廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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三十三話目です。静かな日常の裏で、何かが動き始めています。


一章 第三十三話「嵐の前の静けさ」

 

 

【ネル視点】

 

 今日は穏やかな日だった。

 

 ロイドが廃墟に来た。いつものように泥だらけで、いつものように元気に走り込んできて、いつものようにアウラに話しかけようとして、いつものようにアウラに「……はあ」とため息をつかれていた。

 

「ネル! 今日ね、村の近くで変な花見つけたんだ!」

 

 ロイドが差し出したのは、小さな紫色の花だった。六枚の花弁が結晶のように整然と並んでいて、不思議な形をしている。

 

――(これは……珍しい。この辺りには生えていないはずだけど……)

 

「きれいでしょ? ネルに似てるなって思って」

 

――(……どう似ているんだ?)

 

 でも、悪い気はしなかった。ボクはゆっくりと頷いた。

 

「やった! じゃあこれネルにあげる!」

 

 ロイドが花をボクの前に置いた。アウラがそっと拾い上げて、窓際の花瓶に挿した。

 

 廃墟の窓から、午後の光が差し込んでいる。風が通り抜けて、蔦がわずかに揺れた。

 

――(平和だ……)

 

 ミネルバは今日も依頼に出ている。ウェイブはまだ来ていないし、クロウもいない。廃墟には、ボクとアウラとロイドだけだ。

 

 ロイドがアウラの隣に座って、何やら喋り続けている。アウラは相槌を打つようにわずかに動いている。

 

――(アウラ……お前、本当に楽しそうだな)

 

 そう思ってから、ボクは少し立ち止まった。

 

――(……楽しそう?)

 

 意思のない人形が、楽しそうに見える。それは……ただの気のせいだろうか。

 

 ボクはその問いに答えを出さないまま、廃墟の奥の方をちらりと見た。

 

 暗がりの中に、素体がある。まだ完成していない。まだ魔力を込めていない。

 

――(もう少し……)

 

「ねえネル、ミネルバさんは今日いないの?」

 

 ロイドが聞いた。頷く。

 

「そっかぁ……わかった!次はミネルバさんもいる日に来れたらいいな!」

 

――(仲良くなったな……)

 

 ロイドが立ち上がった。アウラが窓際まで送りに行く。

 

「またね、ネル!アウラ!」

 

 元気な声が廃墟に響いて、遠ざかっていった。

 

 静けさが戻ってきた。

 

 アウラが窓から外を見ている。その横顔が、いつもより少し……温かく見えた気がした。

 

――(この時間が……ずっと続けばいいのに)

 

 廃墟の外で、夕暮れの風が木々を揺らしていた。

 

 

   *   *   *

 

 

【ザガン視点・王都】

 

 三日が経った。

 

 ザガンは執務室の窓から夜の王都を見下ろした。見張りの騎士たちが通りを歩いている。魔法師団の団員が巡回している。

 

 全員に、仕込みは終わっている。

 

――(くひひ……準備は、整いました)

 

 あとは引き金を引くだけだ。

 

 ザガンは机の上の命令書を手に取った。廃墟への奇襲。精鋭の魔法師団員二十人。そして……雷の支配の一斉発動。

 

 全てが、同時に動く。

 

「……女王陛下」ザガンが静かに呟いた。「あなたのどんな行動も……もう間に合いませんよ……」

 

 笑いが今夜は止まらなかった。

 

 ザガンは羽根ペンを手に取り、最後の命令書に日付を書いた。

 

 羽根ペンを置き、命令書を丁寧に折って封筒に入れ慎重に封をした。

 

 明日の朝、これが部下に届く。

 

 明日だ。

 

 

   *   *   *

 

 

【ネル視点・夜】

 

 夜になった。

 

 ミネルバが帰ってきた。今日の依頼は順調だったらしく、いつもより機嫌がいい。

 

「今日もロイドは元気だったか?」

 

 頷く。

 

「そうか」ミネルバが腕を組んだ。「……最近、ザガンの動きが静かすぎる。それが少し気になっている」

 

――(ミネルバも感じていたか……)

 

「釈放されてから何も問題が起きてない。女王も特に何かをしたわけでは無さそうだ……だが……」

 

 ミネルバが少し目を細めた。

 

「静かなときほど、警戒が必要だ」

 

 ボクは頷いた。

 

 アウラが窓の外を見ていた。夜の森は暗い。何も聞こえない。何も見えない。

 

――(何もない……でも)

 

 なんとなく、胸の中に小さなざわめきがあった。

 

 理由はわからない。ただ……何かが、近づいている気がした。

 

――(気のせい……だといいのだけれど)

 

 廃墟の外で、夜風が木々を揺らした。

 

 平穏を望む道化師の人形は、まだ知らない。

 

 明日、全てが動き始めることを。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
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