廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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四十二話目です。ネルの奥の手が……ついにその力を見せます。長かった廃墟の戦い、決着の回です


一章 第四十二話「反動と勝利」

 

 

【ネル視点】

 

 ヒナタが動いた。

 

 ボクは廃墟の奥で……ヒナタの視界を通して、戦場を見ていた。

 

 そして……思い知らされた……。

 

――(……っ、なに、これ)

 

 動かしたその瞬間から……体の奥の魔力が、ごっそりと持っていかれる。

 

 アウラとは比べ物にならない。ヒナタを数秒動かすだけで……魔力が滝みたいに流れ出ていく。

 

――(強すぎるんだ……この子は)

 

 遠くで操るほど、消耗が激しい。廃墟の奥から戦場のヒナタへ。その距離が、ボクの魔力を容赦なく削っていく。

 

――(でも……今はやるしかない)

 

 ミネルバが倒れている。ウェイブも……。

 

――(守るんだ! ボクの力で!!)

 

 

   *   *   *

 

 

「いざ――【燕返し】」

 

 ヒナタが地を蹴った。

 

 目で追えない……ボクが操っているはずなのに、その速さに。ボクの認識が追い付かない。一瞬でザガンの懐へ……そして――二閃。

 

 超高速の二連撃。

 

「――っ!?」

 

 ザガンが、かろうじて腕で受けた。だが、受けきれない。一撃目を弾いた……その直後に来る二撃目。その刃が、ザガンの肩を浅く斬り裂いた。

 

 血が飛び散る。

 

「なん……だと」

 

 ザガンの顔から、笑みが消えていた。

 

 ミネルバでさえ敗北した、あのザガンが……初めて――余裕を無くしている。

 

「どこから現れた……っ。こんな手練れが……!」

 

――(……っ、いける……!)

 

 ヒナタが刀を構え直す……。鋭い目に揺らぎはない。

 

「ふむ。なかなか手強いでござるな」

 

 

   *   *   *

 

 

 だが――。

 

 ザガンも、ただでは退かなかった。

 

「く……ひひっ。いいですよ……いいでしょうとも、受けて立ちます……!」

 

 疾風迅雷の強化された肉体。その速さと力が……ヒナタの斬撃を紙一重で捌き始める。手練れと、手練れ。刃と、拳。一進一退。

 

 そして――その間にも。

 

――(っ、はあ……っ、はあ……)

 

 ボクの魔力が、大きく削れていく。指先が震える……視界がにじむ。

 

――(あと……どれくらい保つ……?)

 

 ヒナタは、強い。多分……ミネルバに匹敵……いや、上回るかもしれないくらい。でも――ザガンも簡単には倒れてはくれない。ヒナタ一体では、決めきれない。ボクの魔力が……先に尽きてしまう。

 

――(足りない……っ。あと、ほんの少し、何かが……!)

 

 

   *   *   *

 

 

 そのときだった。

 

「――まだ、終わってねえぞ」

 

 低い声。

 

 ミネルバが――立ち上がっていた。

 

 白炎は、もうない。全身傷だらけ……それでも、その橙色の目に……闘志は消えていなかった。大斧を杖みたいに突いて、ふらつきながら、それでも立った。

 

「……お前、どこの誰か知らねえが」ミネルバが、ヒナタの隣に並んだ。「助かった。礼は……後だ」

 

「うむ。今は、あれを倒すのが先でござる」

 

 ヒナタが頷く。

 

 背中合わせ。赤い髪と、黒い髪。大斧と、刀。

 

――(ミネルバ……!)

