廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい 作:糸守ものち
ついに女王との謁見。……ネルは最後まで、表に出まいとあがきます。
【ネル視点】
ボクが目覚めてから数日後、手紙のやりとりを経て謁見の日が決まった。
その間にも、子ども達やウェイブ、クロウが来てくれたりといろいろなことがあったんだ。
そして……ついに王都に向かう日になってしまった。
慣れない森の外ということもあり、王都まで行くだけで一日もかかってしまった。
ミネルバが前もって移動時間について教えてくれていなかったら、遅れていたかもしれない。
長い距離を歩き、とうとう王都の門の前まで来てしまった……。
ボクは、ミネルバの隣を歩きながら……その、あまりの大きさに圧倒されていた。
高い、高い城壁。行き交う……たくさんの人。荷馬車の音、物売りの声。人、人、人。
――(……こんなに、たくさん)
怖い。足がすくむ……ボクは思わず、ミネルバのマントの陰に隠れた。
「おい、ネル」ミネルバが、呆れたように見下ろしてくる。「そんなにビビるなら……本当に来なくてもよかったんだぞ?」
ボクは首を横に振った。
――(そういうわけにはいかない)
ボクの魔力糸は、遠く離れるほど消耗が激しくなる。アウラの買い出しくらいの距離ならなんとかなる……でも、王都は歩いて、まる一日もかかる場所だ。
あんな遠くから身代わりを操るなんて……できるわけがない。
――(だから……ボクも来るしかなかった)
ボクの隣には……もう一体、小さな人形がちょこちょこと歩いている。
……ボクの、身代わり。
ボクよりも少しだけ小さい。緑と黒のまだらの衣装。黒いシルクハットに灰色の髪。……ボクを真似て作った、粗末な写し身。
急ごしらえだから、精巧じゃない。近くでじっくり見られたら……たぶん違うってわかってしまう。
――(でも……遠くから見るだけなら)
女王は玉座の上にいる……ボクは離れた場所から糸で操る。近くで見られることは……ない、はずだ。
――(大丈夫……きっと、うまくいく)
そう、自分に言い聞かせた。
そのときだった。
* * *
「ミネルバ殿ーーー!」
うるさい声が、門のほうから聞こえた。
騎士団の鎧に、少しセットされた茶色の髪。自信満々の顔。……ウェイブだ。
「ふぅん、待ちくたびれたぞ! この俺を待たせるとは……まあ、許してやるが」
「うるせえな」ミネルバが、面倒くさそうに言った。「時間通りだろうが」
ウェイブが、ボクたちのほうを見た。
――そして。
「おお、ネル! 来ていたのか!」
ぱっと、顔を輝かせて。ウェイブは身代わりの人形のほうへ駆け寄った。
――(……!)
ボクは慌てた。まずい、近づいたら――。
「また会えて嬉しいよ、麗しきマド……」
ウェイブの声が、途中で止まった。
……。
その顔から笑みが、すうっと消えていく。彼は身代わりの人形を、じっと見つめた。それから、ミネルバを見た。また人形を見た。
そして。
「……ん?」
――(……や、やばい)
「……いや、待て。……なんだこれは」
ウェイブが眉をひそめる。
「ネル……じゃない? いや、そっくりだが……違う。……ふぅん、誰だこれ!?」
「……っ」
ミネルバがため息をついた。
「……気付くのかよ」
「気付くに決まっているだろう!」
ウェイブが胸を張った。
「俺は、ネルをずっと見てきたんだぞ! 髪の、この……感じ。目の、この…角度。全部、微妙に違う! 俺の目は、ごまかせない!」
……。
ボクは絶望した。
――(……ウェイブに見抜かれた。あのウェイブに……)
しかも、一目で。近づいて数秒で。
――(……これで……女王の前で、いけるの……?)
