廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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三十八話目です。ミネルバが、ついに本気を出します……! 歴戦の冒険者の力、どうぞご覧ください!


一章 第三十八話「白き業火」

 

 

【ザガン視点】

 

 杖の先に灯した雷光が、ぱちぱちと爆ぜている。

 

 ザガンは、ゆっくりと足を踏み出した。

 

 戦線の外で、ただ観察を続けていた男が――ついに、自ら動く。

 

――(さて。お遊びは、ここまでにいたしましょう)

 

 穏やかな微笑みは、崩れない。けれど、その目の奥は……もう笑っていなかった。

 

 杖を、ミネルバへと向ける。

 

「【多重雷槍】」

 

 頭上に、無数の雷の槍が生まれた。三十――いや、それ以上。穂先のすべてが、赤髪の冒険者ただ一人を狙っている。

 

「くひひ……数の暴力というのは、こういうことですよ」

 

 雷の槍が、一斉に放たれた。

 

 

   *   *   *

 

 

【ミネルバ視点】

 

 空が、雷で埋まった。

 

――(っ、まずい……!)

 

 避けきれる数じゃない。横に跳んでも、上から降ってくる。

 

 俺はとっさに、足元へ斧を叩きつけた。

 

「【大地砕き】ッ!」

 

 地面が砕け、土と石の壁が舞い上がる。その瞬間、雷の槍が一斉に着弾した。

 

 轟音。

 

 土煙の壁が、雷に貫かれて爆散する。俺はその寸前に身を投げ、転がって直撃を避けた。だが、かすめた左腕が痺れて、火花のような痛みが走った。

 

――(……一発、避けきれていなかったら、今ので終わってたな)

 

 肩で息をしながら、立ち上がる。斧を握り直した。

 

 状況は……確実に悪くなっている。団員どもは倒しても湧いてくる。そこへ、ザガン本人の魔法だ。二十人を相手取りながら、あの雷を捌き続ける――いつまでも、もつわけがない。

 

――(……一気に、片をつけるしかねえか)

 

 そう思った、そのときだった。

 

 団員たちの動きに、妙な「むら」があることに、俺は気づいた。

 

 ほとんどの奴は、やけに機械じみている。表情がない。同じ動きを、同じ速さで、ただ繰り返している。まるで、糸で吊られた人形みたいに。

 

――(……操られてやがるのか。自分の意思じゃ、動いてねえ)

 

 なら、こいつらは被害者だ。王国の、ただの兵士。好きで襲ってきてるわけじゃねえ。

 

 だが――一人だけ、違った。

 

 にやにやと、笑っている。舌なめずりをしながら、嬲るように間合いを詰めてくる。痩せて、猫背。落ちくぼんだ目に、下卑た笑み。手の中で、風がうずを巻いていた。

 

「げへへ……あんたが、噂のBランク様か。ええ体しとるのう」

 

 

   *   *   *

 

 

【フォルガー視点】

 

 フォルガーは、笑いが止まらなかった。

 

 操り人形の十九人に混じって、わい一人だけが、自分の足で立っている。

 

――(ザガン様についていけば、わいも不老不死の仲間入りや。げへへ)

 

 死なへん体。永遠の命。それを手に入れたら――次は、王国や。ザガン様が国を乗っ取った暁には、わいは好きにやらせてもらう。

 

 金も、女も、思いのまま。

 

――(不老不死のハーレムや。考えただけで、たまらんわ)

 

 そのためなら、目の前の女を切り刻むくらい、なんてことはない。むしろ――ご褒美や。

 

「ほれほれ、逃げ回っとらんと、こっち向かんかい」

 

 フォルガーは、手の中の風を、鎌のように研ぎ澄ました。

 

「【風裂斬】」

 

 一筋の風の刃が、唸りを上げて飛んだ。

 

 

   *   *   *

 

 

【ミネルバ視点】

 

 風の刃を、斧で叩き落とす。鋭い。重い。団員どもとは、格が違う。

 

