廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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四十五話目です。今回はミネルバ視点。……ネルが眠っている間に、世界のほうが動き出していきます


一章 第四十五話「ネルが眠る間に」

 

 

【ミネルバ視点】

 

 俺は大斧を地面に突き立てて、廃墟の前をぐるりと見回した。

 

 あちこちに、焼け焦げた魔導士たちが倒れている。白炎でまとめて薙ぎ払った連中だ……死んではいないし、加減はした。……炎に加減もクソもないが、まあ生きてはいる。

 

 その奥に、風魔法のフォルガー。あの外道も、白炎で焼かれて動けないまま転がっている。

 

 そして――ザガン。

 

 あの雷の化け物と化した男も、廃墟の入り口近くで倒れ伏していた。気を失っているのだろう。黒髪の女、ヒナタとかいう剣士が最後に仕留めた……そのヒナタも、今は崩れ落ちてただの人形に戻っている。

 

――(……妙な戦いだったな)

 

 俺は、廃墟の奥へ目をやった。

 

 暗がりの中、ネルが眠っている。小さな体を丸めて。あの道化師の人形が、全魔力を使い果たして……ぴくりとも動かない。そのそばに、アウラがぴったりと寄り添っていた。

 

――(……よくやったよ、お前は)

 

 声にはしなかった。眠ってるやつに言っても仕方ない。

 

 少し離れた場所には、ウェイブが伸びていた。ザガンに吹き飛ばされて、そのまま気絶している。……こいつも、まあ頑張ったほうだ。震えながらでも立ちはだかったんだからな。

 

 さて。

 

――(……こいつらを、どうするか)

 

 ザガンを、このまま放ってはおけない。目を覚まして、また暴れられたら厄介だ。城に突き出す必要があるが……俺一人で、この人数を運ぶのは――。

 

 そう考えていた、その時だった。

 

 

   *   *   *

 

 

 空から、音がした。

 

「……ん?」

 

 俺は空を見上げた。

 

 ――何か、落ちてくる。

 

 黒い点。それが、みるみる大きくなる……人? ……人が落ちてくる!? しかも……でかい。鎧を着た男が。悲鳴を上げながら。

 

「――でああああるーーーっ!?」

 

 どごぉん、と。

 

 そいつは廃墟の前の地面に、盛大に突っ込んだ。土煙が舞い上がる。

 

 ……。

 

 俺はしばらく、その土煙を無言で見ていた。

 

 やがて……煙の中からのっそりと、でかい影が起き上がる。重厚な鎧、貴族らしい髭。……見覚えがあった。

 

「……マグナス? 蒼剣騎士団の?」

 

「う……うぬぬ……っ」マグナスは、頭を振りながら立ち上がった。「こ、ここは……!? 吾輩は確か、女王陛下のもとへ……いや待て、そのあと金髪の小娘に襟首を掴まれて……」

 

――(……ああ。レイニーか)

 

 だいたい想像がついた。あの女王の剣が、なんらかの理由で……この男を、王都からここまでぶっ飛ばしたんだろう。

 

――(……とんでもねえ女だな、あいつも)

 

「なんで空から降ってくるんだお前は?」俺は呆れて言った。

 

「わ、吾輩にもわからん!」マグナスは堂々と胸を張った。「だが、生きている! それが何よりだ!!」

 

 ……こいつ。バカだけど、妙に憎めないな。

 

 

   *   *   *

 

 

 マグナスは、辺りを見回した。倒れた魔導士たち。フォルガー。そして――ザガン。

 

 その顔から、間の抜けた表情がすっと消えた。

 

「……ザガン」マグナスの声が低くなる。「やはり、こやつがすべての黒幕か」

 

「ああ。王都でも暴れたんだろ? こいつが糸を引いてた」

 

「……うむ」マグナスは拳を握った。「吾輩は、こやつに利用されていた。何も気づかず……のこのこと。騎士団長として恥ずべきことだ」

 

――(……お。意外とまともなこと言うじゃねえか)

 

「だが!」マグナスは、ザガンを指さした。「まだ遅くはない! この吾輩が責任をもって、こやつを城へ連行する! 一人残らず、引っ立ててくれるわ!」

 

 ……はいはい、来た。

 

「待て」俺は止めた。「お前一人でか?」

 

「無論!」

 

「こいつはザガンなんだぞ。しかも、雷の魔法で人を操る。目を覚まして……また暴れたら……お前一人で抑えられるのか?」

 

「……む」

 

 マグナスの動きが止まった。……こいつ、考えてなかったな。

 

「だ、だが……」

 

「魔力を封じないといけないだろ」俺は言った。「魔封じの道具だ。心当たりは?」

 

「……あ、ある! 騎士団の本部に、危険な魔法使いや魔導士を捕らえるための、魔封じの首輪が備えてある!」マグナスは、ぱっと顔を輝かせた。「王都から部下を呼べば……!」

 

「ならそうしろ。首輪をつけて、しっかり運ぶ。俺もついていくぞ」

 

「……おお! 心強い!」

 

 

   *   *   *

 

 

