廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい 作:糸守ものち
【ザガン視点】
釈放された。
ザガンは執務室の扉を閉めながら、静かにため息をついた。女王は賢い。しかし……証拠の解釈を揺らがせれば、釈放するしかない。法と証拠で動く統治者の限界だ。
――(くひひ……さて)
笑いを抑えることはもうしない。誰もいない部屋だ。
ザガンは机の引き出しを開けた。レイニーに荒らされた痕跡は残っているが、本当に重要な資料は別の場所に隠してある。この程度の捜索では見つからない。
ゆっくりと椅子に座り、羽根ペンを手に取った。
「くひひ……さあ、始めましょうか」
時間がなくなった。女王が動いた以上、じっくりと信頼を積み重ねる計画は諦めるしかない。
でも……構わない。
もう一つの計画がある。
――(廃墟への奇襲。魔法師団の精鋭を二十人。そして……私が長年かけて作り上げた「雷の支配」の魔法で、王都を掌握する)
不老不死の材料は廃墟にいる。それだけは確実だ。
奪えばいい。信頼など必要ない。
「くひひ……女王陛下。あなたが証拠を集める前に、全ては終わっていますよ」
ザガンは羽根ペンを走らせ始めた。
計画書ではない。命令書だ。
* * *
【レイニー視点】
何かがおかしい。
レイニーはザガンの執務室の前を通りながら……そう感じた。廊下には人気がない。静かだ。でも……その静けさが、どこか不自然だ。
――(あの男……部屋に戻ってから一度も出ていない)
釈放されて数時間。普通なら団員に声をかけるとか、執務をこなすとか、何か行動があるはずだ。でも、ザガンの執務室からは物音一つしない。
――(何をしているのよ……)
レイニーは立ち止まった。
扉を開けたい衝動があった。でも……証拠がない。先ほど女王の命令で釈放したばかりだ。理由なく踏み込めば、今度は……わたくし様の行動が問題になる。
――(こういうときに限って法律は面倒なのよ……)
舌打ちをして、廊下を歩き出した。
「……ザガンの部屋の周辺の見張りを増やしなさいのよ」
後ろを歩く部下に、静かに命じた。
「は? しかし先ほど釈放されたばかりで……」
「いいから増やしなさいのよ。わたくし様の命令よ」
「……はい」
部下が走っていった。
レイニーは廊下の窓から、夕暮れの王都を見た。
――(セレシア様……わたくし様は、絶対に間に合わせてみせますよ)
* * *
【ザガン視点・夜】
命令書は完成した。
ザガンは書き終えた羽根ペンを置いて、立ち上がった。窓の外は暗い……もう夜になっていた。
机の引き出しから、小さな瓶を取り出した。中に入っているのは、微量の雷の魔力を固定化した結晶だ。これを対象に触れさせることで……事前に「雷の支配」の準備ができる。
――(黒紫色の結晶……あの人形の魔力結晶は、この雷の結晶よりも遥かに密度が高かった。手に入れれば……研究も飛躍する。くひひ)
――(マグナス……あなたには随分と使わせてもらいましたね。もう少しだけ付き合ってもらいましょう。くひひ)
ザガンは部屋の扉を開けた。
廊下の見張りが増えていた。レイニーの仕業だろう。
――(くひひ……予想通りですよ)
ザガンは穏やかな顔を作って、廊下を歩き始めた。
「ご苦労様です」
見張りの騎士たちに、丁寧に声をかけながら。
すれ違いざまに、ほんの少しだけ……雷の魔力を流した。
見張りの騎士たちは、気づかなかった。
――(くひひ……くひひひひ)
廊下を歩きながら、ザガンは静かに笑った。
夜は長い。そして、準備には時間が必要だ。
だが……もうすぐだ。
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