胸の奥が、ざわりと冷たくなった。
「で?」ウェイブが腰に手を当てた。「これは、どういうことだ?」
ミネルバが、マントの中のボクをちらりと見せながら……面倒くさそうに説明した。ネルは表に出たくない。だから、身代わりを立てて離れた場所から操る。そういう作戦だ、と。
ウェイブの顔が、みるみる青くなった。
「じょ、女王陛下を……欺くのか!?」
「……そういうことになるな」
「そ、そんな……騎士として、それは……!」
ボクは、必死に宙に文字を書いた。
――『ごめん』『でも、ボクは、でたくない』
ウェイブは、その文字をじっと見た。
……そして。
「……ふぅん」
急に腕を組んで、したり顔になった。
「まあ、いいだろう。ネルがそう望むのなら……俺は何も見ていない。ふぅん、寛大な男だからな、俺は」
……。
――(……ちょろい)
いや。助かったけど。
でも――ウェイブがこんなに簡単に見抜いた。その事実だけが、ボクの胸に……重く残った。
* * *
城門の前で、ボクは袋に入った。
ミネルバが持ってきた大きな荷袋。冒険者が旅の道具を入れる、あの……ぼろぼろの袋。
――(……本当にこれでいくの……?)
「文句あるか?」ミネルバが言った。「お前が隠れたいって言うから、用意したんだ」
ボクは、膝を抱えて身を丸めた。
ボクの手足は、ひょろりと細い。体も小さい、こうして丸まれば……なんとか、収まる。窮屈だけど……情けないけど。
ミネルバが袋の口を閉じた。
真っ暗。
――(……うう)
でも、大丈夫。ボクの目は、この袋の中を見ていない。
ボクの視界は――身代わりの人形の目だ。
袋がふわりと持ち上がる。ミネルバが担いだのだ……ずしり、と揺れる。
「……重っ」
――(ご、ごめん……)
揺られながら、ボクは身代わりの人形の目を通して、城門を見上げていた。
* * *
城の中は――静かだった。
綺麗に磨かれた床、高い天井。青と白がふんだんに使われた荘厳な装飾。すれ違う文官や騎士たち。
誰も、ミネルバの荷袋には目もくれない。当たり前だ……冒険者が荷物を持っている、それだけのことなのだから。
――(……よかった)
案内された先は、玉座の間の手前にある控えの間だった。
ミネルバが袋を壁際に、そっと下ろす。
「……じゃあな。ここで待ってな」
袋越しに小さく囁くように。ボクは、揺れることで返事をした。
そして――ミネルバとウェイブ、身代わりの人形が部屋を出ていく。
残されたのは。
ボクの入った袋と……
……扉の外に立つ、二人の警備兵だけ。
――(……っ)
すぐそこに、人間がいる。槍を持った警備兵が。
ボクは身動きひとつしなかった、できなかった。少しでも動けば物音で――気づかれるかもしれない。
――(動くな……ボクは人形だ……ただの荷物なんだ……)
心臓なんてないはずなのに。体の内側で、何かが早鐘みたいに鳴っていた。
* * *
視界の中で――玉座の間の扉が……開いた。
その、あまりの荘厳さにボクは……息を、呑んだ。呑むための息なんてないけれど。
長い、長い床。両脇に、ずらりと並ぶ衛兵たち。高い天井から差し込む光。
そして――そのいちばん奥。
玉座に、女王が座っていた。
セレシア・ヴァルドレイン。
――(……っ)
遠く離れているのに。壁一枚、隔てた隣の部屋にいるのに。
それでも――ボクは震えた。
あの人は……ミネルバとも、レイニーとも違う。ザガンとも違う。「強い」とか「怖い」とか、そういうことじゃない。ただ、そこに座っているだけで――部屋の空気そのものが、あの人のものになっている。
その傍らには――金髪のツインテール。
――(……レイニー)
あの時、廃墟に来た近衛兵。ボクの……本当の姿を見た女の人。
――(……大丈夫。ボクはここにいる。あそこにいるのは、別の人形だ)
ボクは、糸を慎重に動かした。身代わりの人形が、ミネルバとウェイブの間を進んでいく。
磨かれた床を、一歩、一歩。
そして――玉座の前まで。ミネルバが片膝をついた。ウェイブも慌てて、それに倣う。
身代わりの人形も……ボクは、ぎこちなく頭を下げさせた。
「……よく、来ましたね」
女王の声が響いた。
静かな声だった。大きくもない。なのに――部屋の隅々まで、染み渡るような。
「ザガンの野望を打ち砕いた三人。……礼を言いましょう」
――(……よかった。うまくいってる)
このまま、このまま褒美とやらを受け取って……さっさと帰ろう。廃墟へ。あの、静かな場所へ。
そう、思った――そのときだった。
女王の……水色の瞳が。
すっと――細くなった。
「……ところで」
……。