――(こいつ……できるな。Bランク下位、ってとこか)

 

「げへへ、ええ反応や。けどなあ――これは、どうや? 【暴風裂斬】!」

 

 男が両手を広げると、風が渦を巻いて膨れ上がった。無数の風の刃が、一斉に襲いかかってくる。十、二十――数えきれない。

 

 俺は斧を振るって、片端から弾き落とす。だが、多い。捌ききれない分が、頬を、肩を、太腿を、浅く切り裂いていく。

 

――(っ……厄介な)

 

 操られた十九人。Bランク下位の風使い。そして、ザガン本人。

 

 三方向から、同時に。

 

 まともにやり合っていたら、ジリ貧だ。

 

――(……仕方ねえ)

 

 俺は、斧を地面に突き立てた。

 

 決めた。出し惜しみは、なしだ。

 

 体の奥で、炎の魔力を練り上げる。ありったけ。全部。

 

――(十分。十分だけ、全開でいく)

 

「――【白炎】」

 

 俺の体から、炎が噴き上がった。

 

 いつもの橙じゃない。白い。眩いほどに白い炎が、薄暗かった廃墟の前を、昼間のように照らした。

 

 俺の操る炎が、すべて、この白に染まる。威力も、温度も、けた違いに跳ね上がった。

 

 ただし――制限時間は、十分。

 

 砂時計は、もう、落ち始めている。

 

 まずは、こいつらを片付ける。

 

 俺は、操られた十九人へ手をかざした。炎を、彼らの足元へ、地を這わせるように回す。焼き殺すためじゃない。吹き飛ばすためだ。

 

「【爆炎撃】――加減はしてやる。恨むなよ」

 

 白い炎が、爆ぜた。

 

 十九の体が、ふわりと宙へ舞い上がり――廃墟の前の草地へ、ばらばらと落ちていく。気を失っているが……焼け死んではいない。白炎の熱をぎりぎりまで絞った、衝撃だけの一撃。

 

 操られた被害者は……殺さない。それが、俺の流儀だ。

 

 だが。

 

 残った一人。にやけ面の、外道。

 

 そいつにだけは――遠慮は、いらねえ。

 

「な……なんやこの白い炎、聞いてへんぞ……!」

 

 フォルガーが、慌てて風の壁を張った。

 

「【暴風裂斬】! 来るな、来るな!」

 

 無数の風の刃が、俺へ殺到する。

 

 俺は、口を開いた。

 

「【火炎の息吹】」

 

 白い業火が、竜の吐息のように噴き出した。

 

 風の刃が、白炎に触れた瞬間――焼き消える。風ごと、まとめて。炎は、まっすぐフォルガーへと伸びていった。

 

「ひっ……」

 

 男の顔から笑みが消えた。

 

「な、なんで……なんで燃えとんねん!? わいの風が、効かへん……!? 待て、待てや、わいはザガン様の――」

 

 言葉は、白い炎に呑まれた。

 

 悲鳴が上がる。

 

 炎の勢いを寸前で緩めた。命を奪うほどには焼かない。

 

 風を握れねえくらいには焼いた。

 

 黒く煤けて煙を上げる男が、白目を剥いて倒れ伏す。意識はない。だが、息はある。

 

――(殺しはしねえ。お前みたいなのは、生かして、国の法で裁いてもらう)

 

 俺は、転がっていた団員の縄で、手早く男を縛り上げた。指一本まともに動かせねえ体だ……逃げる心配もない。

 

 立ち上がり、汗を拭う。

 

 残るは――一人。

 

 

   *   *   *

 

 

【ネル視点】

 

 廃墟の奥で、ボクはアウラの視界を通して、その白い炎を見ていた。

 

――(あれが……ミネルバの本気……)

 

 眩しかった。怖いくらいに、強かった。あの豪快な人が……本当はこんな力を隠していたなんて。

 

 入り口では、ウェイブが腰を抜かしたように座り込んでいた。

 

 一人残らず吹き飛ばされて、戦う相手を失ったのだ。

 

「な……なんだよ、あれ……ふぅん……俺の、出る幕なかったな……」

 

 震える声で、それでも、強がっている。

 

――(……バカだ。でも、こいつは最後まで、逃げなかった)

 

 ボクは、視線を素体に戻した。

 

 黒髪の人形。刀を腰に差した、戦うための一体。指先から紫の糸を伸ばし、魔力を注ぎ続ける。

 

――(あと、少し……でも、その「あと少し」が、遠い……!)

