

「はい」

 

「マグナスを呼びなさい。ザガンを捕縛します」

 

「……よろしいのですか? 証拠は資料だけで——」

 

「十分です」セレシアが静かに言った。「禁忌の研究、人体実験の記録……それだけで十分すぎます。王国の魔法師団長がそれを行っていた——これ以上の証拠が必要ですか?」

 

「……いいえ」

 

「急ぎなさい。あの男は賢い……すでに気づいている可能性もあるのですから……」

 

 レイニーが頷いて、部屋を出た。

 

 廊下を歩きながら、レイニーは思った。

 

――(間に合うかしら……)

 

 夜の王都に、緊張が走り始めていた。

 

 

   *   *   *

 

 

【ネル視点・同刻】

 

 廃墟は今夜も静かだった。

 

 ミネルバが帰り支度を始めている。アウラが窓の外をぼんやりと見ている。ボクは廃墟の中央で、静かに素体のことを考えていた。

 

――(もう少し……もう少しだ)

 

 アウラが窓から離れた。白い瞳がこちらを向いている。

 

 誰も知らない。

 

 夜の王都で、何かが動き始めていることを。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
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