「そこの人形」
――(……っ)
「あなたの背中から伸びている、その紫の糸は……どこへ続いているのです?」
……。
ボクの、思考が。
止まった。
* * *
――(な……)
なんで。
なんで、見えて――。
「面白い色ですね。……黄色ではない。見たことのない魔力です」
女王が静かに続けた。
「レイニーの報告通り。……ですが、報告とは違う点が一つ」
女王の視線が。
ゆっくりと、動いた。
身代わりの人形の背中から。床を、するすると辿るように。開かれた扉のほうへ。……その、向こうへ。
「……糸の先ですね」
ボクは動けなかった。
「レイニー」
「はい、セレシア様」
「連れてきなさい。……そこの控えの間に、いるのでしょう?」
――(……い、や)
やめて。
来ないで。
「かしこまりましたですの」
視界の端で――レイニーが玉座の間を出ていくのが見えた。
こっちに。
こっちに、来る。
――(いやだ……いやだ、いやだ!)
ボクは袋の中で、身をいっそう固くした。動かない。ボクは人形。ただの荷物。ただの――。
控えの間の扉が。
ゆっくりと開かれる……。
警備兵たちが、姿勢を正す気配。
こつ、こつ、と。
靴音が、近づいてくる。
……ボクの、目の前で。
止まった。
……。
「……何やってんのよ?」
ため息みたいな声だった。
「バレてんのよ、とっくに。……袋の中から、糸がじゃんじゃん出てんのよ。丸見えなの」
――(……あ)
ボクは。
自分の迂闊さを。
……悟った。
「セレシア様がお呼びなのよ。……開けるわよ」
ざり、と。
袋の口が、開かれる。
差し込む光。
……ボクは、真っ白な世界の中で。
膝を抱えたまま丸まった、情けない自分の姿を――レイニーに見下ろされていた。
「……ふーん」
レイニーがボクを見て。
少しだけ笑った。
「その姿。……そうそう、それなのよ。廃墟で見たのは」
ボクは、震えていた。
「……ほら。運んであげるから大人しくしてなさい」
その手が……ボクの入った袋ごと抱きかかえた。
――こうして。
ボクは。
自分の足でも、自分の意思でもなく。
レイニーに袋ごと運ばれて。
玉座の間へ引きずり出された。
* * *
……ざわり、と。
玉座の間が揺れた。
衛兵たちが、目を見開いている。
当たり前だ。ぼろぼろの袋から――玉座の前にいた人形を、一回り大きくしたような人形が出てきたからだ。
――(……見ないで)
磨かれた床の上に、下ろされる。
――(……見ないで、お願い)
でも、逃げ場なんて……どこにもなかった。
ボクは震える足で。
長い、長い床を歩いた。
……ミネルバの隣まで。
そして。
顔を上げるしかなかった。
閉じられない瞳で。
玉座の女王を。
見上げるしか。
……なかった。
「……なるほど」
女王が言った。
「あなたが……本物ですね」
ボクは、何も答えられなかった。
女王がゆっくりと、立ち上がる。
それだけで――部屋の温度が数度、下がったような気がした。
「……私を欺こうとするとは」
その声は、静かだった。
怒鳴ってもいない、荒げてもいない。
なのに――ボクの全身が、氷になったみたいに動かなくなった。
「勇気があるのか。……愚かなのか」
――(……ご……)
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
だって――どうしようもなかったんだ。怖くて、出たくなくて、それだけで。
悪気なんてなかった。
でも――それが、失礼なことだってことくらい。
……ボクにもわかる。
「……ふむ」
* * *
女王は、しばらく黙っていた。
その瞳が。
じっと、ボクを見下ろしている。
――(……っ)
見透かされている。
そう、思った。この人には……ボクの、全部が見えている。
ボクが……どれだけ弱くて、どれだけ臆病で。どれだけ、情けないか。
……全部。
「……そういうことですか」
やがて、女王は小さく息を吐いた。
そして――ゆっくりと、玉座に座り直す。
「……欺かれたのは事実。ですが」
その声から。
ほんの少しだけ――冷たさが抜けた。
「……あなたは……私を害そうとして、そうしたのではない。……ただ、隠れたかった。……そうですね?」
……。
ボクは、恐る恐る顔を上げた。
そして――こくり、と。
頷いた。
「……ええ。見ればわかります」
女王が静かに言った。
「これほど震えている者を、私は初めて見ました」
――(……っ)
恥ずかしい。でも――何も、言い返せない。
「怯えているだけの者を、責める趣味はありません。……此度の件は、不問とします」
――(……!)
