廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい 作:糸守ものち
【クロウ視点】
戦いは、もう何時間も続いていた。
俺は短剣を振るいながら、操られた兵を一人、また一人と昏倒させていく。殺さないように急所は外して……面倒な戦い方だ。
――(キリがない)
集めた冒険者たちも……よくやっている。Dランクも、Eランクも、Fランクの新人まで。統率はないが、数でなんとか押し止めている。
だが、終わりが見えない。
操られた連中は、倒しても倒しても起き上がってくる。糸を引いている本人――ザガンをどうにかしない限り。
――(やはり……鍵は王都じゃない)
ちらり、と城の奥へ目をやった。女王の間……あそこで女王の剣がまだ戦っている。
金色のツインテールが跳ねていた。
レイニー・ブラッドフォート。あの女がたった一人で、操られた騎士団長を抑え込んでいる。
「【鉄砕】!」
拳がマグナスの鎧に叩き込まれる。だが――硬い。傷一つつかない。
――(あれが……マグナスの代名詞と呼ばれる技【金剛】か……厄介な)
あの拳でも、あの絶対防御は破れない。本気の一撃を使えば別だろうが――ここは城の中だ。あの女もそれはわかっている。
だから、膠着していた。
――(長引けば、こっちが消耗する。早いとこなんとかしねえと……)
そう思った、その時だった。
* * *
ふっ、と。
空気が変わった。
俺が相手にしていた兵の動きが――止まった。
「……ん?」
操られていた連中の体から、糸が切れたように力が抜けていく。虚ろだった目に、光が戻ってくる。
「……あ、れ? 俺は……何を……」
「ここは……うわっ、なんで剣なんか持って……!」
正気に戻ったのだ。
一斉に。王都中の、操られていた者たち全員が。
――(……ザガンを倒せたんだな)
遠く、廃墟の方角を見やった。誰がやったのかは知らない。だが――操られていた者たちが解放されたということは、それをやっていた奴が倒れた……ということだろう。
――(ミネルバ……もしかしてお前か?)
口の端が、わずかに緩んだ。
* * *
女王の間でも、同じことが起きていた。
マグナスの巨体が、ぴたりと止まる。槍斧を構えたまま、きょとんと目を瞬かせている。
「……む? むむ? 吾輩は今、何を……」
操られていた騎士団長が、正気に戻った。
己の手を見て、女王へ向けられた槍斧を見て……状況をようやく飲み込んだらしい。顔から、見る間に血の気が引いていく。
「じょ、女王陛下に刃を……っ!? ま、待て、これは違う、吾輩は操られて……!」
あたふたと弁明を始めるマグナス。
悪い奴ではない。見ていれば、それはわかる。本気でうろたえている。
だが。
* * *
「――隙ありっ!」
レイニーだった。
弁明している、その無防備なマグナスの襟首を……レイニーががしっと掴んだ。
「な……っ!? レ、レイニー殿!?」
「ゴチャゴチャうるせーのよ! よくも、わたくし様をこんなに走り回らせてくれたわね!」
そのまま――ぶん、と。
レイニーがマグナスの巨体を、軽々と窓の外へ放り投げた。
「ちょっ!? ちょっと待つのである!!! 吾輩は正気に――」
「【王拳】ッ! ……手加減版、なのよ」
窓の外、宙に投げ出されたマグナスへ。
レイニーの拳が……唸りを上げて突き刺さった。
どぉん、と。
空気が震えた。手加減されているはずの一撃……それでも、前方二十メートルほどを吹き飛ばす威力だ。
マグナスの巨体が、青空の彼方へと――小さな点になって消えていった。
「……でああああるーーー……っ」
間の抜けた悲鳴を、引きずりながら。
* * *
俺は、その一部始終を黙って見ていた。
正気に戻ったばかりの男。必死に弁明していた男。それを最後まで聞かず、窓から投げて、ぶん殴った女。
……。
「……いや」
思わず声が出た。
「聞いてやれよ」
誰に言うでもなく、呟いた。
まあ――あの男。鎧は頑丈そうだったし……死にはしないだろう。
……たぶん。
* * *
女王の間に、静けさが戻ってきた。
操られていた者たちは正気に戻り、その場に座り込んでいる。混乱と安堵の入り混じった、ざわめき。
その中心で。
女王セレシアが、静かに杖を下ろした。氷の檻が、淡く解けていく。
「……騒ぎは、これまでです」
凛とした声だった。たった一言で、ざわめきが収まる。
「みな、よく耐えました。あとの始末は私が引き受けます」
女王の威厳が、王都に秩序を取り戻していく。
レイニーが、その傍らへ、すっと膝をついた。
「セレシア様。ご無事で何よりですの」
「……遅いですよ、レイニー」
「うっ……め、面目次第も、ございませんっ」
* * *
俺は短剣を鞘に納めた。
集めた冒険者たちも、戦いの終わりを悟って、武器を下ろし始めている。誰からともなく、ため息と安堵の笑いが漏れ出した。
長い戦いが終わった。
もう一度、廃墟の方角を見やる。
あそこでも戦いがあったはずだ。ミネルバと――それから、あの道化師の人形たちのいる奇妙な場所で。
王都に、静けさが戻ってきた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
レイニーの容赦のなさと、クロウのツッコミを楽しんでもらえていたら嬉しいです。