廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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四十一話目です。お待たせしました……! 舞台はついに廃墟へ。ミネルバVSザガン、決着の戦いが始まります!


一章 第四十一話「燃え尽きる前に」

 

【ミネルバ視点】

 

 俺の目の前で、ザガンの体が膨れ上がっていった。

 

 ガリガリだった腕に、筋肉が盛り上がる。色白の肌が、血管を浮かせて張り詰めていく。痩せこけた魔法使いの体が……みるみる、別人のように作り変えられていく。地に置いたままの杖には、もう見向きもしない。魔法を、完全に捨てる気だ。

 

「【疾風迅雷】……全魔力を、肉体の強化だけに注ぐ技です」

 

 ザガンが低く笑った。

 

「くひひ……さあ、踊りましょうか。ミネルバ殿」

 

――(……魔法使いが、魔法を捨てて殴り合いに来やがった)

 

 俺は斧を構え直した。全身に、白い炎を纏っている。【白炎】――俺の操るすべての炎を、強化する切り札だ。

 

 だが。

 

――(時間が、ねえ)

 

 白炎は十分しか保たない……発動して、もう半分以上は過ぎた。残り……三分ってところか。

 

――(それまでに、こいつを倒す。やるしかねえ)

 

 

   *   *   *

 

 

「【烈斧】!」

 

 白炎を纏った斧を、渾身の力で振り下ろす。ザガンが腕で受けた。――素手で受け止めやがった……だが、その足が、ずず、と後ろへ滑る。

 

――(効いてる……! いや、押してる!)

 

「【回転斬】!」

 

 体ごと回転し、炎の刃で薙ぎ払う。ザガンの胸に、白い炎が走った。肌が焼ける。

 

「……っ、ほう」

 

 ザガンの顔から、笑みが一瞬だけ消えた。

 

――(どうだ! これが俺の本気だ)

 

「【爆炎撃】!」

 

 爆発する炎を纏った斧で、叩き割る。轟音。ザガンの巨体が後ろへ吹き飛んだ……廃墟の柱に、背を打ちつける。

 

 俺は肩で息をした。白炎が、ごうごうと燃えている。

 

――(いける。この調子なら……こいつに、勝てる)

 

 ザガンが、ゆっくりと立ち上がった。焼け焦げた胸を押さえながら。

 

「……素晴らしい」掠れた、低い声。「さすがですね、ミネルバ殿。Bランク上位は、伊達ではないと。くひひ……正直、驚いていますよ」

 

――(へっ。驚くのは、まだ早いぜ)

 

 

   *   *   *

 

 

 俺は、追撃に出ようとした。

 

 その、瞬間。

 

 ふっ、と。

 

 白炎が、揺らいだ。

 

――(……っ、もう、か)

 

 炎の勢いが、目に見えて弱まっていく。体の奥から……力が抜けていくのがわかる。十分の砂が、落ちきろうとしている。残り――あと、わずか。

 

――(くそ……っ、あと、もう少しなんだよ。もう少し、時間が……!)

 

 その焦りを、ザガンは見逃さなかった。

 

「……炎が弱まりましたね?」

 

 ザガンの目が、すうっと細くなる。

 

「どうやら、その炎……長くは保たないようだ。くひひ。なるほどなるほど。では――ここからが本番ですね」

 

 ザガンが地を蹴った。

 

 速い。さっきまでとは比べ物にならない。白炎が衰えた今、疾風迅雷の本当の速さと力が、牙を剥いた。

 

「【烈斧】!」

 

 俺は斧を振るった。だが――炎の薄れた一撃は、ザガンの腕にあっさりと受け止められた。

 

「ぐ……っ!?」

 

 そのまま、強化された膂力で押し返される。力比べに負けた……生まれて初めて、力でねじ伏せられる。

 

 ザガンの拳が、俺のみぞおちにめり込んだ。

 

「がはっ……!」

 

 体が、くの字に折れる。息が、できない。そのまま……地面へと叩きつけられた。

 

 

   *   *   *

 

 

 白炎が――消えかけている。ちりちりと、最後の火の粉を散らして。

 

 体が動かない……あちこちが軋む。立ち上がろうとして、膝が、笑った。

 

――(くそ……っ、こんな、ところで……)

 

 ザガンが、ゆっくりと歩み寄ってくる。盛り上がった筋肉を、見せつけるように。

 

「惜しかったですね、ミネルバ殿」

 

 その声に、嘘はなかった。

 

「あと数分……その炎が保ってさえいれば……結果は違っていたかもしれない。本当に惜しい。あなたは……強かった」

 

 ザガンが拳を振り上げた。とどめの一撃……。

 

――(やべえ……避けられ、ねえ……!)

 

 

   *   *   *

 

 

 そのときだった。

 

「うおおおおおっ!!」

 

 横合いから――あの男が飛び込んできた。

 

 ウェイブ。

 

――(ばか、よせ……!)

 

 ウェイブが剣を振りかぶり、ザガンの背へと斬りかかった。

 

 ――きぃん、と。

 

 甲高い音が響いた……。

 

 刃が、ザガンの強化された肌に弾かれる……傷一つない。ダメージは、ゼロ。当たり前だ。Dランク程度の剣が、今のザガンの肉体に通るはずがない。

 

「お、お前っ……何して……!」

 

 俺は、掠れた声で叫んだ。

 

 ウェイブの顔は、恐怖で引きつっていた。足も、手も、震えていた。それでも――剣を、握っていた。

 

「ふ、ふぅん……っ! お、俺ほどの騎士が……っ、見過ごせるか!」

 

 ザガンが、ゆっくりと……振り返った……。

 

「……無駄なことを」

 

 ザガンの裏拳が、ウェイブの体を捉えた。

 

「があっ……!」

 

 ウェイブの体が宙を舞った。廃墟の奥へと、まっすぐに――吹き飛んでいく。

 

――(ウェイブ……!!)

 

 俺は手を伸ばした……だが、届かない。あいつは、廃墟の壁に叩きつけられる――

 

 

   *   *   *

 

 

 そう、思った。

 

 その瞬間。

 

 廃墟の、暗い奥から……

 

 誰かがすっと進み出た。

 

 黒髪の女。腰に一本の刀……そして、この辺りでは珍しい着物を纏った、見たこともない女だった。

 

 その女が――片腕を……ゆっくりと上げた。

 

 吹き飛んできたウェイブの体を、片手で受け止める。

 

 俺は目を見開いた。声が、出なかった。

 

――(……誰だ。あいつ……いつから、そこに)

 

 女が、ウェイブをそっと床へ下ろし、刀の柄に手をかけた。鋭い目が、まっすぐにザガンを見据えている。

 

「……お前は」

 

 俺の問いに、女は答えなかった。

 

 口を開いた。

 

「下がっているでござる。ここからは、拙者が相手をするでござる」

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。勝てないとわかっていて、それでも斬りかかったウェイブ……彼の無謀な一秒が、何を繋いだのか。次回、お見逃しなく!
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