廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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三十九話目です。今回は、女王セレシアの戦いです……! 氷の女王の力、どうぞご覧ください


一章 第三十九話「氷の女王」

 

 

【セレシア視点】

 

 玉座の間の扉が、外から打ち破られようとしていた。

 

 叩く、という生易しいものではない。何十もの拳と、剣の柄と、肩とで――内側へ、こじ開けようとしている。

 

 セレシアは、杖を手にしたまま……静かにそれを見ていた。水色の宝石が冷たく輝いている。部屋の温度はもう、息が白むほどに下がっていた。

 

――(来ましたね)

 

 次の瞬間、扉が内側へ弾け飛んだ。

 

 雪崩れ込んできたのは――蒼剣騎士団の騎士たち。王城の衛兵。蒼雷魔法師団の団員。本来であれば、この身を守るべき者たち。

 

 その全員が、虚ろな目をしていた。

 

 糸で吊られた人形のように、ぎこちなく、けれど止まることなく、まっすぐ玉座へと押し寄せてくる。

 

――(ザガン……「容赦しない」と、申し上げましたね。ええ、覚えていますとも)

 

 杖を握る手に、静かな怒りが込もる。

 

――(ですが――今は、それどころではないようです)

 

 セレシアは、静かに杖を振るった。

 

「下がりなさい。――【氷壁】」

 

 床から……分厚い氷の壁がせり上がった。雪崩れ込む人波を、真正面から堰き止める。氷を叩く拳。食い込んで止まる剣。

 

 ……だが、止めただけだ。

 

――(殺すのは容易い)

 

 セレシアは半透明の壁越しに、虚ろな顔の群れを見た。見覚えのある顔ばかりだった。廊下で挨拶を交わした衛兵。式典で剣を捧げた、若い騎士。

 

 みな、彼女の民だった。

 

――(この者たちに、罪はない。罪があるとすれば――それは、糸を引く者にこそある)

 

 ならば、答えは一つ。

 

――(殺さず、止める。それだけ)

 

 それが、どれほど困難な道かを承知の上で。セレシアは、静かに息を吐いた。白い息が宙に溶けた。

 

 

   *   *   *

 

 

 氷壁が軋んだ。

 

 操られた魔法師団員が、壁の向こうから炎や風の魔法を放ち始めたのだ。壁の一角が、砕ける。崩れた隙間から、騎士たちが雪崩れ込んでくる。

 

「【氷縛】」

 

 セレシアが指を向けると、なだれ込んだ騎士たちの足元が、瞬時に凍りついた。膝まで氷に呑まれ、その場に縫い止められる。

 

「【氷牢】」

 

 続けて彼らの全身を……氷の檻が包み込んだ。透明な棺の中で、虚ろな目の騎士たちが眠るように動きを止める。

 

 息はある。傷もない。ただ、閉じ込めただけ。

 

――(これでいい。目が覚めたとき、生きてさえいれば)

 

 だが――氷牢が一つ増えるたび、新たな兵が、二人、三人と押し寄せてくる。

 

 玉座の周囲では、近衛兵たちが戦っていた。

 

 レイニーを除く、女王直属の精鋭十人。一人ひとりがCランク上位の手練れだ。操られた騎士を、的確な当て身で昏倒させ、魔法師団員の詠唱を、寸前で潰していく。

 

 一対一であれば、近衛の敵ではない。

 

 だが――数が、違いすぎた。

 

 一人を眠らせる間に、三人が玉座へ迫る。それを近衛が食い止める間に、また別の方向が空く。じわり、じわりと、包囲が狭まっていく。

 

――(押されていますね……「数の暴力」とは、よく言ったものです)

 

 

   *   *   *

 

 

 セレシアは、玉座の前に立ったまま、冷静に戦況を読んだ。

 

 そして――気づいていた。

 

 この戦いには……終わりがないということに。

 

 操っているのは、ザガン。だが――その姿は、ここにはない。

 

――(あの男は別の場所で、本当の目的を遂げようとしている。ならば、この者たちを縛る糸は……あの男を断つまで切れることはない)

 

 つまり、いくら凍らせても……根本は変わらないのだ。眠らせた兵が自ら目覚めることはない。新手は尽きることなく湧き続ける……糸の大本を断たぬ限り。

 

――(私にできるのは、この者たちを……これ以上傷つけさせないこと。守りきることだ。ただそれだけ……)

 

 守る戦い。攻めることを、自ら禁じた戦い。

 

 なんと、もどかしいことか。

 

 包囲がさらに狭まった。近衛の一人が、背後からの一撃を受けて膝をつく。

 

――(仕方ありませんね)

 

 セレシアは、杖を高く掲げた。宝石がまばゆい水色の光を放つ。部屋の温度が、一気に下がった。

 

「――【氷結界】」

 

 玉座の間全体が、白く凍りついた。

 

 床が、壁が、宙の空気までもが、凍てつく霜に覆われる。押し寄せていた兵たちの動きが、半ば凍りつき、見る間に緩慢になっていく。近衛たちが、その隙に距離を取り……体勢を立て直した。

 

 ……これで、少しは時間が稼げる。

 

 だが……セレシアの額にも、うっすらと汗が滲んでいた。これほどの規模の氷を、生かさず殺さず操り続けるのは――Bランク相当の彼女をもってしても、消耗が激しい。

 

――(長くは保ちませんね……)

 

 

   *   *   *

 

 

 そのときだった。

 

 凍りついた兵たちの群れを、かき分けて――一人の大柄な男が進み出てきた。

 

 白と青の、重厚な鎧。手には、槍斧。

 

――(マグナス……)

 

 蒼剣騎士団の団長。マグナス・グロウン。

 

 彼もまた、虚ろな目をしていた。けれど――その瞳の奥で、何かが、必死にもがいていた。

 

 セレシアは見た。操られた体に逆らおうとして、わずかに震える指先を。固く食いしばった、奥歯を。

 

――(意識があるのですね。自分の体が、女王に刃を向けていると――わかっていながら、止められずにいる)

 

 なんという……惨い魔法か。

 

 マグナスの足が、一歩、また一歩と玉座に近づいてくる。凍てつく床を踏み砕きながら。さすがは騎士団長――氷結界の中ですら、その歩みは止まらない。

 

――(これは……私一人では抑えきれませんね)

 

 セレシアは杖を構え直した。氷の女王の瞳が、静かに、相手を見据える。

 

 

   *   *   *

 

 

 その瞬間。

 

 玉座の間の、砕けた扉の向こうから。

 

 怒声とも、悲鳴ともつかぬ声が響き渡った。

 

「――どきなさいのよォ!! わたくし様の前に立つんじゃねえです!!」

 

 操られた兵たちが、まとめて吹き飛ばされる音。

 

 金色のツインテールが、人混みを割って、まっすぐに飛び込んできた。

 

「セレシア様ァ……! ご無事ですか!?」

 

 レイニー・ブラッドフォート。

 

 女王の剣が……ついに戻ってきた。

 

 セレシアは、ふっと、口元を緩めた。

 

――(遅いですよ、レイニー)

 

 けれど、その瞳は、確かに安堵していた。

 

 ――だが。

 

 玉座へと迫る、騎士団長の足は。

 

 まだ、止まらない。

 

 凍てつく玉座の間で……本当の攻防が今、始まろうとしていた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。圧倒的な強さなのに、攻めきれない……女王の抱える矛盾が伝わったでしょうか?
次回、女王の剣・レイニーの戦いにご期待ください
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