廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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四十話目です。王都の戦い、ここで一区切り。……次回からは、いよいよ廃墟へ戻ります。お待たせした分、楽しんでいただけたら嬉しいです


一章 第四十話「女王の剣」

 

 

【レイニー視点】

 

 玉座の間に飛び込んだ瞬間、レイニーは状況のすべてを把握した。

 

 凍りついた兵の群れ。氷牢に閉じ込められた騎士たち。額に汗を滲ませた……セレシア様。そして――女王へと、一歩ずつ迫る、大柄な影。

 

――(マグナス……あのデカブツ、操られてやがるのね)

 

「セレシア様、お下がりください!」

 

 レイニーは床を蹴った。一息で、マグナスとセレシアの間へ滑り込む。

 

「ここはわたくし様が引き受けるのよ。セレシア様は、後ろで見ててくださいです」

 

 セレシアが静かに頷いた。

 

――(……間に合った。よかった。本当に良かった)

 

 胸の奥で、ほっと息を吐く。けれど、顔には出さない。女王の剣が安堵で気を緩めるわけにはいかない。

 

 レイニーは、押し寄せる兵たちへ向き直った。

 

 

   *   *   *

 

 

「さあて……雑魚どもから片付けるのよ」

 

 拳を構える。が――その瞬間、迫る兵の顔が、ふと目に入った。

 

 虚ろな目。意思のない動き。見覚えのある……王城の衛兵。

 

――(こいつら……操られてるだけ。好きで歯向かってるわけじゃねえのよ)

 

 舌打ちが漏れた。

 

――(殺すわけにもいかないし……本っ当にめんどくさい!)

 

「【疾風脚】」

 

 風のごとき速さで、レイニーは兵の群れへ突っ込んだ。みぞおちへ、的確な蹴り。一人、また一人と、当て身で昏倒させていく。急所は外す。骨は折らない。気絶させるだけ。

 

「【烈風拳】」

 

 超速の連撃が、迫る騎士たちをまとめて吹き飛ばす。壁に叩きつけ――だが、手加減してある。死なせない程度に。

 

――(ちっ……本気でやれば一発で済むのに……)

 

 わたくし様の拳は鋼鉄を砕く。けど、それを今は振るえない……手加減しながらの戦いは、何倍も神経を使う。

 

 そして――数が多すぎた。

 

 一人昏倒させる間に、三人が迫ってくる。倒しても倒しても、城のどこかから湧いてくる。

 

――(キリがねえのよ……っ)

 

 

   *   *   *

 

 

 そのときだった。

 

 城の正門のほうから、複数の足音と、喧騒が聞こえてきた。

 

「うおおおおっ!」「囲め、囲め!」「ひ、ひぃ、こっち来んな……!」

 

――(……なんなのよ、騒がしい)

 

 雪崩れ込んできたのは――冒険者たちだった。

 

 それも……明らかな寄せ集めだ。そこそこ腕の立ちそうな奴から、明らかに新人の、腰の引けた小僧まで。装備もばらばら、統率もない。数だけはやたらと多い。ざっと、六十人ほどか。

 

――(冒険者ギルド……? いや、こんな統率の取れてねえの……正規の招集じゃねえのよ)

 

 その先頭に、黒髪の男が一人。短剣を腰に下げた、目つきの鋭い痩せた男……誰よりも静かで、誰よりも場慣れしていた。

 

 その男がレイニーをちらりと見た。

 

「あんたが、あの有名な『女王の剣』だな?」

 

「あァ? 誰よ、あんた」

 

「クロウ。情報屋だ」男は短く言った。「……手を貸す。雑魚はこっちで抑える」

 

「はぁ? 冒険者風情が、わたくし様に指図する気――」

 

 言いかけて、レイニーは口を閉じた。

 

 わたくし様は……頭は決して悪くない。むしろ、切れるほうだ……だから――一瞬で、判断した。

 

 この男の言う通りにすれば、わたくし様は、あのデカブツに集中できる。冒険者どもが小物を抑えてくれるなら、これほど都合のいいことはない。プライドより女王の安全。優先順位は考えるまでもなかった。

 

「……ちっ。いいわ。雑魚は任せたのよ」

 

「ああ」

 

