廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい 作:糸守ものち
【ネル視点】
ヒナタが動いた。
ボクは廃墟の奥で……ヒナタの視界を通して、戦場を見ていた。
そして……思い知らされた……。
――(……っ、なに、これ)
動かしたその瞬間から……体の奥の魔力が、ごっそりと持っていかれる。
アウラとは比べ物にならない。ヒナタを数秒動かすだけで……魔力が滝みたいに流れ出ていく。
――(強すぎるんだ……この子は)
遠くで操るほど、消耗が激しい。廃墟の奥から戦場のヒナタへ。その距離が、ボクの魔力を容赦なく削っていく。
――(でも……今はやるしかない)
ミネルバが倒れている。ウェイブも……。
――(守るんだ! ボクの力で!!)
* * *
「いざ――【燕返し】」
ヒナタが地を蹴った。
目で追えない……ボクが操っているはずなのに、その速さに。ボクの認識が追い付かない。一瞬でザガンの懐へ……そして――二閃。
超高速の二連撃。
「――っ!?」
ザガンが、かろうじて腕で受けた。だが、受けきれない。一撃目を弾いた……その直後に来る二撃目。その刃が、ザガンの肩を浅く斬り裂いた。
血が飛び散る。
「なん……だと」
ザガンの顔から、笑みが消えていた。
ミネルバでさえ敗北した、あのザガンが……初めて――余裕を無くしている。
「どこから現れた……っ。こんな手練れが……!」
――(……っ、いける……!)
ヒナタが刀を構え直す……。鋭い目に揺らぎはない。
「ふむ。なかなか手強いでござるな」
* * *
だが――。
ザガンも、ただでは退かなかった。
「く……ひひっ。いいですよ……いいでしょうとも、受けて立ちます……!」
疾風迅雷の強化された肉体。その速さと力が……ヒナタの斬撃を紙一重で捌き始める。手練れと、手練れ。刃と、拳。一進一退。
そして――その間にも。
――(っ、はあ……っ、はあ……)
ボクの魔力が、大きく削れていく。指先が震える……視界がにじむ。
――(あと……どれくらい保つ……?)
ヒナタは、強い。多分……ミネルバに匹敵……いや、上回るかもしれないくらい。でも――ザガンも簡単には倒れてはくれない。ヒナタ一体では、決めきれない。ボクの魔力が……先に尽きてしまう。
――(足りない……っ。あと、ほんの少し、何かが……!)
* * *
そのときだった。
「――まだ、終わってねえぞ」
低い声。
ミネルバが――立ち上がっていた。
白炎は、もうない。全身傷だらけ……それでも、その橙色の目に……闘志は消えていなかった。大斧を杖みたいに突いて、ふらつきながら、それでも立った。
「……お前、どこの誰か知らねえが」ミネルバが、ヒナタの隣に並んだ。「助かった。礼は……後だ」
「うむ。今は、あれを倒すのが先でござる」
ヒナタが頷く。
背中合わせ。赤い髪と、黒い髪。大斧と、刀。
――(ミネルバ……!)
二人が、同時に、地を蹴った。
* * *
ミネルバの斧が、ザガンの正面を襲う。ザガンがそれを受ける。受けて――背後が、がら空きになる。
そこへ……ヒナタが。
「【流星斬】!」
複数の飛ぶ斬撃が、ザガンの背を斬り裂いた。
「ぐ、あ……っ!」
ザガンがよろめく。今度は、ミネルバが。
「【烈斧】ッ!」
炎の消えた、ただの斧。でも、渾身の一撃。ザガンの腕がそれを受け、鈍い音が響いた。
一人なら捌けた。しかし、二人だと――とてもではないが捌ききれない。
ザガンの体に傷が増えていく。じわり、じわりと、追い詰められていく。
* * *
「く、くひひ……ここまで、とは……っ」
ザガンの息が上がっていた。疾風迅雷の強化も、長くは保たない。彼にも、限界が近づいている。
そして――追い詰められたザガンが。
最後の力を……その全部を一点に込めた。
「させ、ませんよ……ッ! 私の、不老不死の邪魔は……まとめて――吹き飛べェ!!」
ザガンが地を蹴った。捨て身の体当たり……。全体重を乗せた、巨大な質量が……ミネルバとヒナタへと突っ込んでくる。
――(避けて……っ、いや、違う)
ボクは操った。ヒナタを、一歩、前へ。
避けない。迎え撃つ。
とんでもない勢いで突っ込んでくるザガン。そのまっすぐな軌道へ……ヒナタが、刀を、引き絞った。
「――【燕返し】」
静かな声だった。
カウンター。
突進の勢い、そのままに。ヒナタの超高速の二連撃が、ザガンを――捉えた。
ザガンの巨体が、止まる。
一瞬の静寂。
そして――崩れ落ちた。
「……ば、かな……あなたは、一体……何者、なのです……」
最後まで……その問いの答えにたどり着くことなく。
ザガンは、糸が切れたように……廃墟の床へと倒れ伏した。そのまま……動かなくなる。気を失ったのだ。
――(……勝った、の……?)
* * *
廃墟に、静けさが戻ってきた。
長い……長い戦いの――終わり。
ミネルバが大斧を地面に下ろした。肩で息をしながら。それから、隣の黒髪の女を見た。
「……助かった。本当に」ミネルバが、言った。「それで……結局、お前は誰なんだ」
ヒナタが、刀を、鞘に納めた。そして、静かに、答えた。
「拙者は――ネル殿に作られた、戦闘用人形でござる」
ミネルバの目が、見開かれた。
「……人形、だと……?」
「左様。ネル殿の、奥の手と言ったところでござるな。……出番があって何よりでござった」
* * *
その瞬間。
――(……あ)
ボクの魔力が。
とうとう、底をついた。
指先から紫の糸が、すうっと消えていく。もう、一秒も保たない。
――(ご、ごめん……ヒナタ……)
ヒナタの体が、ぐらり、と傾いだ。
そして――糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。かしゃん、と。さっきまで、あれほど鮮やかに動いていた体が、ただの動かない人形に戻る。
「お、おい……!?」
ミネルバが驚いて駆け寄る。
でも――ヒナタは答えない。
ボクが、もう動かせないから。
廃墟の奥。
ボクはずるずると、その場に座り込んだ。全身から、力が抜けていく……指一本動かせない。こんなに疲れたのは、この体になって……初めてだった。
でも。
――(……守れた)
ミネルバを、ウェイブを、アウラを。そして、この廃墟を。
――(守り、きれたんだ……)
胸の中に広がっていくのは。
ただ、ひとつ。
あたたかい、安堵だけだった。
――(よかった……本当に、よかった……)
遠ざかる意識の、隅っこで。
アウラの視界に、ミネルバが映っていた。崩れたヒナタを抱え、廃墟の奥――ボクのいる方を、じっと、見つめている。
その目が、何かを確かめるように。
でも、もう、ボクの意識は。
そこで、ぷつりと途切れた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。ヒナタ、強かったですね……! でも、それを動かすネルの代償も相当なもので...廃墟の戦いが、ようやく決着しました。