廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい 作:糸守ものち
【ミネルバ視点】
俺は大斧を地面に突き立てて、廃墟の前をぐるりと見回した。
あちこちに、焼け焦げた魔導士たちが倒れている。白炎でまとめて薙ぎ払った連中だ……死んではいないし、加減はした。……炎に加減もクソもないが、まあ生きてはいる。
その奥に、風魔法のフォルガー。あの外道も、白炎で焼かれて動けないまま転がっている。
そして――ザガン。
あの雷の化け物と化した男も、廃墟の入り口近くで倒れ伏していた。気を失っているのだろう。黒髪の女、ヒナタとかいう剣士が最後に仕留めた……そのヒナタも、今は崩れ落ちてただの人形に戻っている。
――(……妙な戦いだったな)
俺は、廃墟の奥へ目をやった。
暗がりの中、ネルが眠っている。小さな体を丸めて。あの道化師の人形が、全魔力を使い果たして……ぴくりとも動かない。そのそばに、アウラがぴったりと寄り添っていた。
――(……よくやったよ、お前は)
声にはしなかった。眠ってるやつに言っても仕方ない。
少し離れた場所には、ウェイブが伸びていた。ザガンに吹き飛ばされて、そのまま気絶している。……こいつも、まあ頑張ったほうだ。震えながらでも立ちはだかったんだからな。
さて。
――(……こいつらを、どうするか)
ザガンを、このまま放ってはおけない。目を覚まして、また暴れられたら厄介だ。城に突き出す必要があるが……俺一人で、この人数を運ぶのは――。
そう考えていた、その時だった。
* * *
空から、音がした。
「……ん?」
俺は空を見上げた。
――何か、落ちてくる。
黒い点。それが、みるみる大きくなる……人? ……人が落ちてくる!? しかも……でかい。鎧を着た男が。悲鳴を上げながら。
「――でああああるーーーっ!?」
どごぉん、と。
そいつは廃墟の前の地面に、盛大に突っ込んだ。土煙が舞い上がる。
……。
俺はしばらく、その土煙を無言で見ていた。
やがて……煙の中からのっそりと、でかい影が起き上がる。重厚な鎧、貴族らしい髭。……見覚えがあった。
「……マグナス? 蒼剣騎士団の?」
「う……うぬぬ……っ」マグナスは、頭を振りながら立ち上がった。「こ、ここは……!? 吾輩は確か、女王陛下のもとへ……いや待て、そのあと金髪の小娘に襟首を掴まれて……」
――(……ああ。レイニーか)
だいたい想像がついた。あの女王の剣が、なんらかの理由で……この男を、王都からここまでぶっ飛ばしたんだろう。
――(……とんでもねえ女だな、あいつも)
「なんで空から降ってくるんだお前は?」俺は呆れて言った。
「わ、吾輩にもわからん!」マグナスは堂々と胸を張った。「だが、生きている! それが何よりだ!!」
……こいつ。バカだけど、妙に憎めないな。
* * *
マグナスは、辺りを見回した。倒れた魔導士たち。フォルガー。そして――ザガン。
その顔から、間の抜けた表情がすっと消えた。
「……ザガン」マグナスの声が低くなる。「やはり、こやつがすべての黒幕か」
「ああ。王都でも暴れたんだろ? こいつが糸を引いてた」
「……うむ」マグナスは拳を握った。「吾輩は、こやつに利用されていた。何も気づかず……のこのこと。騎士団長として恥ずべきことだ」
――(……お。意外とまともなこと言うじゃねえか)
「だが!」マグナスは、ザガンを指さした。「まだ遅くはない! この吾輩が責任をもって、こやつを城へ連行する! 一人残らず、引っ立ててくれるわ!」
……はいはい、来た。
「待て」俺は止めた。「お前一人でか?」
「無論!」
「こいつはザガンなんだぞ。しかも、雷の魔法で人を操る。目を覚まして……また暴れたら……お前一人で抑えられるのか?」
「……む」
マグナスの動きが止まった。……こいつ、考えてなかったな。
「だ、だが……」
「魔力を封じないといけないだろ」俺は言った。「魔封じの道具だ。心当たりは?」
「……あ、ある! 騎士団の本部に、危険な魔法使いや魔導士を捕らえるための、魔封じの首輪が備えてある!」マグナスは、ぱっと顔を輝かせた。「王都から部下を呼べば……!」
「ならそうしろ。首輪をつけて、しっかり運ぶ。俺もついていくぞ」
「……おお! 心強い!」
* * *
と――そのとき。
「……ふぅ、ん……っ、いてて……」