 クロウが、短く応じた。そして、背後の冒険者たちへ、低く通る声で告げた。

 

「散れ。女王には近づけるな。……殺すな。止めるだけでいい」

 

――(殺すな……ね。こいつもわかってんのね。あいつらが操られてるだけだって)

 

 冒険者たちが雄叫びを上げて、操られた兵の群れへと突っ込んでいく。統率はない。けれど数がある。城のあちこちで足止めが始まった。

 

 クロウが短剣を抜きながら、ぽつりと言った。

 

「……この戦い、根っこを断たない限り終わらない」

 

「何よ!」

 

「鍵は王都じゃない」

 

 レイニーは目を細めた。

 

――(……こいつ。そこまで見えてやがるのね)

 

「……根っこ、ね」レイニーが鼻を鳴らした。「ザガンの野郎が、どっかにいるってことかしら」

 

「ああ」

 

 クロウが短く頷いた。

 

「……ミネルバは廃墟か」

 

 誰に問うでもない、独り言のようだった。

 

「……無事でいろよ」

 

 その一言にだけ……いつものクールな声に、わずかな温度が混じっていた。

 

――(……ふん。仲間思いじゃねえの)

 

 だが、感傷に浸る暇はない。

 

 レイニーは向き直った。

 

 

   *   *   *

 

 

 目の前に――マグナスが立っていた。

 

 槍斧を構え虚ろな目で、こちらを見下ろしている。けれど、その瞳の奥で……何かが必死にもがいていた。

 

――(……あんたも、わかってんでしょ。自分が、何させられてるか)

 

 レイニーは知っていた。マグナスが、根は悪い男じゃないことを。単純で、騒がしくて、でも女王に忠実なあのデカブツ。それが今操られて、女王に刃を向けさせられている。

 

「……気の毒なのよ。けど――通すわけには……いかないのよ」

 

 レイニーは、拳を構えた。

 

「【鉄砕】!」

 

 鋼鉄をも砕く拳が、マグナスの鎧へ叩き込まれた。

 

 が――

 

「……っ、硬っ!?」

 

 拳が、弾かれた。マグナスの体が淡い光を帯びている。全身の魔力を……防御だけに注いだ証だ。

 

――(確か……【金剛】と言ったか? マグナスの切り札……! くそ、このタイミングで)

 

 操られていても、体に染みついた技は出る。鉄のように――いや、それ以上に硬い絶対の防御。

 

「【烈風拳】!」

 

 超速の連撃を叩き込む……何十発と。だが、傷一つつかない。むしろ、拳のほうが痺れてくる。

 

「無駄に硬ぇのよ、こいつ……!」

 

――(鉄砕も、烈風拳も通らない。これまでよりも圧倒的な破壊力じゃないと……この【金剛】は破れない……)

 

 レイニーには、それを破る手段が一つだけあった。

 

 【王拳】。全魔力を込めた、一撃必殺。前方を、塵も残さず吹き飛ばす――

 

――(……でも、ダメよ)

 

 レイニーは奥歯を噛んだ。

 

 ここは王都。しかも城の中……【王拳】なんて使えば、玉座の間ごと吹き飛ぶかもしれない。セレシア様を危険に晒してしまうことになる。それに――操られているだけのマグナスを、塵にするわけにもいかない。

 

――(手加減した【王拳】なら……いや、それでも……ここじゃ被害がでかすぎるのよ)

 

 決め手はある。だけど振るえない。

 

 わたくし様も、セレシア様も――あのデカブツも、操られた兵も。誰一人、殺したくない。だから全力を出せない。

 

――(……っ、もどかしいのよ!)

 

 マグナスの槍斧が振り下ろされる。レイニーは、紙一重で躱した。床が抉れる。

 

 硬い盾と、振るえない剣。

 

 決着のつかない攻防が――凍てつく玉座の間で、延々と続いていく。

 

 この戦いは、終わらない。

 

 根っこが――どこか遠くで進む、もう一つの戦いの決着がつくまでは。

 

 それを、薄々感じていながら……

 

 女王の剣は、ただ……目の前の一撃を捌き続けるしかなかった。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。レイニー、強くて格好いいですね……! さて、次回はついに廃墟へ...。あの戦いの続きをお届けします。
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