廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい 作:糸守ものち
【ザガン視点】
杖の先に灯した雷光が、ぱちぱちと爆ぜている。
ザガンは、ゆっくりと足を踏み出した。
戦線の外で、ただ観察を続けていた男が――ついに、自ら動く。
――(さて。お遊びは、ここまでにいたしましょう)
穏やかな微笑みは、崩れない。けれど、その目の奥は……もう笑っていなかった。
杖を、ミネルバへと向ける。
「【多重雷槍】」
頭上に、無数の雷の槍が生まれた。三十――いや、それ以上。穂先のすべてが、赤髪の冒険者ただ一人を狙っている。
「くひひ……数の暴力というのは、こういうことですよ」
雷の槍が、一斉に放たれた。
* * *
【ミネルバ視点】
空が、雷で埋まった。
――(っ、まずい……!)
避けきれる数じゃない。横に跳んでも、上から降ってくる。
俺はとっさに、足元へ斧を叩きつけた。
「【大地砕き】ッ!」
地面が砕け、土と石の壁が舞い上がる。その瞬間、雷の槍が一斉に着弾した。
轟音。
土煙の壁が、雷に貫かれて爆散する。俺はその寸前に身を投げ、転がって直撃を避けた。だが、かすめた左腕が痺れて、火花のような痛みが走った。
――(……一発、避けきれていなかったら、今ので終わってたな)
肩で息をしながら、立ち上がる。斧を握り直した。
状況は……確実に悪くなっている。団員どもは倒しても湧いてくる。そこへ、ザガン本人の魔法だ。二十人を相手取りながら、あの雷を捌き続ける――いつまでも、もつわけがない。
――(……一気に、片をつけるしかねえか)
そう思った、そのときだった。
団員たちの動きに、妙な「むら」があることに、俺は気づいた。
ほとんどの奴は、やけに機械じみている。表情がない。同じ動きを、同じ速さで、ただ繰り返している。まるで、糸で吊られた人形みたいに。
――(……操られてやがるのか。自分の意思じゃ、動いてねえ)
なら、こいつらは被害者だ。王国の、ただの兵士。好きで襲ってきてるわけじゃねえ。
だが――一人だけ、違った。
にやにやと、笑っている。舌なめずりをしながら、嬲るように間合いを詰めてくる。痩せて、猫背。落ちくぼんだ目に、下卑た笑み。手の中で、風がうずを巻いていた。
「げへへ……あんたが、噂のBランク様か。ええ体しとるのう」
* * *
【フォルガー視点】
フォルガーは、笑いが止まらなかった。
操り人形の十九人に混じって、わい一人だけが、自分の足で立っている。
――(ザガン様についていけば、わいも不老不死の仲間入りや。げへへ)
死なへん体。永遠の命。それを手に入れたら――次は、王国や。ザガン様が国を乗っ取った暁には、わいは好きにやらせてもらう。
金も、女も、思いのまま。
――(不老不死のハーレムや。考えただけで、たまらんわ)
そのためなら、目の前の女を切り刻むくらい、なんてことはない。むしろ――ご褒美や。
「ほれほれ、逃げ回っとらんと、こっち向かんかい」
フォルガーは、手の中の風を、鎌のように研ぎ澄ました。
「【風裂斬】」
一筋の風の刃が、唸りを上げて飛んだ。
* * *
【ミネルバ視点】
風の刃を、斧で叩き落とす。鋭い。重い。団員どもとは、格が違う。
――(こいつ……できるな。Bランク下位、ってとこか)
「げへへ、ええ反応や。けどなあ――これは、どうや? 【暴風裂斬】!」
男が両手を広げると、風が渦を巻いて膨れ上がった。無数の風の刃が、一斉に襲いかかってくる。十、二十――数えきれない。
俺は斧を振るって、片端から弾き落とす。だが、多い。捌ききれない分が、頬を、肩を、太腿を、浅く切り裂いていく。
――(っ……厄介な)
操られた十九人。Bランク下位の風使い。そして、ザガン本人。
三方向から、同時に。
まともにやり合っていたら、ジリ貧だ。
――(……仕方ねえ)
俺は、斧を地面に突き立てた。
決めた。出し惜しみは、なしだ。
体の奥で、炎の魔力を練り上げる。ありったけ。全部。
――(十分。十分だけ、全開でいく)
「――【白炎】」
俺の体から、炎が噴き上がった。
いつもの橙じゃない。白い。眩いほどに白い炎が、薄暗かった廃墟の前を、昼間のように照らした。
俺の操る炎が、すべて、この白に染まる。威力も、温度も、けた違いに跳ね上がった。
ただし――制限時間は、十分。
砂時計は、もう、落ち始めている。
まずは、こいつらを片付ける。
俺は、操られた十九人へ手をかざした。炎を、彼らの足元へ、地を這わせるように回す。焼き殺すためじゃない。吹き飛ばすためだ。
「【爆炎撃】――加減はしてやる。恨むなよ」
白い炎が、爆ぜた。
十九の体が、ふわりと宙へ舞い上がり――廃墟の前の草地へ、ばらばらと落ちていく。気を失っているが……焼け死んではいない。白炎の熱をぎりぎりまで絞った、衝撃だけの一撃。
操られた被害者は……殺さない。それが、俺の流儀だ。
