廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい 作:糸守ものち
【ネル視点・朝】
朝は静かだった。
いつも通りアウラが窓の外を見ていて……ミネルバはまだ眠っている。昨日の依頼が長引いたらしく、今日は珍しく廃墟に泊まっていた。
ボクは廃墟の奥で、素体に魔力を注いでいた。
――(あと少し……あともう少しだけで戦闘に特化した人形ができる)
この人形の完成まで、もう少しだ……
そのときだった。
アウラが、突然ピタリと動きを止めた。
――(アウラ?)
白い瞳が廃墟の外……森の方向を向いている。
――(何か……いるのか?)
ボクはアウラの視界に意識を集中した。
森の木々の向こうに……人影があった。
一人、二人どころじゃない……大勢だ!
――(!!)
――(戦える人形は、まだ完成していないのに……間に合わなかったんだ)
――(はやくミネルバを……起こさないと!)
* * *
【ウェイブ視点】
今日も廃墟に来てしまった。
ウェイブは森の小道を歩きながら、少し反省していた。ネルに会いに来るのは構わない。でも最近……来る頻度が少し多すぎる気がする。
「……ふぅん↑ まあいいだろう。俺が来たことでネルも喜ぶはずだ……ふふ!間違いない!(確信)」
などと一人で納得しながら歩いていると……
前方の森の中に、人影が見えた。
一人ではない……大勢だ。黒いローブの人物を先頭に、同じ服装の人間が整列して歩いている。
――(……なんだ?)
ウェイブは思わず木の陰に隠れた。
先頭の人物……見覚えがある顔だ。
――(あれは……ザガン魔法師団長? なぜこんなところに……しかも、こんな大人数で)
嫌な予感がした。
廃墟の方向に向かっている。
――(まずい……!)
ウェイブは走り出した。廃墟へ。ネルのもとへ。
* * *
【ネル視点】
急いでミネルバを起こした。
「ふぁ……(大きなあくびをしながら)……そんなに慌てて……どうしたんだ?」
「まだ早朝だぞ……」
アウラが森の方向を指した。
ミネルバがすぐに察した。眠気が、一瞬で消えた。
「……来客か」
頷く。
「何人だ?」
ボクは両手の指を使って二回示した。それから首を振って、まだいると伝えた。
「……二十以上か」ミネルバが静かに立ち上がった。「誰かわかるか?」
アウラの視界で確認する。先頭の人物……黒いローブ。痩せた体。
――(ザガンだ)
ボクはアウラに、相手の正体を伝えてもらった。
ミネルバの目が、鋭くなった。
「ザガン……か。ついに強硬手段に出てきたってところか」
低い声だった。
「わかった」ミネルバが斧を手に取った。「ネル……奥に隠れていろ。アウラも一緒に」
――(ミネルバ……一人で二十人以上は……)
「心配するな」ミネルバが静かに言った。「全員相手にするつもりはない。入り口で食い止める」
その時、廃墟の入り口から声が聞こえた。
「ちょ、ちょっと待て!!」
ウェイブだった。息を切らして廃墟に飛び込んできた。
「ザガンが来てるぞ! 大勢の部下たちを連れて……!」
ミネルバが静かに言った。
「知っている」
「え?」
「今から迎え撃つ」
ウェイブが顔を青くした。
「あ、あの人数をひとりで……?!」
「ひとりじゃない……ネルもいる」
ウェイブが廃墟の奥のボクを見た。ボクは……頷いた。
「……ふぅん」ウェイブが少し間を置いた。「……なら、俺も残る」
ミネルバが眉を上げた。
「お前が? 逃げなくていいのか」
ウェイブが少し強張った顔で言った。「ネルの前で……好きな相手の前で(小声)……逃げるわけにはいかないだろう!!」
――(……こいつ)
ミネルバが小さく息を吐いた。
「……好きにしろ」
廃墟の外で無数の足音が近づいてくる。
大地がわずかに震えていた。
ザガンが、大勢の部下を引き連れて……ここに来る。
平穏を望む道化師の人形は、廃墟の奥で静かに拳を握った。
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