 

 外ではまだ、いちばん恐ろしいのが残っている。

 

 白い炎を纏ったミネルバが、不気味に笑うザガンと向かい合っていた。

 

 

   *   *   *

 

 

【ミネルバ視点】

 

 ようやく、一対一だ。

 

「……お見事です」ザガンが穏やかに言った。「フォルガーは、使える男でしたが……まあ、構いません。所詮、駒の一つです」

 

――(……自分の手駒を、駒の一つ、か。冷てえ男だ)

 

「その白い炎……素晴らしい。けれど、それは――長くは保たないのでしょう?」

 

 ぎくり、とした。

 

――(……気づいてやがる)

 

「ええ。見ればわかりますよ。それほどの力、代償がないはずがない。……ならば、私は」

 

 ザガンが杖を構えた。

 

「凌ぎきれば、私の勝ちだ」

 

 俺は踏み込んだ。

 

「うるせえ。その減らず口、まとめて焼いてやる――【烈斧】!」

 

 白炎を纏った斧を、渾身の力で振り下ろす。

 

「【三重雷壁】」

 

 ザガンの周囲に、雷の壁が三重に展開した。白い斧と、雷の壁が激突する。

 

 凄まじい衝突音。火花と雷が、廃墟の前に散った。

 

 ……斧が、止められた。

 

――(……硬い。これが、三重雷壁か)

 

「くひひ……いい一撃です。けれど、届かない」

 

 ザガンが、壁の向こうで微笑む。そして、杖の先に……ひときわ巨大な雷光が灯った。

 

「【雷光】――お返しです」

 

 極太の雷が、一直線に放たれた。俺は横へ跳んでかわす。かすめた肩が、焼けるように熱い。

 

 白炎で押す。雷で凌がれる……決め手がない。

 

 時間だけが過ぎていく。

 

――(くそ……白炎がもう、もたねえ……)

 

 焦りが顔に出ていたのだろう。

 

 ザガンが、ふっと笑った。

 

「……なるほど。やはり、時間との勝負でしたか」

 

 杖を、地面に置いた。

 

――(……? 武器を、捨てた?)

 

「では――私も、本気を出しましょうか」

 

 ザガンの体が、ぼうっと、雷の魔力で輝き始めた。

 

 全身の魔力を、肉体ただ一点へ。

 

「【疾風迅雷】」

 

 次の瞬間――

 

 ガリガリだった、痩せ細った体が。

 

 めきめきと、音を立てて、膨れ上がった。

 

 骨と皮だけだった腕が、丸太のように太くなる。落ちくぼんでいた頬に、肉が満ちる。黒いローブが、はち切れんばかりに張り詰めた。

 

 目の前に立っていたのは――ガリガリの魔法使いではなかった。

 

 筋肉の鎧をまとった、雷の化け物だった。

 

「さあ」

 

 別人のように低くなった声で、ザガンが言った。

 

「ここからが本番ですよ。くひひ」

 

 白い炎を纏った冒険者と、雷を纏った化け物が、廃墟の前で対峙する。

 

 切り札と、切り札。どちらも、もう、後がない。

 

 廃墟の奥では、道化師の人形が……ただ祈るように、糸を紡ぎ続けている。

 

 その決着の行方を――

 

 誰も、まだ知らない。

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。ミネルバの強さ...伝わったでしょうか……? ですが...ザガンもまた、本気を見せたばかり。この戦いの結末は、果たして……?
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