ボクは思わず、また頭を下げた。
「……ただし」
女王の声が、少しだけ鋭くなる。
「次はありません。……私の前で、二度と小細工はしないこと」
ボクは頷いた。
……ほんとうに、もう、二度としない。
* * *
「さて」
「話を戻しましょう。……あなたは、声が出せないのですね?」
ボクは頷いた。
「……そう」
女王は少し考えるように目を伏せた。それから顔を上げる。
「ミネルバ」
「は、はい」
「あなたに発言を許します。……この者の言葉を、代わりに伝えなさい」
「……!」ミネルバが……目を見開いた。「よろしいのですか?」
「構いません。……声を持たぬ者に、声を出すよう命じるのは道理に合わない」
……。
――(……え)
ボクは驚いて、女王をまた見上げた。
……この人は。
厳しくて、怖くて。ボクを見透かして、静かに怒って。
……なのに。
声のないボクのために――規則を曲げてくれた。
――(……)
なんだか。
胸の奥が、少しだけ。
……あたたかくなった。
* * *
「では――褒美の話をしましょう」
「まずは、ミネルバ。……何が望みですか?」
「……はっ」
ミネルバが頭を下げた。
「では、遠慮なく。……高品質の魔力回復薬と、回復薬を五本ずつ。それと……報奨金をいただけたら」
「……薬、ですか」
「はい。俺は、冒険者ですから。……次の戦いで生き残るためのものが、いちばんありがたい」
「……よろしい」
女王が頷いた。
「王家の秘蔵の品から、最上のものを与えましょう。報奨金も、相応の額を」
「ありがとうございます」
――(ミネルバ……らしいなあ)
豪華な宝物でも、地位でもなく。次の戦いで生き残るための薬。
……本当に、ミネルバらしい。
「次は――ウェイブ」
「は、はいっ!」
ウェイブが、がばっと頭を上げた。
「……あなたは、何を望みますか?」
……。
ウェイブは顔を下げて、少しの間黙っていた。
それから――ゆっくりと、顔を上げた。
その表情は。
……いつもの、自信満々の顔じゃなかった。
「……俺は」
「……」
「……騎士の身分のままで、廃墟の……警護の任に就かせてください!」
……。
――(……え)
「……ほう」女王の眉が、わずかに動いた。「出世でも、金でもなく。……辺境の警護を?」
「はい」
「……理由を聞きましょうか。」
「……俺は」
ウェイブが言った。
「あの日、廃墟で……震えていました。怖くて。逃げたくて……大したことは何もできなかった」
……。
「ですが――あそこには、俺の守りたいものがあるんです」
……。
「もう二度と……震えるだけの俺でいたくない。……だから、あそこにいさせてください!」
……。
ボクは。
その横顔を、じっと見ていた。
――(……ウェイブ)
いつものうるさくて、自意識過剰で、ちょっと情けないあの騎士の。
……見たことのない顔だった。
「……よろしい」
女王が、静かに頷いた。
「王国の騎士として在籍したまま、廃墟の警護を命じます。……ウェイブ。あなたの働きに期待します」
「――はっ!! ありがたき幸せ!!」
ウェイブが顔を輝かせた。
そして――ボクのほうを振り向いて……
左目をぱっちりと閉じて……ウインクをしてきた。
……。
――(…………………………………………え?)