だが。
残った一人。にやけ面の、外道。
そいつにだけは――遠慮は、いらねえ。
「な……なんやこの白い炎、聞いてへんぞ……!」
フォルガーが、慌てて風の壁を張った。
「【暴風裂斬】! 来るな、来るな!」
無数の風の刃が、俺へ殺到する。
俺は、口を開いた。
「【火炎の息吹】」
白い業火が、竜の吐息のように噴き出した。
風の刃が、白炎に触れた瞬間――焼き消える。風ごと、まとめて。炎は、まっすぐフォルガーへと伸びていった。
「ひっ……」
男の顔から笑みが消えた。
「な、なんで……なんで燃えとんねん!? わいの風が、効かへん……!? 待て、待てや、わいはザガン様の――」
言葉は、白い炎に呑まれた。
悲鳴が上がる。
炎の勢いを寸前で緩めた。命を奪うほどには焼かない。
風を握れねえくらいには焼いた。
黒く煤けて煙を上げる男が、白目を剥いて倒れ伏す。意識はない。だが、息はある。
――(殺しはしねえ。お前みたいなのは、生かして、国の法で裁いてもらう)
俺は、転がっていた団員の縄で、手早く男を縛り上げた。指一本まともに動かせねえ体だ……逃げる心配もない。
立ち上がり、汗を拭う。
残るは――一人。
* * *
【ネル視点】
廃墟の奥で、ボクはアウラの視界を通して、その白い炎を見ていた。
――(あれが……ミネルバの本気……)
眩しかった。怖いくらいに、強かった。あの豪快な人が……本当はこんな力を隠していたなんて。
入り口では、ウェイブが腰を抜かしたように座り込んでいた。
一人残らず吹き飛ばされて、戦う相手を失ったのだ。
「な……なんだよ、あれ……ふぅん……俺の、出る幕なかったな……」
震える声で、それでも、強がっている。
――(……バカだ。でも、こいつは最後まで、逃げなかった)
ボクは、視線を素体に戻した。
黒髪の人形。刀を腰に差した、戦うための一体。指先から紫の糸を伸ばし、魔力を注ぎ続ける。
――(あと、少し……でも、その「あと少し」が、遠い……!)
外ではまだ、いちばん恐ろしいのが残っている。
白い炎を纏ったミネルバが、不気味に笑うザガンと向かい合っていた。
* * *
【ミネルバ視点】
ようやく、一対一だ。
「……お見事です」ザガンが穏やかに言った。「フォルガーは、使える男でしたが……まあ、構いません。所詮、駒の一つです」
――(……自分の手駒を、駒の一つ、か。冷てえ男だ)
「その白い炎……素晴らしい。けれど、それは――長くは保たないのでしょう?」
ぎくり、とした。
――(……気づいてやがる)
「ええ。見ればわかりますよ。それほどの力、代償がないはずがない。……ならば、私は」
ザガンが杖を構えた。
「凌ぎきれば、私の勝ちだ」
俺は踏み込んだ。
「うるせえ。その減らず口、まとめて焼いてやる――【烈斧】!」
白炎を纏った斧を、渾身の力で振り下ろす。
「【三重雷壁】」
ザガンの周囲に、雷の壁が三重に展開した。白い斧と、雷の壁が激突する。
凄まじい衝突音。火花と雷が、廃墟の前に散った。
……斧が、止められた。
――(……硬い。これが、三重雷壁か)
「くひひ……いい一撃です。けれど、届かない」
ザガンが、壁の向こうで微笑む。そして、杖の先に……ひときわ巨大な雷光が灯った。
「【雷光】――お返しです」
極太の雷が、一直線に放たれた。俺は横へ跳んでかわす。かすめた肩が、焼けるように熱い。
白炎で押す。雷で凌がれる……決め手がない。
時間だけが過ぎていく。
――(くそ……白炎がもう、もたねえ……)
焦りが顔に出ていたのだろう。
ザガンが、ふっと笑った。
「……なるほど。やはり、時間との勝負でしたか」
杖を、地面に置いた。
――(……? 武器を、捨てた?)
「では――私も、本気を出しましょうか」
ザガンの体が、ぼうっと、雷の魔力で輝き始めた。
全身の魔力を、肉体ただ一点へ。
「【疾風迅雷】」
次の瞬間――
ガリガリだった、痩せ細った体が。
めきめきと、音を立てて、膨れ上がった。
骨と皮だけだった腕が、丸太のように太くなる。落ちくぼんでいた頬に、肉が満ちる。黒いローブが、はち切れんばかりに張り詰めた。
目の前に立っていたのは――ガリガリの魔法使いではなかった。
筋肉の鎧をまとった、雷の化け物だった。
「さあ」
別人のように低くなった声で、ザガンが言った。
「ここからが本番ですよ。くひひ」
白い炎を纏った冒険者と、雷を纏った化け物が、廃墟の前で対峙する。
切り札と、切り札。どちらも、もう、後がない。
廃墟の奥では、道化師の人形が……ただ祈るように、糸を紡ぎ続けている。
その決着の行方を――
誰も、まだ知らない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。ミネルバの強さ...伝わったでしょうか……? ですが...ザガンもまた、本気を見せたばかり。この戦いの結末は、果たして……?