 と――そのとき。

 

「……ふぅ、ん……っ、いてて……」

 

 地面で、ウェイブがもぞもぞと動き出した。頭を押さえながら身を起こす。

 

「……あ、あれ? 俺は……そうだ、ザガンが……!」がばっと顔を上げる。「て、敵は!? 廃墟は!?」

 

「終わったよ」俺は言ってやった。「お前が気絶してる間にな」

 

「……え?」ウェイブは、きょとんとした。それから、倒れているザガンを見て状況を飲み込んだらしい。「か、勝ったのか……俺たちが……!」

 

 そして、なぜか胸を張った。

 

「ふ、ふぅん! 当然だな! 俺が身を張って、時間を稼いだおかげ――」

 

「はいはい」

 

「な、なんだよ、その雑な相槌は!?」

 

 ……こいつはいつも通りだな。少しだけ、安心した。

 

 

   *   *   *

 

 

 王都から呼んだ蒼剣騎士団が、ザガンたちに魔封じの首輪を嵌めていく。かちり、と。首輪が閉じるたび、あれほど脅威だった魔導士たちが、ただの抜け殻みたいに大人しくなっていった。

 

 ザガンは最後まで目を覚まさなかった。魔封じの首輪を嵌められ、荷馬車に乗せられていく。

 

――(……これで、当分は大丈夫だろう)

 

 俺とマグナス、そしてウェイブは、その連行に付き添った。眠るネルと、アウラを廃墟に残して。

 

 去り際、廃墟の奥を振り返る。アウラがこちらをじっと見ていた。小さく、頭を下げてくる。俺も頷き返した。

 

――(……アウラ。あいつを頼むぞ)

 

 

   *   *   *

 

 

 王都。城の玉座の間。

 

 青と白で彩られた、荘厳な広間。その空気は、ひやりと冷たい。

 

 玉座に、セレシア・ヴァルドレイン女王が座していた。その傍らには――女王の剣であるレイニーが控えている。

 

「……報告を聞きましょう」女王は、静かに言った。「簡潔に」

 

 俺は片膝をついて、事の次第を語った。ザガンの裏切り、廃墟への襲撃。そして――そこにいた「廃墟の主」が、力を貸してくれたことを。

 

「廃墟の主」女王の目が、少しだけ細くなった。「……レイニーから聞いています。森の廃墟に住む、奇妙な存在のことは」

 

「はい」俺は頷いた。「そいつが……戦うための人形を差し向けて、ザガンを倒すのに加勢してくれました。そいつがいなけりゃ……俺は、負けてた」

 

 俺は、ネルのことをそう語った。アウラのことは……人形だとは報告しなかった。

 

「……人形を操る、か」女王は少し考えるように、目を伏せた。「レイニーの報告通り、特殊な力を持っているようですね」

 

「そのとおりですの、セレシア様」レイニーが口を開いた。「わたくし様が前に言った通り。あの廃墟には、ただ者じゃない何かがいるんですの」

 

「……なるほど」

 

 女王は、しばらく沈黙した。それから――ゆっくりと、口を開いた。

 

「此度の働き、見事でした。ザガンの野望を砕いたこと。王国として、礼をしなければなりません」

 

「礼、ですか?」

 

「ええ」女王は頷いた。「あなたに。そして……その廃墟の主。さらに、そこの騎士――ウェイブと言いましたね。この三人に、褒美を取らせましょう」

 

 ウェイブが隣で、びくっと背筋を伸ばした。

 

「ほ、褒美!? お、俺に、ですか!?」

 

「ええ。廃墟で、身を挺して戦ったと聞きました。……違いますか?」

 

「い、いえ! そ、その通りです! ふぅん、当然の評価ですね!」

 

 ……こいつは本当に、ブレないな。

 

「ですが」女王は続けた。「その廃墟の主は……今、この場にいない」

 

「はい……魔力を使い果たして……目を覚まさないんです。しばらく、動けないかと」

 

「……そう」女王は静かに頷いた。「では、こうしましょう。その者が回復し……あなたたち三人が揃ったとき。改めて、褒美を授けます。準備が整い次第、レイニーを通じて連絡を寄越しなさい」

 

「……承知、しました」

 

 

   *   *   *

 

 

 玉座の間を、辞して。

 

 俺は、城の廊下を歩きながら、ふと思った。

 

 あいつは――ネルは、今も廃墟で眠っている。

 

 自分の知らないところで……廃墟が女王に認められ。自分の名が、王国に刻まれ。褒美まで用意されている。……ただ静かに暮らしたいだけの、あいつの与り知らぬところで。

 

――(……世界ってのは、勝手なもんだな)

 

 平穏を望むやつほど。その平穏から、遠ざかっていく。

 

――(……お前が目を覚ましたとき。この世界を、どう思うかね)

 

 窓の外。王都の空は、よく晴れていた。

 

 ネルが目を覚ますまで――あと、もう少し。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。戦いは終わり、女王からの褒美の話が……。そして次回、ついにネルが目を覚まします。長らくお待たせしました。ここからは、その後の物語です
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