……。
毎日?
……あの、うるさいのが?
……ボクの、廃墟に?
……毎日?
――(……ま、待って)
――(ボクの……ボクの、静かな平穏……)
ウェイブは満面の笑みで、胸を張っていた。
同じ言葉が。
この人には、人生でいちばんの栄誉で。
ボクには……かすかな絶望だった。
ミネルバが、ボクの顔を見て。
……小さく噴き出したのがわかった。
* * *
「……そして、最後に」
女王がボクを見た。
「あなたです。……廃墟の主」
――(……っ)
ボクは…身を固くした。
「あなたは、何を望みますか?」
……。
ボクは、必死に宙に文字を書いた。震える指で。
ミネルバが、それを読み上げてくれる。
「……『なにも、いりません』」
……。
「『ボクはただ、静かにくらしたいだけです』」
……玉座の間が、静まり返った。
「『だから……ほうびは、いりません』」
……。
女王は。
しばらく黙っていた。
それから――小さく、息を吐いた。
「……ふむ……なるほど」
女王の視線が、先ほどまでよりも柔らかくなっている気がした。
「王国を救った功績に対して、何も要らないと。……欲のない」
女王はそう言って。
……ゆっくりと、首を横に振った。
「ですが。……それは認められません」
――(……え)
「王家は、恩を必ず返します。……それが、この国の在り方です。何も返さぬまま、あなたを帰すことは……私の名においてできません」
……。
――(そ、そんな……)
「それに」
女王が続けた。
「……あなたに与えるものは決して、あなたにとって……悪いものではありません」
……え?
「――ベルンハルト王国は……森の奥の廃墟、およびその周辺の森を……あなたの所有と、正式に認めます」
……。
――(…………え?)
「あの地はこれより、あなたのものです。何人たりとも、あなたの許しなく……あの廃墟に立ち入ることはできません。……森の恵みも、自由に使いなさい」
……。
ボクの頭が。
真っ白になった。
――(……ボクの……もの?)
「加えて、相応の報奨金を。……必要なものを買いなさい」
……。
「これで――あなたは誰にも脅かされることなく、あの廃墟で暮らすことができます」
女王は、穏やかに続けた。
「……静かに暮らしたい、と言いましたね。……ならば、これがいちばん、あなたの望みに適うでしょう」
……。
ボクは。
……何も、言えなかった。
* * *
城を出ると。
外は、夕暮れだった。
王都の空が、オレンジ色に染まっている。
「よかったな、ネル」
ミネルバがボクの頭を、ぽんぽん、と叩いた。
「これであの廃墟は、正式にお前のもんだ。誰にも文句は言わせねえ」
「ふぅん! 俺の警護つきだしな!」
ウェイブが隣で、胸を張る。
「安心していいぞ、ネル! 準備が整い次第、すぐに向かうからな!」
……。
ボクは。
夕焼けの空を見上げていた。
――(……願いは、叶ったんだ)
そうだ。叶った。
廃墟は、ボクのものになった。誰にも追い出されない、森も自由に使える。報奨金だってもらえる。
もう追われることはない。もう、討伐されることを怯える必要もない。
ずっと、望んでいたことだ。
……ずっと、望んでいた……はずなんだ。
なのに。
――(……どうして)
この国の女王に、顔を見られた。
王国の記録に、名前が刻まれた。
うるさい騎士が、いつも近くにいることになってしまった……
誰にも知られず、ひっそりと。
……そんな暮らしは、もうどこにもない。
――(……守られたはずなのに)
ボクの手の中に残っているのは。
守られた平穏の器と。
……もう二度と戻らない、静けさの抜け殻だった。
夕焼けが、廃墟のある森のほうへ沈んでいく。
ボクはそれを、閉じられない瞳で。
……ただ、見つめていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
『守られた平穏』と『失われた静けさ』。……ネルにとって、この褒美は幸せだったのでしょうか?答えは...これからの物語の中に