廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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三十一話目です。女王とザガンがついに対峙します。


一章 第三十一話「女王は見ている」

 

 

【セレシア視点】

 

 牢屋は静かだった。

 

 セレシア・ヴァルドレインは、鉄格子の前に立ってザガンを見た。松明の光が揺れている。側近二人が少し離れた場所に控えており、レイニーは扉の前で腕を組んでいる。

 

 ザガンは牢屋の奥に静かに座っていた。乱れた様子は一切無く、目の下の隈だけが……いつもと同じだ。

 

――(落ち着きすぎている)

 

 それがセレシアの第一印象だった。

 

 禁忌の研究が露見し、牢屋に入れられた。普通の人間ならば、取り乱すか、懇願するか、あるいは怒りを見せるかのどれかだ。でも目の前の男は、まるで客間でお茶でも飲んでいるかのように静かだった。

 

「ザガン」

 

「……女王陛下」ザガンが静かに頭を下げた。「昨夜は大変失礼をいたしました。このような場所でのご挨拶、誠に申し訳なく」

 

 丁寧だ。恐ろしいほど丁寧だ。

 

「単刀直入に聞きます。不老不死の研究——事実ですか?」

 

「……事実です」

 

 セレシアは少し驚いた。否定すると思っていた。

 

「ふむ……正直に答えましたね」

 

「隠す理由がありません」ザガンが穏やかに言った。「ただ……誤解がありましてございます、女王陛下」

 

「誤解?」

 

「資料にあった人体実験の記録……あれは理論上の試算です。実際に行ったものではございません。研究者として、可能性を紙の上で探っただけです」

 

――(……)

 

 セレシアは黙って聞いた。

 

「不老不死の研究を行っていたこと、それは認めます。しかし……その動機を、どうかお聞きいただけますでしょうか」

 

「聞きましょう」

 

 ザガンが静かに顔を上げた。その目が、真剣な光を帯びていた。

 

「……女王陛下を、お守りしたかったのです」

 

 沈黙が流れた。

 

「この王国に、女王陛下ほどの方はいない。しかし人間には寿命がある。不老不死の力があれば……陛下を永遠にお守りできると、そう考えました。全ては王国のために」

 

――(……なるほど)

 

 セレシアは内心で静かに考えた。

 

 巧みだ。認めるべきことは認め、否定すべきことは「誤解」として処理し、動機を「忠誠」に変換する。完璧な弁明だ。

 

――(でも……信じられない)

 

 証拠は資料だけだ。「理論上の試算」という反論は、完全には否定できない。「証拠がある」というのも、資料の解釈次第で揺らぐ。

 

 セレシアは視線をレイニーに向けた。レイニーが目を細めて、わずかに首を横に振った。「信じるな」という意味だ。

 

――(わかっていますよ、レイニー)

 

「ザガン」セレシアが静かに言った。「あなたの言葉を、今すぐ信じるわけにはいきません。それはわかりますね?」

 

「……それは当然のことです」

 

「一つだけ聞かせてください。資料には『候補の確認は完了。接触を開始する』とも書かれていました。これも理論上の試算ですか?」

 

 ザガンが静かに頷いた。

 

「……候補となる対象の存在を、文献上で確認したという意味です。実際に接触するつもりはありませんでした」

 

――(……巧みですね)

 

 セレシアは静かに目を閉じた。どこまでが真実で、どこからが嘘なのか。この男の言葉からは判別できない。

 

「ただ……証拠が不十分なまま、魔法師団長を長期拘束することも難しい。団の運営に支障が出ますからね」

 

「……」

 

「条件付きで釈放します。ただし——」セレシアの目が、鋭くなった。「次に怪しい動きがあれば、今度は容赦しない。これもわかりますね?」

 

「……はい。女王陛下のご慈悲に、感謝申し上げます」

 

 ザガンが深く頭を下げた。

 

――(頭を下げながら……この男は何を考えているのでしょうね……)

 

 セレシアにはわからなかった。それが、不気味だった。

 

 

   *   *   *

 

 

 牢屋を出て廊下を歩きながら、セレシアはレイニーの足音が後ろから近づいてくるのを聞いた。

 

「……陛下」

 

「わかっています」セレシアが静かに言った。「あの男を信じていませんよ」

 

「では、なぜ」

 

「確信に足る証拠が足りない。それだけです」セレシアが立ち止まった。「レイニー。ザガンの動きを引き続き監視しなさい。何かあればすぐに報告を」

 

「……はい」レイニーが頷いた。でもその表情は、納得していなかった。

 

「あの男は……必ず動きます」セレシアが静かに言った。「その瞬間を、逃さないように」

 

 廊下の窓から、朝の光が差し込んでいた。

 

 女王は静かに歩き出した。

 

――(ザガン……あなたが何か企んでいるのは、私にはわかっています)

 

――(ただ……あの問答の中で証拠が減ってしまった。レイニーには悪いことをしてしまいましたね……)

 

 平穏な王都の朝。

 

 でも女王は知っていた。この静けさが、長くは続かないことを。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
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