 

 二人が、同時に、地を蹴った。

 

 

   *   *   *

 

 

 ミネルバの斧が、ザガンの正面を襲う。ザガンがそれを受ける。受けて――背後が、がら空きになる。

 

 そこへ……ヒナタが。

 

「【流星斬】!」

 

 複数の飛ぶ斬撃が、ザガンの背を斬り裂いた。

 

「ぐ、あ……っ!」

 

 ザガンがよろめく。今度は、ミネルバが。

 

「【烈斧】ッ!」

 

 炎の消えた、ただの斧。でも、渾身の一撃。ザガンの腕がそれを受け、鈍い音が響いた。

 

 一人なら捌けた。しかし、二人だと――とてもではないが捌ききれない。

 

 ザガンの体に傷が増えていく。じわり、じわりと、追い詰められていく。

 

 

   *   *   *

 

 

「く、くひひ……ここまで、とは……っ」

 

 ザガンの息が上がっていた。疾風迅雷の強化も、長くは保たない。彼にも、限界が近づいている。

 

 そして――追い詰められたザガンが。

 

 最後の力を……その全部を一点に込めた。

 

「させ、ませんよ……ッ! 私の、不老不死の邪魔は……まとめて――吹き飛べェ!!」

 

 ザガンが地を蹴った。捨て身の体当たり……。全体重を乗せた、巨大な質量が……ミネルバとヒナタへと突っ込んでくる。

 

――(避けて……っ、いや、違う)

 

 ボクは操った。ヒナタを、一歩、前へ。

 

 避けない。迎え撃つ。

 

 とんでもない勢いで突っ込んでくるザガン。そのまっすぐな軌道へ……ヒナタが、刀を、引き絞った。

 

「――【燕返し】」

 

 静かな声だった。

 

 カウンター。

 

 突進の勢い、そのままに。ヒナタの超高速の二連撃が、ザガンを――捉えた。

 

 ザガンの巨体が、止まる。

 

 一瞬の静寂。

 

 そして――崩れ落ちた。

 

「……ば、かな……あなたは、一体……何者、なのです……」

 

 最後まで……その問いの答えにたどり着くことなく。

 

 ザガンは、糸が切れたように……廃墟の床へと倒れ伏した。そのまま……動かなくなる。気を失ったのだ。

 

――(……勝った、の……?)

 

 

   *   *   *

 

 

 廃墟に、静けさが戻ってきた。

 

 長い……長い戦いの――終わり。

 

 ミネルバが大斧を地面に下ろした。肩で息をしながら。それから、隣の黒髪の女を見た。

 

「……助かった。本当に」ミネルバが、言った。「それで……結局、お前は誰なんだ」

 

 ヒナタが、刀を、鞘に納めた。そして、静かに、答えた。

 

「拙者は――ネル殿に作られた、戦闘用人形でござる」

 

 ミネルバの目が、見開かれた。

 

「……人形、だと……?」

 

「左様。ネル殿の、奥の手と言ったところでござるな。……出番があって何よりでござった」

 

 

   *   *   *

 

 

 その瞬間。

 

――(……あ)

 

 ボクの魔力が。

 

 とうとう、底をついた。

 

 指先から紫の糸が、すうっと消えていく。もう、一秒も保たない。

 

――(ご、ごめん……ヒナタ……)

 

 ヒナタの体が、ぐらり、と傾いだ。

 

 そして――糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。かしゃん、と。さっきまで、あれほど鮮やかに動いていた体が、ただの動かない人形に戻る。

 

「お、おい……!?」

 

 ミネルバが驚いて駆け寄る。

 

 でも――ヒナタは答えない。

 

 ボクが、もう動かせないから。

 

 廃墟の奥。

 

 ボクはずるずると、その場に座り込んだ。全身から、力が抜けていく……指一本動かせない。こんなに疲れたのは、この体になって……初めてだった。

 

 でも。

 

――(……守れた)

 

 ミネルバを、ウェイブを、アウラを。そして、この廃墟を。

 

――(守り、きれたんだ……)

 

 胸の中に広がっていくのは。

 

 ただ、ひとつ。

 

 あたたかい、安堵だけだった。

 

――(よかった……本当に、よかった……)

 

 遠ざかる意識の、隅っこで。

 

 アウラの視界に、ミネルバが映っていた。崩れたヒナタを抱え、廃墟の奥――ボクのいる方を、じっと、見つめている。

 

 その目が、何かを確かめるように。

 

 でも、もう、ボクの意識は。

 

 そこで、ぷつりと途切れた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。ヒナタ、強かったですね……! でも、それを動かすネルの代償も相当なもので...廃墟の戦いが、ようやく決着しました。
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