地面で、ウェイブがもぞもぞと動き出した。頭を押さえながら身を起こす。
「……あ、あれ? 俺は……そうだ、ザガンが……!」がばっと顔を上げる。「て、敵は!? 廃墟は!?」
「終わったよ」俺は言ってやった。「お前が気絶してる間にな」
「……え?」ウェイブは、きょとんとした。それから、倒れているザガンを見て状況を飲み込んだらしい。「か、勝ったのか……俺たちが……!」
そして、なぜか胸を張った。
「ふ、ふぅん! 当然だな! 俺が身を張って、時間を稼いだおかげ――」
「はいはい」
「な、なんだよ、その雑な相槌は!?」
……こいつはいつも通りだな。少しだけ、安心した。
* * *
王都から呼んだ蒼剣騎士団が、ザガンたちに魔封じの首輪を嵌めていく。かちり、と。首輪が閉じるたび、あれほど脅威だった魔導士たちが、ただの抜け殻みたいに大人しくなっていった。
ザガンは最後まで目を覚まさなかった。魔封じの首輪を嵌められ、荷馬車に乗せられていく。
――(……これで、当分は大丈夫だろう)
俺とマグナス、そしてウェイブは、その連行に付き添った。眠るネルと、アウラを廃墟に残して。
去り際、廃墟の奥を振り返る。アウラがこちらをじっと見ていた。小さく、頭を下げてくる。俺も頷き返した。
――(……アウラ。あいつを頼むぞ)
* * *
王都。城の玉座の間。
青と白で彩られた、荘厳な広間。その空気は、ひやりと冷たい。
玉座に、セレシア・ヴァルドレイン女王が座していた。その傍らには――女王の剣であるレイニーが控えている。
「……報告を聞きましょう」女王は、静かに言った。「簡潔に」
俺は片膝をついて、事の次第を語った。ザガンの裏切り、廃墟への襲撃。そして――そこにいた「廃墟の主」が、力を貸してくれたことを。
「廃墟の主」女王の目が、少しだけ細くなった。「……レイニーから聞いています。森の廃墟に住む、奇妙な存在のことは」
「はい」俺は頷いた。「そいつが……戦うための人形を差し向けて、ザガンを倒すのに加勢してくれました。そいつがいなけりゃ……俺は、負けてた」
俺は、ネルのことをそう語った。アウラのことは……人形だとは報告しなかった。
「……人形を操る、か」女王は少し考えるように、目を伏せた。「レイニーの報告通り、特殊な力を持っているようですね」
「そのとおりですの、セレシア様」レイニーが口を開いた。「わたくし様が前に言った通り。あの廃墟には、ただ者じゃない何かがいるんですの」
「……なるほど」
女王は、しばらく沈黙した。それから――ゆっくりと、口を開いた。
「此度の働き、見事でした。ザガンの野望を砕いたこと。王国として、礼をしなければなりません」
「礼、ですか?」
「ええ」女王は頷いた。「あなたに。そして……その廃墟の主。さらに、そこの騎士――ウェイブと言いましたね。この三人に、褒美を取らせましょう」
ウェイブが隣で、びくっと背筋を伸ばした。
「ほ、褒美!? お、俺に、ですか!?」
「ええ。廃墟で、身を挺して戦ったと聞きました。……違いますか?」
「い、いえ! そ、その通りです! ふぅん、当然の評価ですね!」
……こいつは本当に、ブレないな。
「ですが」女王は続けた。「その廃墟の主は……今、この場にいない」
「はい……魔力を使い果たして……目を覚まさないんです。しばらく、動けないかと」
「……そう」女王は静かに頷いた。「では、こうしましょう。その者が回復し……あなたたち三人が揃ったとき。改めて、褒美を授けます。準備が整い次第、レイニーを通じて連絡を寄越しなさい」
「……承知、しました」
* * *
玉座の間を、辞して。
俺は、城の廊下を歩きながら、ふと思った。
あいつは――ネルは、今も廃墟で眠っている。
自分の知らないところで……廃墟が女王に認められ。自分の名が、王国に刻まれ。褒美まで用意されている。……ただ静かに暮らしたいだけの、あいつの与り知らぬところで。
――(……世界ってのは、勝手なもんだな)
平穏を望むやつほど。その平穏から、遠ざかっていく。
――(……お前が目を覚ましたとき。この世界を、どう思うかね)
窓の外。王都の空は、よく晴れていた。
ネルが目を覚ますまで――あと、もう少し。
最後まで読んでいただきありがとうございます。戦いは終わり、女王からの褒美の話が……。そして次回、ついにネルが目を覚まします。長らくお待たせしました。ここからは、その後の物語です